7−5:虹色の旅路 後編


「さぁて、そろそろ試合開始の時間だ。コロシアムに移動しろ」
 寮長の言葉に、寮生たちは元気よく返事をする。全く悪びれた様子はなく、この先のマジカルシフトの試合を心待ちにしている様子だった。
 そんな素直な寮生たちの様子を見て、キングスカラー先輩は笑みを深める。
「初戦はオクタヴィネルか……目をつぶってても勝てる雑魚だな」
「おやおや、ビジネスパートナーに対して随分な言い草ですねぇ」
 楽しげな雰囲気に水を差され、表情が曇る。
「アズール?一体何しに来やがった」
 キングスカラー先輩はアーシェングロット先輩に迷惑そうに返し、同行者たちにも視線を向ける。そして僕と目が合って固まった。
 この時の先輩とはお互いに敵という認識しか無かったはずなのに、僕を見る先輩の表情に敵意は無い。
「貴様らの企み、全て聞かせてもらったぞ!」
 真意を確かめるより先に、セベクが声を張り上げた。キングスカラー先輩の注意もそちらに向く。そしてキングスカラー先輩の後ろにいる連中も、セベクとシルバー先輩に目を向けてざわめいていた。
「あれは、ディアソムニアの選手?」
「えっ!?あれっ!?群衆の暴走に巻き込まれたはずじゃ……」
「このとおり、俺たちディアソムニア寮の選手には傷一つ無い。アズールのおかげでな」
 キングスカラー先輩の視線がアーシェングロット先輩に向く。凄まじい怒りの気配だが、アーシェングロット先輩は涼しい顔だ。
「……どういう事だ、タコ野郎」
「おや、レオナさんらしからぬ質問ですねぇ」
 なんかすっごい嬉しそう。出し抜いてやったぞ、みたいな。
「決まっているじゃないですか。『より条件が良い方と契約した』……ビジネスの基本ですよ」
「じゃ、じゃあ……マレウスは?」
「もちろんご健在だ!」
「そんなんアリッスか!?」
「……………うっ!?」
 偽者のブッチ先輩が声を上げると、キングスカラーが頭を抱えて呻いた。周囲の景色が歪む。
「なんだっ……?この光景、俺は、どこかで……っ!」
 効いてる。あの時の記憶が呼び起こされている。
「レオナさん?どうしたんスか?」
「夢から醒めかかってんスよ」
 同じ声が違う方向から聞こえて、動揺した様子でキングスカラー先輩は顔を上げた。
 本物のブッチ先輩がキングスカラー先輩の前に立つ。偽者の方は顔が真っ黒なのに、本物の登場に焦っているのが感じられた。
 その間もキングスカラー先輩は痛みに苦しんでいる。
「ラギーが二人?それに夢って……なんだこれは?あ、頭がッ……!」
 凄まじい苦しみようだ。毎回の事だけど、見ていて心配になる。でも目を醒ましてくれないと前に進めない。
 不意に、心配そうにしていた偽者のブッチ先輩が棒立ちになった。他の寮生たちも、どこか冷たい雰囲気で苦しむキングスカラー先輩を見下ろしている。
「あーあ。こりゃダメだ」
 ブッチ先輩の声で、キングスカラー先輩を冷たく突き放す。それを皮切りに、寮生たちも薄笑いを浮かべているような雰囲気に変わった。
「俺たち、この人に命令されてただけなんで無関係でーす」
「そうそう。王子様に逆らったら何されるかわかんねえし」
「ちょっと手伝っただけなのに進路潰されるとか勘弁してほしいっすよ」
 寮生たちの声で、保身のための言葉が次々と吐き出される。
 言葉を発している彼らは皆、現実ではキングスカラー先輩を見捨てていなかったのに。
「最初っから無理がありましたもん。オレもイチ抜けたーっと」
 キングスカラー先輩がわずかに顔を上げて、偽者のブッチ先輩を見た。それを待っていたみたいに、偽者が笑う。
「だってアンタ、生まれのせいにしてるけど性格最悪で人望無いですもんね。第一王子だったとしても、王様になんかな」
