7−4:虹色の旅路
………
アズールが恋をした。その相手は、陸の人間だった。
愛らしく微笑む少年。柔らかそうな外見とは裏腹に芯は強く、清濁併せ持った一筋縄では行かない存在。
ひどい出会いだったのにいつの間にかアズールを受け入れて友人となり、時には親しげに接している。
難点は、タコが苦手な事だった。
「ニセモノちゃん、しつもーん」
その少年と外見ばかりは良く似た少年が振り返る。本物よりも見た目が綺麗に整えられて、手足は細く華奢。表情もどこか儚げだ。
これが『アズールの理想』である事には多少の失望があった。
まるで別人だ。
本物は獅子の獣人属と殴り合うような荒々しい一面もあるのに。
「何でしょう?」
「ニセモノちゃんは、小エビちゃんが『ぬるぬるにょろにょろ』が苦手な理由、知ってる?」
質問に対し、偽物は反射的に顔を強ばらせた。それだけで『答えを知っている』事は理解できる。
イデア・シュラウド曰く、彼は『ハシバ・ユウ』を殺すために作られた存在だ。協力したいなどと申し出てきたが、とても信用できない。
ユウの弱点の情報はこの得体の知れない存在の中身を暴くための餌であり、それとは無関係に自分の興味を引いたものである。
アズールと番になるならば、人魚姿の彼と接する事は避けて通れない。かつてオーバーブロットしたアズールと接した時の様子を見るに、今のままでは絶望的だ。
どんなにアズールが彼を愛し身を粉にして尽くそうとも、最後の一歩をその弱点に邪魔される可能性がある。
出来る事なら克服させたい。原因の追究はその糸口になり得る。
偽物はしばらく黙り込んでいた。やがて決意したように顔を上げる。
「知っていますが、お答えする事は出来ません」
「何で?」
「彼の、非常に個人的な事情に関わる事ですから。僕から話す事は出来ません」
「……ふーん」
『あなたはどうしてそれを知っているの?』
「……僕を作った魔女が、その原因に少なからず関係しています。情報としては持っている、という感じです」
どんな恨みを買ったのか、どうやら彼はこの世界に来る前から呪われていたらしい。
リリア・ヴァンルージュの送別会でマレウス・ドラコニアが施した術がそれを排除したものの、結果的に呪いは生きていて、魔法領域に紛れ込んで悪事を働き始めたようだ。本物のハシバ・ユウはその尻拭いに奔走している状況。
恐らくハシバ・ユウには魔力か、それに似た何かがある。
以前にジャミル・バイパーが『ブロットに耐性を持っている可能性がある』と予想していたが、それも彼の持つ魔力らしき何かの効果だろう。
そしてその力は、彼の人間関係にも影響を及ぼしている。少なくとも、この世界ではそうだとしか思えない。彼に関わる誰も彼も……とまでは行かないにしても、多くの学校関係者が自覚の有無を問わず彼に好意を抱いている。
もしかしたら異世界では、彼の持つ魅了特性に耐性がある人間が多く、効果が薄いのかもしれない。
それ自体は別に問題はない。本人に自覚はないし、その特性を利用するほど尻軽でもない。強いて言えば、ライバルが増えてアズールの恋路が険しくなりすぎる事くらいか。
彼とは異なる世界の人間であり、魔力を持つ自分たちには特段魅力的なものではないが、彼を呪った魔女にとっては恐らく違う。
自分たちでは解らない、下手をすればユウ本人も自覚が無い『価値』を、魔女が求めている可能性もある。
……まあ、情報が無ければ解らないものを考えても仕方ない。
『あ、そろそろジャミルさんたちが来るよ。ちゃんとフロイドさんの偽物もいる』
「おっし。一旦隠れて奇襲すっか」
適当な物陰に隠れて入り口を見る。程なく『自分』が体育館に入ってきた。後ろには彼を誘き出したジャミル・バイパーがついてきている。
不思議な気分だった。自分の『夢』にいた時に見せられたホログラムは人形のようだったから何とも思わなかったけど、こちらは生きて動いている。客観的に見た自分はこんな様子なのか、と心外な気持ちも多少はありつつ、とはいえこんなものかと思う自分がいる。少なくともジェイドの作ったものよりは精巧で忠実だ。
「体育館に到着~……って、あれ?誰もいねーじゃん。合同練習の相手は?」
偽物の自分は、案内してきたジャミル・バイパーを振り返る。どうやら彼の言葉を本気で信じて来たらしい。
