7−4:虹色の旅路

 ………

 水の冷たさには慣れている。なのにこの場所は寒くて痛い。
 もう周りには誰もいない。万能の力は砂に変わって、愛しいヒトまで奪われて、自分には何も残っていない。
 抱きしめた小さな残骸だけしか、もう無いんだ。
 絶望なんて慣れている。何度経験した事か。
 それでも何度も這い上がってきた。そのつもりだった。
 何度打ちのめされても立ち上がればいいとか、言うのは簡単だ。そう思えた事もある。
 でも今は無理だ。そしてきっとこれからも永遠に、無理だ。
 自分はこの暗闇の底で、努力が花開いていた頃の栄華を夢見ながら、輝きのない石ころのように転がっているしか出来ないのだろう。
 それが一番、身の丈にあった幸せだと思えた。
『……アズール』
 愛しいヒトの声がする。自分だけを愛してくれると信じた存在。
 自分を受け入れてくれる優しい少年。
 失敗しても、やり方を間違っても、それまでの自分を認めてくれた。
 あの甘い微笑みが自分だけのものだったら、どんなに幸せか。
 親しい同級生たちにするように、自分にも親しげに接してくれたら。
 自分の事だけを特別に見てくれていたら、その時の自分はどんな気持ちになるのだろう。
『アズール。目を醒まして』
 目の前で君の声がした。
 目を開けば暗闇の中に、ぼんやりと浮かぶ君がいる。輪郭は曖昧で、淡く光っていた。その姿を見ただけで、これが生きた人間ではない事を理解する。
「……ユウ」
 名前を呼ぶと悲しそうに微笑んだ。いつから、『そんな顔をさせたくない』と思うようになっただろう。
『ごめんなさい。僕はあなたを騙していたの』
 何で今更そんな事を言うんだ。
 そんなのもうどうでもいい。
『あなたが彼を好きな気持ちを利用して、あなたに近づいた。僕はお姫様なんかじゃない。悪者が作った、魂の無い物真似人形なの』
「そんな事無い!君は……君は、ジェイドを庇った。ただの人形に、誰かを守るなんて出来るもんか!」
『僕はただ、あなたが大切な人を傷つける所を見たくなかった。……僕が優しいと言うのなら、それはあなたのおかげ』
「僕の、おかげ?」
『あなたの抱く優しさが本物だから、あなたの作り出した僕も、優しさを得る事が出来たの』
 じゃあ全部自業自得じゃないか。
 僕が優しい君を願ったから、君はその理想に従って、自分を犠牲にしてしまった。
 君を失ったのは、僕自身のせいだという事になるじゃないか。
 そう思っても、彼を責める言葉を口には出せない。
『ほら、そうやって言わないでおいてくれるのも、僕を傷つけまいとするあなたの優しさ』
 見透かしたように彼は微笑む。
『大丈夫。あなたは立ち上がれる。……だって一回立ち上がってるし、そんな暇も無いでしょう?』
 自分の手に彼の手が触れる。何の感触も無い。
『あなたは沢山のものを手に入れるんだもの。せっかく手足がいっぱいあるのに、縮こまっていたら勿体ないよ』
 それでもちゃんと其処にいる。輪郭がどんどん曖昧になっているけれど。
『どうか、価値のないものに囚われないで。あなたが本当に大切に想う人を、見失ってしまわないで』
 彼の姿が光に変わり、すぐに薄れて闇に溶けていく。
『……愛してくれてありがとう。さよなら、王子様』
 声も途絶えて、最後に残っていたのは彼に渡していた巻き貝のペンダントだった。込められた魔法がまだ残っているようで、淡く光っている。
 ペンダントを手に取ったその時、上の方から更に何かが落ちてきた。
 緑の石に銀の装飾がされた、短剣のようなものだ。切っ先から伸びた光が、まっすぐにどこかを指している。
 そちらに目を向ければ、醜悪な怪物と、その無数の足に囚われた人間の姿が見えた。
「……ユウさん!」
 知らない服装だが判る。彼を捕らえる化け物が、自分によく似ている事も。
『解っているんですよ、ユウさん。あなたが僕を拒絶する理由。どうしてでしょう、誰かが教えてくれたみたいなんです』
 溺れているかのように濁った自分の声がイヤにハッキリ聞こえてくる。会話の途中のように、唐突で支離滅裂な発言だ。
 ユウの方は意識があるのかないのか解らない。すでに手足の力は抜けているように見えた。
『あなた……元の世界でタコの魔物に辱められた事があるんですね』
