7−5:虹色の旅路 後編


 そして試合が始まる。
 先攻はこっち。ディスクを回せるのは五人しかいないけど、小柄で機動力のあるグリムとオルトがいるのでパスを回すのはそこまで苦労しないかも。
 特にサバナクローは一番小柄で細身なブッチ先輩でさえ僕より身長は高いくらいだし、グリムの小ささは手を焼きそう。
 逆を言うと、この中では見るからに大柄でパワータイプ、そして一年生で実力に劣ると見られるセベクの方が押さえ込みやすい存在、という認識になる。
 だから警戒コストは実力のある二年生の先輩たちや、押さえにくい小柄な二人に割かれがちだ。
「グリム、下がり気味で!アーシェングロット先輩をカバー出来る所にいて!」
「分かったんだゾ!」
「オルト、次で畳みかけるよ!シルバー先輩の援護よろしく!」
『了解!』
 と、僕は敢えてセベクを除いて指示を出す。この指示もぶっちゃけデタラメだ。シュラウド先輩とつかず離れずの位置を保ち、敢えてシュラウド先輩を時々振り返って、その後に人名を強調しつつ指示らしき言葉を飛ばす。
 獣人属は耳が良い。言葉での指示なんて作戦を教えているのと同じだ。でも僕は初心者だから、そんな事は気にしないで声で指示を飛ばす。
 キングスカラー先輩なら指示の内容がデタラメな事にはすぐ気づくだろう。その上でアーシェングロット先輩とシュラウド先輩がいる事を鑑みて、暗号の可能性を考えるはずだ。
 まぁ実際は、暗号なんて無いけどね。やりたい事はもっと単純だ。
 シルバー先輩のパスをグリムが受ける。アーシェングロット先輩へとパスを回し、勢いを足してゴール前に進んでいたオルトにディスクを渡す。と、見せかけて逆サイドでノーマークのセベクに流した。
「はぁぁぁぁっ!」
 見かけ通りの勢いに任せたシュート、と見せかけて、その軌道は精密で複雑。外れたと見せかけた所で猛烈なカーブがかかり、ディフェンスの隙間を縫うようにゴールに滑り込んでいった。
「やったー!初得点いただきー!」
「やったんだゾ!」
 アウェーなのでグリムと一緒に普段の倍ぐらい喜んでおかないと。とはいえこの世界のサバナクロー寮生は行儀が良いので、落胆の声ぐらいでブーイングとかは無い。
「どうだ。ゴールを決めたぞ!サバナクローも大した事はないな!」
 セベクはジャックに向かって胸を張って言い切る。それを正面から受けたジャックは不敵に笑った。
「ふん、なかなかやるじゃねえか。燃えてきたぜ」
 二人とも一年生で体格も同じくらい。ついでに学業に真面目な所も共通点。
 セベクの技術の高さには特に刺激を受けるだろう。受けてくれないと困る。
「今のは少し油断しただけだ。もう好きにはさせねぇ」
 ジャックは笑い、サバナクローの陣地に戻っていく。次は向こうが攻め込んでくる番。
『敵チームのフォーメーションが変化してる。みんな、気を付けて!』
 オルトが細かな変化も気づいて情報を共有してくれる。
 攻め込んでくる連中に対応し、ディスクを奪う機会を狙った。音声による作戦の攪乱は交えつつ、意味が無くてもなるべく張り付いて圧をかける。
 一番大事なのはジャックのやる気を奪わない事。
 オルトの作戦の詳細は聞いてないけど、試合に夢中になってる事が大前提っぽい。
 だとしたらジャックのやる気を損なうような、諦めとか手抜きとか不正とかは厳禁だ。負けていようと諦めず、魔法が使えなくとも前に出る。
「てめえら、遅ぇぞ!寝てんのか、脚を動かせ!」
「はい!」
 キングスカラー先輩の檄が飛ぶ。それで動きがすぐに良くなるワケでもないが、気持ちは盛り上がっているだろう。
「まだいけるよ!一点でも多く取り返す!切り替えていこう!」
「おう!」
 声を張り上げれば、みんなが応えてくれる。スポ根作品の一員になった気分。心地よい一体感だ。
 とはいえ、相手はジャックの理想のキングスカラー先輩によって統率されたサバナクロー寮。多少は一緒に過ごしているとはいえ、寄せ集めの僕たちに敵うはずも無い。ついでに言えば、恐らくは体力の上限も彼らには無い。でもこっちは夢から醒めているので疲労は出てくる。
 試合は盛り上がっているが、点差は開いていく一方だ。
「くっそ~、やる気満々のレオナ、強すぎるんだゾ!」
「ほらほら、そっちのチームも脚を動かさないと、また点取られちゃうッスよ?」
