2:果てを望む砂塵の王
世界中から注目される、という話は伊達ではなかった。
校舎を出れば、見慣れた景色にいつの間にか大勢の人が入っている。会場のコロシアムへ続くサイドストリートは、遠目から見ても今までに見た事がないくらい賑わっていた。
あれが全部、メディアの取材、プロチームの関係者、学校から招待された観覧客など、校外の来賓という事か。
さすが名門。いちいち規模がでかい。
「なあなあ、出店も出てるんだろ?オレ様見に行きたい!」
「朝メシあれだけ食っといてまだ食うの?」
「テキジョーシサツってヤツだ!大会に出るなら忙しくてゆっくり選べねえかもしれねえしな!」
「使い方おかしくないか?それに、本当に大会に出るなら買いに行く暇なんか無いぞ」
「う……だ、だったら子分が買いに行けばいいんだゾ!」
「暇だったらね」
グリムを肩に乗せたまま、サイドストリートに向かう。校舎からメインストリートを経て、サイドストリートを通りコロシアムに向かうのが行進のルートだ。
ルートは規制線が張られて既に入れなくなっており、生徒たちは別で設けられた歩道を使う。その歩道もすでに行進を見るために集まった生徒で歩きづらくなっていた。
メインストリートとサイドストリートの境界辺り、進行ルートを挟んで向こう側にも多くの人がいる。行進を見るために集まった来賓の姿が多い。こちらには生徒の姿はほとんど無かった。
サイドストリートの両脇は出店でいっぱいだ。ほとんどが飲食店で、食べ歩き出来そうな食べ物や飲み物を扱っている。音が鳴る応援グッズの専門店や、記念品などを取り扱う学校の購買のショップもあった。出店の裏手には在庫置き場や通路を確保しており、出店の関係者以外がここで行進を見る事は出来ない。
更に奥に進み、コロシアムが見える場所まで来ると、出店が無くなり視界が大きく開ける。入場行進が一番見やすい場所だ。生徒だけでなく観覧客も入れる範囲なので、既にルートの両脇に多くの人が待機している。
この道のりのどこかで、サバナクローは何かを仕掛けてくる。
「チュロスにフライドケーキ……スモークチキンもうまそうなんだゾ!」
「お前ね……」
「あ、あのタコ焼きってなんだ!?オレ様食べてみたいんだゾ!」
「え、タコ焼きあるの!?マジで!?」
「あーもうこの食いしん坊コンビは!!出店の話は全部終わってからにしろっての!!」
「エースも落ち着け。周りに聞こえるから」
デュースに言われて、エースが慌てて咳払いする。
一通りルートを見て回ったけど、特に不審な人物は見あたらない。例えばそこかしこにサバナクロー寮生がいるのではないかと思ったけど、そんな事は無かった。この人混みでは見つけにくいというのもある。
「寮長の考えが外れた、って可能性も出てきたな」
「どうだろう。まだ安心は出来ないよ」
何事もなければ、それが一番なのは分かっている。
だけどさっきから、腹の奥で何かがもやもやして気持ち悪い。何かを見落としている気がして怖かった。
やがて入場行進開始を案内するアナウンスが流れる。サイドストリートの出店の前に魔法の防壁が張られ、行進を害する事がないように規制された。入場行進の間だけ商売が出来なくなるが、出店のスタッフは特等席で入場行進を見られる、という事で利点もあるらしい。
「やべ、もう通れねえな。鏡舎側に回り込むぞ」
エースについてサイドストリートを離れる。出店の裏を回り人の集まりを大きく迂回して、校門の手前まで出る頃に入場行進が始まった。ディアソムニアを紹介するアナウンスの直後には、そこに集まっていた人たちが思わず仰け反るくらいの歓声をあげた。テレビ中継をしているらしい機械を構えてる人たちが、校舎からやってくる生徒たちを映そうと操作している。
騒がしい場所をくぐり抜けた所で、グリムが顔を上げた。
「どうした、グリム」
「変な音がする。コロシアムの方から!」
思わずそちらを見た。沿道の誰もが、ディアソムニアの選手に夢中になっている。それでも音は耳に届いていた。
コロシアムの方から何かが来る。地響きのような音が、メインストリートとサイドストリートの継ぎ目の部分に向かってきていた。やがて気づいた観衆が叫ぶ。
「な、何だアレは!?」
目にした人々が困惑し、怯え逃げだす。
それは人の群れだった。コロシアムとサイドストリートの間の道で行進の到着を待っていたであろう人たちが、サイドストリートに進入し一直線にメインストリートへ向かってくる。傍目には興奮した客が乱入したような構図だが、それにしては走ってくる誰もが、青ざめて戸惑った顔をしていた。
「助けてくれ!!」
「か、身体が勝手に!!」
「誰か止めてぇぇぇ!!」
足音に混じって悲鳴が聞こえてくる。サイドストリートの出店を守る防壁が、群衆を導く砲身になっていた。その先には、メインストリートとの継ぎ目には、入場行進の先頭が既に到達している。
「ユウ、逃げるぞ!」
エースとデュースが僕の両腕を掴んでいた。そこでやっと自分が留まろうと足に力を入れていた事に気づく。二人に引っ張られるままにその場を離れた。
何とか衝突の現場からは距離を取る事が出来たが、まだ手足が震えている。
これが、アイツらの作戦。
マレウス・ドラコニアを潰すための戦略。
「子分、大丈夫か」
「…………大丈夫」
生徒に怪我をさせるのだって許せる事ではない。それでも、対戦相手だから潰す、という選択には納得出来る部分もあった。
これは違う。こんなやり方、到底許せるものではない。
あの時、アイツの首をへし折っておくべきだった。自分がどうなろうと、アイツを動けなくなるまで潰しておけば、きっとこうはならなかったはずだ。
「ユウ、寮長から連絡が来た」
エースの声に顔を上げる。僕の様子を見ても動じず、むしろ不敵に笑ってみせた。
「サバナクローの奴ら、ぶちのめしに行こうぜ」