7−4:虹色の旅路


「ぼ、僕は……一体何を?どうして喧嘩をしていたんですっけ?」
「ジェイド!大丈夫ですか!?」
 困惑した様子のジェイド先輩に、偽者のアーシェングロット先輩が飛びつく。ついでにフロイド先輩を体当たりで吹っ飛ばした。……戦闘のダメージがあるとはいえ、そして水の中という特殊な環境とはいえ、でっかいウツボの人魚を体当たりで吹っ飛ばせるもんなの?
 僕の困惑を余所に、偽者たちはジェイド先輩の前で彼の無事を喜んで見せた。
「ああ、生きていてくれてよかった。僕はかわいい部下を失ってしまったかと!」
「……かわいい、部下?」
「ジェイドがいなくなったら、オレ泣いちゃうよぉ。もうどこにもいかないでね」
「……どこにもいかないで?」
 偽者たちはさっきと何も変わらないと思うが、ジェイド先輩はその発言に対しきょとんとしている。
 長い長い沈黙が流れ、偽者たちもジェイド先輩の様子に首を傾げた。
「おかしいですね。僕の知ってるアズールとフロイドは、絶対にそんな事を言いません」
 そしてこれである。
 敵味方を問わず困惑しているのに、当の本人は涼しい顔だ。
「ジェイド、まさかセベクの強烈な雷撃のショックで覚醒を!?」
「覚醒……とは?そもそも、なぜ僕はこんなところに?」
 どこまでも平然としていたように見えたが、疑問を口にした瞬間にその表情が歪んだ。頭を抱えてのたうち回り、痛みに悲鳴を上げる。
 一際大きな声を上げたかと思うと、唐突に静かになった。
「……僕、どうしてこんなに大切な事を忘れていたんでしょう」
 その言葉は後悔の響きを含んでいた。でも多分『申し訳ない』とは思ってない。
「フロイドはあんなに素直ではありませんし、もっと横暴です」
 顔には言及しないんだ。そっか。
「アズールは極力自らを危険にさらさず、他人を使い走りにするはず」
 リアクション芸人みたいになってた事は違和感ないのかな。
「何より二人があんな上機嫌で僕の登山に付き合ってくれるはずがない。僕はどうかしていました」
 さっきまでの仲良しぶりを忘れたような辛辣な物言いだ。
 ……ああ、でも。
 この姿は、ジェイド先輩の『山を愛する会』の活動に対する二人の反応の、鏡写しなのかもしれない。
 二人が辛辣にあしらうからこそ、上機嫌で付き合ってくれるNPCを信じてしまった。
 現実逃避と言えばそれまでなんだけど、のめり込んでしまう心情も理解できないものではない。
 …………まぁ、お互い様なんだろうけど。この人たちに関しては。
「ジェイド!あんな偽物の言う事を信じるんですか!?」
「ひどいよ!オレが本物だって言ったの、ジェイドじゃん!」
「どうか思い直してください……!」
「僕に触れないでいただけますか?気持ち悪い」
 ジェイド先輩は冷徹に言い放ち、すり寄ってくる偽者たちを尾で払った。一撃で『闇』が崩れ落ちる。
「ど……どう、して……?」
「ジェイ……ドォ……」
 未練がましい声を残して、『闇』が水に溶けて消えていった。
「よ、容赦ねぇんだゾ……」
「あんなにベタベタしていたというのに、偽物だと確信した瞬間にバッサリか」
『こ、こわ……』
 怯えている僕たちとは対照的に、フロイド先輩は笑顔で片割れに近づく。
「ジェ~イド。よーやく目が醒めた?」
「はい。おかげさまで」
 二人は顔を見合わせ、和やかに笑い合う。感動的な兄弟の再会……と言うには不穏なものを感じる。
「それじゃあさ~……」
 一頻り笑った所で、フロイド先輩がおもむろに話し始めたと思えば、次の瞬間。
「ハァッ!」
「オラァッ!」
 お互いの顔面を一発ぶん殴った。痛そう。
「まだ目が醒めてねーのか!?」
「いや、それはないでしょ……多分」
「フロイド、よくも本気でやってくれましたね。全身がバラバラにされるかと思いましたよ。というか、何箇所か手遅れな気が……」
 兄弟は外野を無視してお互いに睨み合っている。
