7−4:虹色の旅路


 オクタヴィネル寮へ繋がる鏡をくぐれば、空気中に感じる湿気が一気に増える。
 グリムと分けて山菜を持ちつつ、建物に向かおうと歩いていたのだが。
「ふぎゃーっ!!」
 ぼよん、と間抜けな音を立ててグリムの持っていたキノコが大きく膨らんだ。例の『水で濡らすと大きくなるキノコ』がオクタヴィネル寮の湿気に反応したらしい。これ寮の入り口通れるかな。
「大丈夫?グリム」
「お、重てぇんだゾ~」
「僕が持つよ。グリムは僕の分少し持ってて」
「……いや!子分は弱っちいからな!オレ様が運ぶんだゾ!」
 グリムはキリッとした顔で言い切った。グリムなりに『イミテーション』の様子を見て演技に合わせようとしてくれているらしい。なんとも頼もしい親分だ。
 とはいえ僕が歩くのにも邪魔なので、こっそり上の方を支えつつ寮の中へと入っていく。いつの間にかモブが内部に出現しているが、別にこちらに絡んでくる事は無い。ただグリムの抱えている巨大なキノコには驚いた視線を向けていた。
「オーイ、アズール!食材を買い取ってくれ~!」
 やっとの思いでモストロ・ラウンジに入ると、グリムが声を張り上げる。すぐにアーシェングロット先輩がこちらに顔を出した。
「なんです、騒々しい……うわっ!?なんなんだ、その巨大なキノコは?」
「えっと、裏山で見つけたんだゾ。他にもいろいろ山菜が採れて……オレ様だけじゃ食い切れねぇから、売ってマドルにしようと思って」
「このキノコはなんか、いま歩いている途中で大きくなっちゃって……」
「……ああ、ユウも手伝っていたんですか」
 全くお人好しなんですから、とちょっと呆れた顔をしつつ、それはそれとして冷静に巨大なキノコを見上げている。
「ハーツラビュルに持ち込むと怒られそうだし、いずれにしろ処分する必要はあるんだけど。グリムもあまり見た事がない植物だって言うから、アズールなら知ってるかなと思って」
「高値で買い取ってもらって、その金でツナ缶買うんだゾ」
「衛生管理の行き届いていない野生の山菜なんて、誰が買い取るんです。しかも、見るからに怪しい見た目のものばかり」
 テーブルに広げられた山菜に、アーシェングロット先輩は訝しげな視線を向けている。
「中には魔法薬に使えるものも無くはなさそうですが……」
「待ってください、アズール!」
 ジェイド先輩が強引に割って入ってくる。山菜ひとつひとつを真剣な表情で見比べていた。
 …………かかった。
「急に大きな声を出すな。驚いたじゃないですか」
「申し訳ありません。ですが、グリムくんが持ってきた山菜……よくご覧ください。これは幻の不死鳥ゼンマイです!」
「なんだって?」
 ジェイド先輩が摘まみあげた植物を、アーシェングロット先輩は文句を言いつつ睨みつける。
「有り得ない!あれは非常に貴重な魔法薬の原材料だ。僕だって本物は図鑑でしか見た事がありません。学校の裏山に生えているわけが……」
 段々と言葉の勢いが衰えていく。難しい顔をして、最後には少し困ったような顔になっていた。
「……いや、でも確かによく似ている」
「こっちは星雨タケです。絶滅危惧種の美声ウドまで!」
「そんな。この学園でも『貴重植物保管室』にしか保存されていないような代物ですよ。何故そんなものが裏山に?」
 まぁ、そこから持ってきたんですけどね。
 内心ギクリとはしつつ、表情には一切出さない。
「し、知らね~んだゾ。オレ様は『美食同好会』として食うもん探してて見つけただけだし」
「じゃあ、裏山に無い植物がいきなり生えてきたって事?それとも、誰かの悪戯?」
「悪戯で持ってこられるような代物じゃありませんよ。それに裏山の環境が変化した可能性も絶対に無いとは言い切れない」
 アーシェングロット先輩は困惑しつつも口元に笑みを浮かべる。
「……もしそうだったら、大変な事になりますよ。不死鳥ゼンマイは十グラムで五十万マドルは下らない」
 そんなものが裏山に勝手に生えてくれるなら、いい商売になるだろう。魔法薬の原料だっていうなら、学校も買い取ってくれそうだし。
「他の誰かに奪われる前に、生息地を押さえておかないと……!」
「なぁ~、買い取ってくれんのかくれねーのか、サッサと決めてくれよ。買ってくれねーんなら食堂に持って行くんだゾ」
「アズール。これは早急に確認が必要な案件かと」
「ええ、ジェイド。お前に任せます」
 ジェイド先輩が恭しく頭を下げるのを見て、次に僕に視線を向けた。
「ユウ。ジェイドを手伝っていただけますか?グリムさんを制御するのはあなたが適役でしょう。……あなたが一緒なら、ジェイドの暴走も防げるでしょうし」
「……そういえばフロイドは?」
「アイツはバスケ部の練習試合があるとかで出払っています。困ったものですよ」
 フロイド先輩の方もうまくやっているようだ。心配はいらないだろう。
 それはそれとして、アーシェングロット先輩のパートナーとして当たり前の発想をし、相応しい言葉をかける。
「じゃあ、ジェイドまで抜けたら大変じゃない?」
「大変ですが、仕方ありません。イソギンチャクの補充はできますから、どうにかしのぎますよ。今はジェイドの仕事の方が重要です」
「……解った。なるべく早く戻ってくるね」
「ええ。助かります」
 アーシェングロット先輩は信頼を寄せ、柔らかく微笑んでくれる。僕も笑顔を向けておいた。
「グリムくん、山菜の買い取りは前向きに検討いたしましょう。ですが、やはり衛生面など気がかりな点がいくつかあります」
 取引の可能性は残しつつ微妙な難癖を付けて保留にする。何とも口がうまいものだ。今は別に問題ないけど。
「これらがどこに生えていたのか直接確認したいので、案内してもらえませんか?」
「わ、わかったんだゾ。採ったところに連れて行けばいいんだな?」
「ご了承いただきありがとうございます。では……」
 ジェイド先輩の姿がきらめいたかと思えば、その姿がアウトドアっぽい服装に変わる。いきなり変身した事に怪訝な顔をするグリムに対し、ジェイド先輩は微笑んだ。
「寮服を汚してはいけませんからね。さあ、参りましょう。グリムくん、ユウさん!」
「お、おう。……なんか妙にやる気じゃねぇか?コイツ……」
 グリムには曖昧に微笑んでおいた。ついてきてくれる分には問題ないしね。

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