7−4:虹色の旅路
何度も通った朝焼けの空。この『夢の回廊』にいる間はエアドームが解除されているようで、空気の違いが感じられた。
エアドームで遮られても海の中は雨の日のような湿り気があったけど、ここはもっとカラッとしている。
そんな違いを感じられたのは、落下するほんの少しの時間の間だけ。周囲が突然暗くなり、エアドームが再び展開される。湿った空気の中に戻った。
『霊素シグナル・トラッキング成功。指定された座標へ到着しました』
オルトの言葉が移動の終わりを知らせる。地面に降りて周囲を落ち着いて見渡せば、やはりここも海の中のようだ。エアドームの外は暗くて、泡の固まりが上に向かって絶え間なく流れているのが見える。
「ふなっ!今度は最初から水の中なんだゾ」
『よかった。エアドームは問題なく発動しているね』
オルトが胸を撫で下ろす横で、フロイド先輩は首を傾げている。
「あれぇ、海の中だ。ジェイドの事だからぜってー山の上だと思ってたのに」
「さっきまでいた場所より、かなり暗いな」
『エアドームも仕様で少し発光してはいるけど、最低限の視界を確保する程度であまり遠くまでは照らせない』
おそらくフロイド先輩の夢の中より暗い上に、泡でエアドームの表面が遮られて視界はさっきと比べてかなり悪い。合体状態が解除されたら、一メートルも見えなくなりそう。
『かといって強く光を放つと深海の生物に見つかってしまうかもしれないし……』
「フロイド、この辺りの景色に見覚えは?」
「え?んー……あ」
フロイド先輩の意味深な声を遮るように地面が揺れ動く。
「ふなっ!?なんだ!?」
『周囲の水温が急上昇中!すみやかな退避を推奨します!』
「退避ってどこに!?」
「ドリームフォーム・チェンジ!」
フロイド先輩の声が聞こえた、と思ったら身体を強く引っ張られた。次の瞬間には一気に水に引きずり込まれる。何が起きたか理解出来ないけど、ほぼ反射的に口と鼻を押さえて目を閉じていた。
「がばごぼばばばばば!!??」
グリムのものらしき困惑の声が割と近くから聞こえる。多分、同じ状況なのだろう。
凄い勢いで水の中を移動している事は解るが、目が開けられないので周囲は見えない。多分胴に巻き付いてるのはフロイド先輩の腕だろう。咄嗟に鼻と口は押さえたものの、息がどれくらい続くか分からない。いつまで移動するんだろう。
と、思った頃に引っ張られる動きが止まった。顔周りの水分が急速に無くなっていく。
「はい、もう手ぇ離していいよ」
フロイド先輩の声が聞こえて、おそるおそる手を離せば、顔の周りがエアドームのような空気の玉に包まれていた。フロイド先輩の腕に抱えられたグリムも同じように、頭だけ空気の玉に包まれてぐったりしている。
「え、み、皆さんは……」
「えー?置いてきちゃった。まぁなんとかするんじゃねーの?」
「な、なんとかって……」
僕が言葉を失っていると、大きな空気の玉が猛スピードでこっちに飛んでくるのが見えた。水の中で『飛んできた』って言うのも変かもしれないけど、ホントそんな勢い。
続いて、とんでもなく大きな爆発音と地面の揺れが起きた。暗い海の中に、更に暗い、真っ黒な何かが勢いよく噴き出して広がっていく。僕たちがさっきまでいた辺りで起きたっぽい。
噴出の勢いに押されて、オルトたちの包まれているエアドームが僕たちを通り過ぎて吹っ飛んでいった。重力が無いから制御が難しいみたい。
「え、えええっと……お、追いかけないと!」
「大丈夫でしょ。やべートコからは一旦離れてっし」
「やべートコ?」
「今の見たでしょ。たぶんあそこ、北の深海にある海底火山だよ」
「海底……火山……」
つまりさっきのは噴火みたいなもので、地震はその前兆だったって事か。
事態を何となく理解してきたところで、勢い余って吹っ飛んでいたみんなが戻ってくる。ぽよんぽよん跳ねている姿は可愛らしいが、内部は安定しないみたいで大変そうだ。
「ううーん……はっ!」
「あ、おはようグリム」
