7−4:虹色の旅路
「あのアズールが運動部の花形選手になり、ファンにもてはやされる夢を見ているなんて…………正直、意外だったな」
『それ。なんというか、思春期の男子としてかなり正統派なドリームを見ていらっしゃる』
「アズールの事だから、商売が大成功してウハウハな夢だと思ってたんだけどな~」
バイパー先輩がしみじみとした感じで呟けば、シュラウド先輩がすかさず同意して、フロイド先輩も感想を述べる。
確かに、最初の予想とはかなり大きく違った内容だったなぁ。まぁ、商売繁盛大成功、に比べれば年齢相応の夢だと思うんだけど。
『ジェイドさん、フロイドさんと疎遠になっていたのも予想外だったよ。関連性が深くて思い出の共有が多い二人がいれば、覚醒に導きやすいと思っていたんだけど……』
「んー。でもオレらがつるむようになったのって、アズールが『黄金の契約書』を使えるようになったミドルスクールからだし……あっ!」
そういえばそんなような事を言っていた気がするなぁ、と思っていたらフロイド先輩は大きな声を上げた。驚いて注目を集めても、なんかひとり納得してるばっかり。否、ジェイド先輩だけ、落ち着いた表情で彼を見つめていた。
「あ~……そーゆーことかぁ……」
「何を勝手に納得しているのだ。僕たちにもわかるように話せ!」
「……恐らくこの夢のアズールは、『自分の消したい過去』を持たないアズールなのだと思います」
代わりにジェイド先輩が話しはじめた。フロイド先輩が止めないという事は、二人は同じ答えを得たという事なのだろう。
「消したい過去?」
「もしかして、まんまる……ふがっ!」
「グリム!」
ギリギリ口を塞ぐ事が出来た。事情を知らない一同は首を傾げている。
「アズールのプライバシーに関する事なので、詳細は差し控えますが……現実の彼の慎重な性格や他者の能力を奪うユニーク魔法は、孤独、悲しみ、恨み、妬み……そういった負の感情なしには生まれなかったはずです」
「でもウミウシ先輩の魔法で作られた夢の中では、キツかった経験って無かった事になるんでしょ?」
己の身に降りかかった不快な事象を排除した『幸せな夢』。
事象の由来が過去にあれば過去を否定して、理想の人生を生きる自分を夢見て過ごす事が出来る。
「だから今のアズールはみんなの人気者で、よく知らない相手にも気軽にサインをする迂闊なタコちゃんになってるっぽい」
現実とは真逆じゃん、とフロイド先輩は笑っている。
……あの状態のアーシェングロット先輩を『幸せ』と言っていいのかは悩ましい気がするけど。あまりいい環境では無さそうな気がする。
「アズールを覚醒させるためには、幸せな夢を否定し、辛い現実を突きつけなくてはならないんですよね。非常に心が痛みますが……」
「どんなに幸せであっても、この世界は全てまやかしだ」
「ああ。夢から醒めれば、手にしたと思っていた全ては水泡に帰する」
夢の中で起きた事は所詮は夢。巨万の富も得難い名声も希少な宝物も、夢の中で手にした所で現実には何も無い。
「ナイトレイブンカレッジ随一の営利主義者が、生産性のない行為に時間を浪費しているわけだ。それも無自覚に」
バイパー先輩はどこまでも淡々としている。事実を述べているだけ。
「アイツにとっては幸せどころか、かなり不幸せな状態に思えるが」
「あはっ、言えてる。だからさっさとこんな夢ぶっ壊しちゃおうぜ~」
「ふむ。僕はフロイドからキツめの攻撃を食らった事で夢から醒めましたが……アズールにも何発かお見舞いすれば覚醒するのでしょうか?」
正確にはセベクの一撃だったんだけど、まぁ記憶が混乱しているっていうならそれはそれでいいか。必要だったとは言え、他寮の一年生が一撃かましたとか、なんか揉めるかもしれないし。
「必ずしもそうとは言えないのが、難しいところなんだ」
悪い笑顔を浮かべているジェイド先輩に対し、シルバー先輩は困った様子で返す。
『現実での思い出や、齟齬を強く認識させる事も、対象を覚醒に導く有効な方法だよ』
『現実では運動音痴のインドア派が、スポーツ万能のアウトドア派に変化してたら、すぐ齟齬が生まれそうなもんだけど……さすがはアズール氏、イマジネーションが強い。というか、構築が丁寧だ』
違和感が無いワケじゃないんだよね。シュートの必殺技叫ぶとか、そういうの現実では絶対やらないし。あくまでも『インドア派のかっこいいと思うスポーツマン』の域を出ていない感じがする。
ただ、そういう経験を想像で補ってる部分については、周囲の環境を合わせて整える事で齟齬が生じないようにしてる、更に言えば齟齬が生じない位置に自分を配置している、との事。
だから自分がインドア派になるに至った原因……辛い経験を全て排除している、のかもしれない。
『ジェイドさんとフロイドさんを見ても、全く揺らがなかったもんね』
「おふたりとの接点はまぁ、現実にも幼なじみですし無理なく補えそうですけど」
「問題は『イミテーション』の方だな」
『具体的にどこにいるかまでは分からないけど、この夢の中にいるのは間違いないよ』
「ユウは人間の上に異世界人だ。アズールがナイトレイブンカレッジに通っていない、どころか陸にも来ていないなら接点の作りようが無いはず」
「小エビちゃんもタコの人魚になってたりして」
「有り得ますね。それでしたら、番になるハードルも低く済みますから」
「……あんまり考えたくないなぁ……」
イソギンチャクだって嫌だったのに、自分がタコになるのはもうなんか、嫌すぎて想像もしたくない。
