2:果てを望む砂塵の王



 一ヶ月繰り返してきたように、支度をして学校に行く。いつものようによそよそしい級友たちと挨拶を交わして、いつものように必死で授業を受けた。一ヶ月も経てば、授業の内容は複雑になってくる。ノートを取るのも気が抜けないし、寝てる暇もない。
「トレインセンセーはオレ様を眠らせる魔法を使ってるとしか思えないんだゾ。どんなに抗っても眠気に負けちまう!」
「お前、授業が始まって五分で寝ただろう。全然抗えてないじゃないか」
「グリムが寝てると僕も眠くなるから勘弁してほしいよ……」
「子分が寝たらオレ様の評価まで下がるんだゾ!」
「お前が寝たらユウの評価も下がるだろ、ちゃんとしろ」
 昼休みになって早速、僕たちはいつもの仲間で食堂に向かう。雑談しながら、寝ぼけ眼のグリムをデュースが小突いていた。いいぞもっとやれ。
 じゃれあう二人を無視し、エースは食堂を覗きこんで首を傾げた。
「なんか今日、やたら食堂が混んでねえ?」
 昼休みの食堂が混むのはいつもの事だが、確かに今日は一段と活気がある。よく見ると、ビュッフェを取りに行くのとは別に人だかりが出来ていた。
『今日は月に一度のスペシャルデー!麓の街から大人気のベーカリーが出張営業中だよ!早い者勝ちの売り切れゴメンだ!』
 シェフゴーストの大声が聞こえて、顔を見合わせる。
 人垣の隙間から覗きこむと、ラップに包まれたサンドイッチやきつね色のパンがたくさん並んでいるのが見えた。
「へー、どれも美味そうじゃん。オレも買ってこよっかな?」
「うへぇ、この混雑はちょっとパス……僕はいつものでいいや」
「本当に凄い人気だな。グリムはどうする……あれ?」
「オラオラ~!!テメェらどくんだゾ!デラックスメンチカツサンドはオレ様のものだ!」
 一際大きな声が行列の向こうから聞こえた。ブーイングも何のその、人の合間をちょろちょろ駆け抜けている。
「あいつ、食べ物の事になると我を忘れすぎだろ!」
「……監督生」
「ほっとこう。グリムにお金持たせてないから、お会計できなくて買えずに終わるだけだよ。誰かから喧嘩買ったらその時考える」
「な、なるほど……」
「時々とんでもなくドライだよな、お前……」
 エースはベーカリー争奪戦に行くと言うので、僕とデュースはビュッフェの列に並んだ。グリムが惨敗してくる事を計算して、いつものように二人分の食事を確保する。
 ベーカリーの利用者がみんな食堂の席を使うわけではないらしく、座席はいつもより空いてると感じるくらいだった。寒くなってきたとはいえ今日は天気も良いし、外で食べようと考える生徒も多いかもしれない。それはそれで楽しい昼食になりそうだ。
 とはいえ、今日のビュッフェは当たりメニューなので正直関係ない。一人一個限定のチーズソースのハンバーグを確保できたので満足だ。食堂のご飯の味はこの一ヶ月でたっぷり味わっている。期待を裏切らない味なのは間違いない。
 機嫌良くデュースの前に座ると、何故かきょとんとした顔をされる。
「どうしたの?」
「いや……今日は機嫌良さそうだと思って」
「あー……今日はハンバーグだから、嬉しくてつい」
「ユウも食事で機嫌が良くなる事があるんだな」
「そりゃあるよ。グリムほどの食い意地は無いつもりだけど、食べる事は好きだし」
 食堂のご飯は間違いなくおいしいが、ここ最近は故郷の食事の事もよく思い出す。ご飯と味噌汁と漬け物が恋しいし、肉じゃがも煮物もお好み焼きも恋しい。いずれ自炊すればある程度の再現は出来るだろうが、今は暇がないので絶望的だ。食堂のご飯が非の打ち所のない味なのが救いになってる。
「その、ユウもトレーニングとかしてただろ?食事とか気にしないのか?」
「んー……僕はきっちり栄養とかカロリーの管理はしてなかったよ」
「そうなのか……」
「僕はある程度維持できればいいやって感じでテキトーだったから、あんまり参考にならないと思う」
「……うーん、そうか……」
「デュース陸上部入ったんだっけ?」
 真面目な顔で頷く。
 マジカルホイールの同好会を作ろうとして却下されたという話は自分も聞いた。まぁ自分のいた世界で言えばバイクの同好会を作るようなものだろうから確かに難しいだろう。学校で所有するのも難しいだろうし、乗らないのなら何が同好会かという話になるだろうし。
「陸上部の新入生で、凄いヤツが一人いるんだ。あまり話さないけど、そいつがかなり鍛えてるって話を耳にして、気になってて」
「その子からアドバイス聞けたら良さそうだね」
「とうちゃーく!」
 会話を遮るように、グリムの声が隣からした。持っていた包みをテーブルに置いて席に座る。エースもデュースの隣の席にパンを置いていた。
「あれ、グリムお金は?」
「エースが払ったゾ」
 にかっとエースが笑う。
「ユウが薄情な事を言うから、可哀想だと思ってさ」
「コイツが欲しがってるパンもオレ様が取ってやったんだ」
 つまり、自分の手を汚さずに欲しいものを手に入れるためにグリムを利用した、という事らしい。
 デュースと一緒になって白い目を向けるが、エースは笑顔を崩さない。
「ギブアンドテイク、ってヤツでしょ。グリムもオレも欲しいものが買えてハッピー、な!」
「じゃあエースのおごりなんだね。ありがとう」
「いやいやそれとこれとは話が別!監督生の代わりにグリムの面倒見たんだから、ねえ?」
 にやりと笑みを深めて手を差し出してくる。
 微笑みながらそっと手を取って、指を反らすように押してやると、再現しがたい悲鳴をあげて飛び上がった。
「指固いんじゃない?気をつけないと腱鞘炎になるよ」
「ぼ、暴力反対!」
「あははは、この程度で暴力なんて、あっはっはっは」
「……エース、謝るなら早い方がいいんじゃないか?」
「冗談だよ。いくらだったの?」
 エースは素直に金額を答えたので、代金を渡す。ぴったりは出せなかったので、まぁジュース一本くらいだけど、お釣りはいらないと押しつけた。
「ずいぶん羽振りいいね」
「そういうわけじゃないよ。……グリムのツナ缶代だし」
「ふな!?……ま、まぁでも、今はツナ缶よりデラックスメンチカツサンドの方が大事なんだゾ!」
 一際大きな包みを掲げて、グリムはご機嫌に笑っている。他の包みはコッペパンにトマトソースのスパゲッティを挟んだものと、特徴的な形のクリームパンらしきものだった。
 エースはローストビーフとサーモンの二種類のサンドイッチを持ってる。二つでも結構おなかいっぱいになりそうな大きさだ。
 それらと比べても、グリムの手にしているデラックスメンチカツサンドは更に大きい。人気なのも頷ける。男子学生には魅惑のメニューだ。
 ……でもこれより先に売り切れていた卵サンドの実力もちょっと気になる。次の機会には自分も買いに行こうっと。


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