7−4:虹色の旅路


 周囲の空気が変わった事で、『闇』から別の空間に移動した事を察する。もうすっかり慣れたものだ。
 目を開けば、見覚えのある景色が広がっていた。ガラス張りの廊下と、その向こうに広がる海。オクタヴィネル寮の中だ。
 一緒に移動してきたセベクと共に、目を回しているグリムを見下ろす。とりあえず大丈夫そうなので、まずは変身を解除した。エアドームも必要ないし。
「起きろ、グリム!!!!」
「ふぎゃっ!?」
 セベクが怒鳴れば、グリムが飛び上がる。起きあがったグリムはしばらく周囲を見回した後、セベクを睨みつけた。
「いきなりうるせーんだゾ!」
「貴様、こんな時に拾い食いなどしおって!危うくはぐれる所だっただろうが!」
「拾い食いじゃねえ!皿から飛び出した料理が水の中でぷかぷか浮かんでたから、ジャンプして食ってたんだゾ!」
「それで夢中になってたら『闇』に捕まったと」
「う……」
「全く、緊張感が無さすぎる!」
 セベクが怒っていると、他の皆も廊下の向こうから集まってきた。
「グリムは無事か?」
「この通り、大丈夫そうです」
「それは良かった」
 シルバー先輩は心から安堵した笑みを浮かべ、グリムが一層ばつが悪そうな顔になる。心配されたら、少しは申し訳ないと思ったらしい。
「ここはオクタヴィネル寮だな。アズールはどこに?」
『位置情報からして、寮内……モストロ・ラウンジにいるみたいだね』
「まあ、それはそうか」
『今は「イミテーション」もアズールさんの近くにいるよ。やっぱり彼も「闇」の一部だから、移動は自由なんだ』
 なるほどなぁ、と思いながらグリムを抱える。
「……ヤツと何を話したのだ?」
「まぁ、色々ね。情報と意思の確認って感じ。とりあえず協力もしてくれそう」
「あまり信用するワケにもいかないが……アズールから情報を聞き出すには都合が良い事もあるかもしれないな」
「っていうか、さっきはどうしてアーシェングロット先輩が『闇』の中に?」
「アイツら、オレ様たちの頭にイソギンチャク生やしてコケにしやがったんだ!」
 うわ、行かなくてよかった。
「それでアズールがリーチ兄弟をコーラル・ラッシュのチームに勧誘したら、二人が暴れ出して暴言を吐き、アズールはショックを受けて沈んでいった」
「それはまた何というか……」
 コメントに困る展開だなぁ。その直前の振る舞いがグリムの言う通りなら同情も出来ないし。
「アズールがオクタヴィネル寮……モストロ・ラウンジの中にいるという事は、ナイトレイブンカレッジに通っている状況なのか?」
『これまでの例では現実でオーバーブロットする事件の時間軸に移動する事が多かったから、今回もそうかもしれない』
「確認しよう。……いちいち設定を変えられたら、情報収集も楽じゃない。とっとと決着をつけたい所だな」
 バイパー先輩が疲れた顔でため息を吐く。苦笑いしつつ、みんなと一緒にモストロ・ラウンジの方へ歩き出した。
 寮内に不思議と人の気配は無い。モブは都合良く出払っているようだ。営業時間前の店内は閑散としているが、アーシェングロット先輩はいる。ソファに悠々と座っているその両隣にはリーチ兄弟、斜め後ろには『イミテーション』が控えていた。
 ふと『イミテーション』が視線をこちらに向ける。しばらく見つめ合った後、少し目を閉じてみせた。多分『後で合流します』の意味。
 一方、アーシェングロット先輩は楽しそうにしていた。手にしていた写真を燃やしたかと思えば、他人のユニーク魔法を使ってみせて笑っている。
 その魔法がローズハート先輩とキングスカラー先輩のユニーク魔法なので、こっちは全く笑えないんだけど。
 恐らくこの世界は、オンボロ寮を賭けた勝負にアーシェングロット先輩が勝った設定になっている。例の写真とオンボロ寮を手に入れ、更にイソギンチャクを人質にして寮長たちのユニーク魔法まで奪った。
 アーシェングロット先輩と取引をした迂闊なアホどもを人質にした所で、ユニーク魔法を渡すなんて取引にあの先輩たちが応じるワケがない。
 でも、ここは夢の世界。
 何でも彼の願望が叶うのだから、通常あり得ない事だって起こり得る。
「グリムさんもハーツラビュルに押しつける事が出来ましたし、これでやっとあなたは自由の身だ」
