7−4:虹色の旅路


「ああぁ~~~~~~~~ッ!もう我慢できね~~~~!!!!」
 そしてフロイド先輩の我慢がついに限界を迎えた。
 止める間も無く飛び出して、三人の方に突っ込んでいく。太くて長い尾の急襲に、三人は戸惑い悲鳴を上げた。
「まずい、フロイドが耐えきれずに飛び出してしまった!」
「僕らも加勢するか!?」
「いや、待て。偽物とはいえ、相手はあのオクタヴィネルの三人悪」
 言わんとする事は解るけど酷い。
「しかもここは水中だ。ヘタを打てばあっという間にあの腕と尾ひれに締め上げられる事になる」
 機を待とう、とバイパー先輩は冷静に言う。みんなもそれに異論は無さそうだ。僕も注意深く彼らを観察する事にする。
 フロイド先輩は殺気立った様子でジェイド先輩を睨んでいた。
「オイ……ジェイドォ……てめぇ、キメェ夢みてんじゃねぇよ!鱗が全部逆立ったわ!」
「なっ!?フ、フロイドが二人!?」
「鏡写しのようにそっくりです!」
 あ、アレとフロイド先輩は同じ顔なんだ……ジェイド先輩的に……。
 そんなコメントもフロイド先輩の怒りの燃料になったようで、ますます苛立たしげに声を張り上げた。
「どこが鏡写しだよ。ぜんっぜん似てねぇじゃん!」
「なにコイツ?ギュ~ッてして食べていい?アハッ!」
 ブチギレてるフロイド先輩をものともせず、偽者の方はアホっぽいコメントをする。
 な、なんだろう。確かに普段のフロイド先輩も物騒な事を独特な口調で言ってるんだけど、ここまで緊張感が無い感じではないんだよなぁ。
 僕たちが怯えるフロイド先輩のテンションの落差も、ジェイド先輩には常にこう見えてるって事なのかな。……それとも顔面補正?
「もともと他人に興味ねぇヤツだとは思ってたけど、うろ覚えにもほどがあるだろ」
 フロイド先輩が吐き捨てるように言う。何となく、ジェイド先輩の作り出したフロイド先輩の別人ぶりに傷ついてる感じがした。
 周りからいつも一緒にいるって言われるぐらいなのに、卵から孵った時から一緒にいるのに、理想の姿は全くの別人なんて傷つくなっていう方が無理かもしれない。
 ……僕も怜ちゃんにゆるキャラみたいな顔だと認識されてたら、絶縁を考えるかもしれないしなぁ。
「流石にオレは岩に挟まったエビを踊り食いしながら喜ばねぇよ!」
「フロイドは……エビを踊り食いしない……?」
 世界が歪む。夢の主が世界に違和感を覚えた瞬間によく起きる現象だ。それはいい。
 エビを踊り食いしないって指摘された事で歪む世界ってなんだよ。
「ジェイド、騙されてはいけません!」
 そしてすかさず偽者が邪魔に入る。
「よく見なさい。フロイドはあんな人相の悪いチンピラではなく、もっと無邪気で可愛げがあるはず」
 …………さっき鏡写しって言ってたのに手のひら返しすぎじゃない?
「ご覧なさい、この愛嬌のある笑顔を」
「ねーねー、ジェイドぉ。オレ、もう飽きちゃった~。あんなヤツほっといて、別のところにカニ食いにいかね?アハッ!」
 デフォルメしまくりのアホ面を愛嬌ある笑顔と表現する是非は置いておくとして、アーシェングロット先輩の言葉にジェイド先輩は同意を示す。
「そう……ですよね。フロイドは昔から愛嬌があるタイプで、親戚からも可愛がられていました。このフロイドが本物で間違いないはずです」
「まったく、二人きりの兄弟を見間違えるなんて、疲れでも溜まっているんですか?」
 その反応に偽者のアーシェングロット先輩は安堵した様子だった。
「金鉱脈探しには、山の知識が豊富なお前が必要不可欠。しっかりしてください」
 普段のアーシェングロット先輩が思ってても言いそうにない言葉を平気で口にする。その時点で彼らと付き合いの短い僕らでさえ違和感を覚えるのに、夢に浸っているジェイド先輩が気づく事は無い。
「……そうですよね」
 微笑みながら、どこかうっとりとした顔で呟く。
「アズールもフロイドも、本当に僕がいないとダメなんですから……」
 どこからか液体の泡立つような音が聞こえてきた。マリンスノーと泡の漂う海の中で、ブラックスモーカーとは明らかに雰囲気の違う黒い液体がそこかしこから滲んで水の色を変えていく。
「さあ、そんな奴は放っておいて先に進みましょう、ジェイド」
