7−5:虹色の旅路 後編


 昨晩はホテルの部屋を借りて休ませてもらった。
 水を使った掃除も洗濯もろくに出来ないから、ほとんどの部屋が使えない状態みたいなんだけど、それでもまだ清潔な設備を残していて、それを僕たちのために用意してくれた。
 もしかしたら革命の話が聞こえていて、協力してくれたつもりなのかもしれない。普段なら『闇』が異常と感知しそうなものだけど、キングスカラー先輩の夢の世界では、誰も彼も王様に不満を持っているから紛れられているっぽい。
 夢の中なら空腹は無いし、喉も乾かない。ベッドで休む必要も無いけど、精神状態の回復にはなる。こんな環境じゃしんどいしね。
 高級ホテルのふかふかのベッドに癒されて、いざゆくは王宮。
「みんな限界だ!水か食べ物をよこせ!」
「王に会わせろ!あいつのせいで、俺の故郷は荒れ地になっちまったんだ!」
 ……なんだけど、昨日と同様に王宮の前には民衆が集まっていた。ハイエナの近衛兵たちと言い合いになってる。
「うるせぇ奴らだな!ローストにされてぇのか!」
「どれだけ騒ごうが、水も肉もここにゃねぇ。欲しけりゃ自分で探してこい!」
「お前らがオレたちの晩飯になりたくないならな!」
 ハイエナたちが下品に笑い、民衆の怒りの炎に油を注いだ。
「ハイエナどもが馬鹿にしやがって……どけ!王に直談判させてもらう!」
 民衆が近衛兵を押しのけようとして、逆に突き飛ばされて倒れる。それが更に民衆の怒りを強め、一気に熱を増した。
「国民に刃を向ける近衛兵なんか、近衛兵じゃない!ただのごろつきだ!」
「みんな、戦おう!俺たちの誇りと、国を取り返すんだ!」
 近衛兵も多少の心得はあるだろうが、民衆は数がいる。両者の力は均衡していて、すぐには圧倒されそうにない。
 とはいえ、戦うには城門前は狭すぎる。押し込むように開かれた扉の中に民衆が入っては、ハイエナがそれを排除するのを繰り返していた。
 このどさくさに紛れて侵入するしかない。
 顔を見合わせ、民衆に紛れて門まで進む。人々が開いてくれた隙間に身体をねじ込んで、どうにか門の向こうに入り込めた。
「エヒャヒャ……昨日逃したディナーが戻ってきたぞ!」
 僕たちを見たハイエナの近衛兵が声を上げる。民衆を抑えている連中とは別に、『闇』で出来た近衛兵がそこかしこに湧き出てきた。
「オレの獲物だ!デヒャヒャヒャッ!」
 敷地内に入ってしまえば戦うのに支障はない。しかし時間をかけてはいられない。
 舐め腐って飛びかかってきた一匹の顔面を殴りつける。他のみんなも応戦に苦労は無さそう。数だけが問題かも。
「おっ、なんだ?そのガキ……どっかで見た顔だな」
 ハイエナの一人がジャックの背負っているチェカくんのホログラムに気づいた。
「待てよ、その耳……そのたてがみの色は、まさか!」
「はあああーーーッ!!」
 セベクが注意を引きつけるように声を張りながらハイエナに襲いかかる。打ち払ってから、僕たちの方を振り返った。
「ここで足止めをくらっては元も子も無い。僕とシルバーにまかせて先に……うわっ!?」
 言い掛けたセベクにハイエナが飛びかかる。こっちの事情なんか知ったこっちゃないもんね。
「エヒャヒャヒャ!!背中ががら空きだ。頭からかぶりついちゃうぞぉ!」
 そうやって威勢良く追撃に出た近衛兵が、氷の塊に後頭部を殴られて地面を転がる。痛そう。
「この数、二人だけで捌けるとは思えません。僕も残りましょう」
「ありがたい!恩に着る、アズール!」
「さあ、みなさん。先に進んでください!」
「ありがてぇ!そうさせてもらうッス!」
「皆さんも気をつけて!」
 礼を言って走り出す。目指すは昨日忍び込んだ王宮。
「あのガキどもを逃がすな!追え、追え!」
 背中に声がかかり、殺気立った気配が増えていく。どこから出てきたんだって数の近衛兵がこちらに向かってきていた。
「ふなっ!すげぇ数の兵が追ってきたんだゾ!」
『ユウさん、ちょっとごめんね!』
「うわっ!」
 言うが早いか、オルトは僕を軽々と抱き上げた。そしてグリムにも視線を向ける。
