2:果てを望む砂塵の王
双子はハーツラビュルの誰かを追いかけたらしく、僕とグリムの方に迫ってくる気配はない。
しばらく駆け抜けてから、階段の影に隠れて様子を窺ったが、耳を澄ましても聞こえてくるのは穏やかな足音や話し声だけだ。
「……先輩たちには悪いけど、助かったなぁ……」
僕の足はあまり速くないし、脚のコンパスの差では絶対に負ける。フロイドって人は動きも素早かったと思うし、追いかけられてたらすぐ追いつかれてただろう。
「あのソックリ兄弟、怖かったんだゾ……」
グリムは毛を逆立ててブルブル震えている。宥めるために頭を撫でたら振り払われた。解せない。
「あ、しまった」
「ふな?」
「どうやってエースたちと合流しよう」
「……うろうろしてたらまたソックリ兄弟と出くわすかもしれねえよな」
はぐれる事を想定していなかったから待ち合わせ場所なんか当然決めてない。向こうも探しているだろうし、下手に動き回ってまた見つかったら面倒だ。
「参ったな……次の目的地も聞いてないし、どこにいればわかりやすいだろう」
「じゃあ、次にアイツらと会ったら、ボコボコにしてやればいいんだゾ!」
「ダメ。揉め事は最小限にとどめる努力をしましょう」
僕が否定すると、グリムはむっとした顔で腕を組んで睨んでくる。
「オマエ、強いくせに戦わないで逃げるなんてダセェんだゾ」
「僕はむやみやたらに喧嘩して、自分は強いです、ってアピールするの嫌いなの。身を守るために強くなったんであって、誰よりも強くなりたいワケじゃないから」
「……何でだ?」
「何でって」
「もっと強くなりたい、って思わねえのか?オレ様、もっと派手で強い魔法を覚えたいんだゾ」
「それはそれで良い事だと思うけど。僕は別にそうじゃないってだけ」
「んん~?」
グリムは首を傾げながら前を歩き出す。先の曲がり角から影が差してハッとした。
「グリム、前見て!」
思わず声をかけた時には、角から出てきた人の脚にグリムが激突していた。
「わ、わ、わぁぁぁ!」
前の人がつんのめって堪えきれずに倒れかかってきたので、思わず受け止めた。身長は僕よりずっと高いけど、その割に身体は随分軽いように感じる。細い手が僕にしがみついてきた。
「あ、ご、ごめん!」
相手の慌てて飛び離れた動きに合わせて、長い何かがひらりと舞う。それが青い髪の毛だと気づくまでに少しかかった。その毛束は、炎を纏ったように輪郭が揺らめいている。
顔を見れば、まず青白い肌が目に入った。唇は誇張でなく青く、目の下の隈は色濃い。青く揺らめく髪の毛の向こうで、金色の瞳が怯えたように僕を見ている。
長い髪の毛が炎のように揺れる様は、夕暮れが近づいている薄暗さも相まって幻想的だった。思わず見とれていた事に気づき姿勢を正す。
「こちらこそ失礼しました、お怪我はありませんか?」
「あ、ああ、うん、大丈夫」
『兄さーん!』
曲がり角の向こうから人の声がした。ひょこりと顔を見せたのは、これまた炎のように揺れる青い髪に金の瞳の少年だ。
だがどうも様子が生徒と違う。目の前の青年もきちんと制服を着てないので浮いてはいるが、少年は更に奇抜だった。
顔の下半分は硬そうな質感のマスクで覆われている。というか、肌が出ているのが目元の部分だけだ。白を基調とした硬そうなパーツを組み合わせたロボットのような見た目で、関節など要所要所に色が入る。
目立つのは左胸の青い炎だ。まるでブローチのようだけど、そこで生命あるもののように揺らめいている。
『大丈夫?』
「うん、大丈夫だよ、オルト」
『……そこにいるのは、オンボロ寮のハシバ・ユウさんとグリムさんだね』
「ふなっ!な、なんでオレ様の名前を知ってんだ!」
『だって話題の人たちだもの。入学式に乱入したモンスターと、魔法が使えない新入生!入学式翌日に食堂のシャンデリアを壊して、何故か二人で一人の生徒として認められた例外中の例外!』
