7−5:虹色の旅路 後編
夢の回廊を渡り、次の夢へ。
朝焼けの空が遠くに消えて、見えたのは青空。眼下には知らない街。
大きな噴水のある広場の端に、僕たちは降り立った。
『霊素シグナル・トラッキング成功。指定された座標へ到着しました』
オルトのアナウンスで、無事に移動が終わった事を知る。いつもの芸術的な着陸態勢から順次地面に降りた。
「……もう、着いたのか?」
ジャックがこわごわと顔をあげ、注意深く周囲を見回しながら降りる。
「気分はどうだ?」
「飛行術とも、ローラーコースターとも違う不思議な感覚だった。でも、気分は悪くないぜ」
よかった。ジャックは大丈夫そう。
「アズールは?」
「酔い止めを飲んでいたので、なんとか無事です。しかし、夢渡りよりもこの場所の暑さで体が参ってしまいそうだ。ここは一体?」
言われてみれば、ちょっと気温が高い。長袖の制服姿だと暑いな。
『画像分析の結果、前方に見えるモニュメントは夕焼けの草原の王都に設置されているものと一致』
オルトが機械的に情報を語り出す。
彼の目の前には特徴的な噴水があった。猿が小さな動物を掲げている像が中央にあり、周囲を彩るように水が噴き出している。
『周辺の建造物、気温、湿度の情報は、夕焼けの草原の王都・暁光の都とほぼ一致します』
ここが、夕焼けの草原の王都。
キングスカラー先輩の出身地。
知らない空気だし、獣人属の多さも目立つ。立ち並ぶ建物の中には高いビルもあって、王都だけに発展している印象だ。
「賢者の島の外では寮服だと目立つ。制服に着替えた方が良さそうだ」
気温が高いところで制服を着るのはしんどいけど、やむを得ない。せっかく着替えがあるなら涼しい格好になりたいけど、制服の集団の中だと目立つから我慢するしかないな。
「えっ?俺、制服なんか持ってきてねぇぞ」
ジャックが純粋に驚けば、他の一年生が悪どい笑みを浮かべる。
「ぐひひ……ついにオマエもオレ様たちの仲間入りをする時が来たんだゾ」
「は?……なにニヤニヤしてんだ」
グリムたちの様子を見て、不安げに僕に視線を移してくる。僕も出来る限り優しい笑みを浮かべておいた。
『じゃ、例のヤツいきますか』
シュラウド先輩のタブレットを伴って、オルトがジャックに近づく。マジカルペンに術式を付与して説明すれば、ジャックは『はぁ!?』と素っ頓狂な声を上げていた。多分、例の呪文に対する反応と思われる。
戸惑った様子のジャックをそのままにみんながさっさと制服に着替える。みんなの視線を受けて居心地悪そうにしながらも、ジャックはマジカルペンを握りしめたまま動けずにいた。
「ド……ド……ドリーム……やっぱ言いたくねえ!」
「軟弱者!そんな事では急な敵の襲撃に対応できんぞ!」
すかさずセベクが怒鳴る。活き活きしてんなコイツ。
ジャックは言い返せない様子で、悔しそうに首を横に振る。
「なんなんだよ、この……妹がガキの頃見てたアニメみてぇな呪文は!?」
「恥ずかしがると余計にからかわれるよ。さっさと済ました方がいいって」
「……お前は言えるのかよ」
「元役者志望なんで割と余裕。ご希望とあらばポーズも付けられます」
「余裕すぎるだろ!!??」
『ほら、ユウさんに八つ当たりしてる暇は無いよ』
オルトに促されても、ジャックは悔しそうに俯くばかりだ。
「くそっ、どうして俺がこんな……!」
『ヒヒヒ、恨むなら自力でサッと装備変更できない己の無力さを恨むんですな』
『ジャックさんが着替えてくれないと、調査が始められないよ。さあ早く!』
苦虫を噛み潰したような顔で、屈辱に震えながらも口を開く。
「ド…………ドリームフォーム・チェンジ……」
「声が小さいッ!!!!もっと堂々と!」
やっと出てきた蚊の鳴くような声をセベクがかき消す。マジカルペンの方も声を認識できなかったようで変身できていない。
「ドッ、ドリームフォーム・チェンジ!!!!」
