7−4:虹色の旅路
「そーいえばさぁ、さっき小エビちゃんも着替えてたじゃん。あれもホタルイカ先輩にやってもらったの?」
「あ、はい。僕はスマホから使えるようにしてもらってます」
「へー、どういう感じ?」
僕がスマホを操作して見せようとする前に、フロイド先輩が後ろから覗きこんでくる。
「えー、すげーいっぱい種類あるじゃん!ホタルイカ先輩、贔屓しすぎじゃね?」
『そっ、それはハシバ氏の個人的な都合上、変装が必要な場面もあると思って……!』
「おや、水着もありますね」
「あ、ホントだ」
言うが早いか、フロイド先輩の指が水着の項目をタップした。いきなり全身が涼しくなる。
自分の身体を見下ろせば、赤いアロハシャツと白いスカート、植物っぽい素材のサンダルが見えた。スカートはワンピースみたい。胸元に大きめのフリルが重なっていて、シャツは胸の下ぐらいで裾を結んである。
スカートの下に短パンっぽい水着を履いてる馴染みのある感触も確かに在る。だから水に入っても問題は無いんだろうけど、水着かこれ?
「水着というより、リゾートウェアという感じですね」
「ふーん。可愛くていーじゃん」
僕の頭の上で、先輩たちがニヤリと笑う。
「ドリームフォーム・チェンジ!」
声を揃えて変身したかと思えば、エアドームを抜けて海へ飛び出した。
と、思った次の瞬間に両手が引っ張られて僕も海の中に飛び込まされる。
「ぶぇぼぼぼぼ!?」
困惑していると、すぐに顔の周りだけ水分が無くなった。また頭だけ魔法で空気の玉で包まれている。人魚姿の先輩たちは上機嫌の笑顔で僕の両手を掴んだまま、さっきよりは緩い速度で泳ぎ始めた。
「あ、あの、夢の主と離れるとみんなが危ないんで!戻りません!?」
「えー、もう戻っちゃうの?いいじゃん、もうちょっとだけ」
「何かあったらすぐに戻れる距離を保っておきますから、心配いりませんよ」
「……それはそのぅ、僕の両腕は無事で済む速度ですかね?」
「ふふふふ」
笑って誤魔化された。なるほど覚悟しておこう。
暗い海の底だけど、先輩たちの肌も所々光って幻想的だし、発光器を持つ生き物が結構いるのか、遠目にぽつぽつ光が見えている。全く何も無い暗闇じゃない。
きっとこんな光景を見る機会は、元の世界では一生来ないだろう。
「……それにしても、どうして僕を引きずり出したんですか?」
何となく二人が泳ぎを止めた所で話を切り出した。二人は顔を見合わせ、どちらともなく僕を見る。
「いえ、あまり深い意味は無いのですが……」
「え」
「水着姿のユウさんと泳いで遊んだ、と話したらアズールはどんな顔をするだろう、と思いまして」
「そ、そんな理由なんですか!?」
「んー、まーそれも楽しみではあるけど……小エビちゃん、人魚のオレらと一緒でも結構平気そうだね?」
「へ?……まぁ、お二人の姿は見慣れたので」
敵対していれば恐怖の対象だけど、今となってはその感覚も遠い。
それにアーシェングロット先輩が僕に好意的な限り、彼らが僕に酷い事をしないというのは何となく肌で感じられる。明確な根拠は無いし、本人たちにアーシェングロット先輩を気遣ってる自覚は無いだろうけど。
僕の答えに先輩たちはただ微笑んでいる。悪巧みをしてそうとか、そういう感じは無い。
「ではアズールの事はどうでしょう?」
「アーシェングロット先輩?」
「さっき見た人魚姿のアズールを、貴方は怖いと思いましたか?」
どうしてこんな事を訊いてくるのか、と質問を遮る事は出来る。
でも多分、先輩たちもただの興味で訊いてるワケじゃない、と思う。
「……正直な事を言うと、分からないです」
「わからない、ですか」
「お二人どっちの夢でも結構距離がありましたし……ただ、その」
「はい」
「姿を見るだけなら怖くはなかった、と、思います」
むしろ綺麗だと思ったくらいだった。
肌の色が人間と違っても、むしろそれが妖艶とすら感じる。海の底で出会ったら思わず目を奪われて、一生忘れられなくなりそうなヒトだと思った。
