7−5:虹色の旅路 後編
もはや朝焼けの空も見慣れてきた気がする。長いこと眠っていないように感じているけれど、夢を渡る度に朝を迎えているような気分。
だとすると結構な日数が経っている事になってしまいそう。僕たちは時間の感覚がほとんど無いけど、『S.T.Y.X.』の人たちとか大丈夫なのかな。
そんな事を考えているうちに移動が終わる。眼下には見慣れた景色が広がり、気温は暑くも寒くもない。どうやら今度の夢の主はナイトレイブンカレッジで過ごしているようだ。
『霊素シグナル・トラッキング成功。指定された座標へ到着しました』
直前は海の中だったのでなんだか久しぶりだけど、複数回夢を渡ってきた面々には慣れ親しんだ着陸体勢だ。
「ここは……ナイトレイブンカレッジだな」
「木々が紅葉している。ハロウィーンくらいの時期だろうか」
ディアソムニアの二人がさっさとオルトから降りて周りを確認する。グリムも軽々と地面に降りた。
「誰かの夢ん中だけど、いつもの校舎が見えると少しだけホッとするんだゾ」
「すごく安心するよね」
「ふん、平和ボケをするなよ。夢の中では、見慣れた世界が全く別物になっているかもしれないんだぞ」
常に気を引き締めていろ、とセベクは鋭く言う。
まぁ、エペルみたいな例もあるもんね……。
『アズール・アーシェングロットさん。初めての夢渡りはどうだった?』
オルトが抱えていたアーシェングロット先輩を地面に下ろす。直立した状態のアーシェングロット先輩は、何も言わずに正面を見つめていた。
……なんかおかしくない?
「フロイドは平気だったんだが、ジェイドは大変な事になってしまって……アズールは見たところ顔色も悪くないようだが……」
顔の前で手を振っても微動だにしない。眼鏡はしてるから、見えてないワケがない。
「アズール……?」
「ま、まさか……目を開けたまま気絶している……!?」
『しっかりして、アズールさん!』
オルトが思いっきり揺さぶると膝から崩れた。慌てて受け止めると、やっと瞼が動きだす。
「ぼ、僕は……一体何を……?」
身体が恐怖を思い出したように震え出す。宥めるように背中を撫でつつ、近くに腰を下ろしてもらった。
『落ち着いて聞いてください。あなたは夢渡りの最中に目を開けたまま気を失っていました、なんつて』
「え……え……?」
「気分はどうですか?気持ち悪くないですか?」
「あ、ええ、ぁ……言われてみれば、頭がくらくら……して……」
立ち上がろうとして、ぐらりと身体が傾いた。支えるより先にこちらに倒れ込んでくる。うまく動けない様子なのでそのまま寄りかからせた。
「す、すみません。そういうつもりでは……」
「落ち着いてください。僕は大丈夫ですから。ゆっくり深呼吸して」
お手本の呼吸をすれば、アーシェングロット先輩は素直に真似してくれる。そうして落ち着いてくれば、身体も力が抜けてきた。背中を撫でながら回復を待っていると、やがて恐る恐る頭を上げる。
「……もう、大丈夫そう、です」
「よかったです。でも無理はしないでくださいね」
よろよろと立ち上がったアーシェングロット先輩は、心配そうな周囲を見回してから大きくため息を吐いた。
「……次回は、事前に酔い止めを服用します」
酔い止めでどうにかなるのか?