 偽者の言葉が途中で途切れる。僕の右拳が顔面を殴り、ブッチ先輩の左足が腹部を蹴っていた。二人分の攻撃を受けた偽者は、フィールドをゴム鞠みたいに吹っ飛んでいく。
 嘲笑していた寮生たちも息を飲み固まっていた。
「黙れクズ」
「ヒトの声使って勝手な事言わないでほしいッスね」
「性格最悪の奴は仲間の将来のために泥を被ろうとなんてしないし、人望無い奴の共犯になろうとする奴なんかいるワケねえだろ!!」
「オレたちだって従う相手は自分で選んでるし、自分の選択にそれなりのプライドってもんがあるんスよ!」
 こちらの怒りの声に応えるように、『闇』で出来た寮生たちの殺気も膨らんでいく。
「ああ……もうこうなりゃヤケだ」
 よろよろと立ち上がったブッチ先輩の偽者が呟く。
「邪魔者は全員潰せ!!俺たちの王様に気持ちよく眠ってもらうためになぁ!!」
「『俺たちの王様』だと?ふざけやがって!」
 ジャックが怒りを露わにすれば、後ろにいたみんなも構えた。
「レオナ先輩は、てめーらの王様なんかじゃねぇ。俺たちの寮長だ!!」
 狼の咆哮を合図に、敵味方入り乱れて大乱闘が始まる。
 まだ混乱しているキングスカラー先輩を戦力には数えられない。ひとまず彼の事はブッチ先輩とジャックに任せるべきだろう。
「グリム、キングスカラー先輩たちを守ってくれる?一番大事なトコなんで!」
「おう、オレ様に任せとけ!」
 頼もしい返事に背中を押され、真っ直ぐ前に走る。
 この場において『ゲームマスター』と呼ぶべきはブッチ先輩の姿をした『闇』だろう。そこを叩けば早く終わらせられるかもしれない。
 しかし大将が狙われる事はあちらも承知の事。そこかしこの物陰から寮生が出てきて行く手を阻む。キングスカラー先輩のイマジネーションの影響がどれほどあるのか知らないが、無限湧きみたいだけど大した強さじゃない。
 正面から飛びかかってくるものを避けて、後ろから来る奇襲を蹴りで迎撃。横から飛んできたものの背中に肘を叩き込み、そこを狙ってきた者はオルトのビームに撃ち落とされた。
 その頃にはセベクとシルバー先輩が合流して、敵をかき分けるのがだいぶ楽になってきた。アーシェングロット先輩の魔法もオルトのビームも援護してくれる。
 二人の警棒さばきを邪魔しないように距離を取りつつ、後ろを気にしながら、ブッチ先輩の偽者を追いかけていた。
 偽者の方は湧いてくる『闇』を盾に逃げ回っていたが、後衛の牽制に逃げ道を塞がれ段々と距離が縮まっている。
「捉えた!」
 セベクが高らかに声を上げ警棒を振れば、偽者はそれを軽々と飛び越える。その着地に合わせてシルバー先輩が続くが、身体を捩ってギリギリ避けられた。僕の足払いで地面を転がるもすぐに受け身を取って立つ。
 その瞬間、背中の方からキングスカラー先輩の咆哮のような叫び声が聞こえた。偽者のブッチ先輩が、明らかに硬直する。
 隙を見逃さず、セベクとシルバー先輩は手早く逃げ道を塞いだ。偽者が我に返った時にはもう遅い。
「はああぁぁぁぁ!!」
 二人の声が綺麗に揃う。
 逃げ場の無い同時の攻撃に対応しきれず、『闇』が砕けた。フィールドに出てきていた『闇』も、力を失って地面に溶けて消える。
「ははっ、あははははは!」
 静かになったフィールドに、笑い声が響く。誰もがその声の出所に視線を向けた。
「あァ、どうして俺は忘れてたんだろうな……あの馬鹿馬鹿しい悪巧みの事を」
 低く豊かな声で呟いたかと思えば、傍にいる寮生たちを見ていつものように不敵に笑っている。
「……ったく、最悪の目醒めだぜ。起き抜けに見たくねぇ、むさくるしいツラが並んでいやがる」
「やった!レオナが目を醒ましたんだゾ!」
 グリムの喜ぶ声で緊張していた空気が緩んだ。ジャックもブッチ先輩も嬉しそう。