「ふ、ふな!いきなり水ん中にざぶーんって!!息が!!」
「落ち着いて、大丈夫だから。息は出来てるでしょ」
「……あれ?」
グリムが正気に戻ると、タイミング良くエアドームが近くに落ちてきた。怪我は無さそうだけど、みんな心なしか疲れた顔をしている。
「お疲れさまです」
「思ったより平然としてるな……」
「フロイドがいきなりユウとグリムをさらっていった時は何事かと思ったが……」
「だって、小エビちゃんは魔法使えないし、アザラシちゃんだけじゃ逃げるの無理でしょ」
「だからと言っていきなりさらっていくヤツがあるか!」
『最適解だったのは間違いないけど。二人の重量がエアドームに残ってたら退避がギリギリ間に合ってなかった可能性もあるし』
「むぐぐ……」
オルトの補足でセベクが悔しそうに唸る。先輩たちは呆れたような、諦めたような顔だった。
『二人の設定修正するから、エアドームに触って』
そんな彼らの様子をまるっと無視したようなシュラウド先輩の指示に従えば、シャボン玉が変形するみたいにエアドームが分割された。濡れてしまった服は装備変更で乾いた状態にする。……こういう使い方が出来るのは便利かもしれない。
『今みたいにはぐれた時のために、ハシバ氏のアプリにエアドームの再起動の項目を追加しておいたから。後で確認しておいて』
「あ、ありがとうございます」
「オレ様はどうするんだゾ?」
『フロイド氏がやったみたいに、頭に空気の層を作ってなんとか耐えてもろて……と言いたいけどグリム氏には無理か……』
「そ、そんなぁ!」
『ハシバ氏のエアドームは少し空気の量を多めにしとくから、もし壊れちゃってもハシバ氏のエアドームに入れば大丈夫だよ』
「なるほど。そういうワケだから子分、オレ様から離れるんじゃねーんだゾ!」
「グリムこそ勝手に突っ走ってはぐれないでね」
夢渡りの間は密着する必要があるからエアドームも合体してたけど、今の会話の間に再度分割された。
強度の問題もあって、エアドーム同士が接触すると合体は簡単に起こってしまうけど、分割は『S.T.Y.X.』やシュラウド先輩じゃないと出来ないみたい。
咄嗟に庇うとか、そういう時にはちょっと不便な仕様だな。
さて、話は先ほどの海底火山の事に移る。フロイド先輩的には『全く知らない場所』では無いとの事。
先ほどの深海を更に暗くする黒い何かの噴出は『ブラックスモーカー』と呼ばれる現象らしい。
海底の熱水噴出孔から鉱物を含んだ黒い熱水が噴き出る現象で、その温度は最高四百度。硫黄やメタン、重金属など、生物には有害な物質を多く含んでおり、もちろん人魚にとっても身体に良くない。しかも予測も難しいので、突然発生したブラックスモーカーによって移動できなくなるような事態も起こりうるらしい。フロイド先輩の反応の早さも納得、といったところだ。
「夢の主は、夢を渡った地点のすぐそばにいる事が多い」
他と同じであれば、ジェイド先輩も僕たちが最初に降り立った海底火山の近くにいると考えられる。
「……なんか、たまたま僕たちが危険な場所に落ちてきたとかじゃなくて、ジェイド先輩も火山にいる気がします」
「俺も不思議とそんな気がしている」
僕の根拠の無い発言に、バイパー先輩が同調してくれた。セベクが訝しげな顔をしているが、だからって安全な場所だけ探そうなんて提案してくるタイプでもない。
「イデア先輩、俺たちはこの装備のままで大丈夫なんですか?」
『エ、エアドームを有毒物質が貫通してくる事は無いよ。でもさっきみたいな熱水噴出をモロに食らえば、破損する可能性はある』
直撃さえ避ければどうにかなる、という事らしい。もっとも、予測は難しいって話だから、危ない探索にはなりそうだ。兆候の度にいちいち離脱するワケにもいかないだろうし。
「……これは慎重に進まないといけないな」
「そんなふわふわした風船みたいな玉に入ってないで、みんなも人魚の姿に変身すればよくね?ヒレがあれば、水中では身動き取りやすいじゃん」
