7−4:虹色の旅路


 顔を見合わせて、誰とも無く歩き出す。その間にも、沢山の人魚がアーシェングロット先輩の周りに集まっていた。
 人気スポーツの花形選手に、誰もが一声かけたくて仕方ないって感じ。
「ちょっと、あんたたち邪魔!」
「お前たちを包んでるクラゲみたいな膜が前を塞いでんだよ。幅をとりやがって!」
「キャーー!待って、アズール様~!」
 通りがかった人魚たちが暴言を吐いていく。わざと乱暴に水流を起こされて、こっちはバランスがうまく取れない。しまいにはエアドームにぶつかられて、岩に足を取られて転んでしまった。
『ユウさん、大丈夫?』
「あ、うん。平気平気」
 エアドームがクッションになってくれるから、尻餅ついても意外と痛みはない。人魚たちの視線は痛いけど。
「……ちょっと通してください!」
 そんな中、聞き覚えのある声が人波の向こうから聞こえた。やば、と思ったけど今更隠れる場所もない。
 人魚たちをかき分けて姿を見せたのは、やはりアーシェングロット先輩だ。慌てた様子だったけど、僕の顔を見て訝しげな表情に変わる。でもそれも一瞬で、すぐに心配そうな表情に変わった。
「ああ、大丈夫ですか?お怪我は」
「あ、怪我はしてないので大丈夫です。ご迷惑おかけしてすみません」
 深々と頭を下げれば、アーシェングロット先輩はほっとしたように微笑んだ。彼の周りには、夢の主である事を示す鳥を模した光が舞っている。
「大事が無くてよかったです。うちの学校の生徒が申し訳ありませんでした」
 そう言ったかと思えば、表情が一気に険しくなって周囲の人魚たちを睨んだ。
「君たち!応援しに来てくれたお客様になんて態度です!」
 叱り飛ばされた人魚たちはばつが悪そうな顔になって、結構な数が逃げるように去っていった。残っている人魚も遠巻きにこちらを見守っている。
「本当に申し訳ない。同じ学校の生徒として恥ずかしい」
「いえ、こちらも悪かったですから。人魚の皆さんからすれば、確かにお邪魔でしょうし」
「あなた方は陸の世界からいらしたのですか?」
「はい。ナイトレイブンカレッジから来ました」
 出来る限り無難に愛想良く振る舞う。メガネはかけてるから、『イミテーション』が素顔の僕なら別人に見えているはずだ。顔を見せて情報を探るべきかもしれないけど、何となく今じゃない気がする。
「ナイトレイブンカレッジ?確か、陸にある魔法士養成学校でしたよね。遠いところをはるばるようこそ、歓迎しますよ」
 アーシェングロット先輩は初対面の相手に愛想良く笑っていた。
「僕はアズール・アーシェングロット。『コーラル・ラッシュ』の学生チーム、『ゴールデン・トライデント』のキャプテンです」
「知ってます。先ほどのシュート、とても格好よかったです」
「はは、ありがとうございます」
 無難な会話を続ける僕たちの所に、ジェイド先輩がやってくる。
「アズールさん、先ほどの試合での活躍、感動いたしました。よろしければ、サインをいただけませんか?」
「もちろん!どこにサインすればいいですか?」
「では」
 ジェイド先輩はおもむろにオルトのエアドームに手を突っ込み、シュラウド先輩のタブレットを掴んで引きずりだした。
「このタブレットの後ろにお願いします」
『え、ちょ……っ!?』
 シュラウド先輩の困惑に気づく様子もなく、アーシェングロット先輩はサインペンを受け取って洒落たサインを綴った。
『アアア~ッ!拙者のタブレットの背面にデカデカとアズール氏のサインが~!』
「通話中の方も僕のファンですか?大興奮ですね!」
「ええ、そうなんですよ。ははは!」
 どう聞いても悲鳴だったと思うが、うまく誤魔化せたらしい。
「はい、どうぞ。応援ありがとうございます!」
「ありがとうございます。これからも頑張ってください!ところで……僕と彼の顔に、見覚えはありませんか?」
 タブレットを受け取ったジェイド先輩が、自身とフロイド先輩を指し示して尋ねた。アーシェングロット先輩はしばらく首を傾げていたけど、ぱっと明るい表情になる。
「あっ!もしかして、エレメンタリースクールで一緒だったリーチくんですか!?」
「ええ!思い出していただけて光栄です」
「懐かしい!同じクラスになった事、ありましたよね。本当に久しぶりだ!」
「イェーイ!」
 二人は陽キャ感溢れるハンドシェイク&ジェスチャーを決めて笑い合う。……ジェイド先輩の順応力すげぇ。
「ストリートバスケではよく見る光景ではあるが、あの二人がやっている事に激しい違和感があるな」
『流石だね、ジェイド・リーチさん。アズールさんの変化に柔軟に対応している』
 後ろの方でこそこそ話してる声に内心苦笑いしつつ、愛想良く笑ってジェイド先輩とアーシェングロット先輩を見守る。
「エレメンタリースクール時代、リーチくんたちとは関わりが薄……随分と立派になられていて、すぐ思い出せませんでした。あはは!」
 どうやらアーシェングロット先輩はリーチ先輩たちを覚えてなかったらしい。こんな強烈な個性の二人組を。……まさか、人魚の世界では別に変人でも何でもないとか言う?
