7−5:虹色の旅路 後編
『……ジャック・ハウルのバイタルサインを分析。心拍数と血圧の上昇を感知。前頭葉の機能が一部抑制中と予測されます』
オルトが冷静に何かの情報を口にする。無機質な表情がいつもの笑顔に戻ると、小さく頷いた。
『……うん、そろそろ頃合いだね。作戦の実行フェーズへ移行しよう』
「なぁオルト。オメーはずっと何を待ってたんだ?」
『ヒトは興奮状態になると、ホルモンによって理性や判断を司る脳の機能が抑制される。すると感情的な反応が優先されて、冷静な判断が難しくなると言われているよ』
オルトの説明にも、グリムは首を傾げた。ピンと来てない。僕も正直分からない。
でもオルトの作戦に任せるって決めたし、確認して止めようとも思わない。
『だから、今ならきっとジャックさんも……ふふっ』
本人も自信がありそうだ。きっと大丈夫。
「試合再開!サバナクロー、ディスクセット!」
「こぼすんじゃねぇぞ、テメェら!」
「うっす!!」
相手も気合いは充分。こちらも疲労はあるけど、オルトの様子を見るにいよいよ大詰めだ。気持ちも乗せられる。
「ラギーにマーク二枚!ゴール前までディスクを運ばせるな!」
「シシシッ!こっちこっち!」
シルバー先輩の指示でブッチ先輩の方に守備を集中させる。オルトも微妙にジャックから離れて、それとなくパスコースを誘導していた。
「いくぞ……そら!」
キングスカラー先輩はブッチ先輩を見たまま、全く違う方向にディスクを投げた。その先には箒に乗ったジャックがいる。
「オルト!止めろッ!」
『任せてよ!』
オルトは素早く移動し、ジャックに届く前にディスクを奪い取った。箒で移動するよりも速く、ディスクの保持もしっかりしている。
「なにっ!?」
『ディスクはいただいたよ。さあ、僕についてこられるかな!?』
「させるかッ!」
ジャックがオルトからディスクを奪い取ろうと迫るが、オルトはそれを危なげなく避ける。
『誰も僕にマークついてくれないんだもん。ナメられてて悲しくなっちゃった』
軽口を叩きながらも隙は無い。
『だから……僕の本当の力、見せてあげる。君についてこられるかな!?』
「ざけんな!不屈の精神、ナメんなよ!」
『こっちこっち!』
「くっ、チョロチョロしやがって!」
『そんなんじゃ僕に追いつけないよ。ジャックさんの「走り」ってそんなもんなの?』
「ぬかせ!オオカミの執念と持久力をナメるなよ。お前が音を上げるまで、どこまでも追っていくぜ!」
フィールド上空を縦横無尽に飛び回る。その速度はどんどん目で追えなくなっていった。ぶつかったら絶対無事じゃ済まない。
「スピードがスゴすぎて誰もアイツらの勝負に入っていけねぇんだゾ!」
「ジャック!そこで諦めたら不屈の精神が泣くぜ!絶対に奪い取ってみせろ!」
「いけー!そこだ!やっちまえ!」
「オルトさん!あなたのスーパーシュートを見せる時です!」
「スピードは十分だ!気を抜かずにいけ!」
「テメェの飛行術はそんなもんか!?もっと鋭く切り込んでけ!」
「諦めるなオルト!貴様にかかってるぞ!」
二人の速度と高度が上がるほどに外野も大盛り上がりだ。声を張り上げ自分のチームメイトを激励する。
『ふふっ……ここまで僕についてこれるなんて、流石だね。僕も本気でいかせてもらうよ!ジャックさん!』
「望むところだ!!いくぜ!」
『スピード最大!はあああああああああ!!』
「行かせねえ!!うおおおおおお!!!!」
一年同士のディスクを巡る熱い対決に、フィールドの熱狂は最高潮。
「いっっけぇえええええええーーーーーーー!!!!」
