7−5:虹色の旅路 後編
………
銀色の狼がハイエナと魔物を背に乗せ王宮の廊下を駆け出す。その後ろをヒューマノイドが飛行機能で追いかけていた。
「くそ、手間取っちまった」
「あのじいさんのおかげで助かったッスっけど……」
「早くレオナを追いかけるんだゾ!」
『兄さんとユウさんが先行して追いかけて足止めしてくれてる。すぐに追いつけるよ!』
階段を飛ぶように降りて、かつて通った裏手の出入り口を目指す。
もう少しで見えてくる、というところでジャックの足が止まった。
「ジャックくん?」
「ふな?」
『どうしたの?』
狼は目を見開き、巨躯を震わせるばかりで答えられない。次いで、轟いた咆哮に今度はラギーとグリムが身を竦めて固まった。
『今のはレオナ・キングスカラーさんと……ユウさんの声もある?』
「……マジで?あれ、ユウくんの声なの?」
「ふ、ふなぁ……」
『どうしたの三人とも。いったい何が……』
「……い、行きたくねぇ……」
『え?』
ジャックがそう呟き後ずさりしたかと思うと、変身が解除される。投げ出されたグリムは、文句も言わずに立ち上がるとすぐにジャックの脚にしがみついた。ラギーも軽やかに受け身を取りつつしゃがみこんだまま動けない。
「か、完全に殺し合いの空気じゃないスか……いったい何やってんのあの人たち!?」
『お、オルト~!』
出入り口の方からタブレットがふらふらと飛んでくる。
『兄さん!どうなってるの?』
『ハシバ氏がレオナ氏に決闘を申し込んで問答無用で殴りかかったんだよ!!レオナ氏もぶち切れて本気で応戦しはじめて……ど、どどどどうしよう……!』
「そ、それユウくん大丈夫なんスか?……この感じだと大丈夫なんだろうけど……」
『ハシバ氏は「S.T.Y.X.」から戦闘用の装備を渡してあるから戦えてるけど、ここはレオナ氏の夢だからかなり不利だ。いや、そんなの関係なく止めないと。本当にどちらかが死んだら洒落にならない!!』
イデアの嘆きは本気だった。疑う余地はない。
『な、なんとか止めに入れない!?』
「無理」
『そう言わずになんとか!!』
「本気の殺し合いしてるライオンと牛の間に入れって、オレらに死ねって言ってるのと同じッスよ」
『……う、牛……?』
「牛じゃないッスか。普段のほほんとしてるけど、一度キレると手のつけられない暴れ牛」
草食動物は穏やかでか弱いものばかりではない。
戦うための角を備え、走るための脚があり、逃げるための視野を持つ。
それは頭に重さを加え刃を備えた鈍器として敵を打ちすえ、蹄でもって追いかけてくる敵の頭を砕き、素早く敵を察知して近づく事すら許さない。
獅子でさえ一対一で狩りは行わない相手だ。生存のための戦いは狡猾に戦術を練り、時に数で圧倒する事も厭わない。
否、これは狩りではない。生きるための戦いでもない。
人と人の、知性ある者同士の、互いの誇りを賭けた闘争だ。
しかしそこにある殺気は、野生の血を色濃く継ぐ者たちが恐怖で一歩も動けなくなるほどの強さだった。
「マジでちびりそう。ジャックくん、立てる?」
「……っす。少し、慣れてきました」
「……止められないだろうけど、見届けないと。オレたちの王様なんだから」
ジャックはただ頷く。
気配を殺しながら、出入り口に近づく。その間も外からは派手に何かが崩れる音と、人の声とは思えないような咆哮が聞こえてきた。
扉が原型を留めていない出入り口から、外を覗く。
二人は泥だらけになって地面を転がりながら殴り合っていた。上下が頻繁に入れ替わり、時に蹴り合い、少し間合いが離れたかと思えばまた掴み合い地面を転がる。互いに一切の手加減はなく、まともに食らえば再起不能になるような一撃をギリギリ防ぐのを繰り返していた。
体格では悠が劣るが、強化装備の性能で腕力を補っているのと、小柄だからこその身体さばきで相手を一方的な優位には立たせていない。