 現実では考えられないとてつもなく他人行儀な台詞を聞いても、リーチ先輩たちは態度を崩さなかった。アーシェングロット先輩の情報を集めようとしているように見える。
「卒業式以来ですよね。お二人は今はどこの学校に?」
「ナイトレイブンカレッジだよ」
「えっ!?つまり……人魚であるあなた方も陸の学校に!?」
 アーシェングロット先輩はとても驚いている様子だった。……割と否定的な雰囲気がある。
 自分の本音が漏れてしまった事を察したようで、アーシェングロット先輩は取り繕うような笑顔を浮かべた。
「そ……れは、すごい。なんというか、勇気がありますね。陸にあがるなんて、僕にはとてもとても……」
 理解できない、と続きそうな雰囲気。実際そう続けてしまいそうで、言葉を探しているように見えた。
 誰も指摘しない。僕も、ジェイド先輩も、フロイド先輩も。彼の言葉を待つように黙っている。
「おーい、アズール!早く行こうぜ!」
「主役がいねーと祝勝会が始めらんねーぞ!」
 僕たちの話を遮るように、チームメイトの人魚たちが声を張り上げた。アーシェングロット先輩ははっと顔を上げ彼らを振り返る。
「いま行きます!」
 明るい声で答えてから、再び僕たちを見た。何か思いついたような顔になる。
「ああ……そうだ!皆さんとお会いしたのも何かの縁。今夜、僕たちのチームの祝勝会に遊びに来ませんか?」
「祝勝会?俺たちが参加してもいいのか?」
「チームメイトの招待があれば参加できます。ぜひ陸のお話を聞かせてください」
 さっきまでの違和感を誤魔化すように笑っていた。なんか、うまく言えないけど嫌な感じがする。
 普段の先輩の嫌味混じりの言葉を、無理矢理隠しているような印象だった。本音を隠すにしてもちょっと下手な感じ。
「会場は僕の母が経営するリストランテ『ラ・グロッタ』。とても有名ですから、もちろん場所は知っていますよね」
「パーティー!そこに行けば、ウマいメシが食えるのか!?」
「え、ええ」
 突然口を挟んできたモンスターに驚いた顔をしつつ、気を取り直して僕たちを見た。
「本来は皆さんのような学生が気軽に入れるお店ではないんですが……今日は特別です。お待ちしていますよ!では!」
 普段は見られない爽やかな笑顔を残して、アーシェングロット先輩は去っていった。仲間の人魚たちとじゃれ合いながら、その姿が水の青の向こうに遠のいていく。
「爽やかな笑顔がなんて素敵なの、アズール選手!憧れちゃう」
「コーラル・ラッシュ部の部長でありながら、成績だって学年首席。文武両道って彼のためにある言葉よね」
「いいなあ、俺もパーティーにお呼ばれしてみたい!」
「もし『ゴールデン・トライデント』とお近づきになれたら、それだけで学校で一目置かれる存在になれるもんね」
 そんな人魚たちの言葉が聞こえた。
 だけど、そんな利益があっても、人魚たちが僕たちに直接声をかけようとはしない。ちらりと誰かが視線を向ければ、まるでこちらの事など気にしていないかのような顔をして離れていく。
 人がまばらになった運動場で僕たちは顔を見合わせていた。足元ではグリムがご機嫌に跳ねている。
「やったー!メシが食い放題のパーティーにお呼ばれしたんだゾ!」
「食べ放題とは限らないけどね……」
「早く行こう。はやくはやく~!」
「こら、ちょっと待て。まずは状況整理をしよう」
 バイパー先輩が諫めれば、不承不承グリムはおとなしくなった。
「夢の領域はどれほどの広さだ?」
『んー、寮長クラス相応に広いよ。少なくとも今すぐ移動しなきゃヤバい!って位置にはいない。スポーン地点ならヒトいないし、話すならそっちのが良いかも』
「では移動しよう」
『了解、誘導するね』
 オルトの誘導に従って歩き出す。海の中の景色は非常に見応えがあるものの、今はそれどころじゃない。

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