7−4:虹色の旅路
海底火山へと戻っていく中でも、段々と視界は悪くなっていく。エアドームの外を砂が滑り落ちていく様子は綺麗ではあるんだけど、捜し物をしている時にはあまり良いものではない。
「てかさ、クラゲちゃんのユニーク魔法やべーね!」
お世辞にも速いとは言えない移動速度の僕たちに合わせつつも退屈そうにしていたフロイド先輩が、ふと思いついた様子でシルバー先輩に近づいた。歩みは止めないものの、何となく視線はフロイド先輩とシルバー先輩に集まる。
「あれでいろんな人の夢に入っていけるの?いいなー、そのユニーク魔法!うらやましー」
「羨ましい……初めて言われたな。眠っている時にしか使えない、かなり限定的な魔法なんだが」
「眠ってる時に使えるからいいんじゃん!寝てる間もずーっと遊べるって事でしょ?しかも、自分には全く思いつかないような変な世界で」
それってぜってー楽しいじゃん、とフロイド先輩が無邪気に言えば、シルバー先輩は微笑む。ちょっと嬉しそうな顔だ。
「フロイドらしい視点だな。確かに……お前ならこの魔法を使いこなして、楽しく過ごせそうだ」
「もしフロイドがその魔法を使えていたら、他人の夢に不法侵入してメチャクチャやって悪夢にするだろうよ」
人の良いシルバー先輩とは対照的に、バイパー先輩が疎ましそうな顔で仮定に対する否定的な感想を口にする。それはそう。確かにそう。
「シルバーのような善良な人間が修得してくれて本当に良かったと、俺は心の底から思うぞ」
今回の夢渡りにおいても、シルバー先輩が誠実で善良な人だからやっていけてる部分がある。
これがフロイド先輩の能力だったら、任務を進める前に『飽きた』とか言って、みんなを置いてどっかに行っちゃいそうな気がする。
シルバー先輩で良かった。本当に良かった。
雑談を挟みながらも僕たちは海底火山へ足を踏み入れた。視界は一層悪いけど、噴出孔がどこにあるか分からないからうっかり足を止める事も出来ない。
なるべくはぐれないように、でもエアドームがくっつかない程度の距離は保ちつつ、周囲を散策する。フロイド先輩も動き回って探してくれてるけど、なかなか見つけられないみたい。
「……人魚どころか、生物の姿すらないな」
『火山活動によって吹き上がる砂やマリンスノーで視界も悪いし……』
「陸上と違って足跡も残っていない。足取りを追うのが難しいな」
「硫黄とかいろんなもんが混ざって、ニオイも全然わかんね~わ」
僕たちが到着した時点では海底火山にいても、移動している可能性はゼロではない。だけどそんな事を言い出したら、もう全く手がかりが無くなっちゃう。
「めちゃくちゃ熱いし……もうジェイドは放っておいて次の夢行かない?」
「お前、そんなにあっさりと……」
『あっ!前方二十メートル地点に霊素反応!』
諦めムードが漂い始めていた所で、オルトが声を上げた。一気に場の空気が変わる。
『もしかすると、ジェイド・リーチさんかもしれない!』
「でかしたんだゾ、オルト!行ってみようぜ」
心なしか足取りも速くなる。
僕たちが痕跡を追えないという事は、向こうにも痕跡は見つけられないという事。だと思う。多分。フロイド先輩曰く、匂いも分からないらしいし。
なので周囲への警戒はそこそこに、オルトの誘導に従って霊素反応の発信源を追いかけた。
距離にしてどれくらい、という事は明確には分からない。でも、割とすぐにフロイド先輩が何かに気づいて、岩に身を隠すように指示を出した。そこかしこに岩が転がっているので、それ自体は難しくないんだけど、噴出孔が近くにないかは一応気遣わないといけない。
なんとか大丈夫そうなので、フロイド先輩が指さした先に視線を向ける。
そこにはフロイド先輩とよく似た人魚の姿があった。発光器から出ている光でぼんやり色合いが分かる。その人魚の周りに夢の主である事を示す鳥のような光が舞っているのもハッキリ見えた。
そして、彼の隣に誰かいる。人魚の発している光を遮る、暗い色が近くにあるように思えた。
「見てください、この熱水噴出孔!」
