7−4:虹色の旅路


 学園内には複数の森がある。それは景観としてだったり、魔法薬の材料を自然に近い形で生育するためのものだったり、それはそれとして放っておかれてるっぽいものだったり、様々な事情で配置されたものだ。
 学園裏の森は景観と言うよりは、魔法薬の材料などが自生する環境としての役割が大きそう。
 遭難者が出るほど広くはないけど、人目を避けられる程度の広さはある。
「コッチなんだゾ」
 グリムの案内で奥へ奥へと進んでいく。グリムは鼻が利くので、シルバー先輩たちの匂いを辿っているのだろう。そんな打ち合わせはしてないけど、闇討ちするのに人目に付きそうな手前でやるワケない、って事ぐらいはグリムも解っている。
 ジェイド先輩の偽者は、特に疑いもせずついてきていた。いつものように穏やかな笑顔を浮かべている。
「……時に、グリムくん」
「ふな?」
「この人はどなたですか?」
 ジェイド先輩は唐突に僕を指さして、そう尋ねた。グリムが『意味が分からない』という顔で固まる。
「何言ってんだオメー?子分は子分だゾ?」
「ですが、僕の知っているユウさんとは随分雰囲気が違います」
 ジェイド先輩は冷たい目で僕を見る。
「着替えた時にうっかり腕章を付け間違えるくらいは、まぁ彼なら有り得るでしょう。ですが体型までは誤魔化せない」
「な、何を言ってるんですか?」
「アズールの愛するユウさんは、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な少年です。あなたとは大違いだ」
 服着てたら大違いとまで言われるほどの差は無いが!?と怒鳴りそうになるのを必死で抑える。
 まだダメだ。相手が確証を持ってるとは限らない。否、向こうが自分の疑いに疑問を持つぐらい、『彼』を演じ続けるべきだろう。
 怯えた表情で後ずされば、相手も追いつめようとついてくる。背中が木の幹に触れて、そのまま不安な表情でジェイド先輩の偽者を見上げた。悪どい笑みを浮かべて僕を見下ろしている。
「愚かにも無防備に僕の目を見つめるとは……芝居がお上手でらっしゃる。ですが、迂闊としか言いようが無い」
 両肩を掴んで押さえつけられる。恐怖で彼の顔から目を離せないフリを続けた。
「さあ、僕の左目を……」
 言い掛けた言葉を不自然に切り、偽者が僕から離れた。一瞬遅れて、シルバー先輩とセベクの警棒が空を切る。二人はすぐに体勢を整え、僕を背中にかばった。
「あなたたちは、シルバーさんにセベクくん?……そういう事ですか」
 ジェイド先輩の偽者は、何かに納得したような言葉を吐く。
「あなたたちも、幻の山菜を狙っているというわけですね」
「違う!」
 すっとぼけてんなコイツ。本気か冗談かよく分からないのが微妙に不快。
「僕たちが狙っているのは山菜ではなく、あなたですよ」
 自分と同じ声が聞こえてくれば、偽者の表情もさすがに大きく変わる。
 彼が素早く振り返った先には、本物のジェイド先輩が立っていた。
「……フロイドの変装、ではなさそうですね」
 じりじりと包囲を狭める三人に対し、身構えた偽者は呟く。
「なるほど、僕をアズールから引き離すのが目的のようだ」
「理解が早くて助かります」
 同じ顔をした二人は、対照的な表情で互いを睨み合う。
「さあ……僕とゆっくり『お話』しましょうか」
 偽者は風の魔法を炸裂させて包囲を解こうとするが、その程度の目眩ましが三人に通用するワケもない。
 ジェイド先輩は冷静に魔法で打ち消して、シルバー先輩とセベクはまっすぐに突っ込んでいく。
 抜群のコンビネーションを誇るディアソムニアの二人と、オクタヴィネルの副寮長であるジェイド先輩がいて、偽者ごときが敵うはずもない。ついでに僕とグリムが出る幕も無い。
 あっという間に、ジェイド先輩の偽者はディアソムニアの二人に羽交い締めにされた。腕力で敵わないと見ると、もがくのもすぐに止める。
「……偽物のユウさんまで用意して誘き出しておいて、何が目的です」
 うわ、僕が偽物扱いかぁ。きっつ。
「おや、ここにいらっしゃるのが本物のユウさんですよ。あなたたちのお姫様の方が、僕たちからすれば偽物です」
「……彼に何をした」
「教えるワケがないでしょう。……ああ、でも」
 ジェイド先輩が意地の悪い笑みを浮かべる。
「フロイドは彼を気に入らない様子でしたから。……今頃どうなってるでしょうねぇ」
 その言葉でジェイド先輩の偽者から表情が抜け落ちる。言葉にしがたい怒気のようなものが感じられた。
 しかしジェイド先輩の笑顔は崩れない。
「あなたがすべきは、ここにいない仲間の心配ではありませんよ」
 そのまま、乱暴に偽者の髪を掴む。痛みに顔を歪める偽者の顔を至近距離で見た。
「あなたも『僕』なら、今から僕が何をしようとしているかわかるでしょう?」
「ま、まさか……」
 そう呟くと、偽者はぎゅっと目を閉じた。その反応を見て、ジェイド先輩はますます笑顔になる。怖い。
「さあ、僕の左目を見て」
「やめなさい、ぐっ、うう……!」
 物質を操作する魔法でも使っているのか、偽者の目はゆっくりと開き始めた。必死で抵抗しているその額から汗が伝う。しかし目は開き、至近距離にある同じ顔を見てしまう。
「そんなに怖がらないで、力になりたいんです……『かじりとる歯』」
 詠唱が終わると、偽者の顔から苦悶が消えた。まるで人形のように無機質な顔で、ジェイド先輩を見つめている。
「あなたは僕の質問に嘘の無い言葉で答えなくてはなりません」
 その前置きを経て、ジェイド先輩は尋ねる。
「あなたはアズールの『黄金の契約書』の入ったアタッシュケースを開ける方法を知っていますか?」
「アタッシュケースは、アズールにしか開けられません。全体が強固な防衛魔法に守られていて、外から破壊する事は出来ません。鍵だけをアズールから盗んでも、アズール自身が封印魔法を解除しなければ開く事はありません」
 魔法の効果で淡々と語られたのは、割と絶望的な内容だった。
 あのアタッシュケースは他人には開けられない。手段が無い。
 これでは場所だけ判っても意味がない。
 僕たちの動揺は知らぬフリをして、ジェイド先輩は自分の偽者に柔らかく微笑んでみせた。
「ありがとうございます。あなたの役目はこれで終了です。お疲れさまでした」
 強烈なエネルギー弾の一撃を食らって、偽者が地面に崩れおちる。その輪郭が黒く滲んだかと思えば、姿が真っ黒に溶けて消えていった。
「じ、自分に対して容赦がなさすぎるんだゾ……」
「僕のユニーク魔法は相手の精神状況によっても効き目が変わってきますから。なるだけ追いつめて、思考能力を奪ってから使わないといけません」
 有無を言わせぬ強力な自白剤みたいなもの……なんだけど、何かと制約が多い印象だ。格上の相手には聞かないし、同じ相手にもう一度は使えない、っていうのも使い勝手を悪くしてる感じ。
 とはいえ、まさか自身の偽者にも使えるとは思わなかったけど。発想の勝利ってヤツかな。いや勝ててはないか、今の状況だと。
「決して、いじめるのが楽しいというわけではないんですよ?」
 全く説得力が無い。
 それはともかくとして。
「では、フロイドたちと合流して情報を共有しましょう」

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