7−5:虹色の旅路 後編
サバナクローの練習は模擬試合に入り、すっかり盛り上がっている。
キングスカラー先輩のアシストを受けたジャックのパワープレイなんて、現実では見られないかもしれないな。ましてブッチ先輩を突破するなんて、簡単には出来ないだろうし。
なんつーか……夢の世界を楽しんでんな、うん。
模擬試合が終わった所で、フィールドに入っていく。僕たちに気づいたサバナクロー寮生の何人かが怪訝そうな顔でこちらを見ているが、一生懸命無視をした。
なるべく自然に、キングスカラー先輩に近づく。
「あのー、少々お時間よろしいでしょうか……?」
「……誰かと思えば、俺の草食動物じゃないか」
………………………『俺の』?
僕が固まっている事に気づかない様子で、キングスカラー先輩は微笑みを浮かべて近づいてくる。
「練習を見に来てくれたのは嬉しいが、忙しいからあまり構ってやれないんだ。悪いな」
頭を撫でられると背筋がぞわっとした。すんごい違和感。
「相変わらずラブラブッスねえ。レオナさんの尾を踏んづけた奴がいるって聞いた時はどうなるかと思ったッスけど」
その話はあるんだ。
「決闘を経てお互いを解り合ったお二人は、今や学園一のお似合いカップル!」
落ち着け。ここ男子校だぞ。二位以下いるのもおかしくないか。まぁいるんだろうけど。いやそこは問題じゃなくて。
「いいなあ、オレも寮長たちみたいにラブラブになりてぇ~」
「は、あまりからかうのはよせ。ユウが困ってるだろ」
キングスカラー先輩が爽やかにかわしても、寮生たちは楽しそうにはやし立てる。
えーと、どうしようこれ。どうしたらいいのこれ。
「……ん?毛玉はともかく、後ろの連中は何の用だ」
怒濤の展開に放心していた同行者たちが我に返る。すかさずグリムがキングスカラー先輩の前に飛び出した。
「オレ様たち『チーム・オンボロ』は……サバナクロー寮にマジフトの練習試合を申し込むんだゾ!」
「マジフトの練習試合……だと?」
ちょっとだけサバナクローの空気が変わる。
「チームって…………そんな寄せ集めの集団で?一体どういう組み合わせッスか?」
「実は、マジフト大会に向けた特訓仲間同士なんですよ。グリムさんが発起人です」
「おう!オレ様がリーダーなんだゾ!」
「ええ……グリムくんがぁ……?」
ブッチ先輩の疑いの視線を微笑みでかわす。
「実践的な訓練を積みたいと思い、対戦相手を探しておりまして。それでユウさんにお願いして、サバナクローの特訓にお邪魔させていただいた次第です」
「オクタヴィネルもイグニハイドも最下位争いの常連だろ?今更じたばたした所で……なぁ?」
「そうなんですよ!」
嘲笑混じりのサバナクロー寮生に対し、アーシェングロット先輩が食い気味に声を張り上げた。怯えた顔になった寮生に気づかないフリをして、アーシェングロット先輩は続ける。
「マジフト大会が始まって以来、オクタヴィネルとイグニハイドが上位争いに加わった事は無い」
決して良い事ではない。いやまぁ、本音はどっちも気にして無さそうだけど、今はさておき。
少なくともこんな胸を張って声を高らかに言い切る内容ではない。しかしアーシェングロット先輩は臆さない。
「マジフト大会が近づくと、寮内に立ち込める陰鬱な空気。戦う前から漂う色濃い敗北ムード……僕たちは寮長として『このままではいけない!』と一念発起したんですよ」
真剣な眼差しがキングスカラー先輩に向けられる。表情が変わらないと見て、アーシェングロット先輩は不敵に笑う。
「マジフトは肉体と魔法のみで戦うものにあらず……大切なのはココだ」
ココ、と言いながらつついたのは自分の頭。
隣のキングスカラー先輩から、息を飲むような気配がした。効いてる。
「……であれば、僕たちにだって勝ち目はあるはず。そうでしょう、レオナさん?」