 ブッチ先輩がご機嫌に笑う。視線を追えば、かなりしんどそうなアーシェングロット先輩が目に入った。
「先輩、大丈夫ですか?」
 凄い汗と呼吸の荒さ。明らかに大きく消耗している。今にも倒れそう。
「……さすがはサバナクロー。隙がない!」
 闘志はあるけど、身体がついていってない感じ。一緒に様子を見たシルバー先輩も心配そうだ。
「タイムアウトを取らせてくれ!セベク、水を!」
 セベクがフィールドを出ると、観戦していたサバナクローの生徒たちが近寄っていった。どうも自分たちのために用意していたものを譲ってくれているらしい。良い人すぎて怖い。
「あーらら、アズールくん大丈夫ッスか?ここらで棄権しといた方がいいんじゃない?」
「ご、ご心配には及びません……」
『アズールさん、膝が震えてるよ。冷却スプレーかけようか?』
「み、みなさんどうぞお気遣いなくッ!」
 拒絶するように声を荒らげる。僕はただ無言で背中をさすっておいた。
『やれやれ……アズール氏。君の実力はこんなもんじゃないはずでしょ?』
「え……?」
『ゴールデン・トライデントの守護神、アズール・アーシェングロット氏のクラーケン・ショット……今出さないで、いつやるの!?』
「無茶を言わないでください!!!!正気を取り戻した今、スポーツ万能な自分を思い描けるわけがないでしょう。しかもここは陸なんですよ!」
 これだけ声が出せるならまだ大丈夫だな、と思うものの、本当はあまり無理をしてほしくない。
「フロイド先輩たちが『変身薬が無ければ陸用の姿には変身できない』という強い固定観念を持っていたように、貴様もまた『運動が苦手』という固定観念に縛られているという事か」
 難儀なものだ、と呟く声には同情も感じる。
「ほら、まずは水を飲め」
「あ、ありがとうございます……」
 アーシェングロット先輩は水のボトルを受け取って中身を口にした。呼吸も落ち着いてきている。
『マレウス氏の魔法領域の中は信じれば夢が叶う、まさに魔法の国。だからこそ、逆に夢を信じられない子どもは空も飛べないし、ヒーローにもなれないって事ね。残酷っすな……』
「何をしゃあしゃあと……あなたこそ、スーパープレイの一つや二つ決めたらどうなんです?フィールドの隅に蹲ってる間に、中途半端なモデルの改修も出来るでしょう」
『や、拙者最初から「置物だと思ってくれ」って宣言してましたし?他にもやる事あるのに、役目は立派に果たしておりますし?』
「おい!揉めている場合か。もうタイムアウトが終わるぞ!」
 こうやってナイトレイブンカレッジの運動部は負けていくんだな、っていうのを肌で感じる。それはともかく。
「サバナクローディスクからスタートか。レオナ先輩にディスクが渡れば、すぐさまロングシュートを仕掛けてきそうだな」
「僕がレオナ先輩のマークにつく。シルバーはラギー先輩を、オルトはジャックを引きつけておいてくれ」
「オレ様とユウは?」
「走り回って敵を攪乱だ」
 了解を返す。
 ブッチ先輩は今は地上のポジションなので、箒のポジションをシルバー先輩からセベクに交代。アーシェングロット先輩と僕の立ち位置を交代しつつ全体を自陣に下がり気味にして、守りを固めている陣形にした。
『敵も味方もヒートアップしてきた。僕はタイミングを見て例の作戦を決行するよ』
『あ、う、うん。拙者たちも援護はするんで……』
 こう言うからには、シュラウド先輩はオルトの計画をしっかり把握しているらしい。
 僕たちはとにかく試合を盛り上げないと。
「よし、試合再開だ!」
 始まってすぐにそれぞれがマークにつく。僕はなるべく全体を見て流れを把握するように努めた。
 こちらが守りを固めたのは明らかだ。ディスクは突破力のあるキングスカラー先輩やブッチ先輩、ジャックに集まるだろう。
 一番無難なのは対戦相手との実力差が歴然なキングスカラー先輩だ。というか『大体この人に回しときゃどうにかなる』っていう雰囲気はずっとあるし。
 そんな空気を気にせず、セベクはしっかりとキングスカラー先輩にくっついていた。ディスクを迂闊に渡せない状況を作ろうとしている。
「へぇ、流石はマレウスの腰巾着だ。人にぴったりくっついてくるのは得意って事か」
「ぬかせ!今度こそ僕らが一点を入れる。貴様にディスクは渡さないぞ!」
