2:果てを望む砂塵の王
サバナクロー寮は、獣人属が多く所属し、スポーツに注力している生徒が多い。
マジフトの名門校であるナイトレイブンカレッジにあるのだから、もちろんマジフトに打ち込んでいる生徒もかなりいる。それだけに世界中から注目を集める寮対抗マジフト大会では優勝常連の寮だった。
ナイトレイブンカレッジのマジフト大会は学園内の行事でありながら、その性質上、スポーツの世界での躍進を望む生徒たちにとって格好の見せ場だ。大会での活躍によって卒業後の進路が決まると言って良いくらいの影響力がある。
その見せ場を、無惨に奪われたのが二年前の事。
世界でも五本の指に入るとされる魔法士、マレウス・ドラコニアがナイトレイブンカレッジに入学し、ディアソムニア寮に所属した。
彼はマジフト大会でもその魔法の力を存分に発揮し、初戦で当たったサバナクロー寮に一点も与えず勝利してしまった。否、ディアソムニア寮と当たった寮は、どこも無惨な試合結果にならざるを得なかった。活躍するどころか、見せ場もろくになかったという。
そして去年の大会でも同じ事が起きた。サバナクローは初戦でディアソムニアと当たり、惨敗した。それまでと比べスカウトの数は大きく減り、マジフトに打ち込みプロを夢見ながら、しかしその道を閉ざされた生徒も多数いたという。
去年も一昨年も、寮長はレオナ・キングスカラーだった。
「お前らの睨んだ通り、一連の事件の実行犯はラギー先輩だ」
ジャックは真面目な顔で言う。
「そして……サバナクロー寮のほとんどの寮生が、今回の件に関わってる」
彼の告白はかなりの衝撃だった。エースから連絡を受けてやってきたローズハート先輩やダイヤモンド先輩も驚いた顔をしている。
ラギー・ブッチのユニーク魔法は『対象に自分と同じ動きをさせる』というもの。効果範囲は狭く対象は一人のみ、操れる時間もそう長くはない。……今回の場合は、それらの特徴が逆にうまく働いたとも言える。バイパー先輩以外は魔法によるものだと確信を持っていなかったのだから。
ただ、グリムの時のように対象者が正面にいて同じ動きをしても違和感がない場面ならまだしも、例えば階段手前の廊下で、意味もなくジャンプなんかしてたら目立つに決まってる。それを補うのが他の寮生の存在、という事らしい。時に壁になり、時に目撃者となり、事件現場にいるであろうラギー・ブッチの存在を隠したのだ。
思ってる以上に大きな話になってきた。まさか寮ぐるみの犯行だとは。でも、それなら不審人物の目撃者がいないのも納得できる。
「どんなに強い相手だろうが、自分自身の力で挑んでこその勝負だろ。俺は、自分自身の力で勝ち上がって、テッペン獲ってやりたかったんだ!!」
ジャックが熱く吠える。同じ寮に所属するからこそ、その不正が許せない。己の努力の結果さえ、同じ寮だというだけで汚されてしまう。だからこうして寮を裏切る証言を、殴り合って相手を認めるという禊ぎを経てでもしているというワケだ。
…………真面目だなぁ。
「コイツ、すげーめんどくさい奴だ」
「わかる……俺にはわかるぞ!その気持ち!!」
「コッチにもめんどくさいヤツがいるんだゾ」
共感するデュースに対し、エースたちの目は冷ややかだ。ジャックは咳払いで気を取り直す。
「今までの事件は、奴らにとって行きがけの駄賃みたいなものだ。奴らはもっと大きな事を目論んでる」
「大きな事?」
「ディアソムニア寮長、マレウス・ドラコニアだ。先輩たちはヤツに恨みを持ってる」
二年連続初戦敗退の元凶。雪辱を果たす相手。
「大会当日、ディアソムニア寮に何か仕掛けるつもり、って事?」