 自分と同じとは思いたくない下卑た声で、化け物はとんでもない事を語る。頭が真っ白になった。
『倒さねばいけない相手に負けて、助けが来るまで一晩中、玩具のように弄ばれたとか。……人間すら愛せないのに化け物にまで陵辱されて、もうまともな人生なんて歩めませんよねぇ?』
 何言ってるんだコイツ。
 意味が分からない。なのに頭が怒りで沸騰しそうだった。
『ですが、ご安心ください。汚れきったあなたの事も、僕なら愛してあげられます。全て僕に委ねてください。身も心も、魂も何もかも……ね』
 その瞬間、力尽きたようにユウの頭を覆っていた空気の玉が割れた。残された空気が泡になって上方に向かっていく。化け物の自分は笑みを深め、彼を抱きしめて口づけようとする。
 そう気づいた瞬間、頭の中で何かが切れた。落ちてきた銀の短剣を握りしめ、魔法を使って暗い海を高速で泳ぐ。
 そこにいるユウが本物か偽物か、正直どうでもいい。
 ただこの化け物にだけは、絶対に彼を渡してはならない。
 沸き上がる強い怒りに呼応するように、短剣は金色に輝いた。まるで海神の槍のように姿を変えて、その身は武器であると主張する。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
 力任せに振るった槍は無数の刃を生み出し、ユウを掴む手足を瞬く間に全て切り落とした。驚く化け物からユウを奪い取り、無我夢中で距離を取る。
 ふと前を見れば、見知った建物があった。いつの間にか周囲の景色が変わり、オクタヴィネル寮を囲む海の中に自分はいる。
 ならば、と建物を回り込んだ。
 鏡舎へと繋がる通路の部分には、陸と同じように空気がある。そこへ飛び込んで、彼の身体を地面に横たえた。
「ユウさん、しっかり!しっかりしてください!」
 大声で呼びかけても、彼はぐったりとしたまま動かなかった。頭を覆っていた空気の玉が割れてから、自分が助け出すまでの間にどれほどの水を飲んでしまったか。もう猶予は残されていないかもしれない。
 ふと手の中の巻き貝のペンダントの事を思い出す。人間が水中で暮らすために必要な魔法を詰め込んであるものだが、残った魔法を彼に渡せば水を吐き出すまでは『水中』として呼吸を取り戻せるのではないか。
 考えている暇はない。
 奇跡を願い、巻き貝に唇を触れさせた。残された魔法を口の中に取り入れてから、すぐにユウと唇を重ねる。息を吹き込む要領で、彼の体内に魔法を送り込んだ。
 魔法を直接体内に送り込んで得られる効果には個人差がある。特に彼は異世界の人間だ。まともに効果が出る保証も無いが、とにかく必死だった。
 ユウはすぐに激しく咳きこみ、水を吐き出す。しばらく咳を繰り返し、意識は無いものの、やがて穏やかな呼吸を取り戻した。
「……よかった」
 そっとその頬を撫でてから、すっかり光を失った巻き貝のペンダントと、彼の残した白い石を胸元に預けた。そこを中心に防衛魔法を展開させてから、後ろを振り返る。
 暗い海を漂う、自分と同じ顔の化け物。切り刻んだ手足はもう再生していた。陸に上がるつもりはないらしく、水の中から恨めしそうに彼を見ている。
『返せ、その子は僕のものだ!』
「いいえ、お前のものではありません」
『お前はそっちの、ちっぽけな出来損ないの残骸を愛でていればいいだろ!それで良いって言ってたじゃないか!』
「気が変わりました。……いえ、最初から変わってません。僕は『ユウ』を愛していますから。本物も偽物も、誰かに渡す気はありません」
 武器を手に海へと飛び込む。
「まあ随分と醜い姿になったものです。我ながら吐き気がする」
『醜い?……あはは』
「……何がおかしい」
『僕がこうなったのは、お前が愛でていた出来損ないのせいですよ。自分の主の言いつけを破って、自分が負うべき穢れを周囲にまき散らした』
 なんて愚かなんだ、と笑っている。自分と同じ顔で。
「誰です?その『主』とやらは」
『異世界の偉大な魔女さ。傲慢な光に灼かれても、復讐の時を待ち続けた!』
「……ユウさんの魔力を封印した奴の事か」
 そういえば彼も言っていた。自分は『悪い魔女の作ったニセモノ』だと。
『偉大なる魔女の復活のために、あの子の身体がいるんだ。だから精神は要らないんだって。だから僕が貰うんだ』
 なるほど、理屈は解った。
