2:果てを望む砂塵の王
レオナに目を向ければ、オーバーブロットする前の姿に戻っていた。呼吸と脈を確認したが、眠っているように穏やかだ。ほっと胸を撫でおろす。
「……マジかよ……」
「オーバーブロットしたレオナさんに……勝っちまいやがった……」
ユニーク魔法の産物である砂はそこかしこにあるものの、覆っていた砂嵐の壁は消え、ブロットの気配もない。
「やったんだゾ、子分!」
「いぇーい」
グリムが駆け寄ってきて、誇らしげに胸を張る。前足と右手を合わせた。
「いぇーい、じゃない!!!!!!」
よく通る怒鳴り声がすぐ近くから聞こえた。
ローズハート先輩が顔を真っ赤にして、エースとデュースに押さえ込まれている。
「キミたちは!人の制止を無視して!魔法も使えないのに飛び込んで、そんな、傷だらけになって……」
だんだんと声に勢いが無くなっていく。エースたちが思わずといった感じで手を離すと、ぺたんと隣に座り込んでしまった。
「キミたちに何かあったら、寮長として立つ瀬がない所だった」
「ご、……ごめんなさい……本当に……」
「なんだよ、勝ったんだからいいじゃねえか」
「そういう問題じゃない!!!!」
「まーまーまー、リドルくんも傷だらけじゃないッスか。その辺でいいっしょ」
ラギーがいつの間にか近くに来ていた。睨まれて肩を竦めている。後ろにはジャックもいた。何故か凄く尻尾が揺れている。
「化け物の相手で合間にしか見れなかったが……やっぱりアンタすげえな!トドメの頭突きなんか痺れたぜ」
「分かる……追いつめてからの挑発で確実に仕留める流れ、鮮やかだった!」
「おいワルども。ウチの寮長の怒りが限界超えちゃうから刺激すんのやめてくんね?」
「全くもー……お兄さんたちは冷や汗もんだったんだからね?」
ダイヤモンド先輩が薬箱と氷嚢を手に近づいてくる。殴られた頬に当てるようにと手渡された。
やがて出られず残っていたサバナクローの寮生たちも集まってくる。彼らの視線は心配そうに寮長へと向けられていた。
「あの」
「どうした?」
「この人、一旦寝かせる所とかないですかね」
「いやー、でも下手に動かすと危ないかもしれないッスから、ねえ?」
「じゃあ誰か受け取ってもらえません?」
「どうやって?」
前にオーバーブロットしたローズハート先輩の時は、クローバー先輩が自分から受け取ってくれたし、僕と同じぐらいの身長で体重も軽かったから受け渡しに難儀しなかった。
でもこの、人にもたれ掛かって寝てる男、僕より確実に頭一個は身長が高い。筋肉あるから軽くもない。ついでに言うと前回と比較にならないくらい疲れたので持ち上げる気力がない。
「ジャック!助けて!!」
「ちょっとちょっと、ジャックくんだって化け物と戦って疲れてるんスよ?無理させないでくださいよぉ」
ジャックが必死の僕とニヤニヤ笑いのラギーの顔を見比べておろおろしている。
「……私、登場が遅すぎましたかね?」
そんな彼の背後に、いつの間にか学園長が立っていた。声に驚いてジャックが飛び退いている。
更に後ろの方にはヴァンルージュ先輩やディアソムニア寮の生徒の姿もあった。
「遅えんだゾ!もうブロットの化け物は倒しちまったからな!」
「……学園長、報告させてください」
グリムを横目で見つつ、ローズハート先輩が立ち上がる。オーバーブロットの様子や被害状況を丁寧に説明され、学園長はふむ、と頷いた。
「学生たちで協力して事件を納めた、と。お見事です、ローズハートくん」
「恐れ入ります」
学園長はラギーを見た。ラギーの方は、ばつが悪そうに目をそらす。
「校内での連続傷害事件、実行犯はラギー・ブッチくん。君に間違いありませんか」
「…………」
「ブッチくん?」
「黙秘権を行使します、ッス」
学園長だけでなく、ローズハート先輩までぎょっとした顔になる。
「この期に及んでまだ!」
「オレたちは何も喋りません。リーダーはレオナさんだ」
「あなたたちの夢や理想を否定したのに?」
僕が問いかけると、ラギーは意地悪ッスね、と呟く。
「アンタのおかげで気づきましたよ。……ホント、とんだチキン野郎ッスよ。何でも出来るくせに、変な所で不器用なんだから」
まだ眠り続けるレオナを見るその目は優しく笑っている。サバナクローの寮生たちも、似たような雰囲気になっていた。ちゃんと気づいていたらしい。
一人にならずに済みそうでよかった。