 気迫は充分。体格差も無い。なんならキングスカラー先輩の方が少し背は低いぐらい。
 だけど技術力も経験もまだまだセベクでは及ばない。特にジャックの理想たるキングスカラー先輩は、完璧すぎるほどに完璧だ。
 滑らかに身を翻し、一瞬の隙を突いてセベクを振り切る。ディスクを受け取った瞬間、セベクに笑みを向ける余裕すらあった。
「レオナ先輩にディスクが渡った!フォワード上がれー!」
「まだまだ!!必ずディスクを奪い取ってみせる!」
 セベクは諦めない。緩急を付けて迫るが、キングスカラー先輩は巧みにディスクを操って猛攻撃を逃れている。全く危なげない。
「レオナさんのディスクさばき……なんて素早く的確なんだ。セベクさんが、完全に弄ばれてしまっている!」
 とりあえずパスルートは塞ごう。ロングシュートのサポートでがっつりこっちに入ってきている連中はアーシェングロット先輩に任せられる。
 ジャックとブッチ先輩はフィールドの真ん中ぐらいでキングスカラー先輩の様子を見ていた。パスを受けたらすぐに動くつもりだろう。シルバー先輩とオルトのマークは危なげない。ここは大丈夫。
 残りをグリムと共に警戒する。とはいえ、キングスカラー先輩がセベクと遊んでいるのを楽しく見ている雰囲気があった。こいつらは油断しているっぽい。今は助かる。
「どうした?俺からディスクを取るんだろ?」
 キングスカラー先輩はすっかり余裕だ。いつでもパスもシュートも選べる、という雰囲気。
 しかし似たような事の繰り返しで長々と翻弄されるセベクではない。
「そのフェイント、既に見切った!」
 虚を突くようにディスクに手を伸ばし、だがギリギリ避けられる。しかしセベクは退かない。
「ディスクをよこせえええぇぇぇええ!!」
 勢いのままディスクを奪い取らんと迫る。その手はディスクにかかり、でも保持までは出来なかった。箒ごと地面に突っ込んでいく。ディスクは明後日の方向に転がっていった。
「アウトオブバウンズ!サバナクローディスク!」
 審判役のサバナクロー寮生が声を上げる。僕たちはとにかくセベクに駆け寄った。
『セベクさん!』
「アイツ、顔面から地面に突っ込んでったんだゾ!」
「大丈夫か、セベク!?」
「なんのこれしきっ!」
 セベクは鬼気迫る表情で顔を上げた。大きな怪我は無さそうでほっとする。
「技術も何もあったもんじゃないバックスだな」
 キングスカラー先輩が笑みを湛えてこちらにやってくる。セベクに睨まれると更に楽しげに笑みを深めた。
「ま、あの局面でスピードを緩めない度胸は大したもんだ。ほら、立てよ一年坊主」
「えっ?あ、ああ……」
 キングスカラー先輩はセベクに手を貸して立たせた。あまりにも自然で遮る理由も無い。
「派手に転んだ割に、擦り傷程度で済んだみてぇだな。頑丈なこった」
 言いながら、セベクの運動着の泥を払ってやった。なんとも面倒見の良い事で。夢の世界でも随一の恐怖映像かもしれない。
「だが練習で怪我して、本番はベンチを温めるポジションになったんじゃ本末転倒だ。自分の実力と、周りをよく見ろ」
 アドバイスをしたら、さっさと自陣に戻っていく。自分の仲間に指示を飛ばしていた。
「……あ、あんな事、レオナは絶対言わねぇんだゾ!!」
 最初に我に返ったのはグリムだった。
「オレ様たちが初めてアイツらとマジフトした時、ルールもよくわかってなかったのにボッコボコにされたんだゾ」
『ジャック氏が心から尊敬できる人物像に改変されてるって事でしょうな』
 シュラウド先輩が冷静に分析する。
『セベク氏への煽りっぷりを見てると、性格が善人になってるわけじゃない。でもスポーツマンシップはちゃんと大事にしてて、絶対に卑怯な手は使わない……みたいな』
 現実でもやろうと思えば出来るんだろうけどなぁ。なんか悪ぶりたがるよなぁ、マジフト部とかサバナクロー寮の生徒って。ジャックもどちらかと言えば真面目な良い子なのに、妙に悪ぶってる感じだし。
「……この試合、いつ終わるんですか?精神的にも肉体的にも苦痛が大きい」
『アズール氏の疲れの半分、絶対ツッコミ疲れじゃん』
「ツッコむなって方が無理ですって」
 アーシェングロット先輩が何度も首を縦に振って同意を示してくれる。それはともかく。

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