2:果てを望む砂塵の王
「にゃっはっは!!勝利の味、とくと味わわせてもらうんだゾ!」
そう言って、グリムが包みを開こうとした瞬間だった。
「おっ。そこの君、すごいッスねぇ。超人気のデラックスメンチカツサンド、ゲットできたんスか」
後ろから声がかかって振り返る。
明るい髪色の少年がグリムを覗きこんでいた。頭には獣のものらしき大きな耳がある。ちらりと腕章を見れば黄色と黒。サバナクロー寮の生徒のようだ。制服が体格に合っていないのか、袖口はワイシャツと共に捲り上げられている。
「あん?なんなんだ、オマエ」
「あのさ、オレ、今日ど~してもそのパン買わないといけないんスけど、直前で売り切れちゃって。そこで相談なんスけど」
憮然として振り返ったグリムに、少年は猫なで声を返す。表情は明るいが、何だか見ているこっちの据わりが悪い感じ。
少年は手のひらに乗るサイズのパンをグリムに差し出す。
「こっちのミニあんパンとそっちのデラックスメンチカツサンド、交換してくんないスか?」
「はぁ!?絶対に嫌なんだゾ!」
そりゃそうだ。内容も分量も明らかに釣り合わない。しかし少年も全く引かない。
「まあまあ、そう言わずに。……はいっ、どーぞ」
そう言って更にあんパンをグリムに差し出した。すると、グリムが手に持っていたデラックスメンチカツサンドを少年の方に差し出す。
「ふなっ!?なんだコレ!?前足が勝手に……」
騒ぐグリムには一切答えず、少年は素早くデラックスメンチカツサンドを取り上げ、代わりにグリムの肉球の上にあんパンを乗せた。
「はい、交渉成立。いやー、優しいヤツが交換してくれて助かったッス!そのミニあんパンもめーっちゃ美味いッスから。小さいのが玉に瑕だけどね。ってわけで、ばいばーい!」
少年は早口でまくし立てると、とっとと食堂を去っていった。やっとグリムが我に返った頃には、扉の向こうに消えている。
「ふ、ふ、ふなぁ~~~~!!!!オレ様のデラックスメンチカツサンド~!!!!」
グリムの哀れな悲鳴が響いたが、彼が戻ってくる事はない。自分の行動があまりにショックだったのか、追いかける気力も無くぺちゃりと椅子に倒れる。
僕も逃げ足の早さに呆気に取られていた。何となく違和感を覚える態度といい、どうにも怪しい感じがする。
だってグリムが、食い意地張ってて人間のルールガン無視上等のグリムが、あんな不公平な交換条件を飲むワケがない。空から槍が降ってもあり得ない、……と思う。
「うっうっ、今日は最低の一日なんだゾ……」
めそめそ言いながら起きあがったグリムは、残る戦利品を口に運ぶ。あんパンを前にすると一層嘆いていた。
というか改めて気付いたけど、この世界にもあんパンあるんだ……。和食、もしかして探したらあるかもしれないな。
「もう、やけ食いしてやる!デュース、オマエのパスタも一口よこすんだゾ!」
「僕は関係ないだろ!?こら、やめろ!」
「ほら、グリムの分も持ってきてるからこっち食べなよ。ナゲット全部あげるから」
「ハンバーグもくれ」
「それはダメ」
飛びかかってくるグリムを押さえ込む。じたばた暴れる口にナゲットを押し込むと泣きながら咀嚼していた。
「それにしても、さっきはどうしたんだ?そんなに文句を言うなら、交換してやらなきゃよかっただろう」
「ちげーんだゾ!なんか、アイツが手を差し出したら、オレ様も勝手にアイツと同じ動きをしてて……それで、気付いたらパンを交換してたんだ」
「ああ、その気がなくても思わずノッちゃった~みたいな事たまにあるよね」
「そういうんじゃなくて……ううん、うまく説明できねぇんだゾ~」
グリムは困った顔で首を傾げている。結局諦めてやけ食いに戻った。
「そういやオレたち、今日の放課後、学園長に話があるから来いって言われてるじゃん。一体なんの話だろうね?」
エースが唐突に話を振る。
今朝、学園長からの伝言をクルーウェル先生から受け取ったのだ。『今度は何をやらかしたんだお前らは』という顔で言われたので、先生もどういう用事かは聞いてないらしい。
「もしかすると、この間のローズハート寮長の件かもしれないな」
「あー、あれか。片づいて随分経つと思うんだけど、今更なんだろ」
「ハッ……もしかして、あの日大活躍したオレ様に、ツナ缶のご褒美かもしれねーんだゾ!」
「いや、ツナ缶はねーわ」
ぱあっと顔を輝かせたグリムの期待をエースが否定する。あまりの無慈悲な言いぐさにグリムはまた拗ねたし、見かねたデュースが咎めたけど、エースは肩をすくめていた。
ロールパンで皿に残ったチーズソースを拭っては口に運ぶ。
さっきの獣人属の生徒、どこかで見た気がするんだよな。でもなかなか思い出せない。それにずっと何かが引っかかってる。
思い出すヒントも無いまま、慌ただしく昼食の時間は終わってしまった。