それを裏付けるように、フロイド先輩とよく似た人魚の方が誰かに語りかける。ちょっと遠いけど、間違いなくジェイド先輩の声だ。
「絶えず熱湯が吹き出しているのに、よく見ると貝が生息しています。どうしてこんな場所で生きていられるんでしょう。僕なら一瞬で茹だってしまいそうです」
いつも通りの丁寧な口調だが、言葉は少しだけ興奮に弾んでいる気がする。少なくとも、楽しそうなのは間違いない。
「ジェイド」
そんな彼を諫めるように、隣にいた誰かが静かに名前を呼んだ。
「探すべきは一マドルにもならない貝ではなく、熱水鉱床に沈殿しているであろう希少な金属だ」
「解っています、アズール。ですが、ゆったりと山の景色を楽しむのも良いものですよ」
少し苛立たしげなアーシェングロット先輩に対し、ジェイド先輩が暢気に微笑んでいるのが思い浮かぶようなやりとりだ。
他の岩影に身を隠す先輩たちと顔を見合わせる。動く素振りを見せないので、しばらく様子を見るつもりのようだ。僕もジェイド先輩たちに視線を戻す。
「近年の研究で、陸の金鉱山よりも海底の熱水鉱床の方が金の含有率が高い事が判明しました」
「ええ。地中深くから吹き出す熱水には、貴重な金属が溶け込んでいる事が多いんですよね」
「そう!しかもこの辺りはまだまだ未開発の海域。もし僕がここで金鉱脈を見つければ……鉱業界のトップになるのも夢ではないかもしれません!」
どうやら二人は海底火山を探検しているらしい。アーシェングロット先輩のお金稼ぎに、ジェイド先輩が付き従っている。
「さあ、ついてきなさいジェイド!新たなゴールドラッシュの幕開けですよ!」
「ええ、アズール。共にこの海底火山を制覇しましょう!」
とはいえ、目的は『海底火山の制覇』っぽいな。アーシェングロット先輩に同行してるのはついでの気がする。
『あれは本人じゃなく、ジェイド氏のイメージするアズール氏だけど……キャラ解像度は高いですな』
「えぇ~そぉ?現実のアズール、自分で火山とか来ない気がすんだけど……」
エアドームを通してシュラウド先輩の感想が聞こえると、フロイド先輩はちょっと違和感を覚えている様子だった。
「確かに、アーシェングロット先輩なら人を使いそうですよね。弱みを握った人魚とか」
「そーそー」
と思うと、ジェイド先輩の理想としてこういう場所についてきてくれるアーシェングロット先輩が欲しかったとか、そういう事になるのかな。
……ダメだ、どんな顔していいかわからない。
さっきフロイド先輩の言っていた『三人のルール』に合わない気がする。
複雑な気持ちを抱きつつ、ジェイド先輩とアーシェングロット先輩をこっそりと追いかける。二人は金鉱脈を探すのに夢中なのか、ついていく僕たちに気づいた様子はない。とっくに気づかれて泳がされてるとかなら怖いけど、それに他の先輩たちが気づかないとは思えないし、大丈夫だろう。
「あ!!ジェイド、見てください!」
不意にアーシェングロット先輩が海底に降り立つ。
「あの熱水噴出孔のそば……キラッと光るあれは……もしかして金ではありませんか!?」
「本当だ。早速大粒の砂金を見つけるとは流石の目敏さです、アズール」
大げさなくらいの動きでアーシェングロット先輩が行く手を指さした。それに対しジェイド先輩は賛辞を口にしているが、なんというか、変な感じがする。
「しかし……あんなところに手を突っ込んだら、無事では済みませんよ」
言葉ばかりはアーシェングロット先輩を止めているような気がするけど、多分本気では止めていない。そしてその意図を気にする事も無く、アーシェングロット先輩は自信たっぷりに笑ってみせる。
「噴出孔など、一時的に氷の魔法で塞いでしまえばいい。熱水が止まった所で素早く金を拾えば……ふふふ……見ていなさい!」
その手が行く先の噴出孔に向けられる。
「凍れ、噴出孔よ!」
高らかな声に続いて、魔法の光が降り注ぐ。注いだ先の周囲の海水が凍り付いて、噴出孔を完全に覆った。
「流石。お見事です、アズール!」
「僕にかかればこんなものです」
アーシェングロット先輩は勝ち誇った様子で高らかに笑う。……何だろう。こういうのフラグって言わない?