『グリムさんも僕の肩に!ジャックさん!』
「分かってる!」
 ジャックはチェカくんのホログラムを背中から下ろした。光の粒が彼の周囲を舞う。
「もっと速く、もっと鋭く、もっと強く!『月夜を破る遠吠え』!」
 狼に姿を変えるユニーク魔法。
 ジャックを包んでいた眩い光が消えると、凛々しい銀色の狼がそこにいた。人間の時と同じ色の瞳でブッチ先輩を見る。
「乗ってください、ラギー先輩!チェカ王子!」
「サンキュー、ジャックくん!」
 ブッチ先輩はチェカくんのホログラムを乗せつつ自分も軽やかに跨がる。迫り来るハイエナの群れを振り払うように加速し、それを追ってオルトも飛んだ。
「どんどん離れていく!めちゃくちゃ速ぇんだゾ!」
『この間と同じ入り口から入ろう!』
「了解!」
 物陰やフェイントも使って行き先の攪乱をしつつ、打ち合わせ通りの入り口にジャックもオルトも滑りこんだ。出入り口は念のため鍵もかけてくれてる。
 そうしてまた静かな城の中に戻ってきた。ここは外の喧噪が遠い。
 玉座の間であんなにハッキリ声が聞こえたのは、そういう設定がされてたのかな、なんて考え込みそうになってすぐに頭を振った。
「じゃあ、ここからは別行動で」
「気をつけるんだゾ、子分」
「うん。グリムもみんなの事、よろしくね」
「おう、任せとけ!」
 みんなが玉座の間を目指すのを見送って、自分も探索を始める。この間も王宮の中に警備兵はいなかったし、今日もいないと思うけど、警戒はしておかないと。外のハイエナも別の入り口から入ってくるかもしれないし。
『ひとまずレオナ氏と侍従長以外の生体反応は無い。「イミテーション」の痕跡が無いか、私室か書斎を探そう』
「了解です」
 タブレットに返事をしつつ、部屋を注意深く見て回る。何となく下の階は生活のための設備のある所って雰囲気だから、私室か書斎という事は玉座の間と同じ階かも。
 みんなとはルートを変えて上の階を目指す。シュラウド先輩と『S.T.Y.X.』が分析してくれて、地図を作ってくれたので迷う心配は無い。部屋の中身は分からないところもあるけど、階段とか廊下の繋がりは全部分かるから、行き止まりにぶち当たる危険もなくて助かる。
 ただ、それなりに警戒はしているんだけど、何かが襲ってくるような嫌な予感はしない。遠くに喧噪が聞こえるだけで、王宮の中は静かなままだ。
『……これは、もしかしてもしかするのかも』
「シュラウド先輩?」
『ハシバ氏って、オーバーブロットした状態のレオナ氏と殴り合った事があるんでしょ?』
「あー……まぁ、グリムもいましたけどね」
 あの時からサバナクローの寮生たちにやたら支持されるようになってしまって、つっかかられる事は減ったけど面倒な事も増えた。
 思い返せばあの状況をどうにかしたくて必死だっただけなんだけど。逃げるのも悔しかったし。倒したのも僕ひとりの力じゃないから、僕だけ持ち上げられるのもなんだかなぁ。
『封印の影響が強かった頃だと思うけど、もしかしたら本当に……』
 シュラウド先輩が意味ありげに呟く。何となく足を止めてタブレットを見つめるけど、続きは語られない。どうしよう、探索続けていいのかな。
『ハシバ氏、ヤバイ!レオナ氏が逃げた!』
「なんですと!?」
『ラギー氏たちは「闇」が邪魔で動けない!多分昨日出てきた裏手の出入り口に向かってる!』
 迷ってる暇は無い。スマホを取り出す。
「ドリームフォーム・シャイニングチェンジ!」
 変身してからタブレットを見れば、キングスカラー先輩らしき位置情報が動いていた。僕との距離はそこまで離れていない。
 直線距離を縮めながら、ふと廊下の窓が目に入る。その先に昨日出てきた出入り口が見えそうなバルコニーがあった。
 窓を乗り越えて、バルコニーに降り立つ。位置情報が丁度自分と重なって通り過ぎるのを見届けて、下を見た。
 落ち着いた色合いの上品な衣装。長い茶色の髪に、頭の上の丸い耳。
 どうやら必死で逃げてきたようで、肩で息をしていた。彼にしては珍しいように思う。
