7−5:虹色の旅路 後編


「……なんとか『闇』を退ける事が出来たな」
 セベクがほっとした様子で警棒をしまう。みんなも緊張が抜けた様子だ。
 ジャックはキングスカラー先輩の偽者が消えていった地面をじっと見つめたまま動かない。
「……ジャック」
 何を言っていいか分からないけど、とにかく声をかける。このままだとなんか沈んでいっちゃいそうに見えたから。
 ジャックは目だけで僕を見た。次の瞬間には彼の殺気が膨れ上がり、僕は反射的に飛び退く。ギリギリ拳を避ける事が出来た。
「な、何すんだゾ、テメー!」
「落ち着け、ジャック・ハウル!混乱するのは分かるが、僕たちは敵ではない!」
 グリムとセベクが声を張り上げるが、ジャックは鼻を鳴らす。
「言い訳がましいぜ。先輩たちみてぇに、てめーらも偽物なんだろ?」
「何を言うかと思えば……僕たちは全員本物です。シルバーさんの魔法で夢を渡ってきたんですよ」
 アーシェングロット先輩が肩を竦めながら会話に入ってくる。
「よくご覧になってください、この誠実な瞳を!どこから見ても本物じゃありませんか!」
 先輩はジャックに輝くような笑顔を見せるが、ジャックの疑いは消えない。
「見れば見るほど胡散臭え……てめーら、やっぱり偽物だな!」
「何故ッ!?」
 そうなると思った。言わないけど。
「紛い物は全員ぶっ潰す!覚悟しやがれ!」
「あ、あのねぇ……僕たちが偽者と戦ってたの見てなかったワケ?」
「俺を騙すために一芝居打ったのかもしれねえ。それに……」
「それに?」
「ユウはレオナ先輩に『ダーリン』なんて言わねえ!!」
「誰のせいだと思ってんだテメェーーー!!!!」
 思わず叫んでいた。大声に怯んだ隙に襟首を掴んで揺さぶる。
「お前が『学園一のラブラブカップル』なんてクソトンチキな設定作ってるから合わせてやったんだっつーの!だぁぁぁれが好きこのんで公衆の面前で恋人でもない男を『ダーリン』なんて呼ぶかぁぁぁーーーっっ!!!!」
「お、落ち着け、ユウ!ジャックが目を回している!」
 シルバー先輩がジャックから僕を引き離し、オルトがふらつくジャックを支えてやった。
「オオカミの獣人属の耳元であの大声は……効いただろうな……」
 セベクの呟く中、段々とジャックの目の焦点が合ってきた。
「……じゃ、じゃあ、あんたら……マジで本物なのか?」
「だからそう言っているではないか」
 僕たちの呆れた視線に居たたまれなくなったのか、ジャックは俯いて頭をかいている。
「……つーか、その……俺が作った設定って、どういう意味だ?」
『あ、それは今から説明するね。まずはこの動画を見てもらえる?』
 オルトが言うと、シュラウド先輩のタブレットがジャックの前に移動して横向きになった。例の動画が再生されると、戸惑いながらもジャックは画面を見つめる。
「俺たちが、マレウス先輩の作り出した魔法領域に囚われている?マジかよ……」
『うん。そして囚えた人々にとって幸せな夢を維持するために、夢の中では辛い記憶や不快な出来事を徹底的に排除しているんだ』
「……そうか。だからあの偽物の先輩たちはあんな事を……」
 ジャックは忌々しげに顔を歪める。
「俺とした事が、ずっと自分に都合いい夢に浸ってたなんて。情けないったらねぇぜ」
「まぁ、みんな大体気づかないで楽しんでたし。情けないってほどでも無いと思うよ」
 苦笑していると、ジャックは僕を見て気まずそうな顔になる。
「……どっちの味方もしない、中立を守るなんて言っておいて……全然守れてねえな」
「ん?そういえばオメーよくそれ言ってるけど、どういう意味なんだゾ?」
「……気にしないでくれ」
 ジャックは物憂げな表情で首を横に振る。