「本人を前にしてどうなるかまでは、自信はありませんけど」
「やっぱり、ギューッてされたらダメかもって感じ?」
「……そうですね。ダメかもしれないです」
「そっかぁ」
空気の玉の表面をフロイド先輩の手が滑っていく。多分、頭を撫でているつもりなのだろう。
二人なりに気を使って、疑問を解消しに来たってところだろうか。唐突だけど、まぁ他のみんなとか、アーシェングロット先輩本人のいる所でする話でもないもんな。
「でも、本物のアーシェングロット先輩はきっと、僕の嫌がる事なんてしないでしょうから」
「そこは信じちゃうんだ?」
「そんな事しても、先輩にとっては何の利益にもならないでしょう?」
「それはそうですね。間違いない」
先輩たちは微笑み、再び僕の両手をそれぞれ握る。
人間の肌の感触ではない。体温も無い。でもこの場所では心強い。
「そろそろジャミルさんが怒り出しそうですし、戻りましょうか」
「そうだね~」
どこか名残惜しそうに泳ぎ始める。時々外に目を向けて、何か見つけると指を差して教えてくれた。ちょっと楽しい。
程なく、みんなのいるエアドームが見えてきた。オルトが僕たちに手を振ってくれる。
「ただいま~」
「おかえり、と出迎えるとでも思ったか!」
セベクは元気だなぁ。
エアドームの中で全身びしょ濡れの水着からいつもの制服姿に着替えれば、いつの間にか寮服に着替えた先輩たちも両隣に立っていた。
「ユウさんとの海中デート、非常に有意義な時間を過ごせました」
「デッ……今は遊んでる場合じゃないというのに!」
「ワニちゃんピリピリしすぎ~。いーじゃん、ちょっとぐらい」
「なんかうまそーな魚でもいたのか?」
「僕には見えなかったなぁ。景色は暗いけど綺麗だったよ」
「ふーん」
「君は暢気だな。こっちはいきなりさらわれた君を心配してそれどころじゃなかったっていうのに」
『まぁ霊素反応を感知できる範囲内だったから、そこまでじゃないけど。ジャミルさんも「どうせすぐに飽きて戻ってくるだろうから追いかける必要は無いだろう」って言ってたし』
さらっとオルトに告げ口されてバイパー先輩が固まる。
「信頼されてて嬉しいですね」
「ええ、とても」
「そうだねぇ」
「……心配はしたが、人心掌握に長けた君なら人魚を制してすぐに戻ってくると信じてもいたよ」
バイパー先輩は訝しげな視線を涼しい顔で流し、あからさまな咳払いをする。
「さて、オルト。ダミーデータをジェイドに確認させる必要があるんだろ?」
『おっと、そうだった!』
「ダミーデータ……僕がアズールの夢にいる間、代わりを担うNPCの事ですね」
『そうそう。ホログラムを出力するね』
言うが早いか、海の中に人魚姿のジェイド先輩が現れる。
「ほう……これはこれは。自分の姿を客観的に眺めるというのは不思議な気分です」
特に外見が似てないとか、そういう違和感は無いみたい。
……まぁフロイド先輩をあの顔で認識してた人に、外見の一致を確認してもらっても意味無いかもだけど。
ダミーのジェイド先輩は静かに目を開くと、こちらに興味を示す事無くどこかに泳いでいってしまった。こういう姿を見ると、フロイド先輩の言っていた『人の話を聞かない』という話も納得してしまう。
「……さ、この夢での冒険は彼に任せ、僕たちはアズールの夢に移動する事といたしましょう」
『あ、そ、その前に……ボスエリアの情報共有をさせて』
「ボスエリア?」
ジェイド先輩とフロイド先輩が首を傾げる。
『アズール氏の夢の世界には、ハシバ氏の偽物がいる可能性が高い。彼は現実のハシバ氏の身体を乗っ取るために、本物のハシバ氏の命を狙ってる』
先輩たちの視線を感じる。真面目な顔で頷くと、二人は黙ってシュラウド先輩のタブレットに視線を戻した。
『これまでの遭遇例では、夢の主と親しい関係を築いた状態でハシバ氏を待ちかまえていた。今回も恐らく、アズール氏の傍にいると思う』
「偽物……見分ける方法は無いのですか?」
