7−4:虹色の旅路


 エアドームの分目立つので、追跡には距離を取らざるを得ない。
 二人が何を話しているかも分からない。でもずっと親しげな雰囲気で、手を繋いだままだった。
 なんだか、中学生カップルの下校風景を見ているような気分。
『なんかこう……フィクション作品のような順風満帆キラッキラの青春を見せられてる気分ですわ……』
「順風満帆……なんですかね」
「あの様子を見ていると、少なくとも『イミテーション』は海の世界に歓迎されていないようだが」
『アレがアズール氏の設定なのか、ウイルス汚染の影響なのかは今んトコ判別不可能っすな。いくらアズール氏でも、恋人が虐げられてる環境を望むとは思えないし』
「……どーだろーね」
 フロイド先輩がぼそっと呟く。でもそれ以上は何も語らない。
「ユウさんを弱い立場に置く事で、庇護する側という優位を確保する。自分に依存させる手段としては常套手段では無いでしょうか」
『二次元の計算高いヤンデレか?』
 シュラウド先輩の野次みたいな感想に対して、ジェイド先輩の真面目な表情は揺るがない。
「現実のユウさんは多くの人に愛されています。その愛を独占する環境を作ろうと強く思った結果が反映されたものかもしれません」
 ジェイド先輩は、言いながら物憂げに目を細める。フロイド先輩もあまり語ろうとしないし、アーシェングロット先輩の作り出した『ユウ』の様子に二人は何かしら思うところがあるらしい。
 ……人に気軽に共有できないような内容の、何かが。
『あ、二人が洞窟に入っていくよ』
「……やっぱりここか」
 フロイド先輩が静かに呟く。
「アズールが昔、よく引きこもってた蛸壺みてーなちっさい洞窟。周りはあんまり変わってないみたい」
「……ですが、洞窟自体はだいぶ変わっていますね。あんなに住居らしく整ってはいませんでした」
 岩影に隠れて彼らの様子を探る。やがて洞窟に付けられた簡素な扉が開いて、二人が顔を出した。
「じゃあ、僕は祝勝会に行ってくるよ。……くれぐれも、僕以外の誰かが来ても扉を開けないように」
「分かってる。気を付けてね」
「ええ。それじゃあ、また明日」
「うん、また明日ね。アズール」
 カップルだとお決まりの別れのキスとかはなく、ただ爽やかに別れていく。アーシェングロット先輩はどこかへ泳いでいき、その姿が見えなくなるまで見送っていた『イミテーション』は、周囲の様子を窺い始めた。
「……何か探しているのか?」
「周りに人がいないか様子を見ているのではないか?」
 観察している僕たちを余所に、不意にフロイド先輩が岩影から飛び出した。それを見た『イミテーション』は顔を強ばらせる。迫ってくるフロイド先輩に対し、洞窟に逃げ込む事はなく、でも怯えた様子で彼を見つめ続けていた。
「ふぅん。ホントに小エビちゃんそっくりだ」
「あ、あなたは……フロイド……?」
「へぇ。オレの事も知ってるんだ。ニセモノなのに」
 ニセモノ、と言われて『イミテーション』の顔が一層強ばったように見えた。
 このままでは埒があかない。
 岩影から出て、『イミテーション』の方に歩みを進める。自分と同じ顔が驚きに染まったように見えた。
「……やっぱり来たんだ。……来るって解っていたけど」
「どういう意味?」
「あなたが、大切な人を害するモノを放っておくはずが無いって。彼女はそう思ってたから」
『……やっぱり、君はユウさんを殺すために、彼に愛情を向けている人の夢の中に配置されているんだね』
 複雑そうな顔で、でもしっかりと『イミテーション』は頷いた。
「ふぅん。じゃあさっきも今も小エビちゃんを殺すために探してたんだ?」
「彼を探してはいました。でも、殺すためではありません」
「そんな戯言が通用すると思っているのか!」
「待て、セベク。何か事情がありそうだ。まずは話を聞こう」
 シルバー先輩が諫めれば、セベクは不承不承引っ込んでいく。しかし手は警棒にかかったままだ。
「彼を探していたのは……アズールを目醒めさせるのに、協力してほしかったからです」
「…………え?」
「……おかしいですね。あなたの目的はユウさんを殺す事。ならば夢に耽溺しているアズールを利用しこそすれ、目醒めさせる必要は無いはずですが」
