2:果てを望む砂塵の王




『起きて、起きて、ユウ。お友達が来てるよ』
 薄く覚醒した意識が、声をかけられた事で鮮明になる。朝日を目にして朝だと自覚した。
「おはよ。お友達って?」
『新しいお友達でしょ?銀色の狼くん』
「おおかみ?」
「ジャックの事だろ」
「あー、なるほど。アレ犬耳じゃないんだ……」
「子分、まだ寝ぼけてるな……」
 欠伸をしながら部屋を出ると、すぐの場所にジャックがいて驚く。
「お、おはようジャック」
「おう」
「オマエさっきどうしたんだ?勝手にずかずか部屋に入ってきたくせに、ユウの顔を覗きこんだらダッシュで逃げてったけど」
「べ、別に何でもない!」
『ユウの寝顔は天使みたいに可愛いからね~。女の子かと思ってびっくりしちゃったんじゃな~い?』
「男か女かぐらいは匂いで分かる。……別に、そんなつもりじゃねえ」
 言いながら顔を背けていた。図星っぽい。そう言えばメガネ無い状態で顔を合わせるの初めてかも。
「寝顔は天使でも中身は腹黒陰険暴力野郎なんだゾ。騙されるなよ」
「もう騙されねえよ。やっと見慣れてきた所だ」
「それは何より。っていうか本当にどうしたの?」
「今日はマジフト大会だ。寝坊してるんじゃないかと思って、ランニングのついでに寄った」
 起こしに来てくれた、という事らしい。まあ実際に僕は爆睡してたし、ジャックが起こしに来なかったらグリムによるヒップドロップをまた食らっていた可能性が高い。
「ありがとう、助かったよ」
「お、おう。それじゃあ、大会でな」
 ジャックは足早に去っていった。
 大会当日も朝からランニングなんて、本当に熱心だなぁ。
「オレ様たちも行くんだゾ。ラギーをふんづかまえて、マジフト大会に出るんだ!」
 グリムはやる気満々だけど、……そううまくいくかなぁ。
 寮対抗の行事という事で、出場する選手以外は寮服で観戦や運営を行うらしい。オンボロ寮には寮服が無いので、スポーツ関連の行事という事で運動着の着用を指定された。動きやすいしちょうど良い。
 運動着も本来は所属寮に合わせて所々に寮によって色が入っているが、僕に支給されたものには入っていない。中に着るものも購買で安売りしてた無地の黒いTシャツ。
 ここにも縄張り意識があるのか、運動着のTシャツでさえ所属寮ごとにデザインが異なる。しかも半袖と長袖のバリエーションもある。名門って凄い。
 余裕が出てきたら面白Tシャツとか着てみようかな。怒られるか。
 ゴーストたちに挨拶してから寮を出る。門の所には、見慣れた二人が立っていた。
「おはよーっす、ふたりとも。朝メシ行こうぜ」
「おはよう。……ここにいるって事は」
「選手には選ばれなかったよ」
 デュースは肩を落とし、エースは眉を下げる。
 マジフト大会に選手として出る場合、当日は朝の練習とミーティングを行うのがハーツラビュルの伝統らしい。こんな所に顔を出す時間はない。
「まあ、来年があるよ。ドンマイ」
「選ばれないなら頑張り損じゃん」
「そうでもないと思うけど。ローズハート先輩は来年も寮長だし、今年の貢献もきっと覚えててくれるよ」
「そうである事を祈るしかないな」
 今日の大会の影響か、大食堂に並ぶ食事も豪華だった。朝から食べるには重いメニューもある。観戦しながら食べる需要があるようで、お弁当の注文をする列まで出来ていた。
 動き回る事を考えて、朝食はいつもより軽めにしておく。みんなも同じ考えで、グリムだけいつもの量を楽しく食べていた。
「ユウたちはランチの予約は大丈夫か?僕たちは寮でまとめてやってくれてるけど……」
「ゴーストたちが事前に予約してるって言ってたよ」
「出来立てが食べれるカツサンド弁当なんだゾ!」
 この話を聞いたのは昨晩の事。
 マジフト大会やデラックスメンチカツサンドの事で意気消沈しているグリムの様子を哀れんで、予約開始直後に申し込みを済ませておいてくれたという。
 僕らには全く内緒で。
「うええ、めちゃくちゃ人気の奴じゃん。ゴーストと仲がいいって得なんだな」
「得っていうか、何から何までしてもらっちゃって、感謝しきれないくらいなんだけど」
「今度はバスタブをどうにかするんだ、って張り切ってやがったゾ」
「バスタブ?」
「オンボロ寮のバスタブ、大穴空いてて使えないんだよね。シャワーは浴びれるから支障はないけど」
 これから更に寒くなる事を考えると、確かにお風呂に浸かれるのはとてもありがたい。
 ゴーストたちはこれまでも窓枠の修理とか隙間風の吹く板壁の補修とか、僕やグリムが学園長からの依頼と学校生活で手が回らない部分を全部こなしてくれている。あの廃墟で病気もせずこれだけ普通の生活が送れているのは、彼らの協力があるおかげだ。
「ふーん。でもさ、ユウはあんなボロ屋での生活を強いられてるわけじゃん。人が暮らせる状態じゃ無いとこに押し込まれてんだよ。感謝なんかしなくてよくね?」
「そうは言っても……」
「グリムだっておとなしく授業受けれるようになってきたし、ハーツラビュルに入っちゃえよ。今の寮長なら許してくれるんじゃね?」
「それもそうだな。今回みたいに襲撃の危険がある時も安心だし」
 グリムはむっとしている。
「オレ様、あんなわけわかんねールールに囲まれて生活するなんてゴメンなんだゾ。それにオンボロ寮なら、あの建物ぜーんぶオレ様のだ!窮屈な四人部屋に押し込まれるなんてぜーったいやだもんね!」
 ぷいと顔を背け、パンケーキを口に運ぶ。
「……そうだね、グリムをハーツラビュルに面倒見てもらうにしても、僕が元の世界に帰った後かな」
「……ユウ」
「すぐに帰れると思ったのに、もうとっくに一ヶ月以上過ぎてる。手がかりも無いし、学園長は帰る手段を探してくれてるか怪しいし、困っちゃうよね」
 向かいに座る二人の表情は、少し沈んだように見えた。グリムの食事の手も心なしか遅くなっている。
「……卒業する頃には廃墟になる前よりゴージャスになったりしてね」
「そんな事になったら名物というか、伝説になりそうだな」
「ゴーストとモンスターを従えて、廃墟の寮を城に変えたプリンセス、なーんて噂になっちまったりしてな」
「オレ様、ユウに従った覚えはねーんだゾ!噂になるなら偉大な魔法士グリム様とその子分だ!」
「はいはい、そうなればいいねーっと。そろそろ時間じゃね?」
 エースがスマホを見ながら言う。デュースも頷いた。
「そうだな。グリム、急いでくれ」
「もう終わるんだゾ!このパンナコッタで最後だ!」
「つかコイツ、朝からこんなに食ってて大丈夫なの?」
「グリムに緊張とか無いんだと思うよ。……多分ね」


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