7−5:虹色の旅路 後編
アーシェングロット先輩の回復を待って、制服に着替えた僕たちはブッチ先輩の案内で王宮へと向かった。
その間に街並みを見て歩いたけど、やっぱり広場と同じように寂れている印象が強い。商店はほとんど開いてないし、大きなビルも『建っているだけ』という印象だった。
静かな街と言えば聞こえはいいけど、実際はゴーストタウンって感じ。
立派な建物が載った高台に近づくほど、人の気配は薄れていく。偉い人がいる場所なのに、周囲に衛兵のような存在すら見当たらないのは素人目にも異常に感じた。
門をくぐり抜けて進んでいっても、咎める人は出てこない。
「前方に見えるのが王宮の入り口か」
シルバー先輩が呟く。視線の先には城壁の内部へ続くと見られる門扉があった。
「ここまで門番や近衛兵などに一度も出会わなかったが……夕焼けの草原はとても平和な国なんだな」
とてもそうは思えないんだけど。むしろ衛兵すら置けないような状況にしか見えないんだけど。
一方、ブッチ先輩は肩を竦めている。
「まさか。普段だったら、こわーいメスライオンたちが縄張りを守ってて、小さいヤマネ一匹王宮には忍び込めないッスよ」
『メスライオン……現在の夕焼けの草原の近衛兵団長はライオンの獣人属の女性なんだね』
「そ。夕焼けの草原の女の子たちの憧れの的と言えば、強くて勇敢な近衛兵団の女性団員。だから小さい頃から武術をやってる女の子も多くて、近衛兵団に志願するのも圧倒的に女性が多いんスよ」
「ほう、興味深いな。幼い頃から鍛錬を積んだ王宮近衛兵か」
怖そう、と思うのは僕の偏見なんだろうか。
どれかと言うと『S.T.Y.X.』のカローンのあの人みたいな感じかもしれない。だったら『頼もしい』って感じかも。
しかしまぁ憧れの的ってくらいなら割と数もいそうなものだけど、ここまで一切その姿を見ていない。
「その腕自慢の近衛兵の姿がここまで一人も見えないという事は……」
「王宮で何かが起こってるのは間違いないッスね」
ここまで黙っていたアーシェングロット先輩が呆れた様子で溜息を吐く。
「それを分かっていながら、正々堂々正面から乗り込んでいく事に疑問を覚えます」
それはまぁそうなんだけど。
でもキングスカラー先輩が王宮にいるのなら、外から出来る事って何も無いし、忍び込むにしたって内部の情報が足りないのも事実だし。
結局二択になっちゃうんだよなぁ。んで、正面突破ならうまくごまかせば迷ったフリで切り抜けられるかもだし。
でもアーシェングロット先輩が警戒する気持ちも解る。ここまで出身じゃない僕たちから見ても明らかに異常なんだから、もっと情報を集めた方が良いのかもしれない。でもあの街の人たちの様子を見てると、話を聞くだけでもかなり難航しそう。
時間も限られているし、本当に悩ましい。
「ここはもっと慎重に……一度引き返して対策を練ってからにした方が良いのでは?」
「へん!オレ様たちは今まで他のヤツの夢の中で、散々怖い目にあってきたんだゾ。どんなヤツが出てきたって、笑い飛ばしてやる」
にゃっはっは!といつものようにご機嫌にグリムが笑う。可愛いのだが、なんだか嫌な予感がした。
「ヒャッハッハッハッハ!」
「ふなっ!?」
明らかに成人男性の笑い声だった。王宮の門の方から聞こえてきたかと思うと、ぞろぞろと人が出てくる。
なんだか妙に露出のある派手な衣装を纏っていた。耳はアイボリークリフ・アカデミーの生徒と同じ形に見える。多分ハイエナの獣人属だ。
「おいおい、見てみろよ。あの連中は何だ?」
「なんだろうなぁ?なあお前はどう思う?」
「エヒヒヒ……ヒャハハハハ!」
下品な笑みをこちらに向けてくる様子は明らかに柄が悪い。なんか話が通じなさそう。
「……見るからにガラの悪い連中が出てきたな。まさかアイツらが近衛兵か?」
「王様のガーディアンチーム『サンセット・ウォーリアー』の制服は着てるみたいッスけど……」
つまりあれが近衛兵、らしい。……アレ制服なんだ。
『……夢の主を見つける前に、大きな騒ぎになるのは避けたいな』
「だから僕は一度引き返そうと言ったんですよ」
小声で話す僕たちに、近衛兵たちはじりじりと近づいてくる。数は三人だけど、内部にもっといるかもしれない。
「王宮に堂々と乗り込んでくるとは……いけねぇなぁ、不法侵入だ!」
「とんでもない!僕たちは修学旅行生でして……知らないうちに入ってしまっただけです」
とっさにアーシェングロット先輩が前に出て愛想良く振る舞う。僕も素直に頷いておいた。
