1:癇癪女王の迷路庭園
ハーツラビュル寮の寮長がオーバーブロットを起こした。
未だに詳しい事はよく分からないその事象は、それでも何だか名誉を傷つけるものらしく、寮生たちは噂話の中で肩身が狭そうだった。まあ、経緯が経緯だから、主にそっちのせいかもしれないけど。
どさくさに紛れてエースとデュースはハーツラビュル寮に戻り、オンボロ寮は一人と一匹とゴーストしかいない寂しい寮に逆戻り。……もっとも、話がこじれにこじれて彼らが所属する事になったらどうしようかと思ってたけど。
肩身は狭そうだったけど、ハーツラビュル寮生たちの空気は少し柔らかくなった。エースと軽口を叩いている所も見たし、わだかまりは残ってなさそう。
僕たちも何事もなく学校生活に戻れた。制服の替えは即時支給されたし、他寮の揉め事に関わった事へのお咎めも特になし。
……喜んでいいのかなぁ。元の世界に帰る方法を探さないといけないのに。
そんな物思いに耽ること数日。
「はいコレ、うちの寮長から」
エースから手渡されたのは、白地に赤い薔薇が描かれたお洒落な封筒だった。封蝋も薔薇の刻印がされている。
「何これ」
「パーティーの招待状。明日の『なんでもない日』の」
「明日!?」
「どうせ暇だろ?」
「明日は寮の掃除を……」
「うん、暇だな。ゴーストにやらせとけよそんなもん」
「ええ……」
「やったー!ごちそうが食べられるー!」
掃除をさぼれるというのもあって、グリムは大喜びだ。エースはにやりと笑う。
「寮長の手作りタルト、お前も食べたいだろ?」
「ええ、……いや、そこまででも……」
「オレ様は食うぞ!おこりんぼの反省を見届けてやらねえとな!」
「グリムが来るならお前も来ないとだよな?監督生なんだから」
エースは心底楽しそうだ。この言い方をすれば拒否権が無いと思ってるんだろうか。
「でも、寮長もユウたちに来てほしいって思ったから、こうして招待状を預けてくれたわけだし。僕たちも準備を頑張ったから来てほしい」
「そんでさ、ダイヤモンド先輩に頼んで、あの服着せてもらおうぜ。今度こそツーショット撮らせてほしいんだよね!」
「わかった。パーティーには行く。でも着替えもツーショットもお断り」
「ケチ」
「ケチで結構ですぅ」
念のため封筒を開くと、ふわりと花の香りがする便せんが出てきた。迷路でも似た匂いがしたから、多分薔薇の香りだ。とても綺麗な字で、パーティーに招待する旨が綴られている。服装の指定などはない。本当にただの招待状だ。
匂いも字も違う、とふと思う。
顔も知らない支援者の封筒からは、もっと複雑な匂いがしていた。文字もどちらも綺麗なんだけど、こんなに意識的にきっちりした字ではなかったと思う。
いやローズハート寮長じゃないのは分かりきってるんだけどね。そういう事するタイプじゃないだろうし、それならあんな事言わないだろうし。
本当に誰なのだろう。いつか顔を合わせてお礼を言えるだろうか。