2:果てを望む砂塵の王




「ひ、酷い目にあったんだゾ……」
 ぐったりと疲れた様子のグリムがとぼとぼ隣を歩いている。
 イデアさんに数分間モフり倒されたので疲れたらしい。オルトがタイマーで止めなかったらずっとモフられ続ける勢いだった。どうもイデアさんは猫が好きみたいだ。
 グリム、狸って言われたり猫って言われたり、見た目の感想が人によって違うよな。僕は猫っぽいと思ってるけど。魚というか、ツナ缶好きみたいだし。
 もうちょっと愛想が良ければ生活イージーモードなんだろうな、と思ったけど、自分にも同じ事が言えちゃうので黙っておいた。外見の利点を安易に使いたくない気持ちは自分も解るし。
「お疲れさま、グリム。グリムのおかげでみんなと無事に合流できるんだよ、親分すごい!」
「……オマエ、テキトーに褒めておけばオレ様が喜ぶと思ってないか?」
「でも、グリムのおかげなのはホントだよ。ぶつかったのが僕だったら、あそこまで親切にはしてくれなかったと思うな」
「調子のいい事言いやがって……」
 ぶつぶつと不満そうに言っているが、隣からは離れないで歩いてくれる。モフられてる間だって、火を吹いて暴れて逃げる事も出来ただろう。我慢強くなったものだと思う。余裕があればツナ缶のひとつも買ってあげたい所だ。
 メインストリートに差し掛かる。鏡舎へ向かう人の流れを見ていると、石像の土台の裏に立ち止まっている人影を見つけた。
「お待たせしました、遅れてすみません」
「ユウちゃんグリちゃんおかえり~!大変だったね!」
 ダイヤモンド先輩に抱き寄せられる。エースは呆れた顔になり、デュースは安心したような微笑みを浮かべた。
「スマホ持ってないのに離れるなよな」
「ごめん、逃げるのに夢中でつい忘れてた」
「何にせよ、無事で良かった」
「オレ様はあまり無事じゃないんだゾ……」
 そこで合流予定の人が一人足りない事に気づく。
「あれ、ローズハート先輩は?」
「寮長は寮に戻ったよ」
「『ハートの女王の法律・第三百四十六条、午後五時以降は庭でクロッケーをしてはならない、に違反している生徒がいないか見回りをしないといけない。目を離すとルール違反する奴がいるからね』だとよ」
「ちったぁ丸くなったかと思ったのに、相変わらずなんだゾ」
 エースが迫真の物真似をするものだから思わず笑ってしまった。ダイヤモンド先輩も笑いつつ、明るくフォローを入れる。
「いやいや、前よりかなーり優しくなってるよ?それに、真面目な所はリドルくんのいいトコだから!」
 その気持ちは何となく解る。
 こないだの騒動以降すっかりトゲが抜けたというか、明らかに雰囲気が柔らかくなった。
 罰を肯定する苛烈さがなくなった今は、真面目で誠実な良い人だと思う。問題児が多いこの学校では貴重な存在だろう。
「さ、今日のラストはサバナクロー寮、一年生のジャック・ハウルくん!運動神経抜群でいろんな部活から勧誘されてた期待の新星だって!」
「ジャック・ハウル……ですか?陸上部の?」
「うん、そう。あ、デュースちゃんも陸上部だっけ」
「はい。ほら、監督生には話しただろ、凄い奴がいるって」
「そういえば言ってたね。……マジフトでもスター選手候補なんだ」
 魔法を使うスポーツだけど、運動神経は重要な項目のようだ。
「そんなスゲー奴なら、なんでマジフト部じゃねえんだろ」
「さあ……僕もちゃんと話した事はないからな」
「とにかく行ってみよう!この時間ならきっと寮に戻ってるだろうし!」
 ダイヤモンド先輩に誘導されて鏡舎に向かう。寮に向かう人の姿もだいぶまばらで、サバナクロー寮の鏡をくぐる僕たちを咎める人もいなかった。
 まず気づいたのは、気温が少し高い事。校舎のエリアに比べて、なので流石に半袖でじっとしてたら寒いだろうけど。空気も乾いているが不快に感じるほどでもない。周辺には緑はわずかで、荒涼とした岩場が目立つ。