「みんな、とりあえずアズールに誘われた祝勝会に行ってみないか?」
シルバー先輩が真面目な顔で提案する。
「もっと情報が得られれば、覚醒への具体策が見えてくるかもしれない」
「うむ。それに夢の主とあまり離れすぎるのも良くないからな」
今は問題ないとはいえ、アーシェングロット先輩の都合でエリアが切り替わる可能性も無くはない。だから近くにいた方が効率は良い。『イミテーション』も近くにいるだろうし。
「急がねえとパーティーのメシがなくなっちまうかもしれねぇんだゾ!早く行こう!」
「そういたしましょう。もうじき陽も落ちる……夜の海は皆さんにとって安全な場所とは言えませんから」
「んじゃ、案内するからついてきて~」
『んあ?ちょい待ち』
唐突にシュラウド先輩の声が僕たちの移動を遮る。オルトも何かに気づいた様子で振り返った。
『誰かこっちに向かってきてる。……アズールさんが後を追ってる?』
状況が見えないが、何となく近くにあった岩の影に隠れる。
僕たちが隠れた後、少しして遠くから黒っぽい人影が現れた。ふわふわと海を漂うようにして動いていて、人魚に比べれば移動は遅い。
黒っぽいのは身にまとっているワンピースのせいだ。タコの足みたいな先細りの裾が、水の中でひらひら揺れている。明るい茶色の髪に、愛らしい顔立ち。不安そうに周囲を見回している。
人魚ではない。人間の脚がある。
「アレ、小エビちゃんのニセモノ?」
「……そのようですね」
僕たちのようにエアドームに包まれていないが、魔法薬でも飲んでいるのか呼吸は問題無さそう。いや夢の中の存在だから関係ないのかも。
「何か探しているみたいだな」
「声をかけてみるか?」
『待って。……誰か近づいてくる』
オルトが言ったすぐ後に、どこからか現れた男性の人魚が三人、嫌な雰囲気で『イミテーション』を取り囲んだ。
「おい、ここで何してるんだよ」
「あ……えと、その……」
「お前、またアズールの試合を見に来たのか?」
「ウロチョロすんじゃねーよ!とっとと陸に帰れ!」
怒鳴りつけた一人が尾びれで『イミテーション』を殴ろうとした。避けようとした拍子に転んだ彼を見て、人魚たちは下品に笑う。
「お前がいると水が濁るんだよ」
「人魚じゃないのに海で暮らすなんて、身の程知らずにも程がある!」
「アズールにどうやって取り入ったか知らないけど、ウザいんだよ!」
口々に言葉で責め立て、時には肩を押したりしている人魚たちを見て、周りの皆が不快感を露わにしているのを肌で感じる。セベクなんか今にも飛び出していきそうなぐらい怒っていた。
「おっと、もーらい!」
「あっ……!」
不意に、人魚の一人が『イミテーション』から何かを奪い取った。貝殻のペンダント、だと思う。うっすら光っているように見えた。
「返して、それが無いと……っ」
奪い返そうと手を伸ばしたと思ったら、その身体がくの字に曲がった。大きな泡の塊が彼の口元から溢れて、水面に向かって遠ざかっていく。口を押さえて海底に蹲る彼を見て、人魚たちはまた下品に笑っていた。
周囲の緊張感が限界に張りつめたその瞬間。
「お前たち、ユウに何をしている!!」
アーシェングロット先輩が、怒鳴りながら凄い勢いで飛び込んできた。連中が狼狽えている隙に、ペンダントを持っていた一人を水中とは思えない威力で殴り飛ばす。
「ひ、ひええ……!」
人魚たちはあっという間に逃げていったが、アーシェングロット先輩がそれを追う事はしない。すぐに蹲っている『イミテーション』を抱え、奪い返した貝殻のペンダントを彼の首にかけた。数秒と経たず、『イミテーション』が口元から手を離す。
「アズール……ごめんなさい。迷惑をかけて」
「そんな事は気にしなくていい。……怪我は?」
「大丈夫」
アーシェングロット先輩はほっとした顔になった。『イミテーション』もどこか安心した様子で微笑んでいる。
「試合、見に来てくれるなら言ってくれれば席を用意したのに」
「いいの。アズールを最前列で見たいファンは沢山いるんだよ?僕が貰ったら申し訳ないよ」
「そんな事を言って……君がそんな風に優しいから、あいつらみたいなのがつけあがるんだぞ」
苦言を呈するような調子だったけど、『イミテーション』は謝って曖昧に笑うばかりだった。
「ところで、どうしてこんな所にいるの?いつもの祝勝会は?」
「……嫌な予感がしたんだよ」
そこまで言って、アーシェングロット先輩は言い掛けた言葉を飲み込んだ。離れた場所にいる僕たちからでも明らかにそう見えたけど、目の前にいる『イミテーション』は何も言わない。
「……送っていくよ」
「大丈夫だよ、ひとりでも帰れるし……」
「またさっきみたいな事になったら危ないだろう。いいよ、あいつらは僕がいなくても騒げるから」
行こう、とアーシェングロット先輩が手を差し出せば、『イミテーション』はその手を取った。二人は手を繋いで、数の違うそれぞれの足で海底を歩いていく。
一連の光景を見て、僕たちは顔を見合わせた。
「……どういう事だ?『イミテーション』は人魚では無いようだが」
「おそらくは、海の中で暮らすのに必要な魔法をあのペンダントに込めているのでしょう。アズールが彼を保護しているようです」
『かなり親密そうな雰囲気だったね。こっちには気づいてないみたいだったけど、どうする?』
全員で顔を見合わせる。互いに顔色を窺うようなやり取りだが、何となくみんな同じ意見の気がした。代表してシルバー先輩が口を開く。
「追いかけよう」