7−5:虹色の旅路 後編


「ラギー先輩!怪我はないっすか?」
「よくぞ『闇』を打ち破ったな、ラギー」
「おはようございます。気分はどうですか?」
「ジャックくん。シルバーくん、それから他のみんなも……」
 みんなが笑顔で声をかけるものの、ブッチ先輩は少し戸惑った顔になっていた。
「……今オレ、めーっちゃ頭が混乱してるんスけど。これ、一体何が起こってんスか?」
『それについては僕が説明するよ。この動画を見てくれる?』
 そして恒例の動画再生。
 ブッチ先輩は無言で画面を見つめていた。全くの無表情。
 どちらかと言えば愛想は良いしノリも良いタイプだと思うけど、動画を楽しんでいる様子は全く無かった。
「…………これ、全部夢……なんスか?」
 動画が終わると、力なく呟いていた。
『うん。正確にはマレウス・ドラコニアさんが作り出した魔法領域の中だよ』
 オルトが即答したけど、ブッチ先輩はしばらく無言で虚空を見つめていた。やがてわなわなと肩を震わせる。
「……そ、そんな……あ、あああ……うわあああぁぁああああ~~~!!」
 そして大声で泣き始めた。地面に膝をついたかと思うと四つん這いになり、地面に拳を叩きつける。
「夢!?今まで食ってきたメシも全部幻?あんなに山程トッピング載せて食べたドーナツも、得られたカロリーはゼロキロカロリーって事?」
 誰も口を挟めない。嘆きは止まらない。
「さっき拾った六百マドルも?親父が帰ってきたのも、ばあちゃんに新車買ってやれたのも、あれもこれも全部幻……ッ?」
 みんなが無言で肯定する。ブッチ先輩はなりふり構わず感情をぶちまけていた。
「ぬか喜びにも程があるでしょ!マレウスさん、人の心ないんスか!?」
『まあ、妖精なんで……』
「それが妖精のやりかたかよおぉおおぉぉぉぉぉっっ!!!!」
 再び悔しそうに地面を殴りつける。石畳に大粒の涙が落ちては染み込んでいった。沈痛な面もちにならざるを得ない。
「ラ、ラギー先輩のあんな泣き顔、初めて見たぜ……」
「魔法領域を展開し、全員に夢を見せる……確かに茨の谷の次期当主たる若様だからできる『妖精のやり方』だな!!ひれ伏すがいい!人間!!!!」
「セベク。それは今褒められていないし、お前が威張るところではない」
 同情的なジャックの横で、セベクが何故か誇らしげに胸を張り、シルバー先輩が諫めていた。
 ひとしきり嘆いて落ち着いたのか、ブッチ先輩は怒りも露わに立ち上がる。
「くそぉ……!まがいもんを掴まされた事も、勝手に寝かされてるのも許せねぇっ……!」
 でもさっきに比べればだいぶ冷静になったような印象だった。
「オレの時間を拘束すんなら、キッチリ時給を払えってんだ!話はそれからッスよ!」
『あ、じ、時給が発生してたらいいんだ……?』
「だって寝てるだけで時給発生するなんて最高じゃないッスか。もちろん一生は困るけど」
 うん、だいぶ落ち着いたみたいだ。良かった。
『このままじゃ、人間の平均寿命はゆうに超えた時間を魔法領域に閉じこめられる可能性もある』
「だから、俺たちはマレウス様に挑み、眠っている人々を解放するつもりだ。お前もついてきてくれるか、ラギー?」
「もちッス!ぜってーマレウスさんをぎゃふんと言わせてやるッスよ」
 シルバー先輩の呼びかけに、ブッチ先輩は二つ返事で答えた。
「……レオナさんが!」
「そこは『オレが!』じゃないんすか!?」
 堂々としたものである。全く悪びれる様子が無い。
「だってオレみたいなチンケな魔法士がマレウスさんに挑んだって、鼻先にちょっとひっかき傷つくるのが関の山ッスよ」
 そして自己評価が厳しい。……まあ、相手は世界で五本の指に入る魔法士だし、そういう感じにもなるか。
「でもレオナさんだったら、尻尾の先くらいは焦がせるんじゃないッスか?」
 そして続く言葉は、キングスカラー先輩への信頼に満ちている。
 この学校の設立者がキングスカラー先輩だったり、第一王子より人気がある設定だったり、ブッチ先輩のキングスカラー先輩への親愛はこの夢でもよく伝わってきた。
 マジフト大会では色々あった二人だけど、確かなものが築かれている。ブッチ先輩だけじゃない。ジャックも、サバナクロー寮生の大半も、キングスカラー先輩を信頼している。
 あの人にもちゃんと伝わってるといいんだけど。
「で……レオナさんは、まだ起きてねぇの?」
『うん。そしてレオナ・キングスカラーさんが現在どんな夢を見ているのかは不明……』
 個性豊かに色んな夢があったけど、下手に予想しても役には立たないだろう。みんな抱えているものが違いすぎる。
『でも過去の経験上、寮長クラスの魔法士には、マレウスさんがゲームマスターを張り付かせて監視の目を光らせている事が多いんだ』
 特にキングスカラー先輩は寮長の中でも抜きんでた実力を誇る魔法士だ。一層厳しい警戒がなされていてもおかしくはない。
『攻略するなら仲間は多い方がいい。だから、先にジャックさんとラギーさんを起こしたんだよ』
「そういう事なら、ラギー先輩以上の適役はいねぇな。毎朝レオナ先輩を起こしてるんすから」
「あの人本当に寝穢いから、勝率は六、七割ってとこスけどね。……ま、そこまで心配する事も無いんじゃない?」