 建物は今まで見たどの寮とも違った。見た目は巨大な岩山で、ところどころ窓らしき四角い穴が空いている。藁葺きのような植物で屋根が作られてる部分もあり、他の寮と比べて簡素な印象を受けた。もっとも、建物の外観と内装が合致しないのはこの学校ではよくある事なので、内部は文化的なのかもしれない。入り口の布装飾や、ところどころにある骨らしき装飾や篝火も、独特な雰囲気を出していた。建物の大きさ自体は、他の寮と比べても遜色ないと思う。
「すげえ、寮の中にマジフト場があんの!?」
 エースの声に振り返ると、見上げるほどの岩に階段が続いている。その遙か上に、輪っかが浮いているのが見えた。オンボロ寮で見たマジカルシフトのゴールと何となく似てる。……あんな立派じゃないけど。
「サバナクローはマジフト大会の優勝常連だって話だからね。めちゃくちゃ力入れてるワケ」
「ジャックって奴もあっちにいるのかな」
「どうだろう……っと、いたぞ」
 デュースの向いてる方を見ると、誰かが建物の向こうから走ってくる所だった。
 褐色の肌に銀髪、運動着を着ている所までは判る。誰ともなく顔を見合わせ、デュースを先頭に駆け寄る。
「ジャック、ちょっといいか?」
 デュースが声をかけると、ジャック・ハウルは足を止めた。
 見上げるほど身長が高く、肩幅も広い。無駄なく引き締まった筋肉といい、いかにも運動神経が良さそうな見た目だ。鋭い目つきだが顔立ちはまだ幼く感じる。頭の上にある、銀色の三角耳も何となく愛嬌を感じた。
「……ハーツラビュルの連中が何の用だ」
 声も低く重々しい。一年生にしては雰囲気がいかつい。
「オマエが悪い奴に狙われてるかもしれねえから、オレ様たちが守ってやるんだゾ!」
「……は?」
 シンプルに理解不能という顔をされた。そりゃそうだわ。
「ちょっとグリちゃん、話しかけ方に問題ありすぎでしょ!」
 慌ててグリムの口を塞いで後ろに引く。
「やー、ゴメンゴメン。ちょっとオレたちの話聞いてもらっていーかなー?」
「いきなりなんなんだ。俺を守る、だと?」
「実は最近、学園内でマジカルシフト大会の選手候補が怪我をさせられる事件が多発しているんだ」
「で、オレたちはその犯人を捜してるんだけど」
「それと俺に何の関係が?」
「次に狙われそうな選手候補をマークして、犯人が現れるのを待とう、って作戦を考えててね。ちょっとオレたちに協力してくんないかな?」
 ジャックは少し考えてる様子だった。難しい顔で、でも僕たちの話を信じてない、という空気じゃない。
「断る。俺は一人で何とか出来るし、お前らに守ってもらう必要はねえ」
「だ、だけど、一人でいたら危ないかもしれないだろ」
「いらねえって言ってんだろ」
 デュースの言葉に語気を強め乱暴に返す。でも、その鋭い視線がわずかに曇った。
「それに……俺が狙われることは、多分……ない。……じゃあな」
 そう言うと、ジャックは踵を返し走り去っていった。フサフサした尻尾が、下向きに揺れて遠ざかっていく。
「あー、行っちゃった」
「なんかぶっきらぼうでカンジ悪いヤツだったんだゾ」
「あの話の振り方じゃ誰でもムッとするだろ」
「人間ってヤツは話し方ひとつでいちいちめんどくせぇんだゾ!」
 グリムは苛立った様子で腕を組んでむすっとしている。それとは対照的に、デュースは心配そうな顔をしていた。
 確かにちょっと気になる。自分が狙われる事は多分ない、って発言。
 そもそも選手候補が怪我をしている話だって、普通の寮生にはピンと来ないだろう。それだけで声をかけられる事にもっと違和感や不快感を示してもおかしくない。
 もしかして何か知ってる?


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