「となると、キングスカラーくんが起きない事には何も進みませんね。マジフト大会の開始時間も迫ってますが……」
「ふな!オレ様たち、出場できなくなっちまう!!早く起きろ!!」
グリムが僕の背中に登り、バシバシとレオナの頭を叩き出した。
「ちょちょちょ、やめてそういうの!起きた時が怖いから!!」
「……あ?」
僕が慌てて言った直後、低い声が耳元で聞こえて身を竦めた。肩にかかっていた重みがゆっくりと退いていく。
寝ぼけた顔のレオナ・キングスカラーは、薄目で僕を見てから、額に手を当てて考え込んでるようなポーズを取った。
「おい、寝ぼけてる場合じゃないゾ!!早く今までの事件は自分が企てましたと自白しろ!」
「なに……なんだって?」
「キングスカラーくん。貴方はブロットの負のエネルギーに取り込まれて暴走し、オーバーブロットしてしまったのです。覚えていませんか?」
「この俺が暴走して……オーバーブロット?嘘だろ……」
ちらりとこちらを見る。
「その顔も、俺が……?」
「あ、もういいですそういうの。今はいいんで」
「そんな事より!マジカルシフト大会が始まっちまう!!」
グリムがレオナを睨んで叫ぶ。
「オマエが自白してくれねーと、オレ様がご褒美に試合に出してもらえねーんだゾ!」
「……なんだそりゃ」
「こいつら、学園長にマジカルシフト大会に出してもらう事を条件に先輩たちを追ってたんス」
ジャックの言葉に、ラギーは目を見開く。
「えぇ!?そんな事のためにッスか!!??」
「そんな事ぉ!?だったらオマエらだって、そんな事のために怪我人までだしてたんだゾ」
「う、……そ、それはそうッスけど」
どちらも真剣だったのは間違いないが、こんな空気になるとしょーもない事だったようにも思えてくる。怪我人出てるのに。
学園長が咳払いする。
「今までの連続傷害事件は、君たちがやっていた、という事で間違いありませんね」
「……あぁ、そうだ」
「メインの実行犯はオレッス。ユニーク魔法を使って、標的の選定も一緒にやりました」
「俺は魔法を使うラギーを隠すために壁になりました。全部知ってて、自分から従いました」
「オレは証言を捏造しました。命令されたからじゃないッス、自分の意志ッス」
サバナクローの寮生たちは口々に犯行を自白していく。どれもレオナの強要を否定する言葉だった。学園長が困った顔になる。
「聞き取り調査は後日行います!!その時に好きなだけ話してください!!」
隣にいるレオナの顔を盗み見る。意外そうな顔で、まだ言い足りない様子ながら渋々黙る寮生たちを見つめていた。気づかれる前に視線を外す。
「とりあえず、わかりました。まず、君たちサバナクロー寮は今回の大会を失格とします。そして今後の処分については、被害者のみなさんと話し合った上で決定します。いいですね?」
「……わかった」
レオナは静かに頷く。サバナクローの面々もそれが当然と受け入れながら、少し空気は沈んでいた。
「学園長、待ってください」
そんな空気を、ローズハート先輩が凛とした声で切り裂く。
「処分について、今すぐに被害者の意見を反映すべきだと提案します」
「え!?今からって……」
学園長が首を傾げていると、ちょうど箒に乗った人影が近づいてきた。クローバー先輩やバイパー先輩、各寮の寮服を身にまとった人たちが、時には仲間の手も借りてマジフト場に降りてくる。全員の顔に見覚えがあるのは、ダイヤモンド先輩の集めた被害者情報のおかげだ。
「皆さんは、確か」
「はい。彼らは今回の事件の被害者です」
クローバー先輩が一歩前に出る。
「学園長。今回の大会、どうかサバナクロー寮を失格にせず出場させてくれませんか?」
「つまり……彼らを許すと?」
サバナクローの面々から戸惑いのどよめきが聞こえる。
「いいえ、許すわけじゃありません」
そしてバイパー先輩がばっさり切り捨てた。
「サバナクロー寮に欠場されたら、気兼ねなく仕返し出来ないじゃないですか」
「え、えぇっ!?」
「仕返しだと!?」
「学園内で魔法による私闘は禁止されているからね」
「マジカルシフトなられっきとしたスポーツだろ?」
クローバー先輩の笑顔が、爽やかなものから含みを感じるものに変わる。
「ただし、別名・魔法力を全開で戦うフィールドの格闘技……だけどな」
ホントこの人おっかないんだわ。
他の被害者たちも全く同意見らしく、闘志に満ちた表情でサバナクローの面々を見ていた。プライドが高くて負けん気が強い、が今日も全開で何よりです。
