7−4:虹色の旅路


 洞窟を飛び出せば、周囲はもうすっかり暗い。シュラウド先輩のタブレットは画面に位置情報を映して道を示してくれた。
「ドリームフォーム・シャイニングチェンジ!」
 変身すると身体が軽くなる。エアドームも頭部だけになった。肌に水が触れる感覚は無いから、装備のシールドが防水の役割を果たしているのだろう。
 生き物の気配は多少あるけど気にしている余裕はない。地形にだけ気を付けて、何とか会場を目指して走る。
「シュラウド先輩」
『うん?』
「彼の事、信用して良いと思いますか?」
 タブレットの向こうで気まずい感じの気配がした。でもシュラウド先輩の所感は聞いておきたいし。
『嘘はついてないと思うよ。本当に彼はアズール氏を愛していて、アズール氏のために自分を犠牲にするつもりなんだろう』
 皮肉なもんだよね、とシュラウド先輩は呟く。
『使命を成す動機であるはずの設定が、使命を放棄する理由になっちゃってるんだから』
 同情的な言葉の向こうに、この状況を作った魔女への苛立ちのようなものを感じた。彼にとってあの『イミテーション』は敵ではなくなってしまった気がする。
『……彼の願いを叶えてあげる事が、僕たちにとっても一番良い選択のはずだ』
 言い聞かせるように呟いている。
 あれがもし僕たちを味方につける芝居だったら、と思わないではない。そうだったらもうお手上げかもしれない。
『どんなに僕たちが彼に好意を抱いたとしても、彼の自我が「黒薔薇の魔女」の魔力で出来ている事実に変わりはない』
 バグを起こして本来の役割を放棄したとしても、本質までは変えられない。何かの拍子にバグが直っちゃって、結局敵に回る可能性だって無くはない。
『それと。……浄化エーテルでの捕縛は、彼が物理的に弱った状態じゃないと行えない』
「……無抵抗の相手を一方的に殴らなきゃいけない、と」
『こっちでもちょっとやり方は考えるよ。……ハシバ氏以外と「イミテーション」が戦ったらどうなるかのサンプルが欲しくないと言ったら嘘になる』
 戦力としては接近戦物理攻撃しか出来ない僕より、遠距離からの魔法攻撃も選べる皆の方が上だ。極端な話、魔法で大人数でタコ殴りにした方が安全に戦える。
 でもシュラウド先輩は『異世界の魔力』に不明点が多いから、その持ち主と戦って勝った事がある僕を使う方が危険が少ないと見て、対策要員に据えてるわけだ。
 結果的に現在に至るまで検証の機会が無かったから、情報も集まっていない。協力的な『イミテーション』の出現は、好機とも言える。
『……だけど、彼にそういう事は、個人的にはしたくない』
「そこは僕も同意見です」
『つまりその、君に負担をかけ続ける事になるんだけど』
「大丈夫ですよ。僕はそのためにここにいるんですから」
『……ごめん』
「謝らないでください。先輩は何も悪くないです」
 空気が重くなりかけた頃に、エアドームがこっちに飛んでくるのが見えた。オルトだ。
『ユウさん、急いで!アズールさんが「闇」に引きずり込まれちゃった!』
「何で!?」
 オルトの誘導に従って進んだ先には、お洒落な外観の建物があった。海の中にあるとは思えない、でも陸にあったらちょっと奇抜な扱いになりそうな外観。暗い海の中にあっても、大きな白い貝殻みたいな壁は目立っていて、窓からは灯りが漏れている。
 店内に飛び込むと外観からは想像もつかない、惨憺たる有様だった。よく見たら窓は割れてるし上品な雰囲気のインテリアもめちゃくちゃだし、料理はテーブルごとひっくり返ってる。スピーカーは機械が壊れたのか、ノイズをやかましく鳴らしていた。
 そんな混沌とした光景が、『闇』が滲んで濁った水の向こうに見えている。奥の方の床は『闇』が波打ちながら広がっていて、アーシェングロット先輩の姿も無かった。それどころかNPCの人魚もいない。いるのは夢渡りをしてきた僕たちだけだ。
「ユウ、戻ったか!」
「あ、小エビちゃん可愛い服着てる~。どしたのそれ?」
「ちょっといろいろ事情がありまして!アーシェングロット先輩は!?」
「アズールでしたら『海の暮らしが最高だ』などと言いながら、あちらの『闇』の中に自分から飲み込まれていきました」
「え、えぇっと……お二人が暴れてると聞いてきたんですけど、いったい何が……?」
 僕が尋ねても、当の本人たちは涼しい顔をしている。
「おや。僕たちはアズールに誘われて『コーラル・ラッシュ』で遊んだだけですよ。ねえ、フロイド?」
「そーだね、ジェイド」
「……まぁ、いま君の頭に浮かんだ事が起こったと思ってくれていい。多分だいたい合ってる」
 バイパー先輩の言葉でそれ以上の追及は無意味だと悟った。
 今もノイズに混じって『陸は最低……海は最高……』って不気味な声が聞こえてくるし。
「と、とにかく追いかけましょう!グリム、行くよ……グリム?」
「ごぶぶー!ぎゃばごべべべ!!」
「って、なんでもう沈みかけてるのー!!エアドームも割れてるー!!」
「奴め、あれほど言ったのにひっくり返った料理を拾いに行ったな!」
 僕と一緒にセベクが走り出す。『闇』は広がる一方で、グリムを掴めば僕も足を踏み入れる事になる。待ってましたとばかりに『闇』は腕を伸ばし、グリムを掴んだ僕とセベクを一気に引きずりこんだ。

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