人の噂は七十五日と言うが、まだまだそんな簡単にはいかないらしい。というかグリムの見た目が目立つから無理か。
『初めまして、僕はオルト・シュラウド。兄さん……イデア・シュラウドの弟だよ』
「あ……はい、どうも。イデア・シュラウドです」
「ご丁寧にありがとうございます。羽柴悠です」
イデアさんが軽く頭を下げるので、思わず自分も下げてしまった。グリムが怪訝そうな顔で見ている。
『課題提出のために出てきた矢先に話題の人に会えちゃうなんて、ラッキーだったね!』
「どこが?ぶつかって転びそうになって受け止められたんだけど?」
「それは本当にこちらが悪いので……申し訳ないです……」
「ああいやえっと、そうじゃなくて、気にしなくてもいいんだけど」
『二人はここで何をしていたの?』
「オレ様たちはソックリ兄弟に追いかけられて逃げてたんだゾ!」
「ソックリ?……オクタヴィネルのリーチ兄弟?」
頷くと、青白い顔が更にげんなりした表情になる。
「ついさっきまでそこにいたの?マジ最悪……」
「いえ、分かれて逃げた友達の方に行ったみたいで、こっちには来てないんですけど」
「どちらにしろ良くはないよ。まだその辺うろうろしてるかもしれないじゃん」
「それでどうするか悩んでたんだゾ。リドルたちと合流もできねえ」
「スマホで連絡すれば?」
「持ってないんです。その、ここに連れてこられた時に、所持品が何もかも無くなってて」
「マジか……えーと、ご愁傷様」
イデアさんは凄く可哀想なものを見る目で、心底から思ってる声音で言った。つらい。
兄とは対照的に、弟は溌剌とした表情のまま視線を彷徨わせていた。何度か瞬きした後、一人で何か納得した感じで頷いている。
『うん、これなら大丈夫』
「オルトさん?」
『オルト、でいいよ。ハシバ・ユウさん。ジェイド・リーチさんとフロイド・リーチさんは鏡舎に向かってると推測されるから、あと五分したら校舎を出ても問題ないよ』
「何でそんな事わかるんだ?」
『オクタヴィネル寮のモストロ・ラウンジの開店時間が近づいてる。普段ならこの時間には二人は寮にいるんだ。開店時間から逆算したら、とっくに鏡舎に向かわないと間に合わない時間なんだよ』
「寮の中で、お店をやってるんですか?」
「あの寮だけだよ。寮長がわざわざ学園長から許可を取り付けてやってるの。評判はいいみたいだけど」
そんな寮まであるんだ……っていうか、あの二人接客とかするんだ……想像つかない……。
『今、リドル・ローズハートさんにメールを送っておいたよ。ハシバ・ユウさんとグリムさんが、五分後に校舎を出てメインストリートに向かうよって』
「い、いつの間に!?」
『これくらいは簡単だよ。スマホが無いなら誰かが代理で連絡しないと仕方ないよね!』
「何から何まですみません」
『代わりに、お願いがあるんだけど……』
言いにくそうながらもすかさず、オルトは口に出した。こちらは打つ手ナシで動けない状況を打開してもらったのだから、心境としてはやぶさかでないけど。
「えーと、僕に出来る事ならしますけど」
『正確にはグリムさんに、かな』
「オレ様!?……い、イヤな予感がするんだゾ」
じりじりと後ずさる身体をすかさず捕まえる。
「こ、子分!?オマエ裏切るのか!?は、早く合流しないとなんだゾ!」
「裏切るも何も、ぶつかったのはグリムだし、助けてもらったし、五分まだ経ってないからね?」
「ハシバ氏、隙がない上に話が早い……ぐう有能……」
『良かったね、兄さん!』
グリムの手足をしっかり押さえて抱きかかえる。イデアさんは興奮した様子でグリムに手を伸ばしてきた。
「大丈夫……怖くないよ~……優しくするからね……フヒヒ……」
夕暮れの近づく校舎に、グリムの断末魔めいた絶叫が響いた。