一方、レオナの戦い方は力任せのようでいて少しの侮りも無い。王を名乗るに相応しい上質で動きにくそうな衣装をものともせず、相手を圧倒する事に力を尽くしていた。
どちらも油断も手加減も無い。少なくとも、外野にはそう見えていた。
永遠に続くかに思われた攻防に、唐突に変化が訪れる。
悠がレオナの首を掴み、地面に叩きつけた。レオナは大の字になったまま動かない。場を占めていた殺気が消える。
二人の荒い呼吸音だけが響いていた。表門の諍いの声は誰の耳にも入っていない。
「……殺す気で来いっつったでしょ」
レオナにのしかかった悠が、掠れた声で呟く。その手は首にかかったままだ。
「……お前に殺されるなら本望だ」
「馬鹿言わないでよ。殺せる訳ないっての」
「……プリンセスはお優しい事で」
嘲るような言葉だが、レオナの口元に浮かぶ笑みは穏やかだった。
「……諦めないんじゃなかったの?」
「……ああ、言ったな。そんな事も」
「そう。……気が変わったんだ」
悠は諦めたようにレオナの首から手を離す。身体からも下りて、しかし離れがたい様子で傍にしゃがんだまま、レオナを見つめていた。
レオナは視線を受けて気怠げに身を起こす。
「……愛してるさ、今だって」
小さく呟いた言葉は、悠の耳にも届いていた。
「だが、気づいちまったんだ。ずっと目を背けてたのに。言い逃れが出来なくなった」
「……先輩……?」
「お前さえ隣にいてくれればどうにかなる。どんな事でも飲み込める。そう思っていたのに……何度作り直しても『お前』にならなかった!!」
整えられていた髪は乱れ、衣装は泥に汚れ、玉座から落ちた王の仮面は落ちて、獅子は声を荒らげた。そして縋るように悠の腕を掴み、愛おしそうに頬を撫でる。
「愛してるんだ。……俺の、運命の相手だと、今でも思ってる」
言葉に偽りが無い事を示すように、慈しむような視線を目の前の少年に向けていた。
「だけど」
その瞳が暗く淀む。地面に落ちた影が色を濃くしながら広がっていた。
「お前の運命の相手は……俺じゃないんだ」
低く豊かな声は悲嘆に満ちた絶望を呟く。悠が目を見開いて固まったその一瞬の隙に、レオナは彼の身体を突き放した。
悠と完全に身体が離れた瞬間、レオナの身体が自身の影から吹き出した『闇』に包まれる。
「先輩!!」
咄嗟に悠が伸ばした手に応えようともせず、レオナは無抵抗で『闇』に沈んでいった。
レオナを飲み込んだ『闇』は広がり、世界は黒く塗りつぶされ始める。
悠は尻餅をついたまま動けずに、レオナが消えていった暗闇を無言で見つめていた。
「……変身解除」
一言呟けば、魔法少女の衣装が制服姿に戻る。『S.T.Y.X.』の装備に守られ身体に大きな損傷は無いが、その表情はどこか虚ろなままだった。
「ユウ、大丈夫か!?」
「ん、平気」
グリムが駆け寄って膝に登れば、いつもどおりに頭を撫でていた。そのままグリムを抱いて立ち上がる。
「……シルバー先輩たちと合流しましょう。状況を報告しないと」
『大丈夫、こっちに向かってきてるよ』
オルトの言う通り、一分と経たずシルバーたちが王宮から出てきた。惨憺たる有様の裏口に面食らった様子だが、冷静に面々を見回す。
「レオナ先輩は?」
『「闇」に呑まれて深い階層に落ちていっちゃった』
「取り逃がしました。すみません」
「いや。……こちらも援護に入れずすまなかった」
とりあえず大きな怪我が無い事は互いに見ただけで確認をする。
「……で、俺たちはどうすりゃいいんだ?」
「僕は追いかけます。まだ目を醒ましてもらってないし」
『ここにいても出来る事は無いしね』
「では、すぐに『闇』に飛び込むとしよう」
慣れたメンバーが地面に広がる『闇』に向かっていく一方で、ジャックは怪訝そうな顔になった。
「……このコールタールみてぇなドロドロの中に飛び込むのか?」
「これしか方法が無いってんなら、そうするしかないっしょ」
先輩に『覚悟を決めろ』と言われては、後輩に選択の余地はない。
ごく自然に飛び込んでいく面々に続いて、二人も『闇』へと身を沈めた。