「最終的には、僕の事も消してほしいんです。……それに近い手段を用意しているから、あなたはここにいるんでしょう?」
 後半の言葉は僕に向けられていた。答えていいのか迷う。
「わけわかんね。アズールの目を醒ますのは良いとして、消えてもいいってどういう事?」
「……あなたが言ったんでしょう。僕の事を『ニセモノ』だって」
 フロイド先輩が気圧されたように口を閉じる。
「アズールの隣に『ニセモノ』がいるのは相応しくない。だから、僕の事も消してほしいんです」
『…………それは、君の意思なの?それとも君を作った「魔女」の意向?』
「……僕の意思、だと、信じたいです」
 みんなと顔を見合わせる。疑いつつも嘘にも聞こえない、という感じの印象っぽい。
「少し、彼と二人で話をさせてもらえませんか?」
「はぁ!?」
「何も危害を加える事はしません」
「そんな言葉を信じられるワケが無いだろう」
「本当です、お願いします!」
 必死な様子で『イミテーション』は頭を下げた。
 疑わしいのは間違いない。自分で言うのも何だが、こういう弱々しい芝居は得意な方だし。
 だけど話をしない事には情報も集められない。危険な賭けだけど、逃げても状況は変わらない気がする。
「……事情を知ってる人に同席してもらっていいですか。さすがに完全に二人きりにはなれない」
「……解りました。おひとりなら」
 僕はタブレットに目を向ける。都合を尋ねる前に、タブレットが僕に近づいてきた。話が早い。
「皆さんはアーシェングロット先輩の祝勝会の方で情報収集をお願いします」
『……何かあったら絶対に呼んでね。兄さんも』
『おけ。そっちは任せましたぞ』
「ユウ、同席者なら俺の方が適任だろう。今のイデア先輩ではいざという時に心許ない」
「彼が話しづらいと思うので。バイパー先輩はみんなの引率……もといサポートをお願いします」
「言わんとする事は解るが…………はぁ。わかったよ」
 じっと見つめ続けたら折れてくれた。にっこり笑っておく。
「それじゃあ、グリム。みんなの事お願いね」
「おう、任せとけ。ごちそうも子分の分までたらふく食っておくんだゾ!」
「頼もしいなぁ。よろしくね」
 シルバー先輩とセベクも離れていく。納得しているワケではないんだろうけど、今は仕方ないし。
 ジェイド先輩とフロイド先輩は冷たく『イミテーション』を睨んでいたが、やがて興味を失ったように目を背けた。歩き出したバイパー先輩についていく。
「どうぞ、こちらへ」
『イミテーション』が洞窟への扉を開く。特に何も言わずに扉をくぐった。
 中はこぢんまりとした住居だ。本棚で圧迫感はあるけど、不思議と落ち着く。どうやって生活してるのかはよく分かんないけど。
「……驚いたでしょう。自分を殺しに来るはずの相手が、最初から投降するなんて」
 向こうがおもむろに口を開く。軽い口調だけど、答えはちょっと詰まった。本音を言うべきか迷う。
「……まぁ、そうですね」
「正直言って、あなたの事は大嫌い。僕の大好きなアズールに愛されてるんだもの」
 不愉快そうに顔を歪めてみせる。だけど不思議と敵意はそこまで強くなかった。
「……でも、あなたを見た瞬間に『解って』しまった。僕は所詮まがい物で、本物には絶対に敵わないんだって」
 眉尻を下げて目を細める。
 ワンピースを纏った可憐な少女の外見。華奢な手足に清楚な雰囲気。
 傍目にはどう見ても彼の方が『お姫様』だ。自分と同じ顔なのに不思議だけど、アーシェングロット先輩があんなにも守ろうとするのも解らなくはない。
『勝てないから投げ出す、って事?本物を殺せばアズール氏の愛情を独り占め出来るのに?』
「違うんです。夢が続けば彼の愛情を得られるけど、彼の愛情が偽物である自分に注がれるなんて耐えられない」
『……アズール氏の事は大好きだけど、自分を好きになるアズール氏は解釈違い、って事?』
「そういう事になると思います」
 それでいいんだ……。
 まぁシュラウド先輩の語彙に訳されると妙に気が抜ける理由に感じるけど、本人的には切実な問題なのだろう。
「それに今の彼は、僕の好きなアズールじゃない。優しい彼に戻ってほしいんです」
『……君には優しかったように思うけど?』
「あれは僕に優しいんじゃなくて、幼心を慰めてるだけです。助けを求めていた頃の自分を重ねて、自分が優位な側に回って満たされたつもりでいる」