「そうだ。だから俺はその計画をぶっ潰す!卑怯な小細工なんて反吐が出る!そんな勝利に何の意味もねえ!!」
「……まぁ、将来が関わってるなら、小細工したくなる気持ちはわからなくもねえけど」
「なんだと?」
「歯ぁ剥き出して唸るなよ。気持ちだけな!実行するまで行っちゃうのはわかんねーけど!」
エースを睨みながらジャックは鼻を鳴らす。
「将来よりも今だろ。今の自分の実力を見せつけなきゃ意味ねえだろうが」
「まあ、それはね」
「俺が特に気に入らねえのは寮長、レオナ・キングスカラーだ!アイツは凄い実力があるはずなのに、ちっとも本気を出しやしねえ」
「確かにアイツ、ダラダラしてるのにめちゃくちゃ強かったんだゾ」
「だろ!?」
グリムの同調に、凄い勢いで乗ってくる。びっくりして身を竦めた様子も気にせず、ジャックは力説を続ける。
「せっかく持っている力をなぜ磨かない!?俺はそういうヤツが一番嫌いだ!……三年前、レオナ先輩が大会で見せたプレイは本当に凄かった。だから、俺はこの学園に入れて、サバナクロー寮に入って、あの人と本気でマジフトの試合がやれるんだと思ってたのに……」
固く握られた拳に視線が落ちる。震えた指の間から、悔しい気持ちが零れてくるように思えた。
『……なんであの人といいあんたといい、力のある奴は出し惜しみしたがるんだ』
あの言葉の『あの人』は、レオナ・キングスカラーの事だったようだ。今の言葉からも、さっきの言葉からも、深い尊敬と比例した失望が感じられる。ジャックにとって入学までの三年間、レオナ・キングスカラーは憧れの存在だったのだろう。
こんな真面目で熱血な奴が、尊敬している人が不正を働いていると知ったら、そりゃ黙っていられないに決まってる。
「伝統ある大切な行事を私怨で汚そうだなんて、許せないな」
ジャックの告発を聞いて、ローズハート先輩は静かに言う。厳かで公平な、裁判でもしてるような平坦な声だった。
「だが今までのラギーの犯行も証拠がない以上、断罪する事は出来ない。狡賢いキングスカラー先輩たちの事だ、いま告発してもうまくかわすだろう」
「犯行現場を押さえるっきゃない、って事だね」
ダイヤモンド先輩の言葉に、ローズハート先輩は深く頷いた。
「ボクに考えがある。まずは……」
「待て。知ってる情報を話しはしたが、俺はお前らとつるむつもりは無い」
ジャック以外のその場の全員が、肩透かしを食らった顔になる。
「え~、ここに来てそれ言う~?」
「自分の寮の落とし前は自分でつける。当然だろ」
「……本当に一人でどうにか出来ると思ってる?」
「……あ?」
「具体的にどうするつもり?君が言ったんだよ。レオナ・キングスカラーは魔法士としても優秀だし、運動神経もずば抜けてる上に頭が切れる、って」
向こうの首魁は三年生で寮長、部下も多数いて使える駒は大量にある。熱意だけの一年生ひとりで敵う相手じゃない。
「まさかと思うけど、正面切って喧嘩売ったりしてないよね?自分はお前に同調しない反逆分子です、って主張を相手の前でしてないよね?」
「そ、っれは……」
「目が泳いだ。やってるわコレ」
エースが肩を竦めると、ジャックは無言で睨みつけた。
「そんな一年坊の出来る事なんて、あっちはとっくに見切ってるよ。……いや、一人で何をやろうと、痛くも痒くもないと思ってるかもね」
「ぐっ……」
「そりゃそーだ。コイツの性格も能力も向こうは把握しきってるだろ。人に助けを求められるタイプじゃない、ってね」
「でも逆を言えば、告発まではまだしも、僕たちと手を組むとまでは彼らには予想できないんじゃない?」
この学校の生徒はプライドが高く負けん気が強く、ついでに所属寮について縄張り意識が強い。サバナクローの生徒は特にその傾向が強そうに思う。