「さあ砂金を」
早速手を伸ばしたアーシェングロット先輩だったが、次の瞬間に別の方向から勢いよく噴き出してきた熱水にその手が遮られた。
「うわっっっっっっっっっちぃ~~~~~~!!!!」
普段の彼からは絶対に出ないタイプの悲鳴が上がる。ひどいキャラ崩壊ぶりに、僕もみんなも唖然としていた。
「あつっ!あっつぅ~!!」
「大丈夫ですか、アズール!?」
「す、少しだけ腕が赤くなってしまいましたが……ほら、この通り砂金は無事です!」
腕を押さえて転がるアーシェングロット先輩に、ジェイド先輩は心配の言葉と共に近づいた。もっとも、マリンスノーの向こうに見える彼の笑顔は明らかに面白がっている顔だ。言葉と雰囲気が合わない。
一方、アーシェングロット先輩は火傷した腕で確保した砂金をジェイドに見せる。その表情は爽やかに明るかった。
「ブフッーーー!」
周りが海水なので見えないが、明らかに吹き出していた。多分、マンガならスピード線的なもので口周りが処理されてる。
「一度握った金目のものは離さない。流石はアズールです!期待を裏切らない!」
ジェイド先輩は賞賛の言葉を口にしているが、それが言葉通りの純粋な賞賛でないのは明らかだ。
何だろう、友達にコントのボケ役を押しつけてるみたいな。ボケの方が役割的においしいとはいうものの、それで済ませて良いのか悩む程度の見下しみたいなものを感じてしまう。
でもジェイド先輩の夢の中のアーシェングロット先輩は、彼の望みに忠実なNPCだ。道化役も担う。それが夢の主の望む幸せな世界であれば。
「この程度で金鉱脈の夢を諦めてたまるものですか!八本の腕全てが赤くなろうとも、僕は諦めませんよ!」
「ええ、ええ!それでこそです!」
例え普段の振る舞いと似ても似つかないとしても。
夢の主がその姿を受け入れるどころか、賞賛しているならばやめる理由も無い。
『…………なんか…………アズール氏、ロケバラエティのコメディアンみたいになってない?』
「普段からあんなものじゃないですか?」
「岩をめくっては砂金を探している……以然見かけた、自販機の下の小銭を探すラギーのようだ」
「いくらアズールが金目のものが大好きだからって、流石に本物はあそこまでやらねぇって。……ちょっと自信ねぇけど」
割と関わりのある人たちの感想が聞こえてくる。どうやらエアドームを構成しているナノマシン経由で互いの声が聞こえるようにしてくれたらしい。便利。
『というか、NPCのアズールさんはいるけど、フロイドさんの姿は見当たらないね。一緒じゃないのかな』
「だから、オレらはいつも三人一緒にいるわけじゃねーって何回言えばいいわけ?」
オルトの疑問に対し、フロイド先輩は不満そうな顔で答える。まぁ本人はそう主張してるけど、現実には割とそうじゃないし、そう見えているワケで。
「だいたいさぁ、オレがジェイドの山登りに付き合うと思う?ありえないって」
確かに『山を愛する会』の活動にはかなり否定的だった記憶がある。アーシェングロット先輩もそう。その態度をジェイド先輩がどう思っていたかは分からない。元より本音とかよく分からない人だし。
……でもそれを踏まえると、アーシェングロット先輩のあの様子がジェイド先輩の理想だとして『一緒に山に行きたい』みたいな願望は持っていたんじゃないかなぁ。
んで、アーシェングロット先輩を連れてきてるのに、双子の兄弟であるフロイド先輩を連れてこないなんてある?と思ってしまう。何でも望んだ通りになる夢の中で。
「ジェイドもそれがわかってるんだよ。オレら、卵から孵った時からずっと一緒に育ってるわけだし」
これ完璧にフリでは?と思っていると、ジェイド先輩が何かを見つけた様子で動き出した。大きく手を振って誰かを呼んでいる、と思ったらジェイド先輩とそっくりな姿の人魚が彼に近づいてくる。
こっそりと距離を縮めてその顔を見ると、フロイド先輩とは似ても似つかない顔だった。いやなんていうか、特徴は割と残ってると言えば残ってるんだけど、まぁぽやーっとした感じで可愛いと言えなくもないんだけど。
「顔の線数が極端に少なくなってません!?」
『シュール系ギャグマンガ家が描いたフロイド氏って感じ……』
「シュールすぎるだろ!全然オレと似てないじゃん!」