敵も味方も関係ない。コロシアムでこの対決を目撃している、全ての人の気持ちが一つになった。
ロケットのように上空に向かう二人を見送る。そして静寂がフィールドを支配した。そこから少し経っても戻ってこない。
「……あの一年ふたり、盛り上がりすぎてフィールドの外まで行っちまったッス」
「やれやれ……ジャックのヤツ、熱くなりすぎると周りが見えなくなるところがあるからな」
他のサバナクロー寮生たちも脱力気味だ。心配はしてなさそうなのが何とも言えない。信頼と言えば聞こえはいいけど。
「ディスクが戻ってこないと試合再開もできねぇや」
マジカルシフトは箒に乗るポジションがあって上空もフィールドとして扱われる性質上、上方向の範囲制限が無い。二人がフィールドの範囲内からまっすぐ上に向かっていった以上、フィールドを出たものとして試合を仕切り直す事も出来ないのだ。
「それにしてもアイツら、どこまで行ったんだ?」
不意に視界が揺れた気がした。セベクたちと顔を見合わせる。一方、サバナクロー寮の生徒たちは気づいた様子が無い。
オルトの作戦は成功したんだ。
「……ん?なんだこの音?」
「みんな、上だ!!」
顔を上げれば、遙か上空か光っている玉みたいなものが少しずつ大きくなっているのが見えた。
「隕石!?」
「違う、あれは……オルトだ!オルトが気を失ったジャックを抱えている!?」
シルバー先輩が声を張り上げる。アレ見えてるの!?
『げっ!ジャック氏が気を失うのは想定外!まずい、あのギアの性能じゃ二人分の質量を無事着陸させるのは無理でござる!』
「風の魔法で墜落の衝撃を緩和しますか!?」
『猛スピードで移動するものに空気摩擦を与えたら、二人を守ってる魔法障壁が爆炎で吹っ飛ぶ!』
「じゃあ僕が……」
『ハシバ氏もダメ!!あの速度の二人は受け止めきれない!!』
ほぼ先回りで言われた。そして、シュラウド先輩はこちらを止めながらも手を動かしていたらしい。
『間に合え!ドリームフォーム・チェンジ!!!!』
ほとんど絶叫だった。次の瞬間、光の玉が一際強く光った、気がする。
落ちてくる彼らを避けるために、誰もがフィールドの端に逃げていた。そんな僕たちの警戒をよそに光の玉は減速して、ゆっくりとフィールドのど真ん中に降りてくる。光が地面に触れて球体が解けると、そこから見慣れない姿のオルトと、彼に抱えられた寮服姿のジャックが現れた。ジャックは気を失っているようで、オルトによって地面に寝かされ動く気配は無い。
『……危なかった~!』
『オ、オルト、無事!?』
『ギアは外装に軽微な損傷。ジャック・ハウルさんのバイタルは異常なし。着陸は成功だ』
シュラウド先輩に、オルトはいつもの調子で答える。
『リモート操作でギアチェンジからの魔導スラスター最大出力での減速処理……流石は兄さん!』
『ヒィ……きッ、肝が冷えましたぞ。まさかジャック氏が上空でブラックアウトしてしまうとは』
『正気を取り戻した瞬間に、酸欠で気を失ってしまったみたい』
一体どこまで行ったんだろう。酸欠、って事は相当な高さまで飛んだんだろうけど。
「ジャック!無事か!?」
「大丈夫ッスか、ジャックくん!」
サバナクローの面々が倒れているジャックを取り囲む。みんな心配そうにしていた。
「う……お、俺は……?」
そしてジャックが目を覚まし身を起こせば、誰もが安堵の息を吐いた。傍らにしゃがみ込んだキングスカラー先輩もいつになく穏やかに笑っている。
「どこも怪我はないみてぇだな。……ったく、無茶しやがって。本番前に大怪我なんざ、笑い話にもならねぇぞ」
「気を付けてくださいよ。ジャックくんはウチの寮の期待のルーキー……オレらの宝なんスから!」