彼も、そして寮長たちもその認識は同じのはずだ。
「どうする?自己満足で行動して防げないで悔しい思いするか、ここで手を組んで『何も出来ない一年坊』と侮ってる連中の裏をかいて奴らを泣かしてやるか、好きな方を選びなよ」
「ユウちゃん悪い顔してる~最高~」
ダイヤモンド先輩がはやし立てる。エースもグリムも笑ってる。デュースとローズハート先輩は真面目な顔で見守っていた。
「…………いいだろう、話ぐらいは聞いてやる」
デュースの表情が明るくなる。歓迎の空気をたたき落とすように続けた。
「だが、……もし気に食わねえ作戦だったら、俺は抜けるぜ」
「コイツ、マジめんどくさ……」
「頑固さではエースちゃんたちもどっこいだけどね~」
先輩のコメントにエースがむくれる。ローズハート先輩が咳払いした。
「……では改めて。ボクの考えを伝えるよ」
「今更だが、こんな所で喋ってていいのか?」
「本当に今更だね。でも獣人属の聴力を誤魔化すなら、下手に人気のない所を探すより、むしろ他の音が多い方が良いだろう。……ボクが対策をしていないとでもお思いかい?」
言いながら、ローズハート先輩は自身の胸元にあるマジカルペンをつついている。夕日が反射してキラリと光った。
「……すんません」
「よろしい。……本題に戻ろう。対策についてだけど、まずはディアソムニア寮にこの事を伝えるべきだ」
「マレウス・ドラコニアに対策を一任するとでも?」
「まさか。あくまでも知らせるだけだ。事実を知った者として当然の義務だからね」
……そうか、世界で五本の指に入る魔法士なら、学生程度の企みなんて捻りつぶせるかもだよな。
まぁでも、プライドの高いこの学校の生徒がそんな事するわけないんだけど。
「レオナ先輩の策がマレウス先輩を窮地に追いやらないとは限らない。ボクたちも出来る対策はするべきだろう」
「具体的には?」
「彼らの作戦が大会当日に行われるなら、決行のタイミングは限られる。試合が始まってからでは遅い」
サバナクロー寮の目的はディアソムニア寮とマレウス・ドラコニアへの報復。それを大会当日に決行する意図はどこにあるのか。
「……あ、中継カメラ!開会式とかから映してたはず!」
「そう。今大会では、開会式前の出場選手の入場行進から中継が行われる事になっている」
「入場行進?そんなん去年なかったよね?」
ダイヤモンド先輩が首を傾げ、ローズハート先輩が頷く。
「マレウス先輩が入学して以降、他の選手へのインタビューもあまりされないからね。選手の顔を見せる機会として今年から追加されたそうだよ」
「ふーん……それってもう順番とか決まってる感じ?」
「ああ。先頭は去年の優勝寮……ディアソムニア寮だ」
もう決まったようなものだろう。
華々しく先頭で入場してきた彼らに、何らかの方法で不意の攻撃を仕掛けて恥をかかせる。お誂え向きの舞台だ。
「問題は、どんな妨害をしてくるかだけど」
「それはさすがに予想がつかない。だから、実害を防ぐには身代わりを用意するのが手っ取り早いだろう」
「身代わりって……ハリボテにでも行進させるのか?さすがにバレるだろ」
「……あ、そういう事?」
エースが合点のいった表情になると、ローズハート先輩もニヤリと笑う。
「やってくれるかい?ケイト」
「もっちろん任せて!それぐらい楽勝!……と言いたい所だけど、人数が多いとオレは分身の維持で手一杯になっちゃう。服とかは別で用意しないとかも」
「それもディアソムニア寮に頼んでみよう。実際の服を着てもらった方が匂いも紛れる。幻覚や声の響きを変える魔法を使えば、行進までに偵察が来てもごまかせるだろう」