真摯に訴えかける。熱血キャラが秒で落ちそうな説得ぶり。
この学校の人たち演技上手いよな。アドリブも凄いし。僕もうかうかしてられない。
「どうか皆さんの胸を貸していただけませんか。僕たち……強くなりたいんです!」
「……ふん、相変わらず聞いてもいねぇのにペラペラとよく喋る野郎だ」
キングスカラー先輩は憎まれ口を叩くけど、空気は全く拒絶していない。現実じゃ絶対に見られない光景が広がっている。
「テメェらが何を企んでるんだか知らねぇが……良いだろう。付き合ってやるよ」
この貸し、高くつくぜ?と悪戯っぽく笑う。チョロい。
「ありがとうございます!」
アーシェングロット先輩はいたく感激した様子で頭を下げるが、ブッチ先輩は不満そうだ。
「レオナさん、あんな奴らと戦ったって何の得にもなんないッスよ」
「かもな。だが、アズールとイデアは仮にも寮長……そしてあの銀髪とツンツン頭はマレウスの取り巻きだ」
そう言ってニヤリと笑った顔は、見慣れたキングスカラー先輩の顔だ。やっぱ同じ顔立ちではあるんだな。いや解ってはいるけども。
「例え小さいネズミでも、少しでも腹に溜まりゃあ儲けもんだろう」
「レオナ先輩……流石です。どんな相手からでも、必ず学びはあるって事っすね!」
「だからと言って手加減してやるつもりはないぜ。解ってるだろうな、ラギー、ジャック?」
「ウィース」
「ハイッ!」
ジャックは嬉しそうだ。尻尾もめちゃくちゃ揺れてるし目もなんかキラキラしてる。
……なんか、ジャックもキングスカラー先輩も可哀想になってきた。
ジャックは憧れの先輩があんなんだし、キングスカラー先輩は後輩の理想像がこんなんだし。現実に戻っても誰も幸せにならない。
だからってそのままにしとくワケにもいかないんだけどさ。
「ユウ」
「はい?」
「怪我したくなかったら大人しくしてろよ」
「……誰に向かって言ってるんです?」
敢えて挑発するような言葉にした。しっかり余裕の笑顔を向ける。
「手加減する気は無いんでしょう、ダーリン?」
「……全く、人を振り回すのがお上手だな、ハニー」
乗ってきやがった。
何気なく手を差し出せば、その手を取って気障に口づけてくる。
「楽しい試合にしてくれよ?」
「そちらこそ、後から言い訳は聞きませんからね」
笑顔で言葉を交わし、互いに自分のチームメイトの所へ戻っていく。
みんなこっちを見て困惑している様子だった。何とも言えない。
『男子校の運動場で出して良い空気じゃなかったのは間違いないですな』
「…………今更、悪寒と吐き気と目眩が一気に来た」
『何故ーっ!?』
『ユウさんはレオナ・キングスカラーさんと接触するとバイタルが安定していく傾向なのに、今は凄い勢いで乱れてたね』
「そんなの判るの?」
『嘆きの島の時は顕著だったよ。ヴィルさんとの接触と遜色ないくらいだった』
「あー……まぁその、確かになんか安心する事もある、かなぁ」
不思議な事だけど、キングスカラー先輩の体温も匂いも、なんか落ち着くんだよね。ちょっとその、心臓にも良くないんだけど。美形だし。
『やっぱり「闇」のNPCと本物じゃ違うのかな。夢の主としてのレオナさんと対面したら、明確に差が出るかも』
「今はそんな話をしている場合では無いだろう。練習試合には漕ぎ着けたが……本番はここからだぞ」
「それはそうだね」
『七人いないと試合にならないから、兄さんにはホログラム姿になってもらったけど……』
『モデルデータが甘いから、物理演算もコリジョン判定もガバガバ。ディスクを受け取ることすら出来ないんで、マジで置物かなんかだと思ってくだされ』
「まあ、それは承知の上ですので。出来ることを精一杯やりましょう」
「オルト、オメー本当に大丈夫なのか?作戦会議の時に言ってたけど、マジフト一回もやった事ねぇんだろ?」