寮生の何人かが頷いて肯定している。でも本人は彼らを見ても浮かない顔のままだ。
「憎きマレウスを打ち倒し、俺たちが玉座を取り戻すためには……チーム全員が最高の状態で大会当日を迎えなきゃならねぇ」
ジャックはどこか悲しげにキングスカラー先輩を見上げていた。それをどう思ったのか、キングスカラー先輩は安心させるように肩を叩く。
「熱くなりすぎだ、ジャック。ベンチに下がって少し頭を冷やせ」
後輩を思いやる、先輩らしい言葉。
信頼する相手から言われたら落ち込んでしまうような言葉を受けて、ジャックの口元は弧を描く。
「…………は、はは……ははっ!」
堪えきれなくなったみたいに、ジャックの口から笑い声が溢れてくる。普段からこんな風に爆笑するキャラじゃない。それに、楽しそうにも聞こえなかった。
「おい、どうした?まさか、頭の打ち所が……」
「チーム全員が最高の状態で大会当日を迎える?そのセリフ……現実で、聞きたかったぜ」
サバナクロー寮生の顔から笑顔が消える。キングスカラー先輩もブッチ先輩も、黙って彼の顔を見つめた。
「でも、現実のあんたたちは違ったんだ」
ジャックはゆっくりと立ち上がる。集まる視線を気にした様子は無い。
「あんたたちは他寮の選手候補たちに怪我をさせたばかりか……大会当日、観客を使ってディアソムニアをめちゃくちゃにしようとしてやがった」
誰も何も言わない。不気味なほど、視線に表情はない。
「俺は……テレビで見たナイトレイブンカレッジの寮対抗マジフト大会……サバナクローのプレイに夢中になった」
統率された獣の群れのように獲物を追い込む隙のないフォーメーション。
派手な魔法だけではない、選手の個性を活かしたプレー。
録画した映像を何度も繰り返し見るほどに、強い憧れを抱いていたとジャックは語る。その目にはいつの間にか涙が浮かび、声も震えていた。
「けど……この学園に入学してすぐ、俺はあんたたちの最悪な計画を知った」
憧れの人と同じ寮に所属できた喜びも束の間、現実に打ちのめされた。
その失望の大きさは計り知れない。年齢相応に無邪気で素直な部分があるからこそ、余計に。
「悔しかった……勝利に固執するばかりに、あんたたちが本当の強さを捨てちまった事が!」
ジャックの憧れたサバナクローの選手たちは、もういなかった。
彼の夢は子どもの一方的な憧れに過ぎないし、夢はいつか醒めるものだと言われれば、まぁそうなんだけど。
ただ、現実が『最悪』の状態の時にジャックが入学した事には変わりない。
「どうにかあんたたちの目を醒ましたかった。でも、俺ひとりじゃ何も出来なくて……!だから俺は、俺は……!」
ジャックが声を詰まらせる。
サバナクローの連中は静かだった。気まずくなるでもなく、無表情にジャックを見ている。
さっきまでの互いを信頼しあう熱血なスポーツマンはそこにはいない。
「ああ……ジャック。お前、目が醒めちまったのか……可哀想に」
言葉ばかりは同情的だが、声音はどこか冷ややかだった。
「まぁ、いずれわかっちまう事だ。頭のいいお前には、隠しておけないな……」
「連中、ひでぇ事しやがる。もう少しでジャックくんは、最高のマジフト大会当日を迎えられたってのに!」
「最高?最低最悪の間違いじゃないの?」
思わず口を突いて出た。NPCが一斉にこちらを向く。
「……草食動物。俺たちの問題に首を突っ込んでくるな」
「こればっかりは無視できないよ。だって、ジャックの反逆を焚きつけたの僕だし」
「……違う!」
ジャックが声を荒らげる。
「俺が自分で選んでやった事だ。あんたには関係ない」
「……そう言うなら、信じていいね?ちゃんと自分で選べるって」