 ならば尚の事、こいつを野放しにはしておけない。
『強い魔法も、美しい声も、僕は何だって持ってる。だから愛しいあの子も手に入れる。一つだって渡すもんか。全部僕のものだ!』
「……契約書はもうどこにもないというのに、哀れな奴だ」
『哀れだって?お前も僕を馬鹿にするのか!僕は哀れでも、不幸せでもない!』
「他人から奪ったもので自分を着飾り……肥大したその重みで、身動きが取れなくなっている」
 欲しいと宣いながら、干上がる事を恐れて陸へは手を伸ばせない。好都合ではあるが、その様は酷く無様だ。直視したくないが、目を背ける訳にもいかない。
「お前は、その浅ましい姿を客観視できていないんですか?」
『うるさい!』
 化け物が自分と同じ声で叫んだ。
『僕を除け者にした奴、僕を馬鹿にした奴……アイツらの全てを、奪い取ってやる。まだだ、まだ足りない。もっとたくさん集めるんだ!』
 復讐心。
 その隣に並ぶ、己を変えたいという欲求。
 その欲求のままに、本当の自分の姿に目隠しをしたまま、見ないフリをしていた。
 弱さを受け入れられなかった、いつかの自分がそこにいる。
『どんな姿になったとしても、僕は弱かった自分に戻りたくないんだ。お前だって、僕と同じだろう!?』
「……ええ、そうですね。認めましょう」
 否定して取り繕ったって意味はない。そして、認めても心には何も湧かない。
「虚栄心に取り憑かれ、本当の自分を認めようともしない……それが、僕だ」
 客観視した自分の姿を言葉にすれば、目の前の化け物は笑い出す。その姿がまた一層醜く、不愉快だった。
『認めたな!そう……お前は僕で、僕はお前だ!』
 化け物は醜く歪んでいく。濁った声は一層不快な音となり、姿は更に肥大化していった。
『さあ、お前も僕のものになるがいい!』
 頭にインク瓶を設えた巨大な化け物へと変異した自分が、狂ったように笑う。形ばかりはふくよかなタコの人魚のようだが、もはや面影も残っていない。
『哀れで、ちっぽけなグズが!僕にひれ伏すんだ!』
 手にしている黒い槍をこちらに突きつけてくるが、こちらには恐怖は湧かない。むしろ笑ってやった。
「ひれ伏せ、ですって?僕を従えたいのなら、それ相応の対価を払っていただかなくては」
 相手は所詮、泥で出来たまがい物。それに対し、こちらには黄金の槍がある。その光は、化け物に立ち向かう自分の正しさを肯定し、鼓舞してくれているように思えた。
「一方的な搾取は、いずれ大きな不利益をもたらす。お前と違って、僕は学習したんですよ」
 好きにはなれない、人魚としての自分の姿。
 それを、恐怖しながらも抱きしめてくれた人がいる。
 彼の真意はどうでもいい。その温もりがひどく愛おしかった。
 熱など要らない人魚には過ぎたそれが、もっと欲しくなった。
 どうすればいいのかを考えれば考えるほど、自分に向き合う羽目になる。そして答えを得た。
「適切な対価設定と、公平な条件。それこそが、真実の利益を生み出す」
 片方だけが満たされても意味がない。両方が満たされてこそ価値がある。
 価値のある取引は、縁を未来まで繋いでくれる。その間に価値のある取引を繰り返せば、多くの幸福を生み出すだろう。
 そしてその縁そのものが信頼という利益になる。
 過去を必要以上に隠す必要はない。だって彼は受け入れてくれた。
 愚かな過ちを犯し暴走した姿でさえ、抱きしめてくれたのだ。
 愛しい人を苦しめた姿でも、それがこの化け物を屠るに必要なものならば向き合おう。きっと彼は許してくれる。
 海を濁らせる暗闇が集い、身を守る鎧に変わる。頭に黒い冠を飾り、彼に渡したものと似た巻き貝のペンダントが首を飾った。
「……さあ、取引だ!」
 手にした黄金の槍が一際強く輝いた。
 化け物が槍を振るう度に海が荒れ狂うが、流れを読むのはさほど難しくなかった。水の流れを味方に付けてしまえば、魔法を使うまでもなく敵に近づける。
『くそ、ちょこまかと!』
「おやおや、そちらは随分のんびりしてますねぇ」
 足を切り落とせば濁った悲鳴が上がる。さっきのようにすぐには再生しない。糧となるものが減り、出力が落ちているのだろう。好都合だ。
「お前の相手に時間をかけていられるほど、僕は暇じゃないんだよ!!」
