7−5:虹色の旅路 後編
「……さて、この胸糞悪い状況はどういう事だ?」
ジャックが泣き止んで、キングスカラー先輩が改めて尋ねてくる。
『その説明は僕からさせてもらうよ』
すかさずオルトがタブレットと共に前に出た。
タブレットは例の動画を流すが、キングスカラー先輩の反応は薄い。一応真剣に見てる。こういうの見る趣味は無さそうなのに、文句や茶化す言葉は一つも出なかった。
「なるほどな。これは全てマレウスの仕業って事か。許せねぇな、あのトカゲ野郎……」
最後の方は本気の苛立ちが滲んでいた。その怒りをふっと引っ込めて、不敵に笑う。
「アイツは得体が知れなくて、いつかとんでもねぇ事をしでかす。俺はずっとそう思ってたぜ」
真意は解らないが、対立する大義名分が出来たのは都合が良いんだろうな、彼としては。
ただまぁ、戦力としては頼れる人だし、協力的なのは嬉しい事だ。
「これはきっちりお礼をしねぇとなぁ?」
「それじゃあ、レオナ・キングスカラーさん。僕たちの仲間になってくれるんだね!」
「は?どうして俺が」
と思ったらこれである。
「さんざん悪夢を見せられたせいで、俺はもうくたくただ。一歩も動きたくねぇ」
言いながら草の上にごろりと寝転がった。本当に怠そう。
「俺はここで寝て待ってるから、マレウスをボコす準備が整ったら呼べ。じゃあな」
『その結論、レオナ・キングスカラ~すぎる!却下却下!せっかく苦労して目醒めさせたんだから、キリキリ働いてもらいませんと』
タブレットが寝そべる先輩の頭上を跳ね回れば、うっとおしそうに上半身だけ起こしてこちらを見た。
「どうして俺が。寮長クラスの魔法士が必要だってんなら、そこのタコ野郎でもう充分だろ」
「僕はどこかの誰かさんのせいで連戦で無理がたたり、体中ボロボロでして……ここで一時離脱をお願いしようと思っていたんです」
アーシェングロット先輩を振り返れば、僅かに微笑んでくれた。
『本当だ……アズールさんの構成霊素にかなりダメージの蓄積がみられるね』
オルトの診断にも納得だ。夢渡りのダメージも大きいし、夕焼けの草原の気候も辛かったみたいだもんな。
「王宮で近衛兵と戦った時、かなりの数をアズールが相手してくれたんだ」
「魔法だけでなく、拳や杖での打撃も見事だった」
「それ、完全にガラの悪い奴のただの喧嘩じゃないッスか……」
「え、アーシェングロット先輩の肉弾戦!?」
ブッチ先輩の感想と声が重なってしまった。何人かが何事かという顔をする。
「見たかったなぁ……僕もそっちに残ればよかったかも……」
「いえ、人に喜んでもらえるようなものではありませんよ」
アーシェングロット先輩が困ったように笑う。謙遜とかじゃなく、理解できないってニュアンス。
「あ、そっか。お前そういえば格闘技観戦好きだったな」
「子分が録画した番組、ボクシングとか殴り合ってる奴ばっかりなんだゾ」
『い、意外な趣味……』
「あとほら、ピシッとした格好の人が肉弾戦で強いの、映画とかゲームでもかっこよくないですか?」
『それは解る。戦い終わって大して乱れてない服を神経質に整える仕草まであると尚良し』
「アーシェングロット先輩なら絶対かっこよかったのに。仕方ないけど残念だなぁ……」
「……本当にあなたは不思議な人ですね」
先輩は愛おしそうに目を細めて、僕の頭を撫でる。
「まだ大丈夫だと駄々を捏ねる事も出来なくはなかったのですが、無理をして肝心な所であなたを守れないのでは意味がない」
足手まといにはなりたくない、と小さく呟く。
この人ぐらいの実力があれば、足手まといになんて滅多にならないとは思うけど、それは僕の主観でしかないもんなぁ。
「……ありがとうございました、先輩。ツノ太郎との戦いまでゆっくり休んでください」
「そうさせていただきます。……あなたもどうかお気をつけて」
手を差し出されて、素直に握り返す。優しい笑顔を向けられるのが嬉しくて、僕も全力の笑顔を返した。
『さらにユニーク魔法をたくさん使ったラギーさん、ジャックさんにもかなりの疲労が蓄積してる。自分の夢に戻って休んだ方がよさそうだ』
「……そういえば、例の作戦ってどんな感じになったんですか?」