 オクタヴィネルの寮服を纏った『イミテーション』を振り返り、アーシェングロット先輩は微笑みかける。その笑顔はとても幸せそうだ。『イミテーション』も曖昧に笑っていた。
「モストロ・ラウンジ二号店を開店したら、更に忙しくなるでしょう。最高の学園生活だ!」
 高笑いするアーシェングロット先輩を中心とした楽しげな一同をそのままに、こっそりとその場を離れた。いつの間にかリーチ先輩たちも合流している。
 モブがやってこないとも限らないので、ひとまず人気のないゲストルームに滑り込んだ。
「アズール、め~っちゃ調子乗ってんね。何アレ。超うざ」
「こちらの世界では、レオナさんたちが『黄金の契約書』を盗むのに失敗したのでしょうね」
「そもそも小エビちゃんとトド先輩も組まなかったんじゃない?あの感じ、アズールはマンタせんせぇから小エビちゃんを助けた雰囲気だし」
 確か、去年も似たような事があって学園長と取引を行い、それによってモストロ・ラウンジを開業したという経緯があった。
 そして今年の騒動はオンボロ寮に住み着く僕をすっ飛ばして、学園長に取引を行ってオンボロ寮を手に入れた、という事になっているのだろう。
「写真を盗んできたのはジャックかな。ひとりでもアーシェングロット先輩に怒ってたし、現実とそこまで齟齬は無いかも」
「いずれにしろ、この世界ではアズールの万能に等しい力……『黄金の契約書』は健在です。このままではショックを与える事も難しい」
 つまり『強い衝撃を与える』手段が減る。そうじゃなくても魔法士としては優秀だから、簡単には出来ない事なんだけど。
「で、あれば。狙うべきは『黄金の契約書』だな。目の前で破り捨てれば相当なショックを与えられるだろう」
「そーだね。それが一番手っ取り早そー」
 ……あの時って、そのショックでオーバーブロットしたんじゃなかったっけ。大丈夫かなぁ。
 とか考えてたら、部屋の扉がノックされる。部屋の空気が一気に緊張した。
『あ、「イミテーション」のユウさんだよ』
 オルトが言うので、近くにいた僕が扉を開けた。オクタヴィネルの寮服姿の『イミテーション』が素早く部屋の中に入ってくる。
「よくここが判ったな」
「なんとなくは感知できるので。彼の事は特に」
 言いながら僕を見る。まぁそうじゃなきゃやってられないだろうけど。
「ニセモノさん。あなたは『黄金の契約書』の在処をご存知ですか?」
「えっと……アズールの部屋に保管しているはずです。この間盗まれかけたので、セキュリティを強化するために自分の部屋に移したって」
「ふーん。アズールの部屋に行ってみっか」
 特に疑う事もせず、誰にも見られないようにだけ警戒して寮長の部屋に向かう。今はジェイド先輩とフロイド先輩の、アーシェングロット先輩に対する見識を信用するしかない。
「夢の中とはいえ、主人が居ないのに勝手に部屋に入るのは悪い気がするな……」
「そんな事を気にしている場合か。これも全てはマレウス様とリリア様のため!」
 非常事態だから仕方ない、と良心に言い聞かせるしかない。
 アーシェングロット先輩の部屋は整理された印象だ。インテリアは海の中をイメージしたものが多くてどことなく可愛らしいから、生活感の無さが薄れている。もっとも、壁に飾ってあるコインとか、彼らしいものもあるけど。アーシェングロット先輩の部屋らしい感じ。
「アズールの事ですから隠し場所は奇をてらうより、オーソドックスながら万全のセキュリティを維持するはず」
 だって最初はあんなこれ見よがしに大きな金庫に入れてたもんなぁ。
 保管場所を隠さないのは、開かれない自信があったから。金庫を開くには明らかにそれらしいダイヤル式の鍵の解除と、アーシェングロット先輩が肌身離さず持ち歩いている鍵の両方が必要だった。
「それでいて自身が一番無防備な状態の時に何かあっても、素早く対応できる場所。……つまり」
 ジェイド先輩はおもむろにベッドの傍らにしゃがむと、その下に手を突っ込んだ。出てきたのは巨大なアタッシュケースだ。いかにも書類を入れていそうな雰囲気。それでいて五、六百枚の契約書を保管するにはこれくらいいるだろう、という説得力が感じられる。
「みっけ~」
「……と、ここまでは順調ですが」
 ちらりとジェイド先輩がシュラウド先輩のタブレットを見る。