 槍は振るうと光の刃を生み出し、化け物の足を次々に切り落とす。不思議と魔力の消費は感じない。自分がオーバーブロットしているからではなく、何か別の力が使われているような気配があった。形を変える前は見た事もない短剣だったが、何かの魔法道具だろうか。
 まぁ、それは仕事を終えてから調べれば良い事だ。
『やめろ、やめろぉ……くそぉ、痛い、僕の足が戻らない……何でぇ……!』
 足を全て切り落としても、まだ化け物は大きい。海の中で魔法を使いこれを滅ぼすのならば、相当大きな力が必要だ。
 ああ、でも、弱点は見えている。
 感情を見せない、頭部のインク瓶。見るからに汚濁の詰まった醜い造形物。
 海はまだ荒れている。動くのに支障はないが、身体は固定出来ない。でも何故か『大丈夫』だという確信があった。
 水流に身を任せながら、槍を構える。左手は獲物との距離を計り、右手は槍を握りしめる。そうすると槍に自分の魔力が伝わったのか、黄金の輝きが雷となって溢れだした。
『あ、あぁ……!』
 化け物が怯えた声を出す。残った手でめちゃくちゃにもがいて逃げようとするが、自分の作った水流に翻弄されて思うように動けない。
 そうなれば、もうそれは動かない的と同じ。
「槍よ、貫け!!」
 集中が極まった瞬間、叫んでいた。
 乱暴に投げつけた槍は、それでも輝きながら水流を真っ直ぐに突き抜けて、化け物の頭部を貫く。
『ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!!』
 インク瓶が砕け散る瞬間、無様な悲鳴が響いた。余韻のような呻き声と共に、巨体が黒く滲んで海に溶けていく。
 その姿が完全に消えると、辺りは暗くとも穏やかで静かな海に戻った。
「あなたの魂……いただきましたよ。『誰もがひれ伏すような、強い自分になりたい』……その願い、この僕が叶えてあげましょう」
 もう姿が欠片も残っていない相手に、穏やかに語りかける。
「……そう、これからも僕は願いを叶え続ける。他の誰でもない、僕自身の願いを!それこそが僕の仕事……僕の生き甲斐だ!」
 ここにいない彼の顔が脳裏を過る。
 きっと君も、僕の夢を応援してくれるに違いない。
 静かに身を翻し、彼の元に向かう。水の中から様子を見るに、まだ気を失っている様子だ。
 海から通路に飛び出すと、ちょうど目を開いた所だった。
「ユウさん、目が覚めたんですね」
 ほっと胸を撫で下ろし、自分の姿に気づいて慌てる。今し方出てきた海の中に飛び込んだ。
「先輩!?」
 暗い海とはいえ、水に入ったくらいで姿を隠せる訳がない。慌てて起きあがったユウが通路と海の境界まで駆け寄ってくる。
「いきなりどうしたんですか?」
「いえ、その……嫌でしょう。この姿の僕が近くにいるのは」
 僕の言葉に対し、ユウはきょとんとしている。そしていつものように柔らかく微笑んだ。
「先輩が助けてくれたんですね。ありがとうございます」
「礼なんて言わないでください。僕のせいで危険な目に遭ったんですから」
「それは承知の上で首を突っ込んでますから。お気になさらず」
 相変わらずのお人好しぶりだ。
 それを好ましく思う自分も大概だが。それに、それで済まない事情を抱えている事を知ってしまった今となっては、『気にするな』と言われても承知出来ない。
「生理的に我慢できないものを無理して受け入れようとする必要はないでしょう?僕は大丈夫ですから」
 ユウは大きな目をしばたたかせる。一瞬、自分が『知ってしまった』事を気取られたかと思ったが、どうも違うらしい。ちょっと拗ねたような顔になる。可愛い。
「そりゃ、僕はタコとか苦手ですけど。それと先輩がタコの人魚である事は関係ないですし、先輩が僕に意地悪しないのも解ってますから、その……そういう気遣われ方は、ちょっと寂しいです」
 なんだか不思議な気分だった。本当は見るのも嫌だろうに、目を逸らさない。
 そっと水から上半身を出す。手を伸ばせば、向こうから手を握ってきた。装備品に守られているのに、そこから彼の体温が伝わってきている気がして、とても心地よい。嬉しそうな笑顔を見ると、自分の心も和んだ。
「……ところで、いまはどういった状況なのでしょう?君が着ているそれ、よく見たら『S.T.Y.X.』製では?」
「あ、はい。僕たちはツノ太郎に眠らされてまして、ここは先輩の夢の中なんですよ」
