7−5:虹色の旅路 後編
………
何も考えないようにしながら、『闇』の中に身を沈める。纏わりつく冷たいものの感覚が無くなって、少し乾いた風が肌に触れて次の階層に辿り着いた事を察した。
目を開ければ、見覚えのある景色が広がっている。乾いた空気と少し温暖な気候。特徴的な石造りの建物と、敷地の結構な割合を占めるマジカルシフトのコート。サバナクロー寮だ。
『レオナ・キングスカラーさんの反応は運動場の方だね。複数の生体反応がある』
出来る限り身を潜めて、運動場へと近づいていく。大所帯だから隠れる場所が無くて大変だけど、運動場の人々はこちらに気づいた様子もなく盛り上がっていた。
予想できた事だけど、運動場にいたのはキングスカラー先輩とサバナクロー寮の生徒たちだ。キングスカラー先輩を囲む寮生たちには顔が無いが、キングスカラー先輩が気づいた様子は無い。
『いきなり作り込みが甘いね。どうしたんだろう』
『おそらく、いきなりの方針転換にデータのダウンロードが間に合っていないと思われ。ここはさっきまでと違って、他の人の夢と同じ感じの「幸せな夢」になってるんじゃないかな』
オルトの集音マイクでキングスカラー先輩たちの会話を拾い、タブレットから流す。
「なんとも言えぬ悲劇だ……」
そんな芝居がかった言葉をキングスカラー先輩が吐いていた。
「まさか、パニックを起こした観客がディアソムニアの入場パレードに突進し、あのマレウス・ドラコニアを選手もろとも押し潰してしまうとは!」
言葉とは裏腹に、声音は妙に嬉しそうに聞こえた。何とも言えない顔をしてしまう。
「俺たちは負傷した彼の分まで、精一杯マジフト大会を戦い抜こうじゃないか。なぁ?」
サバナクロー寮の生徒たちが雄叫びを上げる。キングスカラー先輩も満足そうに笑った。
「これで大会の王座は、もう俺たちのものだ!」
「いいぞ!王様バンザイ!」
「王様バンザイ!王様バンザイ!」
ブッチ先輩の声も聞こえるから、たぶんどこかに『闇』の作った偽物がいるんだろう。本物が微妙な顔をしている。
「民間人を傷つけられないから、為す術なく暴走する人間の群れに呑み込まれていくしかなかったマレウスさんの顔……思い出すだけで良い気分ッス!」
「これが俺たちの全力ってやつだ」
「次はマジフトだけじゃなく、期末テストでも順位を上げてぇなぁ」
「本当にテメェらの知恵はイボイノシシ以下だな」
次の欲望を口にする寮生をキングスカラー先輩は鼻で笑う。だけどまんざらでもなさそう。
「なら次は、試験で良い成績をとりそうなヤツを狙えばいい。そうだろ?」
異議を唱えるものは無い。まるで続きを期待するような沈黙ぶり。
「どれほど頭が良くても、試験を受けられなきゃ意味がないんだ。……どれほど強くても、試合に出られないマレウスみてぇにな!」
そして下品な笑いが起こる。聞いていて気分の良いものではない。
ディアソムニアの二人を見れば、セベクは明らかに怒った顔してるし、シルバー先輩は見た事ない冷ややかな顔をしていた。美人の真顔って本当に怖い。
「……今一緒にいるメンツ的に、このシーンめちゃくちゃ気まずいんスけど……」
自業自得だけど、お気の毒さまです。
「あれは……マジフト大会でマレウス先輩を罠にはめる事に成功したサバナクロー寮生たち、って事か?」
「みたいッスね。マジフト大会のトーナメント開始直前っぽい」
「奴ら、マレウス様やディアソムニアの選手たちを傷つけたばかりか……次は期末試験でも卑劣な方法で順位を上げようとしているぞ!許せん!」
さすがに安直すぎると思うが、シュラウド先輩曰く『データのダウンロードが間に合ってない』という事みたいだし、ここはもしかしてキングスカラー先輩の意思というよりはツノ太郎の魔法領域の作ったものって感じなのかも。
だとするとこれまでの夢で『無根拠の万能感』を感じてた部分は、ツノ太郎が補ったものであって本人の本来の考えとはかけ離れてるものなのかもしれない。うう、複雑すぎてよくわからん。
「もし皆さんがサバナクローの企みを阻止してくれていなかったら、次に狙われていたのは、成績上位者だったかもしれない、という事ですね」
なんて恐ろしい、とアーシェングロット先輩が怯えたフリをすれば、ブッチ先輩が厳しい目を彼に向ける。
「間接的に片棒担いでた君がそれ言います?アズールくん」
アーシェングロット先輩がぎくりと顔を強ばらせた。こっちを見ない。