「……こんな国、俺だって願い下げだ。誰も俺の苦労を理解しようともしない。イボイノシシ以下の馬鹿ばかり……!」
 ぼやく言葉は彼らしくもない。だけど苦しんでいるように聞こえた。
「俺のせいじゃねぇ。俺のせいじゃ……!」
 逃避の言葉を合図にしたように、どこからともなく近衛兵が湧いて出てきた。気配も無くいきなり近づいてきた違和感に、キングスカラー先輩が気づいた様子は無い。
「レオナ陛下!よかった、無事だったんですね」
 ハイエナたちは言葉ばかり優しく彼を労る。
「今日のところは分が悪い。しばらくはどこかに身を隠しましょう」
「……頼りになるのはお前らだけだぜ」
 キングスカラー先輩は安堵したように微笑む。言い聞かせるような言葉は、あまり聞きたいものではなかった。
 何でだろう。この人が心から誰かに頼れるなら、それは良い事のはずなのに。
「俺たちだけが、王様の真実の友……そうですよね」
「……ああ、そうだな……」
「ほかはみーんな真実の敵!」
 ハイエナたちは楽しそうに笑う。
「何度だって世界をひっくり返してやりましょう。そう、何度でも……」
「馬鹿ですね。一回で潰れておけば、痛い目見るのも一回で済むのに」
「誰だ!」
 ハイエナたちがこちらを見上げる。対照的に、キングスカラー先輩は背を向けたまま固まっていた。
 バルコニーから飛び出して、建物から一番近くにいたハイエナに踵落としを食らわす。キングスカラー先輩との間に立ちふさがった一体を回し蹴りでぶっ飛ばして、隙を突いたつもりの一体をそのまま投げ飛ばして城の壁に叩きつけた。
 手足の埃を払って振り返れば、信じられないものを見るような顔をしたキングスカラー先輩がそこにいる。相変わらず男前。
「お久しぶりです、キングスカラー先輩」
「…………ユウ……」
 あ、やっぱり面識ある設定なんだ。
「お前がどうしてここに、……なんだそのイカレた格好は」
「これはまぁ、諸事情ありまして。気にしないでおいてください」
「婚約したトップモデル様を置いて、こんなところでごっこ遊びか?」
「ごっこ遊びしてんのはどっちですかねぇ。こんな無様を晒しておいてよくもまぁ人を笑えるもんですよ」
 心底から馬鹿にした感じで言えば、キングスカラー先輩の瞳に怒りが宿った。
「お前に何が分かる」
「だぁから、分かるわけ無いでしょ。他人なんだから」
「だったら!」
「でも、あなたをこのままにしておいたらいけないのは解る」
 ただ真っ直ぐに見つめれば、キングスカラー先輩は言い掛けた言葉を飲み込んだ。
「……このままは良くないんですよ。お互いにね」
「……どういう意味だ」
「決闘しましょう。あなたが勝ったら僕はあなたのものになります」
「…………は?」
 先輩は目を丸くしていた。何を言われたか解らないって顔。
「煮るなり焼くなり、愛でるなり痛めつけるなり好きにすればいい。勝者としてね」
「……お前が勝ったら?」
「あなたにはこの悪趣味な夢から目を醒まして、現実を見てもらいます」
 キングスカラー先輩は困惑した顔で僕を見つめていた。まぁ意味不明な状況だろうなぁ。
 でも、理解を待ってる余裕はない。『闇』に妨害されたら台無しだ。
「あ、ちなみに決闘に拒否権は無いですからそのつもりで」
「あ?」
 一方的に言い切って前に踏み込む。一切の手加減無く頬を殴りつけた。鍛えられた長身が土の上を転がるも、すぐに受け身を取って立ち上がる。
「……テメェ……!」
「遠慮はいらないですよ。殺す気でどうぞ。こっちもアンタを殺す気でやりますから」
 全身に圧力が襲ってくる。命の危険を感じる、肉食獣の本気の敵意。
 人間なんか簡単に壊せる、自然界の強者が放つ殺気。
 恐れるべきそれを、僕は相手から目を逸らさない事ではねのける。一歩も下がってやるものかと示す。
 殺さなければ自分が殺される。
 その覚悟を以て構えを正した。臨戦態勢の相手を真っ直ぐに睨む。
 どちらともなく、ほぼ同時に、殺すべき『敵』に向かって踏み出した。

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