『これまでの例では二人が並べば違和感に気づけても、一人の状態では区別が付かない程度の違いしかなかった。向こうが本物のユウさんを装おうとした事もあるよ』
「もっとも、性格は大きく異なっている場合もある。こればかりは会ってみないと分からない所だな」
「ふむ……なるほど。幸せな夢、という背景を考えると、アズールにとって都合の良い設定のユウさんの偽物がいる、という事ですね」
『そういう事』
「じゃあ、その小エビちゃんはタコが苦手じゃないんじゃね?」
「きっとアズールの右腕として、人の心を惑わし誑かしながら、彼の商売を大きく育てる力になっている事でしょう」
「フロイド先輩はともかく、ジェイド先輩は僕を何だと思ってるんですか?」
「魔法の使えない異世界からの来訪者。愛らしい顔立ちと素朴で素直な振る舞いで巧みに人の心を掴み、礼儀は弁えつつも恐縮しすぎず癖のある寮長たちを虜にし、ゴーストたちや先生方まで骨抜きにしている『オンボロ寮のゴーストプリンセス』だと思っています」
「丁寧なご説明ありがとうございますいつの間にか二つ名になってる!!!!」
「入学式直後からのゴーストたちの溺愛ぶりが印象に残っているんだろう」
「今もあんまり変わってねーけどな」
ああ、ゴーストたちとも随分会っていない気がするなぁ。現実逃避も相俟って寂しくなってきた。
「ですが、そういう事でしたらアズールはきっとすぐ貴方が本物だと気づくでしょう」
「そう上手くいくものかね」
「真実の愛とはそういうものでしょう?偽物を掴まされるなんて、アズールには耐え難い屈辱でしょうしね」
バイパー先輩は疑いの視線を向けてるけど、ジェイド先輩は涼しい顔だ。アーシェングロット先輩を信じてる、と思っておこう。
「とにかく、小エビちゃんの偽物を見つけたら締めておけばいーのね?」
『そう言いたいところだけど、彼らの力や構造には不明点が多いんだ。不用意に攻撃しないで、可能なら情報を引き出してほしい』
「え~。そういうのめんどくせぇ」
「基本的に対応は僕の担当ですから。最終的には倒さないといけませんし、その時にそういう気分だったら、ご協力をお願いします」
「んー……わかった」
意外と素直に承諾してくれてほっとした。魔力とかの事は伏せてるけど、何とか必要な事は伝えられたかな。
その辺の話をすると、魔法少女やってた事まで説明しなきゃいけなくなるし。
『よし、伝える事も伝えたし、アズールさんの夢に移動しよう!』
「ではみんな、俺にしっかり掴まってくれ」
恒例のバランス調整タイム。
高身長の人が多いから、いつにも増して圧迫感がある。吹っ飛ばされる心配はしなくて良さそうだけど、シルバー先輩にこんなに抱きついてて大丈夫なのかな。
「ううっ、セベクとウツボ二人がデッケェからおしくらまんじゅうみてぇにミチミチなんだゾ~」
「アザラシちゃんこそ小さいわりに幅があるじゃん。オレがギュッてして、コンパクトにしてあげよっか?」
グリムがびくっと跳ねる。僕にますます強く抱きついてきた。
「ふなぁっ!そ、ソレはやめるんだゾ!早く出発してくれ、シルバー!」
「わかった。……いくぞ!」
シルバー先輩が凛々しく言い放ち、詠唱を始める。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
視界が虹色の光に包まれる。まとわりつくような湿気が遠ざかっていった。
……アーシェングロット先輩の理想の僕、かぁ。
全く想像がつかない。好かれている自覚はあるんだけど、『こんな状態だったらアーシェングロット先輩にとって都合が良い』っていうのが全く思い浮かばない。
それこそジェイド先輩が言ってたような感じかもしれないけど、それはなんかアーシェングロット先輩が好きになってくれた僕と違う気がするし。
…………まぁ悩んでても仕方ないか!
果てのない朝焼けの空からの落下を経て、また新しい世界に入っていく。この先はアーシェングロット先輩の見ている夢の中だ。