「僕の仕事は魔力の増幅薬を作成し、顧客に渡すまでだ。それを何に使おうが、それで何が起ころうが、当方は一切の責任を負わない。そういう契約です」
釈明しつつ、しきりに眼鏡に触っている。こっちを気にしているのがありありと伝わってきた。
「魔法薬を悪用されるだなんて、僕は夢にも思っていませんでしたよ」
「…………ふーん……」
「わ~。白々しすぎて、もはや清々しいッス」
「まぁ、今更どうこう言う気はありませんけどね。意味も無いですし」
黙り込んだアーシェングロット先輩をフォローしてくれる人はいない。ジャックに至っては全く無視をして、身勝手で都合の良い計画を語る寮生たちに怒りを向けていた。
「アイツら、自分が努力して順位を上げるんじゃなく……高みにいる相手を卑怯な手を使って引きずり落とす事ばっかり考えていやがる。……聞いてられねぇよ!」
「落ち着け、ジャック。レオナ先輩の思考は今、『闇』に染まりきっている。現実では流石に……」
「どうッスかねぇ。本質的に、ああいうものの考え方をするタイプッスよ。レオナさんも、オレも」
ブッチ先輩は冷ややかに言う。絶句しているディアソムニアの二人に追い打ちでもかけるように、皮肉った笑みを浮かべる。
「このままレオナさんの目を醒まさなかったら、大会でサバナクローが優勝するところが見られんのかなぁ?」
「何言ってんだ!そんな幻を見たって、何の意味もねえだろ!」
「わかっちゃいるんスよ。そんなのは」
後輩の怒りを受け止めて、ブッチ先輩は真顔に戻る。
「それでも、欲しくてたまんなかったんス。あの時のオレたちには」
沈黙が流れる。
ジャックはぐっと押し黙っていたかと思うと、迷いの無い目をブッチ先輩に向ける。
「……上を見りゃキリがないし、王様になったって不満が尽きる事はねぇだろ」
卑怯な手を使って手に入れた玉座に座っても、きっと虚しいだけだ。
彼らしい言葉だった。
世の中は結果が全てと斜に構えたところで、それで得られた結果に満足できるかは別の話。どうにも人間は無いものねだりだ。欲が満ちてもまた次の欲しいものが出てくる。
「現に、夢の中で夕焼けの草原の王様になったレオナ先輩は……普段よりもずっと不機嫌で、不満だらけに見えた」
「はは、言えてら」
ジャックの言葉に、ブッチ先輩は表情を崩した。
「もし夢の中でマジフト大会優勝したって、すぐに不満たらたらになりそうッスよね、あの人」
……まあ、あの人のストレスはマジフト大会だけにある訳じゃないしな。
ツノ太郎がいる限り目の上のたんこぶって奴なんだろうし。
「んじゃ、さっさと目を醒ましてもらうとしますか」
「うっす!」
改めて気合いを入れ直している。元気な事で。
『この夢のレオナ・キングスカラーさんは、学園での生活の記録を持っている。現実との齟齬を突きつけて、揺さぶりをかけやすい状況ではあるね』
「ちょうどマジフト大会の日の役者のほとんどが、ここに揃ってる。ひと芝居打ってみるとしましょーか」
「と言うと」
「簡単な話ッスよ。シルバーくんたちが『マレウス・ドラコニアはピンピンしてる』って言うだけ。あの時と同じように」
そこさえあの時と同じならどうにかなるだろう。あの時もツノ太郎がマジフト場に来たワケじゃなかったし。
「向こうにはブッチ先輩がいますから、最初は隠れていただいた方が良いかもです」
「あ、オレも切り札って事?」
「ええ。最初からいるとツノ太郎の話のインパクトが薄れそうなんで」
『……そういえば、ここにも「イミテーション」はいないね』
「いない方が話がややこしくならなくて助かります」
……さっきなんか気になる事を言ってたな。『何回作ってもお前にならなかった』とかなんとか。
やっぱり『イミテーション』はこの夢にもいたみたいだな。本当に今どこにいるんだろ。最悪のタイミングで出てきそうで怖いんだよなぁ。
「あ、でもアーシェングロット先輩はどうしましょう?契約は終わった状態ですよね?」
「……いえ、契約の相手に裏切られたとなれば、それなりの衝撃が与えられるはずです。僕が出れば揺さぶりくらいにはなるでしょう」
『点数稼ぎ乙』
「うるさいですよ」
アーシェングロット先輩がタブレットを睨みつけるが、画面の向こうのシュラウド先輩に堪えた様子は無い。
ちょっと微笑ましくも思いつつ、スマホの充電を確認する。充電は四割くらい。変身するにはあと少し足りないから、もしキングスカラー先輩が暴れてもみんなに任せるしかない。
あの時だってなんか黙っていられなくて前に出ただけだし、今回はこのまま引っ込んでいられればいいんだけど。