「夢を渡っている間もずっと静かだったから、平気なものだとばかり……まさか気を失っていたとは思わなかった」
すまない、とシルバー先輩が謝ると、アーシェングロット先輩は気にするなって感じで首を横に振る。
「いえ、むしろ早めに気を失っておいて良かったというか……次は夢を渡る前から意識を失っておきたいというか……」
『ヴィルさんは嫌だって言ってたけど、やっぱりそれが合理的だよね?』
そんな暗い空気を気にせず、オルトが手刀の形で手を振りながら言う。
『夢渡り中に酔うなら、気を失っていればダメージが少なくなるはず。今度試してもいい?』
「なぜオルトさんは手刀の素振りを!?手荒な方法は断固として拒否させていただきます!」
「にゃははっ!荷物みてぇにシルバーたちに運ばれてるアズールを想像すると笑えるんだゾ」
「グリム。笑う事じゃないよ」
「しょっちゅうユウに抱えられて移動している貴様の言う事ではないな」
セベクの馬鹿にしたような言葉に、グリムがむっとして言い返そうとした瞬間、辺りに鐘の音が響いた。すっかり耳に慣れた、午後の授業の終わりを告げる音。これからは放課後という事だ。
「……どうやら午後の授業が終わった時刻のようだな」
「では、寮服から制服に着替えておくか」
「そうですね。特別な行事でもない限り、日中に校内で寮服を着ている生徒はほとんどいませんし」
二年生の先輩たちがさっと制服に着替えれば、セベクは目を丸くする。
「なっ!シルバー、貴様いつの間に着替え魔法を習得した!?」
「俺はもともと、着替え魔法が出来ないわけじゃない。きちんと意識が集中できれば、問題なく使用できる」
これまでは集中できなかったから、シュラウド先輩のプログラムを使ってたって事か。ここに来てシルバー先輩自身が大人数で夢を渡る状況にだいぶ慣れてきた、って事なのかな。
表情があまり変わらなくて冷静なイメージがあるけど、自分の主君に刃向かって戦ってる状況にもいろいろと思う事はあったみたいだし。慣れで緊張が軽減されたなら良い事かもしれない。多分。
「中でも、制服には着替え慣れているからな。……寝坊をしてしまった朝などは、特に活用している」
この魔法を習得していなければもっと遅刻の回数が増えていたはず、との事。
……そういえば、現実では前触れなく凄い眠気が来るんだっけ。先輩の過去とかも関係あったのかな。まぁ知らなくても僕は関係ないけどさ。
「だが、敵との交戦中など意識が散漫になりがちなタイミングで成功させる自信はないから……ずっとイデア先輩の呪文を使わせてもらっていた」
「イデアさんの呪文?」
アーシェングロット先輩が首を傾げれば、オルトが楽しげに笑い、セベクが嫌そうに表情を歪める。
『ふふふ。いま見せてあげる。さあ、セベクさん。いくよ!』
「くっ……!仕方ない!ドリームフォーム・チェンジ!」
二人が元気に呪文を唱えれば、身体が光に包まれ着ているものが制服に変わる。一連の流れを見て、今度はアーシェングロット先輩が顔を歪めた。
「な、なんですかその珍妙な呪文は!?」
『珍妙~?こ、これだからオタクのロマンを解さんパンピーは』
すかさずシュラウド先輩が腐す。
『変身シーンに激アツな決め台詞があるかないかで、視聴者の盛り上がりにかなり差が出ますぞ』
「また訳が解らない事を。第一、視聴者はあなたくらいしかいないでしょう」
『「S.T.Y.X.」のスタッフも二十四時間見てる。そして「S.T.Y.X.」のスタッフはギーク揃い。あとはお察しくだされ』
「僕の衣装も妙に気合い入ってましたもんね……」
「そういえば、ユウさんの着替えも『S.T.Y.X.』が?」
『ハシバ氏は特に変装の機会が多いだろうからね。過去に着用していた衣装からスタッフの妄想まで、幅広く取りそろえております』
「さっきは水着でジェイドとフロイドと泳いだりもしていたな」
「水着!!??」
「泳いでいたというか……さらわれていたというか……」
「さらわれた!!??」
「別に何かされた訳じゃないですよ。気まぐれに巻き込まれただけです」
落ち着いてください、と言ってもまだなんか小刻みに震えている。
「あなたはもっと怒ってください。あいつらが調子に乗ります」
「いやでも、僕が怒って聞いてくれる人たちじゃないですよ」