魔法で足音を忍ばせて、素早く相手の背後に回る。
「ばぁ~~~~~!」
子どもをおどかすような声を出せば、偽物は驚いて飛び退いた。
「人魚のバスケ選手でぇ、ダンクもスリーポイントもガンガン決めちゃう、フロイドくんでぇす」
「は?なに?ジェイド……じゃねーよな。ウミヘビくん、これどーゆーこと?」
『興味深い発言だね。それとも……自分が「闇」ではなく、本物のフロイド・リーチさんだと信じ込んでいるのかな?』
「……あー、そういうことかぁ」
困惑して周りを見回していた偽物は、オルト・シュラウドを見て合点がいったという顔になる。
マレウス・ドラコニアは夢の間を移動している者がいる事を把握しているらしい。彼の把握している情報がNPCにも自動的に共有されるなら、こちらに向けた芝居が無意味である事も瞬時に理解出来るだろう。
「あは!『本物』が夢の中に乗り込んでくるとかそんな事あるんだ。おもしれぇ~!」
バスケットボール部のクラブウェアを纏った自分が上機嫌に笑っていた。自分が『自分と同じ外見をした兄弟でないもの』を目にした反応としては順当な所だろう。
一方、偽物は一瞬浮かべた純粋な興味を邪悪に歪める。
「アズールを目醒めさせようとするヤツは、ギューッて絞めていいって言われてんだよねぇ」
殺気がこちらに向けて吹き出してくる。
心地良い。海の中ではありふれていて日常のような感覚が、陸の上では遠のいていた。
否、質が違う。海の秩序と陸の秩序は違う。陸にも海と同じような秩序で成り立っている場所はあるが、とにかく人間の生活圏では、殺気というものは密やかに在るものだ。狩りをスムーズに行うためではない。それが『社会』で良いものとされている。
それはつまらなくて、面白い。
一見すれば捕食される側の小魚にしか見えない人間が、捕食者を一撃で絶命させるくらいの鋭い爪を持っている。
隠されているから解らない。暴かなくては解らない。暴かれた瞬間が一番面白い。
アズールの作り出した『フロイド』は、どんな爪を持っているのだろう?
アズールの眠りの守護者は、自分をどうやって驚かせてくれるだろう?
「あはっ。自分の事ぐちゃぐちゃにできるの、おもしろ~」
いずれにしろ。
「簡単に倒れんじゃねーぞ、オイ!」
期待を持って飛びかかる。喉へ一撃、を防がれて取っ組み合い。
腕力に関してはほぼ同等。魔力に関しても恐らくは同じだろう。アズールの事だ。『巻きつく尾』の制御についても現実の自分に即した性能にしているに違いない。
アズール自身は自分が夢を見ている自覚は無い。故に、自分たちの能力はどこまでも現実通りになっているだろう。例え本能的に夢の中で自分を守る必要が出たとしても、自分やジェイドを強化する選択肢は取らない。
アズールは自身の実力を高い位置に置きたがる。何かを守る必要があるなら、アズールは己を強化する方を選ぶ。間違いない。
と、なると自分同士の戦いだけでは決着がつかない。それに長く戦うのは恐らくこちらが不利だ。『闇』には再生能力があるらしい。とっとと倒す必要があるし、倒した後ものんびりはしていられない。
幸いにもこちらには補助する戦力がいる。ジャミル・バイパーもオルト・シュラウドも補助が上手い。個々が戦力として強い事は認めるとして、補助を行うのは適性も必要だ。そういう意味では卒のない戦力と言えるだろう。仮に増援が出てきて乱戦になっても、守る必要が無いのも都合が良い。
狩りは集団で追った方が有利で楽。取り分は減るが仕方ない。
最初は数の不利を気にしていなかった偽物も、旗色が悪いと見て徐々に動きを変えている。自分自身でなければ気づかなかっただろう。
だが偽物が出入り口の方へさり気なく立つ位置を動かそうとしても、ジャミル・バイパーがちゃっかりそこを塞いでいた。
ならばと半端な目眩ましをしたところで、オルト・シュラウドの計器は彼を見逃さない。
両方を一気に誤魔化すような、例えば視覚と熱感知を同時に誤魔化す大爆発のようなものを起こして、一気に駆け抜ける。
そして、それをするならば一気に距離を取るだろう。自分が思いついているからには、恐らくは数秒後には動くに違いない。
「……フロイド、後ろ!!」
如何にも危機を察知し必死で言葉を発したような、切羽詰まった鋭い声が偽物を射抜く。
声に応えて偽物は素早く後ろを向いたが、そこには何もない。ただ無防備な背中をこちらに晒しただけだ。