「早く行こうよぉ、ジェイド~」
「ええ……そう、ですね……」
 NPCは不自然なほどジェイド先輩を急かす。ジェイド先輩がその意図に気づく様子は無い。
「あ~そうかよ」
 それを見たフロイド先輩が更に怒りを露わにする。
「ならいつまでも『本物』の兄弟と夢の中で仲良くしてろ。そんな兄弟、こっちから願い下げだわ」
 ジェイド先輩を本気で見限ったワケではないと思う。意地を張られて拗ねてしまっているような、そんな印象を受けた。
「お前ら全員纏めて、火山に叩き込んでやるよ!」
 …………いや、やっぱり違うかもしれない。キレ方がガチすぎる。
 勢力としては三対一だけど、偽者の二人はどちらも戦闘能力があまり高くないらしい。これもジェイド先輩の理想の影響だろうか。
 フロイド先輩の暴れ狂う勢いで砂が舞い視界も悪い。合間から聞こえてくる悲鳴や地面から伝わってくる衝撃からして、全く手加減なんかしてなさそう。
「まずい、あのままじゃ『闇』もろともジェイドを沈めかねない」
「俺たちもいくぞ!」
 でも、海の中で暴れる人魚なんて止められるのかなぁ。ましてフロイド先輩はくそ強いウツボなわけだし。
「え~ん!痛いよ~!助けて、ジェイドぉ~!」
「ひぃいっ!僕を助けなさい、ジェイド!」
 普段の二人からは絶対に聞こえてこない種類の声を受けて、ジェイド先輩は真剣な表情でフロイド先輩を睨む。 
「よくも二人を!偽物め……もう許さない!」
「だからぁッ、オレの方が本物だっつってんの!」
 ヒーローみたいな台詞を吐いて向かってくるジェイド先輩を、フロイド先輩が迎撃する。拮抗した力が逃げ場を求めて水流を作り、周りのものをめちゃくちゃにかき回した。水流でエアドームがぶっ飛ばされそうで、近づくどころか動けもしない。
「つーか、お前普段なら絶対そんな事言わないだろーが!なに空気に呑まれてんだよ!」
 フロイド先輩はしっかりツッコミも入れているが、ジェイド先輩は聞いちゃいない。何度か打ち合って、二人は一旦距離を置いた。
「おいホタルイカ先輩、ショック与えりゃ夢から醒めるんじゃねーの!?ジェイドのヤツ、ぜんっぜん目を醒まさないんだけど!?」
『こ、これは……もしかすると新しいパターンかもしれない』
「どういう事なんだゾ?」
『ジェイド氏はNPCの作り込みも甘いし、イマジネーションが強いとは言えない」
 少なくとも見た目に関しては、見た瞬間に偽者だと解るクォリティだ。本人に失礼なレベル。
 ……いやまぁ、一年生のエペルの夢に外見はいつも通りのシェーンハイト先輩たちがいた事を考えると、彼が『敢えて』あの外見をイメージしてる可能性は否定できないけど。
「でも……おそらく彼は、とんでもなく「自分を信じる力」が強いんだと思う』
 イデア先輩の否定的な言い方が気になったのか、セベクが首を傾げる。
「自分を信じる?それはいい事じゃないのか?」
『どうかな……他人が何を言おうがこうと決めたら自分の意見を曲げないのも「自分を信じる力」と言える』
 客観的な評価を一切無視して自分の評価を絶対とする。自分の信じた事を微塵も疑わない。
「良く言えば強メンタル、悪く言えばクソド厚かましい、みたいな……」
「申し訳なさそうな顔しながら結構な悪口を言うな、君は」
「でも小エビちゃんの言う通りだわ」
 フロイド先輩が疲れた顔で僕のコメントを肯定する。
「ジェイドは昔っっっから他人の言う事なんか聞きゃしねえもん。クソド厚かましいってピッタリ」
「現実のジェイドは、フロイドに比べて他人の意見を聞き入れるタイプに見えたが……」
「ウミヘビくんどこに目ぇつけてんの?」
 おそらく多くの他寮生が持っているであろう印象をバイパー先輩が語るが、フロイド先輩はバッサリと切って捨てた。
「そんなんだから親父もママもちょー手を焼いてた。優等生の擬態だけは上手いから、マジで厄介」
 つまり、僕たちはその『優等生の擬態』に誤魔化されてきた側、という事らしい。少なくともフロイド先輩は振り回されてきたという意識でいるのだろう。
 …………お互い様なんじゃない?とは言えないな、この空気。
「ふなぁ~!じゃあどうやってアイツを起こせばいいんだゾ?」