何も考えないようにしながら、『闇』の中に身を沈める。纏わりつく冷たいものの感覚が無くなって、少し乾いた風が肌に触れて次の階層に辿り着いた事を察した。
目を開ければ、見覚えのある景色が広がっている。乾いた空気と少し温暖な気候。特徴的な石造りの建物と、敷地の結構な割合を占めるマジカルシフトのコート。サバナクロー寮だ。
『レオナ・キングスカラーさんの反応は運動場の方だね。複数の生体反応がある』
出来る限り身を潜めて、運動場へと近づいていく。大所帯だから隠れる場所が無くて大変だけど、運動場の人々はこちらに気づいた様子もなく盛り上がっていた。
予想できた事だけど、運動場にいたのはキングスカラー先輩とサバナクロー寮の生徒たちだ。キングスカラー先輩を囲む寮生たちには顔が無いが、キングスカラー先輩が気づいた様子は無い。
『いきなり作り込みが甘いね。どうしたんだろう』
『おそらく、いきなりの方針転換にデータのダウンロードが間に合っていないと思われ。ここはさっきまでと違って、他の人の夢と同じ感じの「幸せな夢」になってるんじゃないかな』
オルトの集音マイクでキングスカラー先輩たちの会話を拾い、タブレットから流す。
「なんとも言えぬ悲劇だ……」
そんな芝居がかった言葉をキングスカラー先輩が吐いていた。
「まさか、パニックを起こした観客がディアソムニアの入場パレードに突進し、あのマレウス・ドラコニアを選手もろとも押し潰してしまうとは!」
言葉とは裏腹に、声音は妙に嬉しそうに聞こえた。何とも言えない顔をしてしまう。
「俺たちは負傷した彼の分まで、精一杯マジフト大会を戦い抜こうじゃないか。なぁ?」
サバナクロー寮の生徒たちが雄叫びを上げる。キングスカラー先輩も満足そうに笑った。
「これで大会の王座は、もう俺たちのものだ!」
「いいぞ!王様バンザイ!」
「王様バンザイ!王様バンザイ!」
ブッチ先輩の声も聞こえるから、たぶんどこかに『闇』の作った偽物がいるんだろう。本物が微妙な顔をしている。
「民間人を傷つけられないから、為す術なく暴走する人間の群れに呑み込まれていくしかなかったマレウスさんの顔……思い出すだけで良い気分ッス!」
「これが俺たちの全力ってやつだ」
「次はマジフトだけじゃなく、期末テストでも順位を上げてぇなぁ」
「本当にテメェらの知恵はイボイノシシ以下だな」
次の欲望を口にする寮生をキングスカラー先輩は鼻で笑う。だけどまんざらでもなさそう。
「なら次は、試験で良い成績をとりそうなヤツを狙えばいい。そうだろ?」
異議を唱えるものは無い。まるで続きを期待するような沈黙ぶり。
「どれほど頭が良くても、試験を受けられなきゃ意味がないんだ。……どれほど強くても、試合に出られないマレウスみてぇにな!」
そして下品な笑いが起こる。聞いていて気分の良いものではない。
ディアソムニアの二人を見れば、セベクは明らかに怒った顔してるし、シルバー先輩は見た事ない冷ややかな顔をしていた。美人の真顔って本当に怖い。
「……今一緒にいるメンツ的に、このシーンめちゃくちゃ気まずいんスけど……」
自業自得だけど、お気の毒さまです。
「あれは……マジフト大会でマレウス先輩を罠にはめる事に成功したサバナクロー寮生たち、って事か?」
「みたいッスね。マジフト大会のトーナメント開始直前っぽい」
「奴ら、マレウス様やディアソムニアの選手たちを傷つけたばかりか……次は期末試験でも卑劣な方法で順位を上げようとしているぞ!許せん!」
さすがに安直すぎると思うが、シュラウド先輩曰く『データのダウンロードが間に合ってない』という事みたいだし、ここはもしかしてキングスカラー先輩の意思というよりはツノ太郎の魔法領域の作ったものって感じなのかも。
だとするとこれまでの夢で『無根拠の万能感』を感じてた部分は、ツノ太郎が補ったものであって本人の本来の考えとはかけ離れてるものなのかもしれない。うう、複雑すぎてよくわからん。
「もし皆さんがサバナクローの企みを阻止してくれていなかったら、次に狙われていたのは、成績上位者だったかもしれない、という事ですね」
なんて恐ろしい、とアーシェングロット先輩が怯えたフリをすれば、ブッチ先輩が厳しい目を彼に向ける。
「間接的に片棒担いでた君がそれ言います?アズールくん」
アーシェングロット先輩がぎくりと顔を強ばらせた。こっちを見ない。
「僕の仕事は魔力の増幅薬を作成し、顧客に渡すまでだ。それを何に使おうが、それで何が起ころうが、当方は一切の責任を負わない。そういう契約です」