銀色の狼がハイエナと魔物を背に乗せ王宮の廊下を駆け出す。その後ろをヒューマノイドが飛行機能で追いかけていた。
「くそ、手間取っちまった」
「あのじいさんのおかげで助かったッスっけど……」
「早くレオナを追いかけるんだゾ!」
『兄さんとユウさんが先行して追いかけて足止めしてくれてる。すぐに追いつけるよ!』
階段を飛ぶように降りて、かつて通った裏手の出入り口を目指す。
もう少しで見えてくる、というところでジャックの足が止まった。
「ジャックくん?」
「ふな?」
『どうしたの?』
狼は目を見開き、巨躯を震わせるばかりで答えられない。次いで、轟いた咆哮に今度はラギーとグリムが身を竦めて固まった。
『今のはレオナ・キングスカラーさんと……ユウさんの声もある?』
「……マジで?あれ、ユウくんの声なの?」
「ふ、ふなぁ……」
『どうしたの三人とも。いったい何が……』
「……い、行きたくねぇ……」
『え?』
ジャックがそう呟き後ずさりしたかと思うと、変身が解除される。投げ出されたグリムは、文句も言わずに立ち上がるとすぐにジャックの脚にしがみついた。ラギーも軽やかに受け身を取りつつしゃがみこんだまま動けない。
「か、完全に殺し合いの空気じゃないスか……いったい何やってんのあの人たち!?」
『お、オルト~!』
出入り口の方からタブレットがふらふらと飛んでくる。
『兄さん!どうなってるの?』
『ハシバ氏がレオナ氏に決闘を申し込んで問答無用で殴りかかったんだよ!!レオナ氏もぶち切れて本気で応戦しはじめて……ど、どどどどうしよう……!』
「そ、それユウくん大丈夫なんスか?……この感じだと大丈夫なんだろうけど……」
『ハシバ氏は「S.T.Y.X.」から戦闘用の装備を渡してあるから戦えてるけど、ここはレオナ氏の夢だからかなり不利だ。いや、そんなの関係なく止めないと。本当にどちらかが死んだら洒落にならない!!』
イデアの嘆きは本気だった。疑う余地はない。
『な、なんとか止めに入れない!?』
「無理」
『そう言わずになんとか!!』
「本気の殺し合いしてるライオンと牛の間に入れって、オレらに死ねって言ってるのと同じッスよ」
『……う、牛……?』
「牛じゃないッスか。普段のほほんとしてるけど、一度キレると手のつけられない暴れ牛」
草食動物は穏やかでか弱いものばかりではない。
戦うための角を備え、走るための脚があり、逃げるための視野を持つ。
それは頭に重さを加え刃を備えた鈍器として敵を打ちすえ、蹄でもって追いかけてくる敵の頭を砕き、素早く敵を察知して近づく事すら許さない。
獅子でさえ一対一で狩りは行わない相手だ。生存のための戦いは狡猾に戦術を練り、時に数で圧倒する事も厭わない。
否、これは狩りではない。生きるための戦いでもない。
人と人の、知性ある者同士の、互いの誇りを賭けた闘争だ。
しかしそこにある殺気は、野生の血を色濃く継ぐ者たちが恐怖で一歩も動けなくなるほどの強さだった。
「マジでちびりそう。ジャックくん、立てる?」
「……っす。少し、慣れてきました」
「……止められないだろうけど、見届けないと。オレたちの王様なんだから」
ジャックはただ頷く。
気配を殺しながら、出入り口に近づく。その間も外からは派手に何かが崩れる音と、人の声とは思えないような咆哮が聞こえてきた。
扉が原型を留めていない出入り口から、外を覗く。
二人は泥だらけになって地面を転がりながら殴り合っていた。上下が頻繁に入れ替わり、時に蹴り合い、少し間合いが離れたかと思えばまた掴み合い地面を転がる。互いに一切の手加減はなく、まともに食らえば再起不能になるような一撃をギリギリ防ぐのを繰り返していた。
体格では悠が劣るが、強化装備の性能で腕力を補っているのと、小柄だからこその身体さばきで相手を一方的な優位には立たせていない。
一方、レオナの戦い方は力任せのようでいて少しの侮りも無い。王を名乗るに相応しい上質で動きにくそうな衣装をものともせず、相手を圧倒する事に力を尽くしていた。