『君としては、それは優しさじゃない、と』
 迷い無く頷いている。
「僕は……アズールに幸せになってほしい。でもこんな何もない世界で満たされたつもりになるなんて、きっと不本意だと思うんです」
『……まぁ、君の意見は解ったよ。アズール氏を目醒めさせるっていうのも拙者たちのタスクにあるし、君を構成する魔力を回収する機構も用意してある』
「じゃあ……」
『あくまで拙者たちは自分の仕事をするだけ。君を助けるワケじゃない。君が協力をしたいというのなら、答えてほしい事がある』
「何でしょう?」
『君は何故「本物のユウを殺す」という使命を与えられているか知ってる?』
 質問の後、しばらく沈黙が流れた。
「……愛の天使シャイニングリリーこと、羽柴悠と『保護団体』への復讐。そして、彼女……マザー・ブラッディローズが復活し活動する肉体の確保のため、です」
 概ねシュラウド先輩の言っていた通り、という事らしい。
「……マザー・ブラッディローズにとって、羽柴悠は自分の計画を砕くだけに留まらず、永遠に残るはずの命までも奪った仇敵です」
 マザー・ブラッディローズは、知的生命体の肉体を乗っ取って命を長らえるという、宇宙規模でも人道にもとる魔術の使い手だった。彼女は地球への侵攻に際し、自分への対抗策として『保護団体』の下で戦闘員となるはずだった『羽柴怜』に目を付けた。
 僕と同じく怜ちゃんの魔力にも属性がついてて、それはマザー・ブラッディローズの持つ魔力と極端に相性が悪かった。だからこそ選ばれた彼女を横取りする事で、何かとうっとおしい『保護団体』の反抗を最初から潰そうという目論見だった。
 短期間で使い捨てる事を前提とした、本人からすればちょっとしたお遊びだ。地球への侵攻だって、本人の感覚からすれば遊びにすぎなかった。
 そんな楽しいだけの時間を、代わりに戦闘員となった僕によって叩き潰された。言ってしまえば、保護団体の邪魔をしようと余計な手を出して、予想外に最悪の結果を招いたわけだ。
「彼女は呪いという形で羽柴悠の身体に潜み、ずっと復讐の機を待っていた。……彼が助ける者のいない異世界に渡った事を、好機と思った」
 魔女は入念に周囲の環境を見定めた。
 ツノ太郎とは出会った頃から少しずつ、彼に語りかけ僕の味方かのように振る舞い、警戒をさせないようにしていた。
「ただ、封印を上書きされて羽柴悠の身体から弾き飛ばされる事になったのは彼女としても予想外だった。直後に魔法領域が展開されなければ呪いは霧散して、こんな事にはならなかったでしょうね」
 魔法領域内に閉じこめられた呪いは状況を理解して、即座に動き出した。
 この混乱に乗じて僕を殺すために必要な策を練った。僕が必ず、眠りについた彼らを助けに来ると信じた。
「僕は所詮、彼女の呪いの一部とアズールの思う『ユウ』を混ぜて作られた一時的な人格でしか無く、この夢の中でしか存在する事が出来ない」
『……やっぱりそうなんだ』
 ぼそっとシュラウド先輩が呟いた。
『もし君たちの誰かが「ユウを殺す」という使命を果たしても、夢が終われば人格は消され「魔女」に乗っ取られ、現実で愛する人と結ばれる事は絶対に叶わない』
 彼は小さく頷いた。
「……どうして、それに気づいたの?」
 他の『イミテーション』がそれを自覚していたとは思えない。特にシェーンハイト先輩の夢にいた『イミテーション』は、そんなの絶対に認めなさそうだ。
「最初から漠然と理解してたよ。現実味は無かったけどね。『嫌だ』って気持ちが言語化できるようになったのは、いつからか覚えてないや」
『マレウス氏の魔法領域で自動生成されるNPCの素体が使われてるし、人格の全てを制御下に置くのは少ない魔力じゃ難しかったんだろう』
 いくらマザー・ブラッディローズが強大な力を持つ魔女とはいえ、壊れかけた呪いの切れ端なんて出来る事はたかが知れてる。ツノ太郎の魔法領域との共生は必要だった。
 仮にマザー・ブラッディローズの望み通りの『人形』が作れたとしても、夢の中という補整があるとはいえ、あまりに理想とかけ離れれば偽物と判り遠ざけられてしまう。そうしたら『羽柴悠の親しい人物に取り入って本人をおびき寄せる』という目的が果たせない。