「もちろん失敗しましたよ。『泥水を啜ってしゃがれてしまったような声』って言われてね」
ブッチ先輩の報告に、キングスカラー先輩は呆れた顔になっていた。
「さすがにあの不自然な動きと声で人間を騙すのは無理だろ。もっと早く気付け」
「あの時はアレが最良だったんスよぉ!レオナさんを目醒めさせるのに、必死で考えたんスからね!?」
それは本当にそう。
「キファジってじいさんが助けてくれなかったら、俺らも危なかった。鬼のように強かったぜ、あの人」
「魔法もつええし、ハイエナの連中をドカドカドカーッ!ってあっという間にのしちまったんだゾ」
「なんかいい所を全部見逃してる気がする!!」
凄くぴしっとしてて厳しそうなイメージがあったけど、戦闘も強いなんてかっこよすぎる。ああいう大人って憧れるよなぁ。
厳しくて強くてちょっと茶目っ気もあって、頼れる大人。
キングスカラー先輩が信頼して無意識に夢に登場させるくらいなんだから、現実でもきっと素晴らしい人なんだろうなぁ。
「…………ライオンと本気で殺し合いしてた暴れ牛がなんか言ってるんスけど」
「俺はダチの見なくていい所を見ちまった気分っす」
「オレ様が子分のケーキを盗み食いして怒られた時より、ち、ちょっとだけ怖かったんだゾ……」
『玉座の間での事は記録に残してあるから、許可が下りたら一緒に見ようね』
「やったー!」
都合の悪い声は無視をして、無邪気に喜んでおく。
だって正直無我夢中だったもん。一瞬でも気を抜いたら簡単に殺される相手だし。あれぐらい本気じゃなきゃ目を醒ましてくれないと思ったから。
装備がなきゃ絶対やりたくないよ。勝ち筋薄いし。
…………現実で同じ状況になった時に喧嘩売らずに踏みとどまれるかって言われたら、自信は無いけど。
『ハシバ氏、レオナ氏を説得して!寮長たらしの出番ですぞ!』
「……それはまぁ、ついてきてくれれば心強いってのは全面的に同意なんですけど」
『えっ』
「ただ、ツノ太郎と戦う事を考えると、最大戦力だし、温存しといてもらうのもアリかなぁって」
これでキングスカラー先輩の夢が、本人がリラックスしきってだらだらしてて何の疲れも無さそうなら頼りたい所なんだけど、全くそうじゃなかったし。
覚醒した状態なら、この夢の環境を上手く使って休む事ぐらいキングスカラー先輩には難しい事じゃないだろう。
ツノ太郎と戦う戦力なんていくらあってもいいんだし、夢渡りも最初は最小限の人員だったんだから、不可能ではないはず。
『んんん、正直否定しきれないけど!』
「次に目醒めさせるのはハーツラビュルの人たちですよね。魔法士としては未熟だけど、エースやデュースを仲間に入れてくれたら僕とグリムは結構やりやすいかもです」
「アイツらの夢も見れて丁度いいな!にゃはは!」
『いや、その二人は魔王討伐の仲間リストに最初から入ってるよ』
「え、そうなの!?」
『うん。リドル・ローズハートさんにとって大きな印象を残しているであろう寮生たちだからね。それに今ユウさんが言ったように、二人のサポーターとしての役割も期待されてるんだ』
ちょっと意外。魔法士として突出した生徒ではないから、選ばれてないと思ってた。エースはまだユニーク魔法も覚えてないし。
でもなんか嬉しいな。友達がこういうメンバーに選出されてるの。
「レオナさん。いいんスか。ダチより頼りにされてませんよ」
「頼りにしてないワケではないですよ?乗り気じゃないと余計に消耗するし、肝心な所でお疲れだと困るから休む必要もあると思ってるだけで」
「………………分かった」
キングスカラー先輩はあからさまな溜め息を吐いて立ち上がる。
「全く、理解されすぎるのも困ったもんだ」
「え、今のでやる気出る事あります?」
「最愛の姫君に他の男を頼りにしてるなんて挑発されちまったらなぁ。名誉挽回の機会を逃すワケにもいかねぇだろ」
「別に来ていただいた所で評価は特に変わりませんけど」
無表情で頬を掴まれてむにむに揉まれた。なんなんだこの人。
「そういうワケだ。少しの間なら面倒見てやるよ」
『す、すごい……純粋な興味として、どうやって育てたらこんな偉そうになるのか知りたくなってきた』
タブレットを睨みつけるキングスカラー先輩に、オルトが近づく。