「へぇ~、学生ね。この辺じゃ見た事ない制服だ。他の国から来たのか?」
「はい、黎明の国から来ました」
律儀に答えたが、ハイエナはそんな言葉には興味が無さそうだ。
「他人の縄張りに勝手に入ったヤツがどうなるか、知ってるか?」
「どうなったって文句は言えねぇんだぜぇ~。デヒャヒャヒャ!」
つまり見逃す気は無さそう。
困った顔をしているアーシェングロット先輩の背中に怯えた感じで隠れる。
恐らくこの近衛兵たちに大した実力は無さそう。でも増援の有無が判断出来ない。数で押されると厳しいかもしれないし、出来たらこのまま退却したい。
「近衛兵だかなんだか知らねぇが、俺たちが学生だと思ってナメた態度とりやがって」
「この国の近衛兵は武術に長けた者が多いと聞いたが、見るからに洗練されていないその動き……ただのごろつきとしか思えんな」
ジャックが侮りに対する怒りを見せれば、セベクも同調し相手を貶める。
それを見逃してくれるワケもない。
「あぁん?図体もでかいが態度もでかいガキだな」
近衛兵たちが殺気を見せると、ブッチ先輩が二人の後輩をかばうように前に出た。
「いやだなぁ~、みなさん。子ども相手にそんな怖い顔しないでくださいよ」
愛想良くそう言うものの、向こうの不穏な空気は消えない。
「ほら、みなさん。もう日も暮れるし、お暇しましょう!」
「せっかく来たんだ。ゆっくり晩飯に付き合っていけよ!」
僕たちをアーシェングロット先輩が元来た道に誘導しようとするけど、すぐに行き先を塞がれた。包囲の輪がじりじりと狭まってくる。
「今日のシェフのオススメは……ロースト・ウルフだァ!アハハハハハァ!」
そう高らかに笑ったかと思うと、笑顔が陰影のない暗闇に染まる。異様な光景にブッチ先輩が目を見開いた。
「うげっ!なんなんスかあれ!?」
「あれが夢の主が目醒めないように邪魔してる『闇』です!」
「こうなったら仕方ない……やるぞ、お前たち!」
正面から飛びかかってくる一体に、シルバー先輩が素早く対応する。もう一体はジャックとセベクが足止めし、更にアーシェングロット先輩が氷の魔法で残る一体の動きを止めた。
「おぉい、お前たち!活きが良い晩飯がいるんだ、料理するのを手伝ってくれ!」
近衛兵の一声で、そこかしこから『闇』がわき出てくる。目の前にいる連中と同じように近衛兵の制服を着たハイエナの獣人属の形をとり、下品な笑い声を上げながら飛びかかってきた。
近衛兵たちはこちらを崖の方に追いつめるように広がり、逃げ場が無い。
『兄さん!エマージェンシー!エマージェンシー!応答せよ!』
『うぃ~……って!?ちょっと目を離した隙にピンチに陥っとる!』
タブレットから焦った声が聞こえたかと思えば、すぐに指示が飛んでくる。
『王宮への扉を解錠した!みんな中へ入って。扉の情報を書き換えて「闇」の侵入を妨害する!』
足の速い獣人属相手に逃げるなら、遠くの逃げ道より目の前の門の方が早いという事らしい。今はそれに従った方が良さそう。
『了解!突破するよ!』
風の魔法が嵐のように吹き荒れ、その隙を突いてシルバー先輩が一人を殴り倒す。セベクやジャックも続き、三人が空けた隙間からブッチ先輩が先行して扉を開けた。それに続いて僕とグリムが先に通り、バタバタとみんなが続いて、追いかけてくるハイエナたちをアーシェングロット先輩が水の魔法で押し流す。その隙に扉を閉めれば、もうロックされたようでびくともしない。
「ディナーが逃げるぞ!追え追え~!」
扉の向こうではこんな声がしているし、王宮の中に入ってしまったからには奥に逃げるしかない。
『どうせなら一番大きい建物に向かおう!』
「こんな騒いで大丈夫ですかね……?」
「騒ぎを聞きつけてレオナさんが出てくるならアリじゃないッスか?」
『増援が出てくる前に急いでくだされ!なるべく目立たない出入り口に誘導するから!』
『ありがとう兄さん。みんな、ついてきて!』
オルトの先導に従って、大きな庭園を走っていく。
さすが一国の王宮だけあって、いろんな施設がありどれもしっかりした造りの印象だ。
だけどこれだけ騒いでいるのに、人の気配はとても薄い。これだけ広大な王宮だったら、もっと多くの人が忙しなく行き来していそうなものだけど。
なんとなく、銀の梟の砦での事を思い出す。あの時も砦の中は静かだった。あれはヴァンルージュ先輩を追いつめる罠でもあったけど、でもこの場所の静けさはそれとは違う種類のように思えた。