2:果てを望む砂塵の王
行き先は中庭だった。生徒の憩いの場となっているらしく、放課後の今もベンチにはちらほら人の姿がある。
「次はあの二人。オクタヴィネル寮のジェイド・リーチとフロイド・リーチ兄弟」
先輩たちに倣って植木に隠れ、指さす方を見た。
中庭の井戸の向こうで、一際身長の高い二人連れが談笑している。髪型も身長もまるで鏡写しのようだが、制服の着こなしが違うので現実に存在する事が理解できた。
「去年は一年生だったけど、双子特有の抜群のコンビネーションで、対戦相手をかなり手こずらせたって話だよ」
確かにあの高身長ならスポーツでは活躍できそうだ。興味ありげに目を向ける一年生とは対照的に、ローズハート先輩は憮然としていた。
「有力候補には違いないだろうが……あの二人に護衛の必要は無いんじゃないかな」
「そっか、先輩は同学年ですよね。ご存じですか?」
「ご存じも何も有名人だし、ジェイドの方はクラスも同じだよ。普段も厄介な連中だ。特に」
「ああ~~~!!金魚ちゃんだ~~~~!!!!」
見ていた二人の片方が、こっちを見て大声を上げた。びくりとローズハート先輩の顔が強ばる。逃げる間も無く凄まじい勢いで走ってきた。
間近で見ると更に迫力がある。髪は海の色のような緑青に黒いメッシュが目立つ。目の色が左右で違った。本人は無邪気な表情で殺気もないが、大きく開いた口から覗く人間離れした尖った歯と、見上げるほどの身長には威圧感がある。
戯れで弱者の命を脅かす、捕食者の雰囲気だ。
「金魚ちゃん、こんなトコでなにしてんの?かくれんぼ?楽しそうだね」
「フ、フロイド。ボクの事を変なあだ名で呼ぶのはやめろと何度言わせるんだい?」
「だって、小さくって赤いのって、金魚でしょ?」
苛立ちを露わにするローズハート先輩を全く気にせず、へらへらと笑っている。実際、他人の機嫌を気にするようなタイプでは全くなさそう。
「……なんか変なヤツなんだゾ」
グリムが呟くと、フロイド先輩の視線が動いた。新しいおもちゃを見つけた、という様子で詰め寄っている。
「わー、しゃべる猫だ!おもしろ~い。ねえねえ、ギュッて絞めていい?」
「し、絞める!?やめるんだゾ!」
先輩の手から逃れるようにグリムは僕の後ろに隠れた。爪で服をよじ登って背中に張り付いてる。なるべく先輩に背を見せないように逃げると、明らかにむっとした顔をされた。
「誰?邪魔なんだけど」
「初めまして、一年A組の羽柴悠と申します」
敢えて空気を読まずに丁寧に挨拶すると、フロイド先輩は僕の顔をじっと見た。
「もしかして、オンボロ寮とかいうトコの新入生?」
「は、はい。そうですけど」
「え~、噂と全然ちげえ。美少女って話じゃなかった?オスじゃん」
「あくまで噂ですからね」
「あ!わかったぁ!」
人の話を無視して突然大声を上げたかと思うと、ひょいとメガネを取り上げられた。笑みを深める。
「わあ全然顔が違え!何これ面白~。アズールもメガネしてっけど、外しても全然変わんないもん。メガネに魔法とかかかってんの?」
「な、何もかかってないです。あの、返してください」
「え~。やだ。欲しいなら取り返してみなよ~」
ニヤニヤ笑って、メガネを頭上に掲げてみせた。ただでさえ見上げる身長差があるのだから、手を伸ばした所で届くはずがない。垂直跳びもそこまで成績が良くないし。
「やめておきなさい、フロイド。新入生をいじめてはいけませんよ」
顎を殴って昏倒を狙うか、堅実に膝を蹴るか迷っていると、穏やかな声がフロイド先輩の後方から聞こえた。
フロイド先輩と同じ顔の人物が、肩越しにこちらを覗きこんでいる。よく見るとメッシュの位置や目の色が左右逆だ。まさに鏡で写したようにそっくり。
「初めまして、オンボロ寮の監督生さん。オクタヴィネル寮の二年、ジェイド・リーチと申します」
「は、初めまして。ご丁寧にどうも……」
「ほら、フロイド。早く返しておあげなさい」
「何でだよ」
「彼は魔法が使えませんが、体力育成の成績は学年でも上位なんですよ。なんでも格闘技を修めてらっしゃるとか。膝が使い物にならなくなっては仕事に支障が出るでしょう?」
そうしたらアズールが怒りますよ、と気軽ながら諭すような口調で言った。
何でそんな事を知ってるんだ。
いや別に隠しているような内容ではないが、わざわざ収集するような話でもない。そんな話をわざわざ集めている、それを隠しもしない、しかもちょっと意味ありげに出してくる。
関わり合いになってはいけない人間の手法だと思う。
とりあえず暴力を選択肢から除く。相手がこちらの手の内を知っている以上、体格で劣る自分の方が不利だ。
「寮にも予備がありますし、欲しいのでしたら差し上げますよ」
「え、別にいらね」
次の瞬間に投げ捨てられたのをキャッチする。安堵の息を吐きつつかけなおした。
「それにしても、皆さんはこんな所で何をなさっていたのでしょう?」
ジェイド先輩は穏やかに笑って言う。しかし雰囲気はどうにも追いつめる側のそれだった。獲物を前にした猛獣、というのだろうか。
「実は、学園長からの依頼で学内の安全調査を行っておりまして。皆さんにもご協力いただいて、不審物がないか確認していた所です」
「そうですか、その不審物は僕たちだったのでしょうか?」
「そういうワケではありませんよ。目を向けたのはたまたまです。お二人は目立つ見た目ですし」
「そうですか。まぁ、貴方には僕たちを見る理由がありませんね。……でもハーツラビュルの皆さんはどうでしょう」
口元の弧が緩やかに開き、鋭い歯が覗く。さすが双子。口の中もそっくり。
「マジカルシフト大会で各寮練習に励むこの時期に、わざわざ安全調査の手伝いなんてしますか?手伝いを盾にして堂々と敵情視察、なんて事も可能ですよね?」
「やだなぁ、そんな事するわけないじゃん!本当にお手伝いなんだって」
「本当でしょうか?証明する術はないのですよね?」
「……無理だろうね」
「でしたら、こちらとしてもスパイ行為をタダで見逃すわけにはいきません」
「さっきから物腰は穏やかだけど、全然目が笑ってない……」
僕たちは中庭の出口の方へ後ずさり、二人がじりじりと距離を詰めてくる。一触即発の空気。先にどちらが仕掛けるか。
「総員退却!」
ローズハート先輩の号令で、全員が同時に別の方向に走り出した。
反射的に走り出してしまったが、助かった事には変わりない。号令がなかったら危うく前に出る所だった。