『アズール氏らしいというか、表面だけでもガッチガチの防御魔法がかけられてる。特に鍵の辺りは厳重だ。魔法で解除しようとしたり、攻撃すれば警報が作動して即こっちに来ると思われ』
「まぁそうでしょうね」
 ジェイド先輩はアタッシュケースを素早く元に戻した。僕たちがいた痕跡を綺麗に消して、皆でとっとと寮の外へと退散する。
 このアーシェングロット先輩の夢では、ナイトレイブンカレッジの全域が構築されている。再現度は高いものの時間認識はかなり曖昧で、生徒の姿はそこかしこにあるが授業中とも放課後とも判らない。
「…………で、どーすんのコレ?」
「あのアタッシュケースから契約書を取り出すには、アズールの作ったセキュリティを突破する必要がある。そんな手段が存在しないならば、契約書の破棄は選択肢から消すべきだろうな」
「ニセモノちゃんがアズール振ったらショックで目ぇ醒ましたりしない?」
「ど、どうでしょう……考えた事も無いので……」
「怒りはするでしょうけど、ショックは受けるんですかね……?」
「確率としては半々ですね。ユウさんに余計な事を言って拒絶された時の落ち込みぶりを見るに、ですが」
「き、拒絶したつもりは無かったんですけど!」
「そうだな。アレは調子に乗って君の逆鱗に触れたアズールの愚かな自爆だ」
 バイパー先輩がうんうん頷いている。なんか微妙な空気になってきた。
「え、えーと、……あっちのリーチ先輩たちが、何か知ってる可能性ありませんかね?」
「アズールがオレらにそんな情報教える必要なくね?」
「ありませんね。……ですが、ええ。可能性としてはゼロではない」
 ジェイド先輩がニヤリと笑えば、フロイド先輩も微笑む。
「フロイドが興味を持たず把握していなかったとしても、『僕』はもしかしたら何か知ってるかもしれません」
「ま、アズールに何かするってなったら、あっちのオレら、邪魔だしね?」
 つまり情報を得るついでに、リーチ兄弟の偽者を排除しようって事か。
「確かに、敵の戦力は削いでおきたいが……具体的にはどうする?」
「誘き出して各個撃破、が常道でしょう」
『か、簡単におっしゃる~!あの二人がそんな簡単にひっかかる事ある!?』
「……ジェイドはともかく、フロイドの方はアイディアが無くはないな」
『マ?』
「僕も自分自身については考えがあります。イデアさんの協力は不可欠ですが」
『ファッ!?』
 シュラウド先輩が怯えた声を出す。ジェイド先輩に言われると怖いよなぁ。
「フロイドは『面白そうな事』に目がないからな。例えば……バスケ部の練習試合の相手に手強い人魚がいた、なんて筋書きはどうだ?」
「確かにそれなら、オレも見に行きてーってなるかも。それで良くね?」
「出来れば同時にジェイドも始末しておきたい所だが」
「二手に分かれて行動するのが良いでしょうね。幸いにも人手は多いですし」
「なら、俺とフロイドは同じチームだな。イデア先輩がジェイドと行動するなら、連絡役としてオルトもこっちにいるべきだろう」
『了解!』
「では、シルバーさんとセベクくんは僕と行動を。ユウさんとグリムくんは……」
「ニセモノちゃんはこっちね。ジェイドに任すと変なトコで目ぇ離しそうだし」
「おや、信用されていない」
 どう見てもアレな泣き真似を全員がスルーして、視線は『イミテーション』に集まる。
『そういえば、君はアズールさんから離れて大丈夫なの?』
「トレイン先生に用事を言いつけられていたのを思い出した、と言って出てきました。しばらくかかると言ってあるので、不審がられたり探しに出てくるような事にはならないと思います」
 どうやら入学の経緯は現実と同じらしい。グリムはハーツラビュルに押しつけたらしいけど、二人で一人の生徒として一年A組に在籍している事には変わりないようだ。もちろん、同好会も同じ。
「なら、僕とグリムはジェイド先輩と行動しましょう」
「ええ、よろしくお願いします」
 チーム分けが完了したところで、それぞれが準備のために動き出した。
 妙な気分だけど、それをしみじみ考えている余裕もない。
 ……ジェイド先輩のアイディアがまともでありますように。

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