 ……どうやらジャックはキングスカラー先輩とシェーンハイト先輩の間で板挟みになっていた、という事らしい。
 んで、今回の夢ではキングスカラー先輩が登場人物だったから、僕とくっついてる事になってたと。
 なんか微妙な顔しちゃいそうで頑張って堪えた。そして『気になるー!』とジャックの足下にまとわりついているグリムを抱き上げて回収する。
「動画を見る限り……ユウたちは『闇』と戦いながら、他の奴らを起こし続けてきたんだろ?」
「ん?うん、まあね」
「オレ様たち、もう何人も目を醒まさせてきた目覚ましのプロなんだゾ!」
 なんか微妙にかっこつかないなぁ。
「グリムとユウは、最初に俺の仲間になってくれた。それからずっと、共に旅をしている」
「……やるじゃねぇか。やっぱお前ら、根性あんな」
 ジャックは笑顔でグリムの頭を乱暴に撫でる。グリムは嫌がったけど、ジャックは笑顔のままだ。微笑ましくじゃれあってる。
『ほほう……あの解説動画からそこまで読み取るとは。ジャック氏、実は頭の回転が早めっすな』
「解説動画、イデア先輩が作ってくれたんですよね。すげーわかりやすかったっす」
 シュラウド先輩の煽りっぽい台詞にもジャックは動じない。むしろ純粋に尊敬の目をタブレットに向けていた。
「つーか、あの丸っこい似顔絵もイデア先輩が描いたんすか?全員似てました。絵、うまいんすね」
『ぐわあぁ!非オタクの教科書みたいなコメントやめて!?な、内容だけ理解してくれればいいから!!』
 タブレットの向こうに悶絶するシュラウド先輩が見えた気がした。突然の強い拒否反応にジャックは目を丸くするものの、素直に頷く。
「とにかく、みんなを起こしてマレウス先輩に一発くらわせてやろうって事だよな」
「ああ。一緒に戦ってくれるか、ジャック」
「当然だ」
 シルバー先輩の問いに、ジャックは即答する。
「マジフトといい、今回といい……負けっぱなしじゃいられねぇ!一発くらわせてやる!」
『そうこなくっちゃ!それじゃあ、この招待状を渡しておくね』
「おう。これがあれば、マレウス先輩と戦えるんだな。……腕がなるぜ!」
 一時はどうなる事かと思ったけど、どうにか丸く収まりそう。本当に良かった。
『「S.T.Y.X.」本部からジャックさんのダミーデータも届いたし、早速出力するよ』
 すぐにホログラムの出力が始まる。運動着姿の本物と遜色ないジャックが現れると、本人もすぐに興味を示した。
「へぇ……すげぇな。鏡に写したみてぇにそっくりだ」
 しげしげと全身を観察し、考え込む。
「こうして見ると鍛え方が甘い箇所がよくわかるぜ。今回もオルトの動きにスタートダッシュで負けていた」
 さっきのプレーを思い返しながら、ぶつぶつと呟いている。
「大腿四頭筋とハムストリングスを重点的に鍛えねぇとな。レッグエクステンションとランジで追い込んでいくか……」
「でた~。またハムとかエッグとかよくわかんねぇ話してんだゾ」
「ハムでもエッグでもねぇ!くだらねぇ事言ってねぇで、てめーも腹筋ぐらいガチッと鍛えとけ」
「なんだとー!ウメーもんをたくさん食って蓄えたオレ様のゴージャス・ミートは、柔らかいからいいんだゾ!」
 微笑ましいやりとりだ。さっきまでの殺伐とした空気が嘘みたい。
「よし、これで出発の準備は整ったようだな。そろそろ次の夢へ渡ろう」
「ちょっと待ってください。まず酔い止めを飲みますから……」
 シルバー先輩とアーシェングロット先輩が準備に入る。シュラウド先輩やオルトのアドバイスも受けつつ、追加メンバーの重さも考えながら、出来る限り揺れの発生しない掴まり方を検討していた。
「……んだよ。物言いたげなツラして人の顔をじっと見やがって」
 そんな声に振り返れば、セベクとジャックが睨み合っていた。
「喧嘩なら買うぜ」