どちらも油断も手加減も無い。少なくとも、外野にはそう見えていた。
永遠に続くかに思われた攻防に、唐突に変化が訪れる。
悠がレオナの首を掴み、地面に叩きつけた。レオナは大の字になったまま動かない。場を占めていた殺気が消える。
二人の荒い呼吸音だけが響いていた。表門の諍いの声は誰の耳にも入っていない。
「……殺す気で来いっつったでしょ」
レオナにのしかかった悠が、掠れた声で呟く。その手は首にかかったままだ。
「……お前に殺されるなら本望だ」
「馬鹿言わないでよ。殺せる訳ないっての」
「……プリンセスはお優しい事で」
嘲るような言葉だが、レオナの口元に浮かぶ笑みは穏やかだった。
「……諦めないんじゃなかったの?」
「……ああ、言ったな。そんな事も」
「そう。……気が変わったんだ」
悠は諦めたようにレオナの首から手を離す。身体からも下りて、しかし離れがたい様子で傍にしゃがんだまま、レオナを見つめていた。
レオナは視線を受けて気怠げに身を起こす。
「……愛してるさ、今だって」
小さく呟いた言葉は、悠の耳にも届いていた。
「だが、気づいちまったんだ。ずっと目を背けてたのに。言い逃れが出来なくなった」
「……先輩……?」
「お前さえ隣にいてくれればどうにかなる。どんな事でも飲み込める。そう思っていたのに……何度作り直しても『お前』にならなかった!!」
整えられていた髪は乱れ、衣装は泥に汚れ、玉座から落ちた王の仮面は落ちて、獅子は声を荒らげた。そして縋るように悠の腕を掴み、愛おしそうに頬を撫でる。
「愛してるんだ。……俺の、運命の相手だと、今でも思ってる」
言葉に偽りが無い事を示すように、慈しむような視線を目の前の少年に向けていた。
「だけど」
その瞳が暗く淀む。地面に落ちた影が色を濃くしながら広がっていた。
「お前の運命の相手は……俺じゃないんだ」
低く豊かな声は悲嘆に満ちた絶望を呟く。悠が目を見開いて固まったその一瞬の隙に、レオナは彼の身体を突き放した。
悠と完全に身体が離れた瞬間、レオナの身体が自身の影から吹き出した『闇』に包まれる。
「先輩!!」
咄嗟に悠が伸ばした手に応えようともせず、レオナは無抵抗で『闇』に沈んでいった。
レオナを飲み込んだ『闇』は広がり、世界は黒く塗りつぶされ始める。
悠は尻餅をついたまま動けずに、レオナが消えていった暗闇を無言で見つめていた。
「……変身解除」
一言呟けば、魔法少女の衣装が制服姿に戻る。『S.T.Y.X.』の装備に守られ身体に大きな損傷は無いが、その表情はどこか虚ろなままだった。
「ユウ、大丈夫か!?」
「ん、平気」
グリムが駆け寄って膝に登れば、いつもどおりに頭を撫でていた。そのままグリムを抱いて立ち上がる。
「……シルバー先輩たちと合流しましょう。状況を報告しないと」
『大丈夫、こっちに向かってきてるよ』
オルトの言う通り、一分と経たずシルバーたちが王宮から出てきた。惨憺たる有様の裏口に面食らった様子だが、冷静に面々を見回す。
「レオナ先輩は?」
『「闇」に呑まれて深い階層に落ちていっちゃった』
「取り逃がしました。すみません」
「いや。……こちらも援護に入れずすまなかった」
とりあえず大きな怪我が無い事は互いに見ただけで確認をする。
「……で、俺たちはどうすりゃいいんだ?」
「僕は追いかけます。まだ目を醒ましてもらってないし」
『ここにいても出来る事は無いしね』
「では、すぐに『闇』に飛び込むとしよう」
慣れたメンバーが地面に広がる『闇』に向かっていく一方で、ジャックは怪訝そうな顔になった。
「……このコールタールみてぇなドロドロの中に飛び込むのか?」
「これしか方法が無いってんなら、そうするしかないっしょ」
先輩に『覚悟を決めろ』と言われては、後輩に選択の余地はない。
ごく自然に飛び込んでいく面々に続いて、二人も『闇』へと身を沈めた。