2:果てを望む砂塵の王
「ユウ、おっきろー!」
「ぐえっ」
腹に衝撃が走り目を覚ます。朝日がまぶしい。
「早く着替えて朝メシ食いに行くんだゾ!」
多分悪意は無い。こうした方が早い、ぐらいしか思ってない。それをどうこう言う気もない。
でも明日からは絶対にグリムより早起きしよう。
「そうだ、昨日夜中どっか行ってたのか?」
「は?」
何とか着替えに着手した僕にグリムが問いかける。
「トイレに起きたらいなくなってたから、どうしたのかと思ったゾ」
「あ、起きてたんだ……」
あの後、戻ったらまた枕を占領されていたのでどかしてから寝る事になった。僕があの人と話してる時間はさほど長くはなかったはずなのに。どんだけ寝相悪いんだコイツ。
「眠れなくなっちゃって、外の空気を吸いに行ったら人が訪ねてきたんだよ」
「ヒト?」
「うん、……頭に角が生えてる廃墟マニアの人」
「ハイキョマニア?」
「名前は教えてくれなかったけど、なんか有名人みたい。好きな名前で呼べって言われた」
ふむ、と呟いてグリムは首を傾げる。
「じゃあツノ太郎だな!」
「安直すぎない!?」
「分かりやすくていいだろ。それに好きな名前で呼べって言ったのはソイツじゃねーか。文句があるなら名乗ればいいんだゾ」
「それは……まぁ……そうだけどね」
朧気ながら昨晩の人を思い返すけど、ツノ太郎って呼んで許される顔はしてなかったと思う。
なんか凄い覚えきれないくっそ長い名前で、中二病かって言いたくなるようなベッタベタの二つ名とか持ってそうな感じだった。
……とはいえ、僕が考えたところで出てくるのはどっこいどっこいな感じの名前になるだろう。というか正直思いつきもしてない。
だったらまぁ、ツノ太郎でもいっか。
「今度来たらオレ様にも会わせろよ、ツノが生えた人間、見てみたいんだゾ!」
「ツノだけなら、サバナクロー辺り探したら何かしらいそうだけどなぁ。羊とか山羊とか」
「かっこいいか?」
「かっこいいと思うよ。多分。ツノってだけでかなり」
我ながらテキトーな答えだとは思う。むむむ、とグリムが考え込むポーズになった。
「オレ様もツノがあったらカッコイイ……!?」
「親分はそのままでもカッコイイよ」
どうやって生やすんだよ、というツッコミは胸にしまっておいた。訝しげな顔をされるがスルーする。
ゴーストたちに挨拶をして寮を出た。ここまでは毎日の事で、大体食堂へ向かう道中でエーデュースと合流し一緒に朝食を摂る。二人は寮の当番があったり、陸上部の朝練があったり、寝坊してたりして揃わない事もあるけど、そんな流れがいつもの事になりつつあった。
「おはよう、ユウ、グリム」
「おはおは~」
門扉にいつもと違う人がいて驚いた。ローズハート先輩はいつものようにキリッとしてるし、ダイヤモンド先輩もやっぱりにこにこ笑顔。慌てて駆け寄る。
「おはようございます」
「おはよう、エースとデュースはいねえのか?」
「二人はハートの女王の法律・第二百四十九条にのっとって、ピンクの服でフラミンゴの餌やり当番中だ」
「昨日あんな事があったし、ユウちゃんが目を付けられてないか心配だったんだよね、って事で今日はオレたちと朝ご飯しよ!」
「それは……ありがとうございます」
そんな事全く考えてなかった。思わず頭を下げる。
しかし顔を上げた所で、ちょっとむっとした顔のローズハート先輩と目が合う。
「ネクタイが曲がってるよ」
ローズハート先輩が僕の首もとに手を添えて整える。ちょっと窮屈に感じたが、先輩は真剣な顔だし多分だけど善意の行動だし、自分の制服の着こなしが完璧なんて思った事もないから文句は言えない。