『それじゃあ、これを渡しておくね。マレウスさんとの決戦フィールドへの招待状!』
封蝋のされた招待状を手に取ると、キングスカラー先輩はいつになく優雅に微笑んだ。
「これはこれは……華やかなパーティーへお招きいただき、感激の至り。大切な日をすっかり忘れてしまわないよう、留意いたします」
こういう言葉がさらっと出てくる所はしっかり『王子様』なんだよなぁ。
これもキファジさんの教育の賜物なんだろうか。
『それから、旅立つ前にレオナさんのダミーデータを……』
オルトの言葉に続いて、ホログラムのキングスカラー先輩が出力される。
玉座に相応しい質の良い衣装に、撫でつけた長い髪。若き王という感じでとてもかっこいい。
「コイツは俺が戻るまで、王としてこの枯れ果てた土地を一人で統治しなきゃいけねぇのか。憐れだなァ」
『どうかな……意外とやる気出して都市開発を進めてしまうのでは……』
『だよね。戻ってきたらすごい高層ビルとか建ってたりして……』
「失敗確定デバフ無いですもんね。それこそどんな手を使ってでも盛り返しそう」
僕たちの無責任なコメントに、キングスカラー先輩は面白くなさそうな顔をしていた。
でも本当に、この世界ではキングスカラー先輩の『思った通り』になるから、何でもかんでも失敗してたワケで。
現実には予想外のラッキーとかあったりするし、そんなに悪い事ばかり起きるワケがない。やる事なす事失敗するなんてあるもんか。
もしこのダミーデータが枯れた大地を栄えた王国へと変えられるなら、それはキングスカラー先輩にだって出来るのだ。
まぁ、それを本人が信じてくれない可能性があるのがなかなか悲しいところだけど。
「ここにいると気が滅入る。さっさと次の夢へ行こうぜ」
話を切り上げて、シルバー先輩の周囲に集まる。離脱する三人の場所を決め、更にバランスを検討してああでもないこうでもないと十数分。
「みなさん、僕が同行できるのはここまでですが……世界を支配せんとする魔王を制したとあれば、その成果の値打ちは莫大」
ちょっと大げさな言葉だけど、気持ち的にはまあ、外れてもないか。
「この大仕事、必ずやり遂げてみせましょうね!」
アーシェングロット先輩の笑顔はいつになく無邪気だ。見ていてちょっと和んだ。
「もしかしてオレ、自分の夢に戻ったらまたドーナツ食い放題なんじゃないッスか!?」
はっとした顔をしたかと思えばこれである。僕たちの視線に気づいたのか気づいてないのか、ブッチ先輩はご機嫌な笑顔になった。
「オレらの事は気にせず、のんびりゆっくり冒険を続けてくださ~い!シシシッ!」
いつもの特徴的な笑い声。ちょっとキングスカラー先輩は呆れた顔をしてたけど、この図太さが強さで、頼もしい部分でもあると思うんだよなぁ。
「俺は……自分の実力不足を実感する事ばっかりだったぜ」
ジャックは少し沈んだ声でそう言った。僕とグリムを見て、真剣な表情で頷く。
「合流するまでにキッチリ仕上げていくから、期待してろよ」
「うん。もちろん期待してるよ。またパーティー会場でね」
「よぉーし、それじゃあ次の夢に出発するんだゾ!」
「では……行くぞ!」
シルバー先輩の身体に掴まり身構える。もう何度繰り返しただろうって感じだけど、終わりの時は確実に近づいている。
ここまででほとんどの寮の寮長を味方につけてきた。あとはハーツラビュルだけ。
これまでも仲間になってくれたのは割と馴染みの先輩や同級生たちだったし、これから会いに行くのもきっと馴染みの先輩たちだ。どんな夢を見ているか想像もつかない。
何より、エースとデュースの夢も見られるのが楽しみだ。……ちょっとプライバシーの侵害っぽい気はするけどね。でも願望の反映具合は人によって違うし、変な歪められ方をしている夢だってあった。
仕方ないよね。夢に行かなきゃ目醒めさせられないんだもん。よし言い訳終了。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
虹色の光が視界を塞ぐ。雨上がりの風の匂いが遠ざかっていった。
さぁ、次は誰の夢だろう。
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