「……夢の中……」
 とても信じられない。海を泳ぐ感覚も触れる空気も現実と変わらない。
 ただ、それなら彼が『悪い魔女に作られたニセモノ』だという話にも頷ける。化け物の言っていた『肉体が必要』という意味も理解できた。
「詳しくはここを出てから……」
 言い掛けた少年の顔が青ざめる。自分の身体をはたきながら、何かを探すように周囲を見回している。
「どうしました?」
「ま、魔石器!あ、えっと、ここから出るのに必要な道具が、どっかいっちゃって」
「海の中で襲われた時に落としたのでしょう。どんな形状です?」
「えっと、緑色の宝石みたいな刃に銀色の金属で装飾されてる短剣なんですけど」
「……あ、それ知ってます。ちょっと待っててください」
 返事を待たずに海の中へ戻る。
 先ほど化け物にトドメを刺した所まで戻り、地面を探す。短剣は淡く光っていたのですぐに見つけられた。拾い上げて念のため壊れていないか確認したが、傷は見当たらない。
 改めて見るととても武器とは思えない壮麗さだ。先ほど自分の意志に応えて変形した様子を見るに魔法道具であり、剣としての形状にあまり意味は無いのだろう。
 短剣を持って戻れば、ユウはほっとした顔になった。
「お探しのものはこれですね」
「よかった……ありがとうございます」
「こちらこそ。……その剣には、助けられましたから」
 ユウは小さく首を傾げたが、曖昧に笑って誤魔化した。
「あ……先輩。あの、これなんですけど」
 そう言ってユウが見せてきたのは、預けた貝殻のペンダントと、彼の残した石だ。
「……その石が、必要なのでしょう?」
「必要というか、悪いものだから封印しなきゃいけないって感じなので。もしその、先輩が離れがたいようなら、シュラウド先輩にどうにか出来ないか訊いてみるつもりなんですけど」
 彼なりに気を遣ってくれているようだ。
 すぐには答えずに、その手の中にある白い石をじっと見つめた。うっすら透けて見える赤黒い花は、彼が外に出す事を恐れていた悪性のように思える。
 切なくこみ上げてくるものはあるが、そんな個人的な感傷でこの物質の危険性を容認する訳にはいかない。
「いえ、大丈夫です。きちんと封印しましょう。僕が個人的に保管してアクシデントが起きないとも限りませんし、彼も正しい処理を望むと思います」
「……分かりました」
 ユウは衣装からコンパクトのようなものを取り出し開くと、石を中に押し込んだ。浮かんだ円グラフの色の割合が変わる。
 どうか安らかに。
 ささやかな祈りを込めて目を伏せ、数秒で視線をユウの顔に戻す。
「ペンダントは、あなたに差し上げます。……あなたに持っていてほしい」
「えっと……装備変えた時に消えちゃうかもしれないので、一旦持ってていただけますか?」
 彼からペンダントを預かると、すぐにその姿がいつもの制服に戻った。一見して魔法のようだが、恐らくはこれもイデアと『S.T.Y.X.』が関わっているのだろう。
 少し手を伸ばして、彼の首にペンダントをかける。僕を見て、はにかんだように笑った。
「お揃いですね、なんちゃって」
 可愛い事を言う。気を抜いたらにやけてしまいそうだ。
「さ、ここを出ましょう」
 ユウは優しく微笑んで手を差し伸べてくる。しかしどうすればいいのか咄嗟に判断できなくて固まってしまった。
 手を握ればいいのか?でもそれだと安定しない気がする。逆に変な力が入ってしまいそう。人魚の状態に近いけど手汗ってかくのか?
 ぐるぐると数十秒考え混乱した挙げ句に、海から出て彼に抱きついた。一瞬びくりと彼の身体が跳ねたけれど、顔を見れば困ったような笑顔を浮かべている。
「ち、違いましたか?」
「なんか皆さん抱きついてくるんですよね。まぁ勢い強いんでこっちのが良いかもですけど」
 苦笑しながらこちらの背中に手を回しつつ、ユウは魔石器を空に向かって掲げた。緑の宝石から放たれた光が通路の上部に広がる海を突き抜けて空へ伸びていく。
 皆さん?自分以外も同じ事をしたと?一体何人?
 無数の疑問が頭の中に押し寄せてきたが、それを整理する前に身体は強い力で引き上げられ、海に飛び込んだ瞬間に意識も途切れた。

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