「犯人が誰かわかった以上、むしろ俺たちが恨みを晴らすのにマジカルシフト大会は好都合、って事」
「何があったか知りませんが、サバナクロー寮生の方が俺たちよりボロボロみたいですけど、まぁそれも良いハンデになってくれるでしょう」
「レオナくん、前に自分で言ってたじゃん?試合中の攻撃は校則違反じゃない、って」
ダイヤモンド先輩の笑顔もいつもより意地悪な雰囲気だ。確実にあの日の事を根に持ってる。
「伝統ある競技で私怨を晴らすだなんて、普段なら首をはねてしまいたい所だけど……トレイたちがどうしても、と言うからね。今回だけは目を瞑ろう」
ローズハート先輩でさえこれだ。いや彼も怪我しなかっただけで被害者の一人なので、同調するのは当然なんだけど。
学園長は呆れた顔でため息をつく。
「君たちの気持ちはわかりました。しかし、この状態でサバナクロー寮生たちが試合に出られるかどうか。特に、キングスカラーくん。立てますか?」
座りっぱなしのレオナに、学園長が問いかける。彼はといえば、仰け反って大笑いしていた。
「ナメるなよ、学園長」
そう応えて立ち上がる。ふらつきなどは一切ない。
「手負いの草食動物を仕留めるなんて、昼寝しながらだって出来る」
「……言ってくれるな」
「俺は謝るつもりは毛頭ないぜ。この俺に謝らせたいなら、力づくでやってみろ」
サバナクローの寮生たちにも気力が満ちる。今からでも殴りあえそうなぐらい、火花がバチバチに散っていた。
「謝罪の代わりに仕返しは文句言わず受け止めてやるから心おきなく全力で来い、って事ね」
小さく呟くと、獅子の尻尾に黙れとばかりに軽く顔を叩かれた。器用だな。
「全く。感動的な話かと思って期待した私が馬鹿でした」
失望したという顔をしながらも、学園長は頷く。
「予定通り、サバナクロー寮の大会出場を許可します。……学園としても、大会当日にこのような不祥事が世界中に生中継されるのは避けたいところですしね」
寮生たちの安堵の息の向こうで、学園長はぼそっと呟く。
「悪い大人だなー……」
「ゴホン!さあ、観客の皆さんが選手の入場を待ちわびていますよ。早く準備を!」
学園長の号令で、生徒たちは動き出す。僕も行かないと。
「んぎっ!」
立ち上がろうとして思わず声をあげてしまった。近くの何人かが慌てて僕を振り返る。
「どうしたの!?どっか痛む!?」
「あー……大丈夫です、動いた拍子にちょっと痛んだだけなんで」
「変な手当の仕方しちゃったかな、ごめんね、やり直そうか?」
「いやいや、大丈夫ですって。先輩は早く校舎の方に行ってください。ローズハート先輩が困っちゃいますよ」
ダイヤモンド先輩は何度も心配そうに振り返ってくれた。手を振って元気をアピールしておく。
「じゃ、オレたちも行こうぜ」
「先輩たちの応援をしないとな」
「にゃはは、大会出場だー!オレ様の勇姿が放送されるのだー!」
「そうだね、とっとと行こう」
踏み出す度に右足がズキズキ痛む。折れてはない、と思うけど、ヒビぐらいはいってるかもしれない。
何せ相手はライオンの獣人属だ。元から普通の人間より握力あるだろうし、闇堕ちバーサーカー状態なんだから制御なんか利くわけない。
本当は安静にすべきなんだろうけど、何となく言い出しづらい。少なくとも、負傷させた本人の前では言えない。さっきも顔の殴った痕の事、気にしてそうだった。
階段の手前でマジフト場を振り返ると、レオナとラギーが足を止めていた。ジャックがそれを見守っている。
「……オレ、アンタの事、許したわけじゃねーからな」
「あぁ、そうかよ」
「……でも、何でッスかね。そんな風に情けない顔したアンタは見たくねーなって思っちゃうんスよね」
ラギーの声は呆れながらも柔らかい雰囲気だった。
「アンタはいつもみたいにふんぞり返って、ニヤニヤしてる方がお似合いッス。……そら、『愚者の行進』!」
二人の周りで光が閃く。ラギーは自分の口の両端に指を入れて笑顔を作るように引っ張った。同じ動きを、彼の目の前のレオナがしている。レオナは怒って抗議しているようだが、ラギーは上機嫌だ。
「なにやってんだ、あの人らは……」
言葉こそ呆れていたが、ジャックの口元には笑みが浮かんでいた。
「一件落着、だね」
「ああ。そうだな」
ジャックは笑顔のまま、こちらを振り返る。年齢相応の無邪気な笑顔だ。
「あんたたちのおかげで、やっと全力で戦えそうだ」
彼の努力が報われた事を、自分も喜ばしく思えた。