2:果てを望む砂塵の王




 翌日の放課後、鏡舎に全員が集合した。
 時間通りの集合に、ローズハート先輩は満足そうな顔をしている。
「じゃあ、早速様子を見に行こうか。まずはポムフィオーレから」
「げっ」
 僕が露骨に顔を歪めると、ローズハート先輩が目を丸くした。
「……ど、どうしたんだい、君らしくない声を出して」
「いや、ユウ結構こういう反応しますよ?」
「何なら口もすげー悪いし」
「手も出るし足も出るんだゾ」
「ああ、うん。凄かったもんね、こないだ。ちょーかっこよかった」
 ダイヤモンド先輩は同調しつつも、もうあんな無茶しちゃダメだよ、と上級生らしく釘を刺す事も忘れない。
 ローズハート先輩はオーバーブロットを起こしてる最中の記憶が曖昧みたいで、僕に殴られた事も覚えてなかったらしい。未だに信じていないのかもしれない。
「ま、まあそれは置いといて。……ポムフィオーレに行きたくないのかい?」
「い、いやなんか……苦手な人が多くて。昨日、副寮長って人に会ったんですけど、なんだか凄い迫力があったっていうか」
「お、見に行くのはまさにその副寮長だよ。ルーク・ハントくん」
「ぐげ……」
「凄い、未だかつて見た事がない顔の歪み方してる」
「逆にどんな人なのか気になって来たわ」
「アイツ、そんなに強いのかぁ?確かにちょーっと、怖い感じはあったけどよ」
「うんうん、百聞は一見にしかず!って事で行こっか!」
 ダイヤモンド先輩がガシッと肩を掴んだ。
「ちょ、先輩!?」
 抗議する間に、両腕をエースとデュースに抱えられた。さすがにもう逃げられない。引きずり込むように鏡をくぐらされた。
 空気は学園と同じく、秋のそれに近い。涼やかでありながら、どこからか花のような甘い香りも漂ってくる。
 眼前にそびえ立つのは、どう見ても城だった。ハーツラビュルのポップで可愛らしい雰囲気とはまるで違う、荘厳な白亜の城。かなり時代を経た建築物のように見えるが、やはりよく手入れされている印象を受けた。
 ……ラスボスの城みたいに見えるのは何でだろうな、ホント。
「い、行かないとダメですかぁ……?」
「何もなさそうなら、話しかけないでスッと帰ってくるから大丈夫!」
 これ以上引きずられて移動するワケにもいかない。仕方なく腹を括って歩き出す。
 内部も外観同様、ひたすら優雅で壮麗、という印象だ。とてもじゃないけど落ち着かない。こんなところで生活できるのも、美意識の高いポムフィオーレ寮生だから、なのだろう。魔力がなくて良かったかもしれない、と内心思う。
 オンボロ寮もほぼ廃墟だが住めば都というか、愛着が湧いた今となっては割と落ち着く場所だ。身の丈にも合ってるのかもしれない。
 ダイヤモンド先輩について歩き、寮内の様子を窺う。声をかけてきた寮生には安全調査の説明をして納得して貰った。ついでに副寮長の居場所を聞き出して、寮長と一緒に談話室にいるとの情報も得る。更に足が重くなった。
 言われた通りに談話室を覗けば、キラキラした集団がそこかしこで談笑している。目が潰れそう。そして一番奥の席に、一際キラキラした集団がいた。薄目で見た感じ、アレが寮長と副寮長だろう。同じテーブルに、紫色の髪の人が見える。体格が小柄だし、一年生だろうか。
「あの金髪のボブヘアーで帽子を被ってるのが、ルーク・ハントくん」
「ハント先輩は去年の試合でかなり活躍していた覚えがある。……まあ、変わった人ではあるけど」
 先輩たちが小声で解説すると、三人はふーん、と気のない返事をする。
「うーん……やっぱりなんかあんまり強そうに見えねえし、オレ様ならアイツは狙わないんだゾ」
 グリムが感想を述べ、エーデュースからも特に異論はなさそうだ。
「じゃあ帰りましょう。さあ帰りましょう。急いで帰りましょう!」
「そ、そんなに焦らなくても……」
「おや、もう帰ってしまうのかい?残念だ」
 あまりに近い所で声がしたので、思わず後ろに飛び退いていた。みんなもいきなりの接近に驚いて仰け反っている。
 だって全く気配が無かった。談話室が賑やかで足音を聞き落としたとしても、ほんの少し視線を外した間にここまで近づいてこられる人間がいるなんて誰も思わない。
「良いバネをしている。さすがだね、トリックスター。危うく弓を構えてしまう所だったよ」
 ハント先輩は穏やかに微笑んでいた。話す内容は物騒だけど。
「今日はどうしたんだい?……例の安全調査かな?」
「そうそう。オレたちもお手伝いしてるんだ~」
「そうか。それは安心だね。敵情視察だったら、タダでは帰せなくなってしまう所だったよ」
 目が笑ってない。たじろぐ一年生たちとは異なり、ローズハート先輩もダイヤモンド先輩も涼しい顔だった。
「やだなぁ。ルークくんもトレイくんが怪我したのは知ってるでしょ?」
「ああ、知っているとも。痛ましい姿が目に焼き付いているくらいさ」
「他にも寮生の怪我人が出ていますし、ボクたちとしても他人事ではありません」
「……そうだね、私たちも同じ立場だ。協力はやぶさかでないよ」
「アンタたち、いつまでそうしてる気?」
 不機嫌な声が聞こえて身体が強ばる。