 ブッチ先輩はニヤリと笑うと、こちらに視線を向けてくる。
「だってこっちには、レオナさんの尻尾を踏みつけ睨み合い殴り合い最後にはメロメロにした、寮長たらしのユウくんがいるんスから!」
「それもそうっすね!」
 順番合ってるけどその言い方はどうなの。ジャックまで同調してるし。
 それに、そんな楽観的になれない理由もあるし。
「そう上手くいけばいいんですけどねー……」
「……え、なに?どういう事?」
『はい、ここでボスエリアについての情報を共有しまーす』
 シュラウド先輩とオルトが『イミテーション』についての説明をする。
 魔力が観測された夢は残り二カ所。こちらも大詰めだと思うけど、これまでのパターンを理由に楽観視は出来ない。
 説明を受けた二人は愕然としていた。
「じゃあ……レオナさんの夢には、レオナさんに甘々で何でも言うこと聞いてくれる優しくて可愛い理想のユウくんがいるって事ッスか!!??」
『いやそういう感じとは限らないけど……』
「っかぁ~……こりゃヤバいかも……」
「そ、そんなにっすか?」
「だって現実のユウくんってばレオナさんには塩対応だし。好きな子が自分の思い通りになってくれるなんてドハマりしちゃうでしょ」
『まあ、ユウさんが夢の中に進入する事で悪性が露出して、その差異に気づいた例も無くは無いけど』
「あ~……まぁあの人なら気づきはするかもだけど……それはそれとして喉鳴らして鼻の下伸ばしまくってるレオナさんとか見たくねえな……」
 僕も見たくないな。男前が勿体ない。
 ……あの人の理想、かぁ。
 どんな『僕』があの人の理想なんだろう。境遇だったり性格だったり、いろいろパターンは見てきた。……全く予想がつかない。
 アーシェングロット先輩の時みたいに、協力的な『イミテーション』だったりしないかなぁ。さすがに二回連続でそんな事は起きないか。
 もしそんな事になってしまったら、今度こそは慎重にやらなきゃ。
「……ま、うだうだ言っててもしゃーないッスね。気合い入れてオレらの王様を起こしに行きますか」
『それじゃあ、ラギーさんにはこの招待状を。時が来たら、マレウスさんとの決戦場へ招待するよ』
「おやまあ、こりゃまた立派な招待状」
 特に何の感慨もなく懐にしまう。
「……マレウス・ドラコニア……うぅうっ!名前を聞くだけで身震いしちまうッス」
 そう言って身を震わせながら、しかし視線は怯えていない。武者震いって奴かな。
「とんでもねぇ大物を狩ろうってんだから、大仕事を終えたご褒美はたっぷり頼みますよ!」
 そう言っていつものように特徴的な笑い声を上げた。
『ふふふ、決戦の日が楽しみだね。……あ、「S.T.Y.X.」からラギーさんのダミーデータが到着した。出力するよ!』
 出力された自分を見て、ブッチ先輩は感心したような声を上げる。
「こうしてみると、オレってどうしてなかなか……賢そうなお坊ちゃんじゃないッスか~!ばあちゃんが見たら喜びそうッス」
 元々愛嬌のある顔立ちなので、明るい色の服もよく似合っていた。賢そうなお坊ちゃん、というのもその通りだと思う。
「でも……やっぱオレは、こっちの服の方が好きかな」
 そう不敵に笑ったかと思うと、着ているものが泥に汚れた淡い色の制服から、見慣れた寮服に変わった。
『おっ、さすがは二年生。魔法で服を着替えられるんすな』
「オレ色変えとか着替え魔法は飛行術の次に得意なんスよね~!タイトなスケジュールでバイトをハシゴしてる時とか、移動の途中にサッと着替えられて超便利なんスよ」
 そういう考え方もあるんだ。確かに着替えの時間って意外とかかるよね。皺にしちゃいけない服とか気を使うし。
「あとは怖~いお巡りさんに追いかけられてる時とか……シシシッ、やだなぁ~冗談スよ!」
 …………本当に冗談なのかなぁ。
「よし、では次の夢に渡ろう。シルバー、いけるか?」
「もちろんだ。みんな俺に掴まってくれ」
 アーシェングロット先輩が酔い止めを服用し、出来るだけ重心がズレないように掴まる場所を調整する。
「ぐえぇっ……夕焼けの草原の小型バスよりギュウギュウじゃないッスか!」
「振り落とされないよう、しっかり掴まっていてくれ」
 非情。とはいえ仕方ない。
 特にブッチ先輩は細いから余計にしんどいかもしれないけど。
「……いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
 虹色の光が埋め尽くす。周囲の景色が変わっていく。
 キングスカラー先輩の望んだ通りになる夢の世界、かぁ。
 今までの世界は割と、目醒めさせるのを躊躇う程度に夢の主の幸福がそこにあった。フロイド先輩みたいな規格外も勿論いたけど。
 沢山の人に愛されて、称えられて、彼もそれを笑顔で受け入れている世界。
 月並みながらそんな世界かなぁと思う。そうであったら、そこで安らぎを得られているのなら、それを壊す罪悪感はあれど安心できる。少しでも彼の心が癒される時間が存在していたという事だから。
 だけどどうにも、嫌な予感が小さな染みのように隅っこに残っていた。

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