「愛すべき兄弟相手に、手心というものはないんですか?ひどいです……しくしく」
「嘘泣きうっぜぇ~~~~~~~。『愛すべき兄弟』と偽物の見分けがつかなかったヤツがそれ言う資格、小骨一本分もねぇから」
 ジェイド先輩の同情を引くような言葉に対し、フロイド先輩は冷たく返した。それはそう。本当にそう。
「ジェイドこそ完全に本気だっただろ。あ~くそ、マジ痛ってぇ。ひれというひれがちぎれるかと思った!」
 とはいえ、今の一発でお互いへの禊は終わったって感じなんだろう。フロイド先輩も不満げではあるけど、追撃の意思は無さそう。
 ジェイド先輩はすっかりいつもの雰囲気で僕たちを振り返った。
「ああ、皆さん……兄弟喧嘩なんてお恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」
『兄弟喧嘩なんて生易しいものじゃなく、怪獣ブラザーズの大乱闘って感じでしたが……?』
「と、とにかく、ジェイドが覚醒し、二人が仲直りしてくれて良かった」
「あれは仲直りした……のか?」
 困惑している僕たちに、ジェイド先輩は微笑みかける。
「はい。もう仲良しです。ご心配をおかけいたしました」
「まだ気は済んでねぇけど、夢ん中でこれ以上やっても不毛だからもういーや」
 フロイド先輩の言葉を耳敏く拾い、ジェイド先輩は首を傾げた。
「夢の中……?フロイド、それはどういう意味です?」
『その説明は僕からさせてもらえるかな?まずはこの動画を見てもらいたいんだけど……』
 シュラウド先輩のタブレットがジェイド先輩の前に浮かび、例の動画を再生する。ジェイド先輩は動画の最初から最後まで、食い入るように見つめていた。
「なるほど……実に興味深いお話でした」
 終わって数秒の間を置き、ひとり頷いている。
「先ほどのアズールたちは、僕を夢に引き留めるための存在だったのですね」
 少々物憂げな表情を浮かべたのも束の間。
「いつもは僕の趣味に全く興味を持たない二人が、数々の山を共に踏破してくれた……正直、悪くはない夢でした」
 最後は満面の笑みでこう語った。一同から疲れたため息が漏れる。
「世界中を旅行してから世界に飽きてしまったフロイドといい、陸の山を全て制覇して海底火山にまで挑んでいた君といい……凄まじい行動力だな」
『夢の中と現実では時間の流れが違うとはいえ、思いっきり夢の世界を満喫しているよね』
『爆速でゲームを遊び尽くしてエンドコンテンツに辿り着く猛者感がありますが……』
「そうですねぇ。確かに、悪くない夢だったとは言いましたが……予定調和なハッピーエンドしか迎えられない世界では、興味が尽きるのも時間の問題だったかもしれません」
「予定調和なハッピーエンドに興味はないってのは、オレも同じかな~」
「順風満帆、あと少しで最高なハッピーエンドを迎えるというところで……急に足元をすくわれて、真っ逆様に奈落まで滑落する。そういう予測不可能な出来事があるからこそ、人生は楽しいんですよね」
 段々と空気が不穏になっていく。フロイド先輩もなんかニヤニヤしてるし、いつもの空気に戻ってきた感じ。
「まさかメンダコちゃんの送別会行って、こんな大事件に巻き込まれるなんて思わなかったぁ」
「ええ、予想外にも程があります。かなり面白い事になりましたね、フロイド」
「あはっ、本当に。ワクワクするねぇ、ジェイド」
 二人は意味深に笑い合う。さっきまで殺し合いみたいな喧嘩をしていたとは思えない光景だ。
 まぁ……二人らしい、と言えばそうなのかもだけど。
「おい、貴様ら!へらへらと笑っている暇はないぞ」
 そんな雰囲気はものともせず、セベクが声を張り上げる。
「こうしている間にも、現実では刻一刻とマレウス様の魔法領域の範囲が広がり続けている。早く次の仲間を見つけにいかなくては!」
「ええ。一刻も早くマレウスさんを説得し、現実に戻るといたしましょう」
 セベクの熱さには特に言及せず、ジェイド先輩は同意を示した。