「おっけー、リリアちゃんに訊いてみるよ。多分、こういうの乗ってくれると思うし」
ダイヤモンド先輩は早速スマホを操作しはじめた。先輩は僕たちを見る。
「キミたちは、今の作戦を把握した上で、サバナクローに気取られないよう注意してほしい」
「バレちゃ台無しだもんね。了解でーす」
「絶対に言いません!!大丈夫っす!!」
「結構。ユウ、グリム。出来たら当日まで、なるべくエースやデュースと行動を共にしてほしい」
「何でなんだゾ?」
「……あー。ユウへの報復を気にしてるんすか」
それなら心配ない、とジャックは続ける。ローズハート先輩は首を傾げた。
「どうしてだい?」
「……昨日あの後、寮長が『オンボロ寮の監督生に喧嘩を売るな、間違っても相手をするな』って指示してたんで、連中はそれを守るはずだ。実際、さっきもあんたと殴り合いになるのを避けて退いたんだと思う」
「さすがに大人数で来られたら勝ち目薄いんだけどな」
「でも何人かは絶対に病院送りにするだろ」
「まあ、うん、出来るかは別として、無傷で帰したくはないよね」
「向こうも戦力は削りたくないはずだ。マジフト大会には出場するんだしな」
もっとも、と言いながらジャックは呆れた顔になる。
「アイツらに、寮長と睨み合って一歩も退かないアンタに挑む度胸があるとは思えないけどな」
「……それでも、やっぱり心配だ。キミは魔法が使えないんだし」
「なぁに言ってやがる。グリム様がついてるんだから大丈夫だ!」
「……そこが一番心配なんだけど」
「ふな!」
胸を張ったグリムを見ながら、ローズハート先輩は心配そうに呟く。ショックを受けた様子のグリムをそのままに、先輩はジャックに向き直った。
「ボクたちの作戦はこんな所だけど、キミはどうする?」
「……卑怯な作戦ではなかった。今回は協力してやってもいい」
ジャックは真面目な顔で返す。ローズハート先輩は自慢げに微笑んだ。
「当日までに彼らの動きで気づく事があれば、連絡してくれるかい?内情を知る人間からの情報は有力だ」
「わかった」
言葉こそぶっきらぼうだが、さっさと連絡先を教える辺り素直だ。
こちらとしても内通者という強力なカードを手に入れられて嬉しい所ではある。
「じゃ、今日は寮に帰ろうぜ。もうクタクタ」
「オレ様も腹減ったんだゾ……」
「そうだ、一年生たち」
疲れ切った顔のエースやグリムに、ローズハート先輩の厳しい声が降りかかる。ジャックとデュースも姿勢を正した。
「今回は情報提供に免じて、校則第六条『学園内での私闘を禁ず』の違反を見逃してあげるけれど……次に見つけたら全員首をはねてしまうよ」
おわかりだね?という念押しの一言と溢れ出す怒りの気配に勝手に背筋が伸びる。
「はい、すいません」
「……ッス」
僕たちは声を揃えて謝り、ジャックも困った感じで頭を下げた。それで満足したのか、ローズハート先輩はいつもの様子に戻った。
「よろしい。では寮に戻ろう」
踵を返し、ダイヤモンド先輩と共に歩き出す。その背中を見ながら、ジャックがエースに耳打ちした。
「……弱そうだと思ってたが、お前らのところの寮長こえーな」
「そーだよ。か弱いハリネズミと見せかけた、超攻撃型ヤマアラシだから。マジで逆らわない方がいいぜ」
「……肝に銘じとく」
お互いに気が合わない理解できないと思ってそうな二人だけど、軽口のノリは近そうだ。ジャックのポリシーと関わらない部分なら仲良く出来そうな感じ。
学校行事を経て友達が増えるのはよくある事だし。……まああの、イヤな内容だけどね。悪巧みの阻止なんて。いや悪巧みする側よりはマシか。
とはいえ危険が無いとも限らない。当日まで気を引き締めていかないと。