「……は?」
困惑の声を蹴りでぶっ飛ばす。床を転がっていく身体を追いかけて更に一撃。
ダメージを与える度に偽物の声が濁る。自分が痛みに叫ぶ声を生で外から聞く日が来るとは思わなかった。
本当に陸は面白い。
「小エビ、てめぇ……裏切りやがったなぁああああぁぁぁぁぁ!!!!」
床に伏した自分が、大きな隙を与えた『仲間』を睨む。地獄の底から響いてくるような怨嗟の声だったが、聞いている方は涼しい顔だ。
「オクタヴィネル寮のルールは『自己責任』でしょ。人を信用するリスクはちゃんと受け入れないと」
彼と同じ穏やかで優しい声で、淡々と言葉にする。悲鳴なんか聞こえてないかのように平然としていた。
「騙されたあなたが悪いんだよ」
清楚で可憐で優しい少年が、慈愛を語るような笑顔で嘲笑する。
その瞬間『自分』に浮かんだ絶望は滑稽なものだった。それがトドメだったのか、偽物は一気に気力を失い、身体も黒く変色し液体に変わって崩れていく。後には何も残らない。
「はぁい、おしま~い」
楽しい時間が終わってしまった。オルト・シュラウドが何も言わないからには『実は今のはブラフで逃げられた』なんて事も無さそうだ。
ひとまずこちらの仕事は終わった。
機嫌よく笑う自分を見て、ジャミル・バイパーもオルト・シュラウドも呆れた顔になっている。
「お前……自分と同じ顔と声をした相手に、よくあんなえげつない追い詰め方が出来るな」
「そお?『オレってヤバい時にはこんな声出すんだ』とか知れて、面白かったけど」
『僕は戦ってる最中、うっかり本物のフロイドさんを攻撃しちゃいそうでヒヤヒヤしちゃった』
「さすがはアズールのイマジネーションをベースに構築されたNPCだったな。どこまでもフロイドらしい『闇』だったよ」
その感想ももっともだと思う。自分の思考を越えた発想こそ無かったが、それはそれで忠実に再現された『フロイド』として完成されている。アズールらしい。
「イイダコちゃん、怪我してない?」
「え?…………あ、はい。大丈夫です」
「ん、ならいいや」
暴れてる間に落とした帽子を拾い上げる。戦闘の痕跡はもうすっかり残っていない。
「さ~て、ジェイドの方は上手くやってっかな?」
アズールが恋をした。その相手は、陸の人間だった。
愛らしく微笑む少年。柔らかそうな外見とは裏腹に芯は強く、清濁併せ持った一筋縄では行かない存在。
ひどい出会いだったのにいつの間にかアズールを受け入れて友人となり、時には親しげに接している。
難点は、タコが苦手な事だった。
「ニセモノちゃん、しつもーん」
その少年と外見ばかりは良く似た少年が振り返る。本物よりも見た目が綺麗に整えられて、手足は細く華奢。表情もどこか儚げだ。
これが『アズールの理想』である事には多少の失望があった。
まるで別人だ。
本物は獅子の獣人属と殴り合うような荒々しい一面もあるのに。
「何でしょう?」
「ニセモノちゃんは、小エビちゃんが『ぬるぬるにょろにょろ』が苦手な理由、知ってる?」
質問に対し、偽物は反射的に顔を強ばらせた。それだけで『答えを知っている』事は理解できる。
イデア・シュラウド曰く、彼は『ハシバ・ユウ』を殺すために作られた存在だ。協力したいなどと申し出てきたが、とても信用できない。
ユウの弱点の情報はこの得体の知れない存在の中身を暴くための餌であり、それとは無関係に自分の興味を引いたものである。
アズールと番になるならば、人魚姿の彼と接する事は避けて通れない。かつてオーバーブロットしたアズールと接した時の様子を見るに、今のままでは絶望的だ。
どんなにアズールが彼を愛し身を粉にして尽くそうとも、最後の一歩をその弱点に邪魔される可能性がある。
出来る事なら克服させたい。原因の追究はその糸口になり得る。
偽物はしばらく黙り込んでいた。やがて決意したように顔を上げる。
「知っていますが、お答えする事は出来ません」
「何で?」
「彼の、非常に個人的な事情に関わる事ですから。僕から話す事は出来ません」
「……ふーん」
『あなたはどうしてそれを知っているの?』
「……僕を作った魔女が、その原因に少なからず関係しています。情報としては持っている、という感じです」
どんな恨みを買ったのか、どうやら彼はこの世界に来る前から呪われていたらしい。
