3:探究者の海底洞窟
定期テストが近づいている。
当日を迎えるまで効果が見えない努力を続ける苦痛ったらない。グリムは人の気も知らずに遊んでるし。ゴーストたちが協力的なのが救いだ。建物のメンテナンスは全部引き受けてくれたし、夜更かししそうになったら止めてくれる。
自分一人ならここまでする気にはとてもならないだろう。自分のせいでグリムが退学になるような事態は避けなくてはいけない、と思うからこそ踏ん張れている。
…………だからこそ余計に、グリムが勉強してないのが不安なのだが、当の本人は『大丈夫大丈夫、オレ様天才だから!』と暢気なものだ。
「おはよう、ハシバくん」
「おはよう」
教室のいつもの席に座ると、同級生に声をかけられた。ふわふわした巻き毛にメガネ、小柄な体格のサバナクロー寮の生徒。後ろには髪の毛が長くて大人しそうな雰囲気のイグニハイド寮の生徒がいる。
「いまお話しして大丈夫?」
「うん、なに?」
「ほら、渡すものがあるんでしょ?」
「…………これ、ウチの寮長から」
手渡されたのは、不織布の袋に入った百科事典かと見紛うような厚みの紙束だった。見えた表紙には『定期考査過去問題集』と書かれている。
「こ、これは……」
「過去問……ウチの寮生が使ってるヤツなんだけど……オンボロ寮にはスマホすら無いっていうから……印刷したんだって……」
「シュラウド先輩、生身で学校来る事あんまりないから、彼に頼んだみたいだよ」
「寮長……タブレットより重いもの持って歩けない……もっぱらの噂……」
「そ、そうなんだ。ありがとう。先輩にもよろしく伝えてください」
にっこりと笑って頷いてくれた。
「えへへ、やっと話しかけられた!ずっとお話してみたかったんだぁ」
「あ、あぁ、そう?」
「だっていっつもハーツラビュルの二人と一緒でしょ?なんかマブダチ~って空気で話しかけづらいなって思っちゃって」
「そういうつもりはなかったけどな……」
「じゃあ、これからも話しかけていい?」
「もちろん」
ぱあっと顔が輝く。頭の上の小さな耳がぴるぴる動いていた。テーブルに置いていた手をガシッと掴まれる。
「草食動物同士、仲良くしようね!」
いやこっちは人間なんだわ。どっかの誰かさんは区別つかないみたいだけど。
サバナクロー寮の生徒にマジレスしていいものか悩んだ結果、愛想良く笑って流す事にした。彼らもご機嫌で自分の席に戻っていく。
しかし、まぁ。
袋の中の紙束を覗きこむ。
確かに数日前、図書館で勉強していた時にオルトと偶然会って、テスト勉強の話をした覚えはある。僕とグリムの成績事情も。
多分、オルトからシュラウド先輩に伝わって、グリムが退学しないようにと配慮してくれたのだろう。正直、迷走している自覚はあるのでありがたい。
無事越えられたらグリムを差しだそう。一番喜ばれると思うし。
ふと奥の方に、小さい紙片がある事に気づいた。それだけ取り出して見る。雑に切られたノートの切れ端っぽい。これまた乱雑な文字が書かれていた。
『凡人は質と量を両立するのが最短効率。各教科最初の解説は必ず読む事。ガンバレ』
……何気に失礼だな、この人。事実だけどさ。