釈明しつつ、しきりに眼鏡に触っている。こっちを気にしているのがありありと伝わってきた。
「魔法薬を悪用されるだなんて、僕は夢にも思っていませんでしたよ」
「…………ふーん……」
「わ~。白々しすぎて、もはや清々しいッス」
「まぁ、今更どうこう言う気はありませんけどね。意味も無いですし」
黙り込んだアーシェングロット先輩をフォローしてくれる人はいない。ジャックに至っては全く無視をして、身勝手で都合の良い計画を語る寮生たちに怒りを向けていた。
「アイツら、自分が努力して順位を上げるんじゃなく……高みにいる相手を卑怯な手を使って引きずり落とす事ばっかり考えていやがる。……聞いてられねぇよ!」
「落ち着け、ジャック。レオナ先輩の思考は今、『闇』に染まりきっている。現実では流石に……」
「どうッスかねぇ。本質的に、ああいうものの考え方をするタイプッスよ。レオナさんも、オレも」
ブッチ先輩は冷ややかに言う。絶句しているディアソムニアの二人に追い打ちでもかけるように、皮肉った笑みを浮かべる。
「このままレオナさんの目を醒まさなかったら、大会でサバナクローが優勝するところが見られんのかなぁ?」
「何言ってんだ!そんな幻を見たって、何の意味もねえだろ!」
「わかっちゃいるんスよ。そんなのは」
後輩の怒りを受け止めて、ブッチ先輩は真顔に戻る。
「それでも、欲しくてたまんなかったんス。あの時のオレたちには」
沈黙が流れる。
ジャックはぐっと押し黙っていたかと思うと、迷いの無い目をブッチ先輩に向ける。
「……上を見りゃキリがないし、王様になったって不満が尽きる事はねぇだろ」
卑怯な手を使って手に入れた玉座に座っても、きっと虚しいだけだ。
彼らしい言葉だった。
世の中は結果が全てと斜に構えたところで、それで得られた結果に満足できるかは別の話。どうにも人間は無いものねだりだ。欲が満ちてもまた次の欲しいものが出てくる。
「現に、夢の中で夕焼けの草原の王様になったレオナ先輩は……普段よりもずっと不機嫌で、不満だらけに見えた」
「はは、言えてら」
ジャックの言葉に、ブッチ先輩は表情を崩した。
「もし夢の中でマジフト大会優勝したって、すぐに不満たらたらになりそうッスよね、あの人」
……まあ、あの人のストレスはマジフト大会だけにある訳じゃないしな。
ツノ太郎がいる限り目の上のたんこぶって奴なんだろうし。
「んじゃ、さっさと目を醒ましてもらうとしますか」
「うっす!」
改めて気合いを入れ直している。元気な事で。
『この夢のレオナ・キングスカラーさんは、学園での生活の記録を持っている。現実との齟齬を突きつけて、揺さぶりをかけやすい状況ではあるね』
「ちょうどマジフト大会の日の役者のほとんどが、ここに揃ってる。ひと芝居打ってみるとしましょーか」
「と言うと」
「簡単な話ッスよ。シルバーくんたちが『マレウス・ドラコニアはピンピンしてる』って言うだけ。あの時と同じように」
そこさえあの時と同じならどうにかなるだろう。あの時もツノ太郎がマジフト場に来たワケじゃなかったし。
「向こうにはブッチ先輩がいますから、最初は隠れていただいた方が良いかもです」
「あ、オレも切り札って事?」
「ええ。最初からいるとツノ太郎の話のインパクトが薄れそうなんで」
『……そういえば、ここにも「イミテーション」はいないね』
「いない方が話がややこしくならなくて助かります」
……さっきなんか気になる事を言ってたな。『何回作ってもお前にならなかった』とかなんとか。
やっぱり『イミテーション』はこの夢にもいたみたいだな。本当に今どこにいるんだろ。最悪のタイミングで出てきそうで怖いんだよなぁ。
「あ、でもアーシェングロット先輩はどうしましょう?契約は終わった状態ですよね?」
「……いえ、契約の相手に裏切られたとなれば、それなりの衝撃が与えられるはずです。僕が出れば揺さぶりくらいにはなるでしょう」
『点数稼ぎ乙』
「うるさいですよ」
アーシェングロット先輩がタブレットを睨みつけるが、画面の向こうのシュラウド先輩に堪えた様子は無い。
ちょっと微笑ましくも思いつつ、スマホの充電を確認する。充電は四割くらい。変身するにはあと少し足りないから、もしキングスカラー先輩が暴れてもみんなに任せるしかない。
あの時だってなんか黙っていられなくて前に出ただけだし、今回はこのまま引っ込んでいられればいいんだけど。