リリア・ヴァンルージュの送別会でマレウス・ドラコニアが施した術がそれを排除したものの、結果的に呪いは生きていて、魔法領域に紛れ込んで悪事を働き始めたようだ。本物のハシバ・ユウはその尻拭いに奔走している状況。
恐らくハシバ・ユウには魔力か、それに似た何かがある。
以前にジャミル・バイパーが『ブロットに耐性を持っている可能性がある』と予想していたが、それも彼の持つ魔力らしき何かの効果だろう。
そしてその力は、彼の人間関係にも影響を及ぼしている。少なくとも、この世界ではそうだとしか思えない。彼に関わる誰も彼も……とまでは行かないにしても、多くの学校関係者が自覚の有無を問わず彼に好意を抱いている。
もしかしたら異世界では、彼の持つ魅了特性に耐性がある人間が多く、効果が薄いのかもしれない。
それ自体は別に問題はない。本人に自覚はないし、その特性を利用するほど尻軽でもない。強いて言えば、ライバルが増えてアズールの恋路が険しくなりすぎる事くらいか。
彼とは異なる世界の人間であり、魔力を持つ自分たちには特段魅力的なものではないが、彼を呪った魔女にとっては恐らく違う。
自分たちでは解らない、下手をすればユウ本人も自覚が無い『価値』を、魔女が求めている可能性もある。
……まあ、情報が無ければ解らないものを考えても仕方ない。
『あ、そろそろジャミルさんたちが来るよ。ちゃんとフロイドさんの偽物もいる』
「おっし。一旦隠れて奇襲すっか」
適当な物陰に隠れて入り口を見る。程なく『自分』が体育館に入ってきた。後ろには彼を誘き出したジャミル・バイパーがついてきている。
不思議な気分だった。自分の『夢』にいた時に見せられたホログラムは人形のようだったから何とも思わなかったけど、こちらは生きて動いている。客観的に見た自分はこんな様子なのか、と心外な気持ちも多少はありつつ、とはいえこんなものかと思う自分がいる。少なくともジェイドの作ったものよりは精巧で忠実だ。
「体育館に到着~……って、あれ?誰もいねーじゃん。合同練習の相手は?」
偽物の自分は、案内してきたジャミル・バイパーを振り返る。どうやら彼の言葉を本気で信じて来たらしい。
魔法で足音を忍ばせて、素早く相手の背後に回る。
「ばぁ~~~~~!」
子どもをおどかすような声を出せば、偽物は驚いて飛び退いた。
「人魚のバスケ選手でぇ、ダンクもスリーポイントもガンガン決めちゃう、フロイドくんでぇす」
「は?なに?ジェイド……じゃねーよな。ウミヘビくん、これどーゆーこと?」
『興味深い発言だね。それとも……自分が「闇」ではなく、本物のフロイド・リーチさんだと信じ込んでいるのかな?』
「……あー、そういうことかぁ」
困惑して周りを見回していた偽物は、オルト・シュラウドを見て合点がいったという顔になる。
マレウス・ドラコニアは夢の間を移動している者がいる事を把握しているらしい。彼の把握している情報がNPCにも自動的に共有されるなら、こちらに向けた芝居が無意味である事も瞬時に理解出来るだろう。
「あは!『本物』が夢の中に乗り込んでくるとかそんな事あるんだ。おもしれぇ~!」
バスケットボール部のクラブウェアを纏った自分が上機嫌に笑っていた。自分が『自分と同じ外見をした兄弟でないもの』を目にした反応としては順当な所だろう。
一方、偽物は一瞬浮かべた純粋な興味を邪悪に歪める。
「アズールを目醒めさせようとするヤツは、ギューッて絞めていいって言われてんだよねぇ」
殺気がこちらに向けて吹き出してくる。
心地良い。海の中ではありふれていて日常のような感覚が、陸の上では遠のいていた。
否、質が違う。海の秩序と陸の秩序は違う。陸にも海と同じような秩序で成り立っている場所はあるが、とにかく人間の生活圏では、殺気というものは密やかに在るものだ。狩りをスムーズに行うためではない。それが『社会』で良いものとされている。
それはつまらなくて、面白い。
一見すれば捕食される側の小魚にしか見えない人間が、捕食者を一撃で絶命させるくらいの鋭い爪を持っている。
隠されているから解らない。暴かなくては解らない。暴かれた瞬間が一番面白い。
アズールの作り出した『フロイド』は、どんな爪を持っているのだろう?
アズールの眠りの守護者は、自分をどうやって驚かせてくれるだろう?
