2:果てを望む砂塵の王




「おい、お前らそこで何してんだよ」
 後ろからかかった声に、身体が跳ねる。振り返ると、制服姿の生徒が三人、こちらに歩いてくる所だった。どれも頭に獣の耳が生えてる。
「ハーツラビュル寮のやつらじゃん」
「赤いお坊ちゃんのおとりまきかぁ~」
 ニヤニヤと笑いながら囲むように広がる。人数ならこっちが多いけど、向こうはみんな体格が良い。獣人属が身体能力的に優れているのなら、数の有利は意味がないだろう。
「あー、もう用事は済んだんで帰りまーす。お邪魔しました~」
「そう言わずにゆっくりしていけよ、なぁ?」
 素早く回り込んだ一人がエースの肩を押し戻した。
「狩りごっこしようぜ!獲物はお前らな!」
 随分物騒なごっこ遊びだな。いや彼ら的にはメジャーなのかもしれないけど。
 出口側にいる一人をぶっ飛ばせば、とりあえず包囲は解除できる。でも走って逃げるとして、鏡まではまだ距離がある。その間に残り二人が追いかけてきて追いつかれるリスクを考えると、やっぱり三人ぶちのめした方が早い。
 後ろの二人から倒せば前の一人が形勢逆転に多少の混乱を起こすだろう。殴るなら後ろの二人からだ、と結論してそちらを向いた。
「やめとけお前ら。こんな時期に他寮との間に揉め事起こすんじゃねえよ」
 緊張状態に、これまた背後から声がかかった。
 寮の建物から出てきたらしい人が、いかにもめんどくさそう、という顔で近づいてくる。
 褐色の肌に焦茶色の髪。緑の目と、片目を塞ぐように走る傷跡。頭についた特徴的な耳と、足下に揺れる髪と同じ色の房がついた尻尾。
 後ろには、明るい髪色の少年を引き連れていた。彼を見たグリムが大声をあげる。
「デラックスメンチカツサンド!!!!」
「オレの名前をおいしそうにしないでくれる?ラギー・ブッチって立派な名前があるんで!」
 少年はへらへら笑っているが、グリムは今にも飛びかかりそうだ。事態がめんどくさい事になりそうなので慌てて拾い上げる。
「寮長!」
 僕たちを囲んでいた三人が、ライオンっぽい人を見て背筋を正した。
 サバナクローの寮長。この人が。
 補習サボって植物園の芝生で寝てた人が、寮長。
 これは理性的な裁量なんて期待できないな。
「誰かと思えば、俺の尻尾を踏んずけてくれた草食動物じゃねえか」
 しかも覚えてやがった。
「あー、そっか。どっかで見覚えあると思ったら、あの時のメガネくんッスね」
「その節は大変失礼をしました……」
 一応深々と頭を下げる。何もせずにここを切り抜けられるならそれに越した事はない。
「寮長の尻尾を踏んだだと……?」
 一方で三下の方は明らかに怒りを滲ませていた。寮長が一瞥すると威嚇の唸りを収めたが、まだ殺気はこちらを向いている。
「それで?こんな所まで何をしに来た?」
「学園長の指示で保健室の利用者調査を行っております。サバナクロー寮の方も負傷されたと聞いたので、聞き込みに来ました」
「あの一年坊は負傷者じゃないが?」
「そうなんですけど。……実は、最近の保健室の利用者がマジカルシフト大会の有力選手ばかりだという情報もありまして、個人的にお話しできる機会が得られた方には注意喚起もしているんです」
「オレたちはそのお手伝い!ね?」
 エーデュースがダイヤモンド先輩の呼びかけに頷く。
「なるほど、言い訳だけはご立派な事だ」
 寮長はお見通し、と言わんばかりの得意げな顔で返す。
「だが親切のフリで情報収集に利用するなんざ、良識を疑う行動だな」
「それリーチくんたちにも言われた~。そんな下心無いのにね~?」
 ダイヤモンド先輩がいつもの調子で軽口を返す。慌てて否定しても何をしても、情報収集なんて証拠の出しづらい行動を否定するのは不可能だ。これ以上の手はない。
「悪いが、縄張りに土足で踏み入った奴をタダで帰すワケにはいかねえな」
 全く悪いと思ってなさそうな、意地の悪い笑顔でサバナクローの寮長は言った。俄然、後ろの三下が色めき立つ。人のこと取り巻きとか言えた態度かこれ。
「だが大会を控えた大事な時期に暴力沙汰で出場停止、なんざお互いイヤだろう?マジカルシフトで穏便に話をつけようじゃねえか」
 その言葉に反応したのはグリムだ。
「マジカルシフト?」
「草食動物どもに俺たちが稽古をつけてやるよ」
「オレ様やりたいやりたい!」
「グリム、暴れないでよ危ないから!」
「何でやる気満々なのコイツ……」
「まあでも、喧嘩になるよりは良いんじゃないか?」
「喧嘩になるよりは、ね」
 少し緊張が緩んだエーデュースとは対照的に、ダイヤモンド先輩は険しい表情だ。僕が見つめると、大丈夫大丈夫、といつもの調子に戻って笑う。
 岩場の上のマジカルシフト場まで案内……というか連行された。グリムだけウキウキだが、他は多少、緊張した面もちだ。サバナクローの敷地内なんだから、ハーツラビュルの彼らに味方はいない。マジカルシフト場で練習していたらしいサバナクロー寮生らも見物に加わってくる。その視線の数は決して少なくない。
「ユウちゃんは下がっててね、危ないから」
「安心しろよ、何もしねえから」
 三下は僕を囲んでニヤニヤ笑っている。寮長たちも咎めない。人質のつもりなんだろうか。
「先輩も、みんなも頑張って!」
 そんな事は気にせず声を張る。ちゃんと届いたらしく、エーデュースは手を挙げて応えてくれた。
 オンボロ寮の庭先で見た光景とは規模が全く違う。コートは広いし、ゴールは高い所にあるし、飛行術で飛び回るポジションもいる。四人で戦うには広すぎるように感じたが、飛んでる人がいる事を踏まえると、逆に七人だと狭いのかもしれない。
 程なく試合が始まる。ハーツラビュルはダイヤモンド先輩を中心に、ディスクを回してゴールに迫っていく。急拵えのチームだけになかなかスムーズには行かない。グリムは好き勝手に動いてるし、デュースも割と前に突っ走りがち。エースは巧くダイヤモンド先輩と前二人の間に入ってアシストしてる。
 対するサバナクローの方は、優勝常連と言うだけある。統率が取れていて動きに無駄がない。というか、多分遊んでる気がする。
 それと同時に、寮長とラギー・ブッチ以外の二人は相手が怪我するのも厭わないようなラフプレーを連発していた。何かしらスポーツをやってる奴なのか、エーデュースに比べて体格差がある。グリムなんて比べるまでもない。寮長はそもそもディスクの取り合いには参加しないし、ラギー・ブッチは小柄で素早い身のこなしでぶつかる必要もない。
 シュートが入る度に、サバナクロー寮生から歓声が上がるのも堪えるだろう。空気に飲まれて冷静な判断力を失っていく。ラフプレーのダメージや疲労が蓄積して、思うように動けない。
 見せしめの類だというのは理解できた。ダイヤモンド先輩の表情に納得する。


14/37ページ