 現実との齟齬を指摘した所で、本人の『信じる力』が強すぎて歯が立たない。
 強い衝撃を与えようにも、強靱な肉体のウツボの人魚相手に、水の中で攻撃する手段は多くない。ほぼ同じスペックであろうフロイド先輩と殴り合っても目を醒まさないのだ。あれ以上の攻撃で、しかし死なない程度に、というのはかなり難しい気がする。向こうも黙って殴られてはくれないだろうし。
 悩んでいる僕たちを見て、フロイド先輩はニヤリと笑った。
「……ならさぁ。いっそ、ず~っと寝かせとかない?」
 咄嗟に内容を理解できない僕たちが固まっている間に、フロイド先輩はふらりと前に出る。
「そんなに夢の世界がいいなら……オレが優しく寝かしつけてあげる」
 言葉は甘くて優しいが、不穏な殺気は隠そうともしていない。
「もう二度と起きてこねぇように、ギッタギタにして魚の餌にしてやるよ、ジェイドぉ!」
 キレた笑い声に偽者たちが怯えれば、ジェイド先輩もフロイド先輩の正面に出てくる。
「二人とも下がって!ここは僕が!」
 そうして向かい合うや否や、両者ともに普段の話し声とは全く違う声を上げてお互いに掴みかかった。動物の咆哮と呼ぶには馴染みのない音の二重奏が、水を伝って辺りに響く。再び巻き起こる乱れた水流と共に、周囲の僕たちに恐怖を与えるには充分すぎた。
「ひいいっ!海水が渦巻いてるんだゾ!」
「グリム!」
「邪魔だ、どけ!」
 水流に巻き込まれて浮かびかけたグリムが、どちらか判らない尾の一撃で吹っ飛ばされた。運良く僕のエアドームに突っ込んできてくれたので、すぐさま受け止める。尾に当たった瞬間も今も、エアドームがうまいことクッションになってくれたみたい。見て分かる怪我は無い。
「大丈夫?痛い所ない?」
「な、ないけど……アイツらメチャクチャなんだゾ~……」
 半ベソ状態のグリムを撫でれば、ぎゅっと抱きついてきた。よっぽど怖かったらしい。
 その間も人魚の大喧嘩は全く止まる気配が無かった。フロイド先輩もジェイド先輩も完全に周囲の存在を忘れて暴れ回っている。
「魚の餌になるのはそちらです!」
「いってぇ、クソが!」
「ぐはっ!この……っ!」
 尾が海底に当たる度に地面が揺れる。更に唐突な熱波が肌を掠めた。
「ぶわっ!熱ッ!?」
「気をつけろ!噴出孔が破壊され、熱水があちこちから噴き出しているようだ!」
 エアドームは有害物質は遮ってくれるけど、熱水の温度までは完全に遮断できないらしい。砂が舞い上がって視界も悪い。
 もし彼らの攻撃の流れ弾でも食らおうものなら、エアドームは耐えきれない。尾に叩き潰されたら、間違いなく一巻の終わり。
「みんな、はぐれないように固まって岩陰に身を隠すんだ!ユウ、グリム、俺の後ろに!」
 急いで合流して、運良く近くにあった大きい岩の影に入り込んだ。尾の一撃でも砕ける事は無さそう。……安心は出来ないけど。
『もうっ!なんでオリジナル同士が大喧嘩してるの!?NPCもドン引きして岩の影に隠れてるよ!』
 オルトは位置情報でNPCの位置を把握しているらしい。視界が悪くてこっちには全く見えない。こちらに何か仕掛けてくる事はないけど、ジェイド先輩を止められるワケでもなさそうだ。
『二人が共倒れするまで、完全に気配を消して潜伏していたい所ですが……このままじゃ二人ともロストする可能性……ど、どど、どうしよう』
 シュラウド先輩はかなり焦っている様子だ。僕たちだって、止めるための有効な手立ては思い浮かばない。シュラウド先輩のアイディアも無いとなるとほぼ詰みかもしれない。
『えっと、あのー、現場の人たち……誰か止めに入ってくれない?』
 そんでとんでもない事を言いだした。
「あれを止めに入れだって?冗談じゃない!あの大乱闘の仲裁に入るなんて、自ら海の藻屑になりに行くようなものだ!」
 代表してバイパー先輩が抗議をするものの、かと言ってこのままにしておけないのも事実。
「いい加減沈めよ、オラッ!」
「それはこちらのセリフです!はぁッ!」
 疲れて止まるとかいう可能性も低そうだ。まだまだ元気みたい。
「……こんな時にエペルがいれば『深紅の果実』で奴らを閉じこめられたかもしれないのに」
「いや~……これだけ視界が悪くて相手の動きが速いと、エペルでも無理じゃないかなぁ?」