「……はぁ。後で僕からも抗議しておきます」
「す、すみません。でもホント、僕は大丈夫なんで……」
大事な話があったついでみたいなものだったワケだし。それを言うワケにもいかないのがもどかしい。
『ジェイドさんとフロイドさんも、この呪文を気に入ってくれたよ』
「……フロイドはまだわかりますが、ジェイドもですか?」
『逆にジェイドさんの方がイキイキと呪文を唱えてた気がするけど……』
「……というか、アイツらは揃いも揃って簡単な着替え魔法も使えなかったという事ですね」
オクタヴィネルの幹部ともあろうものが嘆かわしい、とさっきとは意味の違う溜め息を吐く。
『あの音声コマンドで変更できるのは衣装だけじゃない。魔法石に仕込んだ術式によって、任意の姿に変身できるんすわ』
シュラウド先輩が心外とばかりにすかさず解説に入る。
『つまり変身薬がなくても、人魚形態から陸用形態に一瞬で変身できるってワケ。……まぁ、マレウス氏の魔法領域内限定だけど』
「なるほど、そういう事だったんですか」
一方、解説を受けたアーシェングロット先輩も納得した様子だった。
「確かに現実では、全身を変化させる魔法や薬を使うには、特別な許可や魔法庁への登録が要りますからね」
やっぱり人魚が人間の姿になって学校で勉強するって大変な事なんだなぁ。
「そういえば、アズールはいつの間にか人魚姿ではなく寮服姿になっていたな。自力で変身できたという事か?」
「ええ、まぁ」
悪役が正体現すみたいなタイミングでさらっと変身してたな、そういえば。
「ここが夢の中だという情報は教えて頂きましたからね。特に支障はありませんでした」
「一刻を争う中で、自分が置かれた状況を冷静に把握し、行動できる奴はそういないだろう。さすがだな、アズール」
「ほへぇ~。そういやジャミルも『アズールは腐ってるけど寮長だし使える』とか言ってたっけ」
「腐っ……クラスメイトに対して酷い言い草ですねぇ」
「こら、グリム。誤解を招く言い方はよせ」
グリムの雑な伝聞をセベクが律儀に訂正する。
「ジャミル先輩は『アズールはいけ好かないが、腐っても寮長。仲間にすれば戦力になる』と言ったんだ!」
『その通りなんだけど、全然フォローになってないよ、セベクさん』
本当にそう。
『そもそも、アズール氏は現実とかけ離れた夢を破綻無く構築できるくらい、イマジネーション強度は高い。サポートなしでも外見の再構築くらい楽勝でしょ』
シュラウド先輩が傷ついた後輩のフォローに回った。
『じゃなきゃ……運動部の花形選手になって、珍妙な必殺技名を真顔で叫ぶなんてできませんわ』
と思ったら追い打ちだったわ。
ダメだこの人たち。弱みを握ったら容赦が無さすぎる。
「は?え?必殺技……あっ!!」
言われた内容を理解した瞬間、アーシェングロット先輩の顔が羞恥に染まった。
「うわああああああ~~~~~~!!!!」
『その証拠に、拙者のタブレットの背面には、でかでかと某スター選手のサインが……』
「は、は、恥ずかしすぎる!!すぐに消します、消させてください!!!!」
『ちょっ!熱い熱い!!タブレットが発熱するほど高速で摩擦するのやめてくださらんか!?』
アーシェングロット先輩がとんでもない速度でタブレットの背面を擦る。でも水の中で書いてたし、擦ったぐらいじゃ消えなさそう。壊しても復活できるらしいけど、これサインを書かれた状態で復活させるだろうな、絶対。
黒歴史に相当する恥ずかしい妄想を、よりにもよって学校の先輩やら同級生に見られたとか、ちょっとした拷問だよなぁ。この学校の人たち、絶っっっ対忘れてくれないし。
バイパー先輩のも教えてあげたらおあいこになるかな。さすがに可哀想か。
僕のじゃおあいこにならないもんな。みんなみたいな夢を見てなかったんだから。
…………あれ、でも、僕とグリムは何でミッキーの夢にいたんだろう?僕たちもツノ太郎の魔法領域で眠らされてるのは同じのはずなのに。
『そんな恥ずかしがらなくてもいいのに。少し歪んだ部分はあったけど、男子高校生的には健全な夢だったよ。ねぇ、ユウさん?』
オルトに話を振られて、一旦考えていた事を頭から追い出す。
「そうですね。スポーツしてる先輩もかっこよかったですし」