「当たり前だろ。ガキ扱いすんな」
ジャックは強い意志のこもった目で僕を見た。もう涙は止まっている。
「ねぇ、ジャックくん。もう一度眠っちまいましょうよ。現実に戻るのは、最高のマジフト大会を体験してからだっていいじゃないッスか?」
「……そうだな。ここにいる先輩たちは、最低の悪巧みをしない。卑怯な手で選手候補を負傷させる事も、投げやりになって努力を放棄する事も無い」
NPCがどこか安堵したような表情を浮かべるのに対し、ジャックは敵意を込めた目で彼らを睨んだ。
「……でも、そんな先輩たちは『いない』んだよ!」
怒りのこもった声に、連中がびくりと震える。
「俺が憧れたのは、本気で戦ってほしいのは……お前らじゃない!俺は偽物と肩を並べて戦う気はねぇ」
ジャックは偽者たちを睨みつけて吼える。
「ケジメ、付けさせてもらうぜ!」
構えた彼を見て、NPCたちの顔が『闇』に塗りつぶされていく。フィールドにも『闇』が広がり、控えや審判をしていたサバナクロー寮生も『闇』へと姿を変えた。人の形はしているので、まだ物理攻撃も効くだろう。
『僕らも加勢しよう!行くよみんな!』
運動着から寮服へと姿を変える中、ジャックに群がるサバナクロー寮生を引きはがす所から始める。とはいえジャックもパワーがあるので吹っ飛ばしたりしてるけどね。
周囲から駆け込んでくるNPCはみんなが何とかしてくれるだろう。
「邪魔だぁ!」
気怠げに払うような蹴りを避けて、マジカルペンを突き出す腕を掴んで地面に引き倒す。
「ガッ!?」
そのまま思いっきり腹を踏みつけた。痛みに動けないところに脇腹へ追い打ち。そのまま地面を転がって動かなくなった。やがて『闇』に溶けて同化していく。
「可愛い顔して容赦ないッスねぇ、ホント!」
そんな事を言いながら、ブッチ先輩の形をした『闇』が飛びかかってきた。避けてもすぐに身を翻してくる。身軽さの再現は忠実らしい。
とはいえ、逃げるワケじゃないので困らない。拳を受けて投げ飛ばす。相手は危なげなく受け身を取り、すぐに体勢を立て直して飛びかかってくるだろう。
反撃は速い方が良い。だから着地したら最小の動きでこちらに戻ってくる。その例を今、たっぷりと見せてもらった。だからタイミングも読める。
最高の瞬間に踏み切った。間合いも高さも完璧。
跳び蹴りがブッチ先輩の形をした『闇』の顔面にめり込んだ。向こうの飛びかかってくる勢いに打ち消されたものの、そのまま地面に落ちて沈んでいく。
「……あの時の跳び蹴り、当たるとああなるのか……」
グリムが怯えた顔で呟いていた。苦笑しつつも周囲を見回す。
シルバー先輩たちが合流した事で、戦況はこちらの有利。立っている『闇』ももう少ない。
ジャックはキングスカラー先輩の『闇』と一騎打ち状態だ。キングスカラー先輩に魔法を使う隙を与えまいと、ジャックが果敢に迫っている。
現実のキングスカラー先輩なら、うまくかわして魔法であっさり形勢逆転する所だけど、『偽者』だと判ったためか随分弱くなっていた。
二種類の咆哮が響く。決して悲鳴ではないのに、片方はどこか助けを求めるような弱々しさを感じた。
すぐに決着がつく。ジャックの拳がキングスカラー先輩を地面に叩きつけた。凄まじい勢いに『闇』が飛沫を上げる。
「この……裏切りもん、がぁ……!」
恨みがましい断末魔を残し、その姿が『闇』と同化していく。
頭が潰れれば、その群れはおしまい。
残っていた『闇』も力尽きたように溶けていき、やがて地面の色が元の土色に戻っていく。すっかり『闇』が消えればコロシアムは静かになり、僕たちが呼吸する音しか聞こえなくなった。