「微力ながら、僕もお手伝いいたします」
「ありがとう、ジェイド。恩に着る!」
『それじゃあ、ジェイドさんにはこれを』
 お礼を言うシルバー先輩の横から、オルトが『招待状』を差し出す。
「これは……招待状ですね。動画に登場したものでしょうか?」
「そー。それがウミウシ先輩とバトるためのチケットなんだって」
『マレウスさんと戦う準備が整ったら、このリンクコードを使ってみんなを召喚する予定なんだ。しっかり持っておいてね』
「確かに拝受いたしました。お呼び出しの時を心待ちにしております」
 招待状をしっかりと受け取り、ジェイド先輩は柔らかく微笑む。
「さて……先ほど、セベクくんが『次の仲間を見つけに行く』と仰っていましたが、次の目的地はもうお決まりですか?」
『次はアズールさんの夢へ向かうつもりだよ』
「アズールね……」
 バイパー先輩がちょっと嫌そうな声を出す。
「いけ好かない相手ではあるが、奴は腐ってもオクタヴィネルの寮長だ。仲間になれば、大きな戦力となるのは間違いない」
 同じクラスだって話だけど、バイパー先輩は毛嫌いしてるんだよな。まぁ、自分の悪巧みを潰された恨みとかもあるのかもしれないけど。
 頭が良くて抜け目なくて、共通点は多そうな二人なんだけど、だからこそ目に付く、って事かなぁ。
「アズールの夢ですか。では、陸用の姿になっておいた方がいいかもしれませんね」
 オルトの言葉を受けて、ジェイド先輩が真面目に頷く。
「事業が大成功し、若くして長者番付に名を連ね、マドルでいっぱいのバスタブに浸かりながら勝利のモクテルを堪能する。きっとそんな夢を見ているに違いありません」
「アハハ!ありそぉ~」
 後半はともかく、前半はそれっぽいかな……。
 ……でもアーシェングロット先輩のあのキャラで札束風呂を夢見てたら、それはなんか可愛いな。
 不意にジェイド先輩が物憂げな表情になる。
「……しかし魔法薬がありませんし、どうやって変身しましょうか……」
「あ、それはねぇ、ホタルイカ先輩がおもしれー呪文を教えてくれるよ」
「呪文……ですか?」
 フロイド先輩の時のように、オルトとシュラウド先輩がジェイド先輩と顔を付き合わせてあーでもないこーでもないと数分間。フロイド先輩は隣で楽しそうに見守っていた。
「ドリームフォーム・チェンジ!!」
 もはやお決まりとなった呪文を唱えれば、ジェイド先輩の姿が寮服に変わる。学校で見るいつもの姿だ。
「これは……素晴らしい術式ですね、イデアさん」
『フ、フロイド氏に引き続き、呪文を叫ぶ時に戸惑いも照れもなくて逆にこっちがびっくりしますわ……』
 感心した様子のジェイド先輩に対し、シュラウド先輩はタブレットの向こうでドン引きしているらしい。
『アズール氏を筆頭に、オクタヴィネル寮生はこういう悪ノリは渋りそうな印象あったんだけど……』
 確かに、陸の文化に馴染んでる人間だったら嫌がるかも。どうしても特撮とか子どもっぽいって連想しちゃいそうだし。
「き、貴様!もっともらしい事を言っておきながら、やはり悪ノリではないか!」
『ヒヒッ!悔しいならさっさと自力で装備変更くらいできるようになりなよ』
 怒り出すセベクに対し、シュラウド先輩は意地の悪い笑い声を出す。ホント優位に立つと容赦ないなぁ。
『弱者に文句を垂れる資格はない。それがナイトレイブンカレッジ流ですからなぁ!デュフフッ!』
 セベクは悔しそうだけど、装備変更システムに頼らないといけないのは事実だからそれ以上何も言えない。ちょっと可哀想かも。
「確かに、アズールはこの呪文を唱えるのを嫌がるかもしれません」
「アズールってぇ、自分の事を落ち着きがあってクール系の二枚目タイプだと思ってるもんね」
「ププッ……彼がこの呪文を唱える姿を見るのが非常に楽しみです」
 唱えてくれるかなぁ。断固拒否されそう。

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