7−5:虹色の旅路 後編


『それじゃあ、情報の整理をしよう。ラギー・ブッチさんはこの国立魔法士養成学校の生徒として生活していて、レオナ・キングスカラーさんとの面識は無い』
「市場で聞こえてきた話から察するに、街の人たちにも慕われているようだ」
「この場に夕焼けの草原出身の人がいないから、現実には学校が無いって事を突きつけても信憑性が薄いですよね。ブッチ先輩がどんな環境で育ったかも分からないし」
「……まぁ、現実の先輩らしからぬ所はあるが」
 ジャックがさっき貰ったシナモンシュガーのドーナツを齧りながら呟く。
「例えば?」
「……前に同室のヤツが寮の冷蔵庫に入ってたパンを一つ盗み食いした事があって、それ、ラギー先輩のパンだったんだよ」
「うん」
「バレた後にめちゃくちゃ詰められて、パンを十個くらい買わされてた」
『なにそれ、こわ……』
「……まぁ、食べ物の恨みは怖いのでね」
 グリムが横でうんうん頷いている。ジャックに呆れた顔された。
「まぁそれはさておき、ブッチ先輩って割と元から面倒見が良い方じゃない?食べ物を人に分ける事もあるって、それこそジャックが言ってたじゃん」
「ジャックさんの違和感を作っているのは、現実との生育歴の違いでしょう。現実では出稼ぎに出ていたというお父様は戻らなかったのでは?」
「……身内はばあさんひとりだけ、って言ってた」
「つまり先の彼が言う『荒れてた頃』が現在まで続いているのが現実のラギーさん、と考えられる」
 ブッチ先輩も抜け目ないというか、出来る限り得をしたい、みたいな人ではあるみたい。それはそれとして、キングスカラー先輩に対する面倒見の良さとか、今のジャックから感じる信頼みたいなものを察するに、完璧に金銭的な損得だけで動く人でもない。
 よって、夢の中での生育歴の違いで生じた寛容さは、現実での彼の行動を並べた所で決定的に否定する事が出来ないのだ。難しい。
「……出ていった親父さんが帰ってきて、街の人にも愛されて、毎日腹いっぱい食べられて……俺たち、そんな夢を全部ぶっ壊さないといけねぇのか」
 ジャックが静かに呟く。誰も遮れない。
「そうするのが正しいってわかってる。でも……なんか、やるせねぇっつーか……」
「確かに。ラギーさん自身、ずっとこの夢の中にいた方が幸せかもしれません」
「待ってくれ、それは……!」
「ですが、夢の中でどれほど満腹になろうが、現実で得られるカロリーはゼロ」
 シルバー先輩が焦った顔になったけど、アーシェングロット先輩はぶれない。
 それはそれで魅力的ではありますが、と本音をこぼしつつ続ける。
「現実のラギーさん自身は、何も得ていないわけです。それだけじゃない。戻ってきたというお父様も、現実では行方知れずのままだ」
 ジャックが唇を引き結ぶ。
「現実の彼のお祖母様は今も一人、ラギーさんの身を案じている事でしょう」
 ツノ太郎の魔法領域は世界中のニュースになってたっておかしくない。領域の拡大が続いているからには、どこの国にとっても他人事ではないだろう。
 そんな大事件のど真ん中に、たったひとりの身内がいる。きっと気が気じゃない。
「自分だけが満腹で、幸せで……果たして、彼はそれを望むでしょうか?」
「それは……」
 ジャックは静かに目を閉じる。少しの沈黙を挟んで、その目は決意の色を湛えて開かれた。
「ラギー先輩は……そんなこと望まない。絶対に」
 罪悪感は拭えたようだ。
 そんな様子を見ていたセベクがふんと鼻を鳴らす。……同情しそうになったのを隠そうとしているように見えた。
「ラギー先輩の意思など知ったことか。僕たちは早く奴の目を醒まさねばならない」
 なのだけど、しかし毎回どうしても問題がある。
「けどよ。どうやって醒ます?俺たちの事も全く覚えてないみてぇだし、レオナ先輩もここにはいない」
『覚えていないというより、記憶に蓋をされて封じられている状態なんだ。きっかけさえあれば、きっと全てを思い出してくれる』
 今までもそうだったから、おそらくここでもそうだろう。
『今までのパターンから予測すると、ラギーさんの深層心理に響く言葉や、忘れられないエピソードを伝えて揺さぶりをかけるのが有効だと思うんだけど……』
『同じ寮のジャック氏、なんかアイディアないの?』
「忘れられないエピソードか……」
 ジャックは少し考え込む。が、あまり芳しくなさそう。
「ラギー先輩は自分の事をあんまり語りたがらねぇし……予想がつかねぇ」
 明け透けなようでいて、意外と自分の事は話さない人のようだ。誰かと凄く親しい、という印象はないし、世話をされているキングスカラー先輩だってどれほど把握してるか分からない。
「俺とは立場こそ違ぇが、去年のマジフト大会には絶対に思うところがあるはずだが……」
『この世界では、ラギー氏とレオナ氏はほぼ接点が無い状態。だから言葉で説明しても、フロイド氏みたいな反応は期待できないかも……』