『そ、その、えと……今の姿はあくまで「情報」……新規で全員分の人魚モデルのボディデータをゼロから構築するのは短時間では無理』
フロイド先輩が人魚らしい意見を口にすれば、シュラウド先輩が技術者としてそれを否定する。
『しかもフロイド氏と違って、他のメンバーは人魚姿での活動経験が無い。も、もしデータを用意できても、使いこなせるまでかなりの時間を要する可能性が高いんすわ……』
「ふーん。確かにオレらも二本足に慣れるまで結構訓練したし……逆も同じって事か。じゃあ、しょーがないねぇ」
『あっ、そ、そこはすんなり納得してくれるカンジ!?』
そういう気分なだけかもしれないけど、話が混線しないので今は助かる。
現実にも人魚に変身する魔法薬ってあるのかなぁ。動物になるのは存在するけど、なんか凄く厳しく取り締まられてるらしいし。それを言い出したら、人間になる魔法薬もきっと特別に作られてるものだろうし。
まだまだよく分からない事が多い世界だなぁ。まぁ、元の世界の事だって知り尽くしてるとは言えないけどさ。
「では、火山の噴火に注意を払いながら周囲の探索を始めよう」
「りょーかい。んじゃ、まずは……目立たないようにしないとねぇ」
そう呟いたフロイド先輩が、うっすらと光を放つ。所々に斑点のような模様が浮き出ているように見えた。
「フロイド、オメーの身体あちこちピカピカ光ってるんだゾ!?」
「暗いところでは光りまぁす」
エアドームの放つうっすらとした光にも似た、ささやかな光。でも深海ではしっかりとその光が視認できる。
「……幻想的というか、綺麗ですね」
『本当だ。キラキラしててイルミネーションみたい』
暗闇の中に光る様は、確かにそうかも。地上のイルミネーションは割とキラキラが強めだけど、フロイド先輩の光はもっと静かな感じ。
「……でも、暗い海の中で光ったら逆に目立つような?」
「小エビちゃんたち、『カウンターイルミネーション』って知ってる?」
「なんだソレ?なんか必殺技みてーな、かっけぇ名前」
グリムの感想に微笑みつつ、フロイド先輩は解説する。
深海でも、水深千メートルまでは海面からの光が僅かながら届くらしい。ほとんどの人魚は水深五百メートルより浅い所で暮らしているので、それより深い場所で生きている魚には彼らの影が届き、格好の獲物となる。
なので日照の少ない暗い海で暮らしている人魚は発光器を持っており、太陽光できらめく水面のように身体を光らせて擬態する。これが『カウンターイルミネーション』との事。
「なるほど……海で生きる者ならではだな」
バイパー先輩が感心した様子で頷いている。
「陸は自分の下には地面しかない事がほとんどだ。自分の姿を他者が下から見るというシチュエーションに考えが至らなかった。興味深い」
「一見目立っているようでいて、カモフラージュになっているという事か」
「そー。あとは水の中って音が伝わりやすいから、声でバレないようにチカチカさせて、合図を送り合う時なんかに使ったりもする」
「ほう。電信符号にも使えるとは、便利だな」
人魚の生活環境も色々あるみたい。そしてあまり知られてもいない。
みんなが感心した様子なのをよそに、フロイド先輩はグリムを見てニヤリと笑う。
「あとはぁ……暗い所に隠れてる獲物を見つけるためにも使ったりねぇ~アハッ」
「うぅ……二度とコイツに海の中で追いかけられたくないんだゾ」
「だから小エビちゃんたちは、オレの上の方を泳いでた方が影が隠せて安全だよ。バクーッ!!……っていきなり下からサメが出てきたりするからさぁ」
「ふぎゃっ!脅かすんじゃねぇんだゾ!」
「アハハハハ!アザラシちゃん超ビビってんの、ウケる。……ま、海底火山にたむろってるサメなんかいねーけど」
つまり、海底火山でサメを警戒する必要は無いという事らしい。
エアドームもうっすら光ってはいるから、さほど影の事も気にしなくてよさそうだけどね。突然エアドームが壊れる事もあるかもだから、気にしておこう。