「レオナ先輩、ハザッス!」
「あー、うるせぇな。でけぇ声出すんじゃねぇよ。俺は繊細なんだ。起こすんなら、もっと優しく起こせ」
「起きた瞬間から不満ばっかりの嫌味ったらしい感じ……これぞレオナさんッスね」
 憎まれ口を叩く姿に、安心したように笑ってみせる。その笑みに対しては文句が言えない様子で、しかしキングスカラー先輩は真剣な表情になる。
「おい、ラギー。これは一体どういう事だ?何が起きて……」
 当然の質問すら許さぬとばかりに、凄まじい揺れがマジカルシフト場を襲う。分厚いガラスが割れるような音がそこかしこで響き、地面にも空にも無秩序に大きな亀裂が入った。
「また夢の崩壊が始まったんだゾ!」
「マレウス様を害する計画が阻止された事で、この夢でレオナ・キングスカラーは幸せな結末を迎えられなくなった……。ふん!当然の報いだ!思い知るがいい、人間!!」
「そんな事を言っている場合か!」
 空気を読まないセベクにシルバー先輩が律儀にツッコミを入れてから、みんなを見回す。
「みんな、早く俺のそばへ!」
「話は後です。行きましょう、レオナ先輩!」
 ジャックが肩を貸してキングスカラー先輩を立たせる。
 いつにも増して揺れが酷い。気を抜いたら落ちるかも。
「……うわぁっ!?」
 と思った瞬間にまた地面が大きく割れて、ブッチ先輩が足を取られた。キングスカラー先輩が咄嗟に腕を掴んだけど、その身体はどんどん沈んでいく。
「何やってんだテメェ。普段の身軽さはどうした!?」
「足元が急に抜けて……うわ、わわっ!」
「ラギー先輩、レオナ先輩!うわっ!」
 駆け寄ろうとしても、更に地面が揺れて亀裂が広がっていく。
『ジャックさん、早くこっちへ!』
「でも先輩たちが!」
「いいから行け!テメェの面倒まで見きれねぇ!」
 キングスカラー先輩が怒鳴れば、ジャックは迷いながらもシルバー先輩に合流する。
「レオナさん、ぜってー手を離さないでくださいよ!こんなとこでオシマイになっちまうのはごめんッス!」
「うるせぇ、ちょっと口を閉じてろ!」
 こんなやりとりの間にも、まともな陸地がどんどん無くなっていく。
 だけど、このまま僕も離脱していいんだろうか。結局『イミテーション』の気配は見つけられてないのに。
『ハシバ氏、今回は離脱優先!「イミテーション」の事は後で考えよう!』
「……了解!」
 悩んで足を止めていた僕の思考を見透かしたように、シュラウド先輩から指示が飛んでくる。従わない理由は無い。
 急がなければ、と思っていると真後ろで何かが砕ける音がした。反射的に振り返れば、後ろの空間が歪に裂けて『闇』が溢れている。
 逃げなきゃ、と思った。でも足を動かすより早く、『闇』から出てきた無数の手が僕を掴んだ。伸ばそうとした手が後ろに引かれ、前に行こうとした足が浮いて、口も目も誰かの大きな手に塞がれる。
「ユウ!!」
 間近でグリムの声がした。他の皆の声も。
 でもすぐに何も聞こえなくなって、意識が途切れた。



「ユウーーーッ!!」
『ダメだ、グリムさん!!早くこっちに!!』
「どうにか出来ないんですか!?」
『今は無理!ハシバ氏は対策あるからまだ望みあるけど、他のメンバーは飛び込んじゃダメ!!レオナ氏、早くして!!』
「……ああ、くそ。もう諦めるしかねぇか……」
「ま、まさか……嘘だろ?またオレを切り捨てるつもりかよ!」
「……ジャック!!受け取れ!!!!」
「えっ!?」
「うわああぁっ!?……あれっ?オレ、生きてる?え、レオナさん!?嘘だろ!」
「もう限界だ!離脱する!『同じ夢を見よう』!」
「レオナさぁーーーーーーん!!!!」

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