やっとしっかりと言葉を発する事が出来た瞬間、ジャックの身体が光に包まれる。見慣れた制服姿を見下ろし、ジャックは感心した様子で息を吐いた。
「き、着替えられた。すげえ……」
とはいえ、呪文に対する不満は変わらないらしい。
「……けど、やっぱり呪文が屈辱的すぎる!」
呪文の意図としては適切だと思うけどね。設定した先輩に悪意があるのも事実だからあまり慰めにならないんだよなぁ。
「ふん!手間をかけさせおって。着替えくらい三秒で済ませんか!」
「最初の頃は呪文を唱える事を一番渋ってたヤツがなんか威張ってるんだゾ」
「許してやってくれ。同級生が旅の仲間になってくれて、はしゃいでいるんだ」
「うるさいぞ、そこッ!それに僕は、はしゃいでなどいない!」
まぁセベクが素直に認めるワケもないよね。グリムがつっついてセベクが怒って、シルバー先輩が諫めるいつもの流れを見守っていれば、ジャックも落ち着いてきた様子だ。
「……さて、着替えも終わりましたし、早速調査を開始しましょうか」
じゃれあいが一区切り付いたところで、アーシェングロット先輩が切り出す。
先の情報によれば、現在地は夕焼けの草原の王都。
「夕焼けの草原出身者といえば、何人か心当たりがありますが……」
ナイトレイブンカレッジに通っている獣人属の生徒も多くは夕焼けの草原の出身だという。勿論、ジャックみたいに全く違う国の生まれって人もいるみたい。
バウルさんも夕焼けの草原に先祖がいるみたいな話だったから、妖精ながら獣人属に近いものだったのかもしれない。
「あの仔猫を掲げている猿の像は、何なのだろう?」
「周辺にはひれ伏した動物たちの彫像もありますね」
「ライオンの王子の誕生を、ヒヒが国民に知らせているシーンだな」
夕焼けの草原は動物たちの伝説が非常に多いらしい。グレート・セブンに掲げられている百獣の王からして、見た目はライオンだ。
こう言ってはなんだけど、石像を見る限り何の変哲もないライオンでしかない。魔物とか幻獣には見えないし、特別大きいというワケでもなさそうだし。
そんな彼の物語も含めて、この世界では様々な動物たちの物語が『事実でも有り得る』みたいな雰囲気で老若男女に言い伝えられている。
獣人属の存在がある意味、その裏付けとなっているのだろう。獣人属のいない僕の世界では考えられない事だ。
「獣人属は動物を祖先とするらしいですが、太古の昔からライオンは王者としてサバンナに君臨していたのですね」
「今では世界中で暮らしてる獣人属だが、全ての獣人属のルーツはこの夕焼けの草原だと言われてる」
どんな経緯であれ、時間が流れ時代が変わればいろいろなものが移り変わる。人の住処にしても同じ事。
「俺の遠い遠い祖先も夕焼けの草原から輝石の国へ渡り、徐々に北上して北国に定住したらしい」
「おっ、じゃあここで頭下げてるオオカミの像はオメーのご先祖様なんじゃねえか?」
「この像はオオカミじゃなくてジャッカルだ。毛並みも鼻先も全然違うじゃねぇか。よく見ろ!」
「全然わかんねぇんだゾ」
ジャックの指摘にグリムがふてくされる。確かに難しい気がする。
「夕焼けの草原ではオオカミよりジャッカルの方が圧倒的に数が多い。奴らは暑さに強くて、サバンナや砂漠に適した生態をしてるからな」
オオカミの獣人属が住処を北に移したというのも、暑さに適応できなかったという事情か、もしくは移住先に適応したために、かつて持っていた暑さへの耐性を失ったのか。
今となっては実情は解らないけど、面白い話ではある。
「でも……姿は全然似てないが、ジャッカルとオオカミは似ている所もあるんだぜ」
ジャックは得意げな顔で語る。
「オスとメスは一度番になると、一生添い遂げると言われてるんだ」
「……へぇ、ロマンチックだね」
「なんだよ、微妙な顔しやがって」
「現代だと苦労も多そうだなーと思って」
