1:癇癪女王の迷路庭園




 寮のキッチンは設備が古い。
 水道はどうにか通されているが、ガスに関しては浴室しか通っていない。煮炊きをするための設備は薪を使うタイプのかまどだけなのだが、埃と蜘蛛の巣にまみれて使えたものじゃなかった。
 ついにそこに手を入れる事になったのは、これから寒くなるのでせめてお湯ぐらい沸かせるようにしたい、という考えからだった。かまど自体は大きめなので、鍋のサイズはある程度大きいものでも使える。燃料や掃除の手間など面倒な部分は多いが、無いよりマシだと思うしかない。
 排気口の掃除をすると、一段と寒くなった気がした。もう九月も半ばを過ぎて、一ヶ月の終わりが近づいている。順当に秋が深まっていると肌で感じていた。
 突然わけのわからない世界に連れてこられて、何故か勉強をする事になって三週間くらい。学園長から帰る方法がわかったとか、そういう連絡は一切無い。忘れられてる気がする。そうしたらもうホント最悪なんだけど、忙しいと言われてはそれ以上責められない。まぁ殴って脅したところで解決策が出てくるとも思えないし、どうしようもないのだ。
 全身埃と煤にまみれて掃除していると、玄関の方で物音がした。
「グリム出てくれるかな」
『ちょっと行ってくるよ~』
 ゴミをまとめていたゴーストがふわふわと玄関に向かっていった。僕は引き続きゴミをかまどからかき出す作業に戻る。
 やがて玄関からざわざわと大勢の話し声が近づいてきた。
「やっほ~、ユウちゃんこんにちは~」
「邪魔してるぞ、監督生」
「ダイヤモンド先輩、クローバー先輩?」
 思わぬ来客に驚いていると、後ろから見覚えのない帽子を被ったゴーストが顔を出す。
『こんにちは~設備管理課で~す。冷蔵庫とガスコンロの設置に来ました~』
「はい!?」
「そういう事だから、ユウちゃんちょっとキッチンから出てくれる?」
 慌てて廊下に出ると、赤と黒の装飾のついた冷蔵庫を数体のゴーストが抱えていた。まだまだ入り口の方にたくさんのゴーストがいる。
『ガス管の配置図確認~。かまどの上に置くだけなら問題ないね~』
『電源も大丈夫そう。夕方までに余裕で終わりそうだ』
 ゴーストたちはキッチンを点検し、冷蔵庫とガスコンロを運び込んでいく。数体は浴室や外にも向かっていった。
「えっと……これは一体……?」
「うちの寮で使わなくなった冷蔵庫とガスコンロをプレゼント!サプライズ大成功だね!」
「なんでまた?」
「リドルがこないだの事を気にしててな。うちの寮生が何日も世話になったのに、お礼が出来ていないって」
「だからエースちゃんたちに、何をプレゼントしたら喜ぶかな?って話をしてね」
「そうしたらキッチンの話になったワケだ」
 オンボロ寮での生活ぶりを訊いたところ、マロンタルトを取り返した後、冷蔵庫が無いのでその場で食べるしかなかった話をしたらしい。あと古びたかまどの存在感がかなり大きかったと。
「うちの設備予算には余裕があるけど、オンボロ寮の設備に使うのはルール上出来ない。でもうちの冷蔵庫を新調して、古い冷蔵庫を譲るのなら良いだろう、って話になったわけだ」
「めちゃくちゃ普通に動くから不便はないと思うよ!」
「ガスコンロもですか?」
「そっちは、前にうちの備え付けのコンロが故障した時に、修理が来るまでの間使ってたものなんだ。修理後は物置にしまってたのを思い出してね」
「ほんの数日使っただけだったからねー。勿体ない!って怒られそうなもんだけど、トレイくんあっさり言いくるめちゃったから凄いよ」
「料理の火力は大事なんだぞ?妥協は味に出るんだ。美味しいケーキやお菓子には欠かせない、必要経費だったんだよ」
 クローバー先輩は涼しい顔で言う。ホントこの人怖い。出来れば敵に回したくない。
「まぁそんな事で、不要品を譲るだけなんで申し訳ないが受け取ってくれ」
「滅相もないです、ありがとうございます。ローズハート先輩にもよろしくお伝えください」
 深々と頭を下げると、先輩たちは満足そうに笑う。
「あ、そうそう。オレからもプレゼントあるんだ」
 ダイヤモンド先輩が指を鳴らすと、その手元に大きな包みが現れた。透明なビニールに覆われた包みの中身は、お茶会で着せられたあの衣装だ。
「げっ」
「うーん、良いリアクション。素直でよろしい」
 笑顔で言いながら手渡される。覗きこんだゴーストが顔を輝かせた。
『素敵なドレスだね!これはしっかり保管しておかないと!』
「うんうん。そんで、また『なんでもない日のパーティー』に来る時は着てきてね!グリちゃんのリボンも一緒に入ってるから!」
 ゴーストは衣装を僕から受け取り、二階の部屋に向かっていった。貰った本人より嬉しそうなのはどうなんだ。
「……ありがとうございます」
「リドルくんも喜ぶから、また絶対に遊びに来てね」
「はい、是非」
 出来たらパーティー以外で、という言葉はギリギリで飲み込んだ。


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