0:プロローグ



「ふなぁ~~~~!!」
 ボロボロの窓から朝日が射し込み、瞼を貫く。
 誰かの悲鳴が聞こえて目を開けた。
『おや、お目覚めかい?プリンセス』
 目の前には、ふっくらした白い顔がある。驚いて飛び退こうとして、ソファから転がり落ちた。
『あれれ、昨晩の凛々しさはどこにいっちゃったんだい?』
『誰だって寝起きは無防備さ~。かわいい寝顔だったね~』
「な、はぁ……!?」
 朝日に照らされ明るくなった室内を、白いもやが踊っている。昨晩襲いかかってきたお化け……もとい、ゴーストたちだ。いや昼間も平然と動けるのか。
「ユウ、こいつら戻って来ちまったんだゾ!早く追っ払おう!」
『そんなに怒らないでくれよ~』
『昨日は怖がらせちまったからなぁ』
 ゴースト達からは不思議と、昨晩のような悪意は感じられなかった。部屋が明るいおかげだろうか。怯えるグリムを撫でる。
「撫でるな!」
「いや……火を吹かないで我慢してくれたんだなと思って」
 ありがとう、と礼を言うと、グリムは複雑そうな顔をしていた。
「えーと、何かご用ですか?」
『学園長から、仕事用の服と朝食、伝言も預かったよ~』
『今日はメインストリートの掃除だって。早くご飯を食べて支度しないと間に合わないよ!』
「それはどうも。……ところでプリンセスって?」
『キミの事だよ!ユウ!』
 脳味噌が思考を停止する。代わりにグリムがツッコミを入れた。
「オマエラ知らないのか?ユウはオスだぞ」
『知ってるよ~。ちゃーんと見るトコは見てるさ~』
『性別なんか些細な問題だ、資質だよ、資質!』
『そうそう。朝日に照らされ寝ている姿を見てワシらは思ったのだ、この子はプリンセスなのだと!』
『オイラたちの寮のプリンセス〜』
『気高く心優しく純粋で、時に強く勇敢な、人々の心に希望の光を灯すプリンセス!』
「オマエラ、ゴーストだろ……」
 グリムの呆れた声でやっと正気が戻ってきた。
『不幸な境遇のプリンセスには手助けする者が必要さ~』
『動物でも妖精でもいいなら、ゴーストだっていいじゃない!』
「……その、強いって部分に異論はねえけど、なんつーか、純粋で心優しい……?」
 疑問の目が向けられる。気持ちは解る。痛いほど解る。僕もそんなつもりで生きてきてない。
「ほら、年寄りには勘違いでも生き甲斐とか必要だからね……」
「コイツら死んでるんだゾ」
『ワシらのプリンセス、歓迎するぞ。不慣れな場所で不便もあるだろうが、ワシらも出来る限り手伝おう』
『裏手の井戸を教えるよ。水道もあるけど今は止まっちゃってるから。きれいな水だから飲んでも大丈夫!』
『朝ご飯を食べられないように見張っておくから、綺麗にしておいで~』
 さあさあ、と腕を引かれるような勢いで案内される。朝になったので室内も何となく明るくなり、寮の状態も見やすくなった。
 とはいえ、歩ける床が見えやすいだけで、印象は何も変わっていない。存在すら感知していなかったキッチンと勝手口の存在を教えられたぐらいだ。手押しポンプの付いた小さな井戸の使い方を教わり、顔を洗う。タオルは着替えと一緒にもらった。ついでに見えている肌と髪も拭って整えた。涼しい風が顔を撫で、多少さっぱりした気分になる。
 外の景色を見回せば、まず目に入るのは巨大な建物。アレが多分、この学校の本校舎だろう。裏手には鬱蒼とした森が広がっている。ぐるりと見渡せば木々の間に何かしら建物が見えるが、おそらく見えている全てがこの学校の敷地なのだろう。ここから見えない建物もあるかもしれない。
 移動だけでも大変そう。
「まずは場所だけでも覚えないと」
『新入生が多い時期はゴーストも案内に立ってるから、そこまで困らないはずだよ。気の良いヤツも多いから、わからない時は気軽に話しかけてみるといい』
「……ゴーストも働いてるんですか?」
『まぁね。食堂のシェフや配達夫、掃除だって人間だけじゃ手が回らない。たくさんのゴーストが働いてるよ』
 死してなお働く、というのが何とも理解しがたい。故郷のお国柄のせいだろうか。労働から解放されたくて死ぬ人や死んで解放された人のイメージが強すぎる。ここのゴーストは前向きに思えた。死んでるのに。
『ここにいれば退屈しないんだよね。若い子の成長は面白いし、ここの連中はしょっちゅう何かしらのトラブルを起こすから』
「トラブル?」
 ゴーストはおや、という顔をして、すぐに合点がいった顔になった。
『ナイトレイブンカレッジは名門校だからね。優れた魔法の才能を持つ者しか入学を認められない。だからみんな能力と同じくらいプライドが高くて、校則で私闘も禁止されてるんだよ』
「へえ……」
 昨日の騒ぎを思い返す。確かに騒ぎを収めたのも、何となく気の強そうな人たちだった。そして対処も的確だった。
『ユウも気をつけてね、……まぁ、生きてる人間はキミのキックもパンチも通用するから大丈夫だと思うけど、念のためね』
「そうだね。無用なトラブルに巻き込まれたくはないし」
 アドバイスありがとう、と言うと、小柄なゴーストは照れたような笑顔でくるくる回った。
『わからない事は何でも訊いてよ!ぼくたちのプリンセス!』
「そのプリンセスっていうの止めて」



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