「現実とは違うが、フロイドにはナイトレイブンカレッジの記憶はあった。だから俺たちが話した同級生の思い出話が強く響いた……という事か?」
『そう。で、夢の中でナイトレイブンカレッジに通ってない設定だった人たちは、学園の話をしてもあんまり響かなかったでしょ』
 確かに、完璧に余所事扱いだった気がする。
 と、なると違う方向性を考えるか、ぶん殴って覚醒させるか。
「ええい、埒が明かん!ここで話し合っていても仕方がない」
「やっぱり暴力が一番はや」
「まずジャックか二年生がラギー先輩の説得に行ってみろ!話はそれからだ」
 遮られた。ひどい。
「ラギーとはクラスも部活も違うからな。印象に残るエピソード、か……」
「みなさん、僕に一つ考えがあります」
 アーシェングロット先輩が堂々と胸を張って言い切った。きょとんとする一同の中で、ジャックだけがあからさまに疑惑の視線を向けている。
「考え?……あんたに?」
 ジャックのいかにも疑っている言葉を聞いても、アーシェングロット先輩は揺るがない。
「とにかく、登校してしまったラギーさんと再会しなくてはならない。放課後になるまで大人しくしていましょう」
『戦いやハードなマジフトの試合が続いていたから、ここで少し休憩をとっておくのもいいかもね』
「そうだな。少し身体を休めよう。熱中症に備えて水分補給だけは怠らないように」
 各々了解を返しつつ、ベンチでなんとなくくつろぐ。
「ふぅ~……お腹いっぱいになったら、なんだか眠たくなってきちまったんだゾ」
 ドーナツを平らげたグリムが間の抜けたあくびをする。当然という顔で僕の膝の上に登って丸くなった。
「……グリムさんが羨ましいですね」
「全く、こいつはどこでも欲望に忠実だな」
「だが必要な時に休息が取れるのは立派な長所だ」
 そんな外野の声を気にせず、グリムはすやすや寝息を立てている。勝手に暴れられると困るけど、寝ていれば可愛い。
 大きな損傷は無いって話だけど、長旅の疲労もあるだろう。小さい身体で僕たちについてきてくれてるワケだし。休める時に休ませてあげないと。
「……アーシェングロット先輩も大丈夫ですか?」
「えっ!!??」
「肩ぐらいなら貸しますよ。マジフトの時もお疲れでしたし、少し休まれた方が良いかと」
「い、いいいい、いいんですか!?」
 にっこり笑顔で頷く。先の事を考えれば、アーシェングロット先輩が消耗した状態なのは不安だし。
 これまでの流れを踏まえると、恐らく次にキングスカラー先輩の夢に渡る事になるだろう。
 どんな夢を見てるか想像もつかないけど、寮長の中でもツノ太郎に次ぐ実力者であろうキングスカラー先輩に対抗するには、ブッチ先輩を加えても戦力がやや心許ない気がする。
 と、考えるとアーシェングロット先輩が万全である事は非常に重要だ。戦闘を回避するにしても、万が一交戦するにしても、この人なら最善を見つけて実行する力がある。疲労が邪魔をしないように休息は優先して取ってもらいたい。夢渡りのダメージも他の人より大きいしね。
『木陰の芝生にシートを敷いて寝ると気持ちがいいらしいよ』
「そっか、休むなら寝っ転がった方がいいよね。放課後までなら結構時間ありそうだし」
「えっ、いや、ええっと……」
「一緒にどうですか?」
「一緒に!!??」
 ギャグ漫画なら眼鏡が割れてる勢いの声だった。顔が赤い。
「食べてすぐ横になると、あまり身体に良くないですし……」
「夢の中だから関係ないのでは?」
「……そう、ですね。でしたらその、お言葉に甘えて……」
『じゃあ、僕はシートを借りてくるね』
「僕もゴミを片づけてきます」
「俺も手伝う。グリムを抱えた状態では大変だろう」
「ありがとうございます」
 久々にのんびりした空気だ。オクタヴィネルの三人の夢では海の中で慣れない環境だったし、ジャックの夢の中では休む暇も無かった。おなかいっぱいご飯を食べて、危険も無い落ち着いた状況で昼寝が出来るなんて最高。
 よく手入れされた芝生の庭で木陰になる場所を選んでシートを敷き、みんなで寝そべる。……いや、オルトとジャックは警戒して座ってるし、セベクに至っては食べ足りないみたいでベンチの方に残ってるけど。
 心地よい木漏れ日にうとうとして、ふわふわした感じが丁度いい。柔らかな風が頬に触れて、優しく眠気を誘う。
 ちらっと隣を盗み見れば、目は閉じてるけど緊張してるかも。かと言って話しかけても仕方ないか。その向こうのシルバー先輩は多分もう寝入ってるな。
『周辺環境に異常が発生したらすぐに起こして知らせるから、ゆっくり休んでね』
「ありがとう、オルト」
 どういたしまして、といつもの調子で答えてくれる。頼もしい。
 隣で丸まっているグリムを撫でながら、心地よい眠気に身を委ねた。

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