「衣服の乱れは規律の乱れにも繋がる。監督生がそれでは寮生に示しがつかない。しっかり整えるように」
「あ、ありがとうございます」
僕たちの様子をグリムは怪訝な顔で、ダイヤモンド先輩は笑顔で見守っていた。
「じゃあ行こうか」
ローズハート先輩の言葉で全員が歩き始める。
「クローバー先輩のご様子はいかがですか?」
「特に変わった様子もなく落ち着いてるよ。まだまだ杖は必要そうだけどね」
「ちなみに朝ご飯はオレくんが部屋まで届けに行ってるよ!」
さすがに昨日の今日で好転するものでもないか。食事にさえ出られないのは大変そうだ。
「それでね、……昨晩、また怪我人が出たんだよ」
ダイヤモンド先輩は少し声を落とした。思わず振り返り、露骨な反応をしてしまったので慌てて周囲を見たが、こちらを見てるような人はいない。ちょっとほっとする。
「どなたですか?」
「ジャックくんじゃないよ。スカラビア寮のジャミル・バイパーくん。二年生で副寮長」
心配していた事を見透かされていてちょっと恥ずかしい。そんな事を考えてる場合ではないが。
「ジャミルくん、普段は寮で自分で作って食事してるらしいんだけど、怪我も調理中の事らしくて。今日は大食堂使うんじゃないかなって」
「合流したのは聞き込みも兼ねて、っていう事ですね」
「学園長から調査依頼を受けたのはキミとグリムだからね。キミたちがいないと話を聞き出す理由が無い」
という事は、普段から世間話をするような親しい間柄でもない人らしい。そんな人の情報でも手に入れられるダイヤモンド先輩の人脈、恐るべし。
大食堂の賑わいは時間で随分変わる。一番賑やかなのは昼だけど、朝晩は比べて穏やかだ。朝は朝練がある生徒が利用する事も見越してか時間が最も長く、その割に利用者が少ないので席の確保にも難儀しない。
「いたいた、あの子だよ」
ダイヤモンド先輩が示したのは、浅黒い肌の少年だった。長い黒髪を束ねていて、パーカーの上に制服のジャケットを羽織っている。同じ寮とみられる、何人かの生徒と一緒だ。まだ来たばかりのようで、テーブルには何も置かれていない。
「よし、食事が終わった所で声をかけよう」
ひとまず彼らの様子を見ながら食事を進める。怪我をしているという話だが、物を持ったり歩いたりするのは支障がなさそうだ。
カリカリのベーコンにとろとろのスクランブルエッグ。ソーセージのボイルも見逃せない。バターの匂いが食欲をそそるクロワッサン。バターロールもふかふか。トーストは自分で焼く形式なので、焼き立てにバターやジャムを乗せて食べられる。バゲットとは思えないくらいふわふわしゅわしゅわのフレンチトースト。具沢山で彩り豊かなポテトサラダに、どの葉もしゃきっとしておいしそうなグリーンサラダ。たくさんの野菜が入ったコーンチャウダーも食べ応えがある。
本当にここの食堂のご飯はおいしくて気分が上がる。品切れ以外で下がる事がない。
ご飯とか味噌汁とか、和食があれば本当に完璧なんだけどな。
「……キミたち、朝からよく食べるね」
「自分で用意すると簡単なものになっちゃいますし、種類も豊富でどれもおいしそうなので、つい多くなっちゃって」
「今日も動き回るから、いっぱい食べておかねーとな!」
「それなー、なんつって。おいしそうに食べるから見てて気持ちいいよね」
ダイヤモンド先輩もローズハート先輩も朝はあまり食が進まない人なのだろうか。エーデュースと比べてだいぶ少なく見える。とはいえ二人も運動部だし食べ盛りだし、自分を基準にするから標準に見えてるだけなのだろうか。
僕と同じくらいの量をぺろりと平らげてしまうグリムが一番凄いと思うのだけど。体格差あるし。