 ハント先輩の後ろに、いつの間にか美しい人が立っていた。毛先に向けてラベンダー色に染まる柔らかそうな金髪。すらりと長い手足。着ているのは指定の制服なのに、特別に誂えたような着こなしぶりだ。
「出入り口を塞がれると邪魔よ。入るなら入ってきなさい」
「ヴィルくんこんにちは!ご機嫌いかが?なーんて」
「おかげさまで最悪よ」
 ポムフィオーレの寮長の顔がこちらを向いた。壁に張り付いてる僕に恐ろしいほどの迫力ある早歩きで近づいてくる。
「またメガネ戻してるじゃない。外したんじゃなかったの?」
「え、いや、……別に外したりは」
 と言い掛けて、先日のお茶会の事を思い出した。写真をマジカメに上げる、とダイヤモンド先輩が言っていたので、それを見たのかもしれない。
「アレはちょっと特別な事情がありまして!!!!」
「……なるほどねえ?」
 睨まれたダイヤモンド先輩は、意に介さない様子でニコニコ笑っている。
「だって見たくない?可愛い新入生二人のコラボ!すっごい良い写真撮れると思うけどなぁ~」
「生憎と、あっちもこっちも、それどころじゃないわ。今の状態じゃ作品とするに値しない」
「ありゃ、ダメかぁ」
「出直してくる事ね」
 ダイヤモンド先輩を冷たくあしらった後、改めて僕を見る。
「……ポムフィオーレの事は心配しなくていいわ。それぐらいはアタシたちでどうにかするし、判った事があれば学園長には報告するから」
「え?」
「ルークから聞いた。……故意犯の可能性があるのでしょう?」
 いやそこまでは昨日の段階では言ってない。ハント先輩を見たら、楽しそうに笑っている。それぐらいすぐ解ったよ!という声が聞こえてきそうだった。
「まだ推測の域を出ませんが、ボクたちはそう思ってます」
「証拠がないものね。でもアタシたちも同意見。寮生たちにも警戒は怠らないよう言っておいたわ」
「ご協力に感謝します」
「アンタに協力したつもりはないわよ。必要だと思ったからしただけ。やられっぱなしでいる気もないしね」
 ローズハート先輩の言葉に冷たく返す。
 ……言葉通りなら、これ以上ここにいる意味はない。ここの寮の人たちが守っている以上、囮にするのは難しいだろう。
「お時間頂き、ありがとうございました。……負傷された先輩にも、よろしくお伝えください」
 目一杯、礼儀正しく素直な顔をして頭を下げた。顔を上げると、あきれ果てたと言わんばかりの表情をした相手と目が合う。
「……アンタね」
「はい?」
「いいこと?アンタは魔法が使えないの。学園長が何言ったか知らないけど、リドルたちが事態の解決に出てきてるなら出しゃばらずにいなさい。怪我してからじゃ遅いわよ」
 ぽかんと見上げてしまった。もしかして心配されてる?
「アンタたちも。先輩なんだから、後輩の事はしっかり守りなさいよ」
「勿論、そのつもりです」
「危険な事をさせる気はないよ」
「そう。ならいいわ」
 険しい顔を緩め、僕を見てわずかに微笑む。そのまま振り返り、靴音をまた高らかに鳴らしながら談話室に戻っていった。
「帰りの案内は必要かい?」
「いえ、大丈夫です。ハント先輩も、ご協力ありがとうございました」
 ローズハート先輩に合わせてお辞儀をすると、ハント先輩はにっこりと笑っていた。
「次は是非、お茶でもしながら穏やかに語らいたいものだね。良い紅茶を用意して、その時を楽しみにしていよう」
 ハント先輩の笑顔に見送られ、ポムフィオーレ寮を後にする。鏡舎まで戻ってきた所で、三人が一斉に脱力した。
「すげー迫力だったわ。あと息詰まりそう」
「ハント先輩、凄かったな。いつ近づいてきたのかわからなかった」
「アイツら相手に何かするヤツの気が知れねーんだゾ」
「同感~。やっぱルークくんただ者じゃないよ~」
 おののく三人とは対照的に、ダイヤモンド先輩は笑顔で言う。ローズハート先輩は疑いの視線をダイヤモンド先輩に向けていた。
「え、なにリドルくん?」
「キミ、ユウをポムフィオーレに連れていくために、ハント先輩の警護をダシにしたんじゃないだろうね」
 ぎくりとダイヤモンド先輩の顔が強ばった、ような気がする。
「や、やだなぁ。そんな事ないよ。有力候補なのは事実だもん」
「あー、なるほど。ポムフィオーレにめちゃくちゃ可愛い子いますもんね。素顔のユウと並んでも遜色ないくらいの」
「そう!エペルくんホント可愛いんだよね!マジカメに写真載せたら絶対バズるって誘ったんだけど断られちゃったんだよ~。ヴィルくんがユウちゃんの事気に入ってるみたいだったから、一緒だったら撮らせてくれるかなって!」
 エースの言葉に乗っかって、ダイヤモンド先輩が早口でまくし立てる。それをローズハート先輩が冷ややかな目で聞いていた。視線に気付いたダイヤモンド先輩の表情が凍る。
「ケイト……?」
 ローズハート先輩が距離を詰めようと一歩踏み出した瞬間、ダイヤモンド先輩の手にしたスマホから通知音が鳴った。
「あ!ターゲット中庭で発見の報告来たよ!行こうリドルくん!」
「ちょっとケイト!」
「急がないと移動しちゃうかも!早く行かなきゃ!」
 ダイヤモンド先輩はローズハート先輩の手を掴んで歩き出した。小言を言うタイミングを失った先輩が半ば引きずられるようにして連れていかれる。
 僕たちは顔を見合わせ、誰ともなく溜め息をついて、先輩の後を追いかけた。


10/37ページ