 何より人間と遜色ない人格を単独で作り出す余力が呪いには残っていなかった。
 一方で、ツノ太郎の無意識の設定により『羽柴悠』のNPCは魔法領域内のどこにも存在していない。更に異なる世界の存在であるために、僕以外の人を模したNPCには、影響は与えられても魔力を寄生させる事が出来ない。
 だから完全にツノ太郎の魔力で出来たNPCにタダ乗りして、数撃ちゃ当たるとばかりにウイルスをばらまく戦法も取れなかった。
 そんな状況が重なって、本来は存在しない『羽柴悠』のNPCを作れる人に標的を絞る必要があった。
 自身の夢の中で本来存在しないNPCを新たに構築できるだけのイマジネーションがあり、且つ、僕と親しい関係にある者。
 その基準で選ばれたのが、オーバーブロットを起こした先輩たちだった。
 少し夢の世界に干渉してNPCの素体を与え、魔法士に『ユウ』を構築させ、そこに分割した呪いを滑り込ませる。
『設計はマレウス氏、組立は各魔法士、リソースは半々、運用は「黒薔薇の魔女」……それぞれが独自の体系なワケだから、出来が良かろうと合わせた途端に不具合が起きる事は十分あり得る』
「その不具合が僕だったんでしょう。良かったのか悪かったのか、今となっては分かりませんけど」
 疲れたようなため息を吐く。どことなく、仕草がアーシェングロット先輩のものと似ている気がした。
『「黒薔薇の魔女」の動機は人伝に聞いたものだったから、関係者からの裏付けが欲しかったんだよね。答えてくれてどうも』
「いえ。……最初からご存知だったんですね」
『僕と同じくらい聡くて、ユウを愛してる弟がいるもんで』
 ……そうか、シュラウド先輩の夢にも『イミテーション』はいたんだもんね。最初に教えてもらった情報は、その解析によって判明したものだと思ってたけど、冥府にいるオルトも関わってたんだ。
『とりあえずはアズール氏の覚醒を優先させる。君にも協力してもらうし、最終的には君の核になっている「黒薔薇の魔女」の魔力も回収させてもらうよ』
「勿論です。……信じてくれて、ありがとうございます」
 また深々と頭を下げた。
 全く攻撃を仕掛けてくる素振りが無い。情報も答えてくれる。
 ……本当に、彼はアーシェングロット先輩が好きなんだ。
『そういえば、君って今どういう設定になってるの?』
「僕は陸で虐げられて育って、アズールに助けられて、海の中で暮らすようになった、って感じです。この家はアズールが用意してくれました」
『その、貝殻のペンダントは?』
 シュラウド先輩に言われて、『イミテーション』は首から下げていた巻き貝の貝殻のペンダントを手に取った。
「これは、アズールがくれたお守りです。水中で人間が暮らしていくのに必要な魔法が沢山込められていて、一日一回、アズールが補充してくれるんです」
 表面がきらきらと輝いている、黄金の巻き貝。遠目から光って見えたのは色だけじゃなく、魔法が込められているからでもありそう。
 陸の人間を海の中で生活させるなんて無茶な気がするけど、アーシェングロット先輩は夢の中という環境の特性もあって可能にしたらしい。
 ペンダントを見つめる『イミテーション』の表情はとても優しいものだった。きっと彼にとっては宝物なのだろう。
 この少年が、アーシェングロット先輩にとって理想の『ユウ』。
 献身的で心優しい、愛らしい人間。
 現実の僕がアーシェングロット先輩にこう見えているわけではない、と思う。
 でもなんだか……お似合いな気がしてしまう。彼があの魔女の呪いで作られた存在でなければ、僕はどうにかして二人の幸せを願ったかもしれない。
 どうせ僕、元の世界に帰るし。
『ハシバ氏、オルトからSOS!』
 シュラウド先輩の声で我に返る。
「どうしたんですか!?」
『リーチ兄弟が例のパーティー会場で暴れてるって!夢の構築式も乱れ始めてる、急いで止めに行こう!行きたくないけど!!』
「わかりました。あなたは……」
「僕は……ここに残ります。ユウが二人いたら、ややこしくなりますから」
『……うん、やるならリーチ兄弟がおとなしい時にしよう。ひとまず合流を優先!』
「了解です!打ち合わせはまた後で!」
「気を付けて!」

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