「あはっ。自分の事ぐちゃぐちゃにできるの、おもしろ~」
いずれにしろ。
「簡単に倒れんじゃねーぞ、オイ!」
期待を持って飛びかかる。喉へ一撃、を防がれて取っ組み合い。
腕力に関してはほぼ同等。魔力に関しても恐らくは同じだろう。アズールの事だ。『巻きつく尾』の制御についても現実の自分に即した性能にしているに違いない。
アズール自身は自分が夢を見ている自覚は無い。故に、自分たちの能力はどこまでも現実通りになっているだろう。例え本能的に夢の中で自分を守る必要が出たとしても、自分やジェイドを強化する選択肢は取らない。
アズールは自身の実力を高い位置に置きたがる。何かを守る必要があるなら、アズールは己を強化する方を選ぶ。間違いない。
と、なると自分同士の戦いだけでは決着がつかない。それに長く戦うのは恐らくこちらが不利だ。『闇』には再生能力があるらしい。とっとと倒す必要があるし、倒した後ものんびりはしていられない。
幸いにもこちらには補助する戦力がいる。ジャミル・バイパーもオルト・シュラウドも補助が上手い。個々が戦力として強い事は認めるとして、補助を行うのは適性も必要だ。そういう意味では卒のない戦力と言えるだろう。仮に増援が出てきて乱戦になっても、守る必要が無いのも都合が良い。
狩りは集団で追った方が有利で楽。取り分は減るが仕方ない。
最初は数の不利を気にしていなかった偽物も、旗色が悪いと見て徐々に動きを変えている。自分自身でなければ気づかなかっただろう。
だが偽物が出入り口の方へさり気なく立つ位置を動かそうとしても、ジャミル・バイパーがちゃっかりそこを塞いでいた。
ならばと半端な目眩ましをしたところで、オルト・シュラウドの計器は彼を見逃さない。
両方を一気に誤魔化すような、例えば視覚と熱感知を同時に誤魔化す大爆発のようなものを起こして、一気に駆け抜ける。
そして、それをするならば一気に距離を取るだろう。自分が思いついているからには、恐らくは数秒後には動くに違いない。
「……フロイド、後ろ!!」
如何にも危機を察知し必死で言葉を発したような、切羽詰まった鋭い声が偽物を射抜く。
声に応えて偽物は素早く後ろを向いたが、そこには何もない。ただ無防備な背中をこちらに晒しただけだ。
「……は?」
困惑の声を蹴りでぶっ飛ばす。床を転がっていく身体を追いかけて更に一撃。
ダメージを与える度に偽物の声が濁る。自分が痛みに叫ぶ声を生で外から聞く日が来るとは思わなかった。
本当に陸は面白い。
「小エビ、てめぇ……裏切りやがったなぁああああぁぁぁぁぁ!!!!」
床に伏した自分が、大きな隙を与えた『仲間』を睨む。地獄の底から響いてくるような怨嗟の声だったが、聞いている方は涼しい顔だ。
「オクタヴィネル寮のルールは『自己責任』でしょ。人を信用するリスクはちゃんと受け入れないと」
彼と同じ穏やかで優しい声で、淡々と言葉にする。悲鳴なんか聞こえてないかのように平然としていた。
「騙されたあなたが悪いんだよ」
清楚で可憐で優しい少年が、慈愛を語るような笑顔で嘲笑する。
その瞬間『自分』に浮かんだ絶望は滑稽なものだった。それがトドメだったのか、偽物は一気に気力を失い、身体も黒く変色し液体に変わって崩れていく。後には何も残らない。
「はぁい、おしま~い」
楽しい時間が終わってしまった。オルト・シュラウドが何も言わないからには『実は今のはブラフで逃げられた』なんて事も無さそうだ。
ひとまずこちらの仕事は終わった。
機嫌よく笑う自分を見て、ジャミル・バイパーもオルト・シュラウドも呆れた顔になっている。
「お前……自分と同じ顔と声をした相手に、よくあんなえげつない追い詰め方が出来るな」
「そお?『オレってヤバい時にはこんな声出すんだ』とか知れて、面白かったけど」
『僕は戦ってる最中、うっかり本物のフロイドさんを攻撃しちゃいそうでヒヤヒヤしちゃった』
「さすがはアズールのイマジネーションをベースに構築されたNPCだったな。どこまでもフロイドらしい『闇』だったよ」
その感想ももっともだと思う。自分の思考を越えた発想こそ無かったが、それはそれで忠実に再現された『フロイド』として完成されている。アズールらしい。
「イイダコちゃん、怪我してない?」
「え?…………あ、はい。大丈夫です」
「ん、ならいいや」
暴れてる間に落とした帽子を拾い上げる。戦闘の痕跡はもうすっかり残っていない。
「さ~て、ジェイドの方は上手くやってっかな?」