2:果てを望む砂塵の王
食事を終えて食器を片づけ、食後の談笑に興じている彼らに近づく。
「おはよう、ちょっといいかな?」
ローズハート先輩が声をかけると、バイパー先輩と連れの人たちがこちらを向いた。少し怪訝そうな顔をしている。
「学園長からの命令で、学園内の安全調査を行っておりまして。スカラビア寮の方が怪我をされたとお聞きしたのですが」
「一体誰からそんな話が?」
「肖像画からだよ。オレが聞いて、この子に情報提供したって流れ」
「最近、学園内で怪我をされる方がとても多いんです。悪戯や設備の不備であれば対策が必要という事で、情報を集めています。よろしければご協力いただけないでしょうか」
「そうなのか!じゃあ協力しないとだな、ジャミル!」
向かいに座っていた銀髪の少年が明るい表情でバイパー先輩に振ったが、当の本人はまだ疑うような表情だ。
「ボクたちがいると話しづらいというのなら、席を外すよ」
「……いや、大丈夫だ。今更隠した所で変わりないだろう」
バイパー先輩は左手を見せた。手の甲を包むように包帯がぐるぐる巻きになっている。いかにも動かしづらそうだ。
「昨晩、俺はカリムから頼まれて夜食を作るために大食堂の厨房を借りたんだ」
「ジャミルの作る羊肉の揚げ饅頭、すげーうまいんだ!」
「なんだそのうまそうなモノ……」
「って、ん?お前、入学式でオレの尻に火をつけたモンスターじゃないか!」
「ふな!い、今はその話は関係ねーんだゾ!」
「そっかー、お手伝いしてるんだな!偉いなモンスターなのに!」
「お、お手伝いって……」
「…………話を続けてもいいだろうか」
「あ、はい。気にせずどうぞ」
銀髪の少年は、グリムをあやして喜んでいる。グリムの方は絶句してされるがままだが、我に返った後がめんどくさそうだし、とっとと話を終わらせたい。
「それで、具材を刻んでいる時に包丁で左手を切ってしまったんだ」
バイパー先輩は、右手の人差し指で包帯に包まれた左手をなぞる。その通りに傷がある、という意味だろう。
「真面目なキミにしては、珍しい不注意のように思うけど……」
「ジャミルの料理の腕はうちの料理長も絶賛するレベルなんだぜ!何でも美味いし見た目もバッチリでさ!」
「……カリム、話の腰を折るな」
カリムと呼ばれた銀髪の少年が、きょとんとした顔になり黙る。親しい間柄なのは見て取れた。
「その時、体調不良や疲労の自覚は?」
「それはない。ただ、怪我をした時、勝手に体が動いたような感覚があった」
「周囲で不審な物や人を見かけたりはしていませんか?」
「それもないな。厨房のゴーストは引き上げた後だったし、包丁も変な所は無かった」
そう答えた後、バイパー先輩は何か言い掛けて口ごもる。少し視線を気にしたように周囲を見た。
「場所を変えますか?」
「……いや、大丈夫。所詮、個人の感覚だ。証拠になるものでもないからな」
用心深い性格のようだ。お茶を飲みながら話を聞いてる彼とは雰囲気が真逆に思える。だからこそうまくかみ合って一緒にいるのかもしれないけど。
「手を怪我する直前、意識が遠のくような感覚があった。あれは多分、……催眠や暗示の魔法の前兆だ」
ローズハート先輩たちの雰囲気が険しくなった。
「そう思う根拠は?」
「先にも言いましたが、個人の感覚です。証拠になるものではない」
「でもキミは確信してるんだね?」
「勿論」
バイパー先輩の表情は揺るがない。答えに自信を持っている顔だ。少なくとも彼自身は、その結論に自信がある。
「そりゃあジャミルなら分かるさ!だってジャミルはふがふが」
「今は俺の話はいいから」
相方の話を物理的に遮りつつ、バイパー先輩はこちらを見る。
「ただ、具体的な手段やどんな魔法かは不明だ。催眠と何かの魔法の組み合わせか、ユニーク魔法なのか、……その辺りは見当がつかない」
「いえ、断言していただけただけでも助かります」
ご協力に感謝します、と頭を下げる。
「……君は魔法が使えないんだったな」
「はい、そうです」
「今の話を聞いて、怖いとは思わなかったか?」
意地悪く微笑む先輩を見る。