『ここはイマジネーションの世界。ジェイドさんの印象がNPCに強く反映されているんじゃないかな』
「ジェイド、普段からオレがあんなすっとぼけた顔に見えてるって事!?」
『夢の中だから、脳内イメージが誇張されてる状態なんだと思う』
「普段からああ見えてるというより、『おとぼけてて可愛い』というジェイド先輩の持ってるイメージだけ出力されてるみたいな……」
「なんで顔にしか反映されてねーの?」
「こっちが聞きたいです」
肉体美丸出しの人魚ボディにシンプル線の顔がミスマッチってレベルじゃない。低難易度の間違い探しでしか許されないレベル。
僕たちの困惑を余所に、ジェイド先輩たちは噴出孔の辺りで何やら話していた。なんとも和やかに過ごしている。
「見てください。こんな過酷な環境で生きている小さなエビがいますよ」
「わぁ~ほんとだァ!うんまそぉ~~♪」
フロイド先輩の口から普段と違う上機嫌な笑い声が聞こえる。いやもしかしたら僕が知らないだけで『でへへっ』って笑う事もあるのかもしれないけど。
「みんなちっちゃくてかわいいねぇ。食べちゃおっかなぁ~」
「おやおや、チャレンジャーですねフロイド」
「いっただっきまーす!」
偽物のフロイド先輩が高らかに言ったかと思うと、岩の隙間に手を入れてはエビを捕まえて口に運んでいる。
「エヒャヒャ!逃げても無駄なんだよぉ~!んめっ!んめっ!」
若干物騒な、エビの方からすれば絶望的な言葉を吐きつつ、ネットミームになりそうな声を出しながらエビを食べ始めた。異様な光景にいろんな感想が浮かんでは消える。
「フ、フロイド先輩がいきなりエビを捕まえて食べ始めたぞ……!?」
『な、なんか……本物のフロイド氏とは別方向の恐怖を感じるキャラクターになってない?』
「普段からあんなものじゃないですか?」
「嘘でしょ、オレ絶対あんなじゃないって!」
バイパー先輩の感想にちょっと傷ついた顔になってる。さすがにちょっと可哀想。
「大丈夫ですよ、あんなじゃありませんから」
「だよね、小エビちゃん!?オレ、ジェイドと違って山で拾い食いとかしねーし!」
「ユウ。あまりフロイドを甘やかすなよ。油断すると喰われるぞ」
「はっ!こ、子分に小エビってあだ名を付けてるのは、まさか……!」
「ちっげーよ!!そういうんじゃねーから!アザラシちゃんまでヒドくね!!??」
「グリム、こう言ってるから大丈夫だよ。フロイド先輩も落ち着いてください」
あだ名はあくまであだ名だもんね。
そうこうしている間も、偽物の二人と一緒にいるジェイド先輩の方は和やかだ。
「ふふふ、アズールもフロイドも楽しそうですね。やはり山は良い」
自身の夢を見たフロイド先輩の嘆きを知るはずも無く、この世界を満喫している。うっとりとした表情からしても、この世界に違和感も不満も無さそうな感じ。
「地上の山は登りきってしまい、これからどうしようかと思っていましたが……海の中は陸より広く、未開の海底火山がいくらでもある」
「僕は金鉱脈を探り当てるまで、絶対に諦めませんよ!!鉱業界で成功を収め、そして……」
アーシェングロット先輩が意味深に言葉を溜める。ジェイド先輩はおそらく真面目に聞いてない。
「七つの海で集めた金と宝石で指輪を作り、ユウさんにプロポーズするんです!」
視線を感じる。やめろこっち見んな。
そっか、ジェイド先輩もそういう方針かぁ。とはいえ、フロイド先輩と違ってまだ明確に関係があるとはしてないみたいだけど。なんかそれも『アーシェングロット先輩がじたばたする所を見たい』みたいな願望が透けてる気がするんだよなぁ。
「ねぇねぇ、ジェイドぉ。こっちのカニも美味しいよ~デヘヘッ!」
フロイド先輩もアーシェングロット先輩を放置してアホの子やってるし。
「二人が楽しそうで、僕も嬉しいです」
ジェイド先輩が、全く思ってなさそうな言葉を吐く。しかし顔は間違いなく楽しそうな笑顔だ。
……『楽しんでる』っていうのも細かく違うものなんだなぁ……。
「これからも共に苦難を乗り越えて、たくさんの山を制していきましょうね!」
「えいえい、おー!」
三人が声を揃えて、同じ動作で拳を突き上げる。
普段の彼らを知らなければ、和やかで微笑ましい光景だと言えたかもしれな……いや無理だわ。フロイド先輩の作画崩壊だけで事情を知らなくても違和感しかねーわ。