「…………否定はしねえけどよ。理想ぐらい持っててもいいだろ」
純情だなぁ。言わないけど。
「そういえば、ラギーさんはハイエナを祖先とした獣人属でしたよね」
微妙な空気を察したのか、アーシェングロット先輩がおもむろに話題を変える。
「僕、ハイエナを写真や動画でしか見た事が無いんですよね。というか、四つ足で毛がふさふさした動物はみんな似て見えて……」
言い掛けて気まずそうに咳払いする。
……まぁ、僕たちからしても魚の見分けつかないし。みんな割とそんなもんじゃないのかなぁ。
「この像のうち、どれがハイエナなんです?」
「ハイエナは耳と尻尾が丸く、斑模様がある。ええと……ん?姿が見当たらないな」
『この広場にある動物たちの像の中には、ハイエナはいないみたいだね』
「そりゃそうだろう。ハイエナは元々、ライオンが治めている土地では暮らしていなかったんだから」
ハイエナたちは『影の国』と呼ばれていた自治区で、独自の掟を守りながら暮らしていたらしい。ここにハイエナの像が無いのは、ハイエナたちが百獣の王に仕えるより以前の時代がモチーフになってるからかもしれないとの事。
そもそも夕焼けの草原は今でこそ大きな一つの国となっているが、昔は様々な種族が大陸各地に自治区を形成していたという。夜行性の獣人属が夜の眷属の妖精たちと共生していたり、その暮らしぶりは多種多様。
獣人属は自然との共存を好む傾向があり、妖精とも相性は良かったようだ。……それゆえの悩みもある様子。
『現在、夕焼けの草原では、行政が提案する地域活性化や都市開発計画を巡って、国民との話し合いが続いているそうだよ』
夕焼けの草原では未開拓の土地も多く、地下資源など新たな開発による利益に期待が寄せられている。それが財政の足しになれば、気温が高く乾燥した土地での暮らしをもう少し楽にする事も出来るかもしれない。
しかしその採掘や開発を行うには、長年守り続けてきた伝統や生活を犠牲にしなくてはならない民がいる。現代まで守られる伝統を保護する声は国内外から上がり、無視して強行できるほど王家の権力も絶対的に強くはないらしい。
……なんか、こういう問題ってどこにでもあるんだなぁ。いや自分の世界の事情に、みんなほど詳しくないからアレなんだけど。
そりゃ子どもは全部が丸く収まってくれればいいと思うけど、善悪だけじゃない思惑も絡んで、そんな簡単にはいかない。
全ての人が善意で行動していればどんな問題も丸く収まる、なんて事は無いんだ。
正義の反対は別の正義なんて言葉もあるように、状況は常に複雑で、現実にはなるようにしかならない。
難しい顔で真面目な話をしている空気を壊さないように僕は黙り込んでいたけど、グリムはつまんなそうな顔になってみんなを見回した。
「なんかむずかしー話ばっかでよくわかんねぇけどよ、つまり……この夢の主はレオナって事か?」
『ううん、違うよ。この夢の主は……』
「やばい、やばい!寝坊したッス!」
オルトが言い掛けた向こうで、慌てふためく声が聞こえた。聞き覚えのある、特徴的な口調。
「遅れたら皆勤賞に傷がついちまう!どいたどいたー!」
どたばたと広場に駆け込んできた制服姿の少年が、人をかき分けながら慌てた様子で市場の方へ走っていく。
あっという間に消えていったけど、その周囲には鳥のような光が舞っていた。彼が夢の主だ。
「あれは、ラギー先輩!?」
髪の色、軽やかな身のこなし、さらにあの声としゃべり方。おそらく間違いない。
しかしやっぱり現実とは姿が異なっていた。
「ラギーさんって、眼鏡をかけていましたっけ?普段と少し様子が違ったような……」
「目を保護するためのゴーグル以外、かけてるのなんか見た事ねぇし……寮内でも、かなり視力は良い方だって言ってたぜ。人違いじゃないか?」
「いや、夢の主の証拠である光る鳥が見えた。あれはラギーで間違いない」
『とにかく、追いかけよう!』