「犯人は悪事を調べる君を口封じに始末しようと考えるかもしれないだろう?俺の時のように、人目が無ければ証拠もない」
「そうですね。……まぁ、そうなったら面倒だとは思いますけど」
バイパー先輩は肩透かしを食らったような顔になる。怯えて慌てふためく所でも見たかったんだろうか。
「もしそんな事をされたなら、……どんな手を使ってでも犯人を見つけだして『お礼』をしますよ。僕の気が済むまでね」
だめ押しでニッコリ笑っておいた。後ろで引いてる気配がしたけど気にしない事にする。
「……なるほどな、学園長が君を使った理由がよくわかった」
バイパー先輩は苦笑している。……そう言うけど、あの人にとって気軽に使える手駒なだけなんだと思うなー。先輩が思うほど評価されていない。絶対。多分、あの学園長、僕が死んでも翌日にはけろっとしてると思う。
今のところ死ぬつもりもないけど。
「ご協力ありがとうございました」
「おう。調査、頑張れよー!」
改めて頭を下げると、銀髪の少年が愛想良く笑って見送ってくれた。まだもう少しゆっくりしていくらしい。僕たちは流れで食堂を後にした。
廊下に留まっているのもなんなので、中庭まで移動する。朝の時間は人の姿もまばらだ。
「催眠、暗示の類の魔法、か」
ローズハート先輩は考え込んでいる。この中で実際に被害を受けたのは先輩だけだ。おそらく、自分が被害を受けた時の事を思い出しているのだろう。
「バイパー先輩、凄くしっかりした人みたいですね」
「うん、寮長のカリムくん、事務処理苦手な感じだからねー。幼なじみだっていうし、ずっとサポートしてるみたい」
「……向かいに座ってた人が寮長さんなんですか?」
「そう。カリム・アルアジームくん。二年生でスカラビア寮の寮長だよ」
苗字で呼ぶ時はアジームでいいらしいよ、とダイヤモンド先輩は豆知識も添えてくれた。助かる。
「なんか……寮長さん、個性豊かなんですね……」
「個性豊かと言えば、イデアくんもそうだよ。イグニハイドの寮長」
「そうなんですか!?」
「あ、やっぱり気づいてなかったんだね」
あの時もローズハート先輩に連絡が取れたのは、寮長同士で連絡先を知っていたから、という事らしい。
イデアさんの様子を思い出す。あの感じで寮長とか大丈夫なんだろうか、と思ったけど、オルトがいるなら大丈夫そう。今度からシュラウド先輩って呼んだ方が良いかな。
「ちなみにシュラウド先輩って何年生なんでしょう」
「三年生だよ。オレと同じクラス」
「こんな所にも接点が」
「ついでに言うと、カリムくんとは同じ軽音部だよ」
何かあったら問い合わせしやすそう。
「……ダイヤモンド先輩が一緒で良かったです」
「本当!?嬉しい事言ってくれるなぁ」
抱きしめられ頬ずりされる。
でも本当、分からない事は教えてくれるし情報通だし場を和ませてくれるし、助かる事この上ない。……まぁちょっとその、ポムフィオーレに誘導された時は困ったけど。
ふと顔を上げると、ローズハート先輩が難しい顔のままこちらを見つめている。
「どう、リドルくん。何か思いついた?」
「……いや、ダメだ。幾つか手段としては思い浮かぶが、決定打に欠ける。そもそもユニーク魔法なら、通常の魔法を組み合わせた場合のコストや手順はスキップ出来てしまう」
一般に習えば使える魔法でも、似たような状況は再現可能だという。つまり、一時的に意識を奪い、身体を動かしてしまう事は出来る。難易度は低くないが、不可能とも言い難い。手段が分かった所で犯人に繋がる手がかりと言うには薄いのだ。
「ひとまず今朝はここまでだね。また放課後に集まろう」
「それじゃあ、また後でね」
ローズハート先輩の号令に応え、自然と二手に分かれる。ダイヤモンド先輩はローズハート先輩を教室まで送るつもりなのだろう。やはりこちらは心配する必要が無さそうだ。
そういえばさっきからグリムが静かだ。見ると腕を組んで何事か考え込んでいる。
「どうしたのグリム?」
「なんか気になるんだゾ……」
「羊肉の揚げ饅頭?」
「そっちじゃなくて!……ううう、ここまで引っかかってるのに出てこねえ……」
「毛玉吐きそうなの?ヤバくなったらちゃんとトイレ行ってね」
「オレ様は猫じゃねえ!!!!」