『うん。でもマジフトのプロリーグ選手の生体データはインストールしたよ』
グリムはちょっと疑わしげな顔してるけど、オルトは自信満々だ。全く気にしていない。自分の作戦に確信を持っている。
『きっと「彼」は僕を追いかけてきてくれると思う』
「今回の作戦はお前にかかっている。頼んだぞ、オルト」
『ふふっ、任せてよ!』
シルバー先輩にも笑顔で応えて、そのままチームメイトを見回す。
『それじゃあ試合前に……ちょっと憧れてた「アレ」、やっていい?』
「アレ?」
オルトに促されるまま、隣のメンバーと肩を組む。
グリムは身体の大きさが違いすぎるし、シュラウド先輩の当たり判定がガバなので気を付けないと大変な事になる。当たり判定付けないでくれた方がマシだったまであるけど、ギリギリまで頑張ってくれた先輩や『S.T.Y.X.』に申し訳なくて言えない。ここだけだし。
どうにか丸くなった所で、オルトが僕を見た。久々に息を大きく吸い込む。
「『チーム・オンボロ』~ッ!ファイッ!!」
「オーーーーーーーーーーー!!!!」
アーシェングロット先輩とシュラウド先輩が困惑する中、他五人が声を張り上げる。馬術部も一応運動部なんだな……まさか乗ってくるとは……。
「……オルト。なんなんだゾ、コレ?」
『これは「円陣」だよ、グリムさん』
「ふなっ!コレがルークが言ってた『円陣』か!で、コレに何の意味があるんだ?」
『インターネットの情報によると、一体感が生まれてチームの結束が高まったり、集中力の向上や、緊張感の緩和に効果があるらしいよ』
「ほぉ~ん。でも、なんにも変わった気はしねぇんだゾ」
『僕も嘆きの島でヴィルさんたちが円陣を組んでるのを見た時は「ヒトって奇怪な行動をするな~」って思ってたんだ』
まぁ、ヒューマノイドのオルトからすれば理解不能な行動だろうな。僕たちだってあの場で円陣を提案したハント先輩の正気を疑ったし。
『でも結果として僕たちは負けちゃったでしょ?それで考えたんだ。僕たちとヴィルさんたちの勝敗を分けたのは……円陣だったんじゃないかって』
『拙者、絶対にそれが原因じゃないと思う』
『なーんて、本当はせっかくだからやってみたかっただけ。えへっ』
テヘペロ、じゃないんよ。まぁ別に良いけど。
「無意味なゲン担ぎは終わったのか?それじゃあさっさと始めようぜ。日が暮れちまう」
「では、サバナクローの皆さん。どうぞお手柔らかにお願いいたします」
「俺たちの貴重な練習時間を削ってやるんだ。少しは食らいついてみせろよ?」
「ふっふ~ん!負けて吠え面かくんじゃねーゾ!」
「シシシッ!それはこっちの台詞ッスよ」
「練習試合だからって手抜くんじゃねえぞ。全力で来い!」
お互いに挑発しあいつつも、形式は一応試合なので並んで礼とかもする。ここは運動部仕草。
『皆さん、頑張ってくだされ~。影ながら応援しておりますぞ~』
「……イデアさんも働いてくださいね?」
それぞれが雑に決めたポジションに入る。
空中を浮遊する機能がついてるオルトは箒に乗ってるポジションに固定。もう一つの箒乗りポジションは様子を見てシルバー先輩とセベクが交代で入る事にした。アーシェングロット先輩は固辞していたし、僕とシュラウド先輩は乗れないし、グリムも箒に乗るとディスク操作が安定しない。
向こうの編成はキングスカラー先輩とブッチ先輩、ジャックも勿論いる。他はエキシビションの時に戦った事のあるメンバーだと思う。今回は手抜きも油断も無いだろうから、自滅や仲間割れの可能性も低そう。
試合の審判はサバナクロー寮生が務めてくれる。正々堂々とした公正な審判をしてくれるだろう。……現実だとゴーストに頼まないと絶対揉めるんだよね、ここ。なんなら頼んでも揉めてる事あるし。