「かっ…………」
「マドルで満たしたバスタブでモクテルを傾けるよりは健全でしたし。まぁそれはそれで、先輩らしくないというか、子どもの想像っぽくて可愛いと思いますけど」
「かわ……っ!?」
『ハシバ氏、アズール氏の事、金儲けが好きなゆるキャラぐらいに思ってない?』
「ゆるキャラ扱いするには美人すぎますけどね。人魚姿も色っぽい雰囲気でしたし」
「び、い……」
『ユウさん、そのぐらいにしてあげて。アズールさんがキャパシティオーバーでショート起こしてるよ』
「い、いえ、そんな。ええ。はい。大丈夫です」
「全く大丈夫じゃなさそうだが!?」
確かに不自然な受け答えしてる。機械みたいな。
『フヒヒ、やり手の支配人も所詮は男子高校生ですな~』
「あなたに言われたくないんですが!?」
あ、戻った。
「まぁツノ太郎の夢の世界って複雑で不自由な部分もあるシステムみたいだから、勝手にアレンジされてる部分もあったでしょうし」
『そうそう。結構いろいろ歪んでた例もあるしね』
「オルトたちの言う通りだ。気にする事はない」
セベクも頷いて同意を示すけど、アーシェングロット先輩は浮かない顔だ。
「やめてください……本物の花形選手であるシルバーさんたちに慰められるなんて、余計にいたたまれなくなります」
「花形選手……俺たちが?」
「あなたたちが出場した馬術大会の動画がネットニュースに掲載された際、短く切り抜かれた動画がマジカメで拡散された事があるんですよ。『まるで王子様のようだ』とね」
ちょっとふてくされた感じのアーシェングロット先輩の言葉に対し、シルバー先輩は目を丸くしている。
「……知らなかった。知っていたか、セベク?」
「知らん!マジカメは連絡手段にしか使っていないし、人間どもが投稿するくだらん動画や写真に興味は無い」
「そうか」
確かに二人とも興味なさそう。ヴァンルージュ先輩は知ってるかもしれないけど、この二人に『王子様みたいって言われてる』なんていちいち言わないかもしれないなぁ。
「……だが、みんなが『王子様』だと話題にする気持ちは理解できるな。何せ、俺が大会の時に騎乗しているサムソンは、とても美しい白馬だ。障害物に臆さない勇敢さもある」
王子様と言われるのも納得だ、とシルバー先輩は自慢げに頷いている。それを見てセベクが険しい顔になった。
「それは聞き捨てならん!サムソン号が王子であれば、僕の愛馬テンペスト号だってそうだ」
馬術部の事は詳しくないけど、二人とも自分の愛馬を可愛がっているのだろう。それは解る。解るんだけど。
「馬は生来気分屋が多いと言われるが、テンペスト号は風格抜群でありながらも恭順!馬術に適した名馬だぞ!」
他の仲間の白けた視線など気にもせず、セベクは胸を張る。
「アイツこそが、馬の王子様と呼ばれるに相応しい!!!!」
「いえ、王子様と呼ばれていたのは馬ではなく、騎乗していたあなたがたなんですが……」
ですよねー。
この学校の顔面偏差値インフレ起こしてるもんなぁ。本人たちが知らないだけで馬術部のファンクラブとか外部にありそう。
『くぁ~~ッ。ヤツらの天然ボケじみた無自覚さ、実に腹が立ちますな。さすがは運動部の花形選手サマ。ちやほやされる事に無頓着でいらっしゃる!』
シュラウド先輩のタブレットから陰湿な恨み言が聞こえてくる。
……いやシュラウド先輩も十分美形カテゴリだが?身長も高いし。
『ボドゲ部の大会と言えば、屋内で机を囲み、歓声も応援も無い地味な試合。プレイヤーは全員ほぼ無言。喋ったとしても対戦相手に作戦が漏れないよう、耳打ちでコソコソ話……』
僕の懐疑的な視線に気づいた様子もなく、恨み節は続く。
まぁそりゃスポーツに比べれば、華やかなものにはならないと思うけども。
『そんな陰キャ集団が、「王子様」と呼ばれる機会なんて一生あるわけがない。はい解散解散~』
『もー、兄さん。どうしてそんなに運動部に対してコンプレックスが激しいの?』
オルトが真正面から切り捨てる。辛辣。
曰く、ボードゲーム部も大会で良い成績を残しており、ローカル紙に取り上げられた事もあるのだとか。
『記念撮影の時、兄さんはフードのドローコードをめいっぱい絞って顔まで全部隠してたけど……』
「王子様と呼ばれる機会を自ら潰しているのでは?」