 止めるべきか迷ったけど、セベクが武器に手をかけていないので見守る事にした。セベクの表情は険しいけど、不思議と敵意は向けてない感じがする。
「……僕は、卑劣な策で若様を陥れようとしたサバナクロー寮生たちを、絶対に許すつもりは無い」
 やっと口を開いたと思えば、宣戦布告のような内容だ。ジャックは黙ってセベクの言葉を聞いている。
「ディアソムニアにも怪我をさせられた者はいたし、部活の先輩も狙われた」
 両者とも表情は険しい。
「……そう思うのが普通だろ」
「え?」
 ジャックの答えにセベクは目を丸くする。一方、ジャックは小さく息を吐いた。
「先輩たちはマジフト大会の試合中に散々仕返しされてたが、その程度じゃ許せない奴もいて当然だ」
 当事者たちの間でケリがついても、関係者はそうとは限らない。むしろ当事者たちの中にだって、一応はやり返したものの、わだかまりが残っていてもおかしくない。
「俺たちは、それだけの事をやっちまったんだから」
 ジャックは寮ぐるみの悪事を告発した。寮に所属して日も浅い。転寮して無関係になる事だって出来た。
 でも、彼はサバナクローに残り続けた。
 一緒くたにされて陰口を叩かれる事だってあるだろうに、全く腐らない。寮とは無関係だ、なんて顔もしない。
 サバナクローは正しい戦い方で勝とうとしなかった。その選択をした背景には、どうあっても覆せない残酷な現実がある。
 ジャックがキングスカラー先輩のやった事を一生許せないとしても、それは何があっても絶対に寄り添わないという意味ではないのだ。
 憧れだけでは、同じ罪を背負って進む覚悟は出来ない。
 セベクはじっとジャックを見つめていた。やがて静かに目を閉じる。練習試合の前に見せていた敵意など、どこにも感じられない。
「……サバナクローにも、貴様のような者はいるのだな」
「は?」
「別に、深い意味はない。ただの感想だ!」
「なんだそりゃ……?」
 ジャックは首を傾げているが、セベクはさっさとシルバー先輩の方に行ってしまった。
 微笑ましい。セベクも随分変わってきた気がする。
 送別会で話した頃のままだったら、こんな風にジャックと対話しようとなんてしなかっただろう。
 どっちもめんどくさい所あるけど、噛み合えば強い味方になりそうだ。圧迫感も凄そうだけど。
「オーイ、ジャック!早くこねーと置いていっちまうんだゾ~!」
「おう、今行く」
 シルバー先輩たちの準備も終わったらしい。先輩たちの考えてくれた配置につくと、ジャックが訝しげな顔になった。
「本当にシルバー先輩に全員が掴まるのか?大丈夫なのかよ、こんな細腕に大人数で……」
 ブツクサ言いながらシルバー先輩に掴まると、その目をカッと見開いた。
「コイツ……細腕に見えて、かなり鍛えてやがる!」
 まぁシルバー先輩、顔が綺麗だもんね。身長も平均ぐらいだし。実際には甲冑との間にシュラウド先輩を挟んで窒息させかけた、鋼鉄の実践筋肉鎧なワケだけど。
 驚かれてもシルバー先輩は動じる事なく、ジャックに微笑みかける。
「俺も幼い頃より鍛錬を続けてきた。絶対にお前たちを離したりはしない。安心してほしい」
「お……おお」
 ちょっとまだ理解が追いついていない様子だが、時間は待ってくれない。シルバー先輩にしっかりと掴まる。
「では……いくぞ!」
 準備が整った所で、シルバー先輩が声を張り上げる。アーシェングロット先輩から緊張している気配を感じた。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
 声をかける暇もなく、視界が虹色の光に覆われる。秋の空気が一瞬で遠ざかっていった。

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