2:果てを望む砂塵の王


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 そろりそろりと歩いて、グリムは部屋に滑り込む。出来るならゴーストにも見つかりたくない。
 グリムのためにとゴーストが掃除してくれた部屋は、がらんとしていて物が無い。悠の使っている部屋と違ってこれから家具を買い揃える必要があるので、まだまだ部屋としては完成していなかった。それでも自室には違いない。
 誰の気配もない事を確認して、首輪から黒い石を取り出した。薄暗い部屋の中では、そこだけ景色が抜け落ちてしまったかのように見えるほど黒い石。
 レオナとの戦いの後にサバナクロー寮のマジフト場で見つけたのだが、つい咄嗟に首輪に押し込んでしまった。
 悠たちの前で食べると拾い食いをするなと怒られてしまう、という記憶がそうさせたのだろう。今日もさっき言われてしまった。
「これは、今日のご褒美なんだゾ」
 拾い食いではない、と自分に言い訳する。拾って一回しまった。もう自分のものだ。
「いっただっきまーす!」
 さくりと口の中で石が砕ける。苦みの中に刺激が走る、独特の味がした。間違いなく美味だとグリムは思う。
 この味が伝われば、悠もきっと美味だと言うだろう。
「コレを味わえないなんて、人間はもったいねえなぁ」
 この『おいしい』だけは、悠と共有できない。それが残念でならない。
 悠とは味覚の好みが近いと思っていた。悠がおいしいと言うものはグリムにもおいしいし、グリムがおいしいと勧めたものは、悠もおいしいと言ってくれる。
 いや、でも。
 味がわからない者に、共有なんてしなくていい。
 この楽しみは、ずっと独り占めでもいいじゃないか。
 そんな事を考えていたら、瞼が重くなってきた。
 部屋を出て、向かいにある悠の部屋に滑り込む。部屋の主は風呂に行っているので、ベッドは空っぽだ。いつものように飛び乗って丸くなる。
 口の中に確かに残る美味の気配を楽しみながら、意識は眠りへと落ちていった。

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