 エペルの『深紅の果実』は対象を強固な結界の中に閉じこめる魔法。外部からの干渉を全て拒絶出来るが、閉じこめられた対象は何も出来なくなる。
 本人の発言と使っている時の様子から察するに、対象が静止または予測できる動きをしていないと結界の発生位置が定められない。
 こんな無茶苦茶に暴れている人魚を拘束するのには向いてないと思う。
「もっと大きい範囲の結界とか、動きを止める網みたいなのがあればどうにか……?」
「厳しいな。連中が暴れる余波のせいで物が置ける状況じゃない。捕らえる前に破られる」
「障壁を張るにも、二人が動き回る範囲が広すぎる。あの速さでは誘導も出来るかどうか……」
 本格的に打つ手なし、だ。
「……そうか!その手があったか!」
 僕が肩を落としていると、セベクが声を上げた。首を傾げる僕たちに向かって、真剣だがどこか自信に満ちた表情を向ける。
「お前たち、少し僕から離れていろ。特にオルトは出来るだけ遠くへ!」
『僕?』
 オルトの顔を見て、何となく僕もピンと来た。
「シュラウド先輩、セベクのエアドーム分離してください!」
『ファッ!?りょ、ちょ、ちょっと待ってね!』
「シルバー先輩、バイパー先輩、とにかくここから離れましょう!あと出来たらこっちのエアドームに雷を防ぐ魔法障壁をお願いします!」
「雷?なんでまた……?」
「なるほど、了解した!」
 まだ首を傾げるバイパー先輩の横で、シルバー先輩の表情が明るくなった。
「俺は離脱を優先する。ジャミルは魔法障壁を!」
「全く、簡単に言ってくれるな……」
『魔法障壁の構築なら、僕も手伝うよ』
「グリム、風の魔法でエアドームを動かす。合わせてくれ」
「わ、分かったんだゾ!」
 程なくセベクが分離して、エアドームが風に押されて一気に離れる。暴れ回る二人が遠くなると同時に、その近くに残っていたセベクが薄緑色に発光し始めた。
「曇天を衝け、雷光よ!!『迅雷一閃』!!!!」
 距離が離れても、彼の張り上げた声はまっすぐこちらまで聞こえてくる。
 次の瞬間にはセベクは雷へと変わり、取っ組み合いを続けている人魚たちに体当たりをぶちかました。
「ぎゃばばばばばばばばばばばばばばばッッ!!!!」
 炸裂音と共に、人魚たちの悲鳴が聞こえてくる。多分、痛いとかいうレベルじゃない衝撃が与えられている事だろう。
「……なるほど、こういう事か」
『塩分濃度が高い海水は、空気よりも電気をよく通す。速度も範囲も申し分ないし、かなり有効な手段だと思うけど……二人とも生きてるかなぁ』
「そこは祈るしかないね」
 離れた時よりは幾らか緩い魔法でさっきの場所に戻れば、ジェイド先輩もフロイド先輩も力なく浮いていた。近くにエアドームに包まれたセベクがしゃがみこんでいる。
「え、死んだ?」
『大丈夫。ダメージは受けてるけど、二人とも命に別状は無いよ』
「それは良かった」
 バイパー先輩から舌打ちが聞こえた気がするけど聞こえなかったフリをしよう。
 僕たちが戻った事に気づいたセベクが立ち上がる。時折不自然に身体を震わせたが、顔は喜びを隠しきれない。
「はががっ!や、やった、成功したぞ!どうだ、見たか!ユウ、グリム!」
「成功おめでとう、ナイス判断」
「海の中ならば地上よりも動きやすい、と推測したがやはりその通りだった!ダメージも少なく済んだぞ」
 立てた予測が当たってよほど嬉しいのだろう。相当ご機嫌だ。
「次は陸でも完璧にしないとね」
『あ、二人が目を覚ましたみたい』
 セベクが反動から回復したタイミングで、オルトから報告が上がる。ほぼ同時に、痙攣以外動いてなかった人魚たちが身体を縦に起こした。
「い、い、いまのは一体……ギギッ!か、身体がしびれて……」
「か、か、身体が粉々になったかと思った……あががっ!」
 よほど効いたらしく、二人はまだ不規則に痙攣している。まぁ、戦車を一撃で動かなくする体当たりだからなぁ。セベクの実力が上がったら威力も上がるんだとすると、将来的に反動無しで使えるようになったら凄い事になりそう。
 その頃には人間を見下す所も落ち着いてればいいけど。

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