7−4:虹色の旅路


『……こ、怖すぎ。近づきたくない……』
 タブレットから怯えた声が漏れる。
 そろそろ船の形も無くなりそう。それでも怒りが収まらなければ、こちらに攻撃が向かってくる可能性もある。
『だ、誰か声かけてきて……ジャ、ジャミル氏!同じ部活でしょ。ほらっ!』
「は!?どうして俺が……」
『えっ、じゃあ下級生である僕たちに行けっていうの?』
「……はぁ、仕方ないな」
 他に適任がいない、というのも理解してくれたらしい。バイパー先輩は少しだけフロイド先輩に歩み寄った。とはいえ距離はかなり離れている。まぁ、尾の一撃の範囲内には変わりないんだけど。
「フロイド……君が早々に目を醒ましてくれて助かったよ」
「あぁ?」
 バイパー先輩が出来るだけ平常心で声をかければ、フロイド先輩は全く意に介さない。ダメそう。
「お前らもさっきからチョロチョロうぜ~んだけど。絞められてぇの?オレぇ、今すっげーイライラしてんだよねぇ……」
 殺気立った視線がこちらを向く。グリムがびくっと跳ねて、僕の脚にしがみついた。
「に、逃げようユウ!アイツ目がマジなんだゾ~!」
「い、一旦落ち着きましょう!」
「ユウの言う通りだ。少し落ち着いて、俺たちの話を聞いてくれ」
 バイパー先輩の言葉でもフロイド先輩は殺気を引っ込めない。もたもたしてたら殺られる。
「君はリリア先輩の送別会で、マレウス先輩の魔法に巻き込まれた事を覚えているか?」
「……あ?」
 この言葉にはフロイド先輩も動きを止めた。少し考えている。
「そういえば……なんか、メンダコちゃんの送別会に行った気がする。ん?あれ?じゃあなんで今オレ、海の中にいんの?」
『それについては僕が説明するよ。この動画を見てくれる?』
 すかさずオルトがタブレットを手にフロイド先輩の前に出る。タブレットは例の動画を流し、フロイド先輩はそれを興味深そうに見つめていた。
「ギャハハハハハハハ!!なにこれ、おもしれ~~~~!」
 そしてこの反応である。さっきまでの殺意はすっかり影も形も見えない。一安心。
「え~、って事はオレたち今、夢ん中にいるの!?ウミウシ先輩やっべ~~~!」
「そうなんだ。だからお前が世界に飽き飽きしてしまうほど、全てが上手くいっていた」
「へぇ~、なるほどぉ……ん?って事は……ここだとオレが望めば何でも叶うの?」
『うん。ある程度、強固なイマジネーションが必要だけど……』
「んじゃ、学園のメインストリートに行きたい!」
 言うが早いか、周囲の景色が変わる。エアドームに包まれていたから大気の変化までは分からなかったけど、見慣れたメインストリートに僕たちは立っていた。
「砂漠のオアシス!」
 今度は砂漠のど真ん中に立っていた。目の前には水が満ちたオアシスがある。スカラビア寮の砂漠にあるオアシスっぽい。
「モストロ・ラウンジ!」
 更に景色は薄暗い店の中に変わる。大きな水槽もお洒落な内装も記憶にあるそのままだ。
「やべー!これめっちゃ楽し~~!」
「おい、遊ぶな!話が進まないだろうが!」
「目が回るんだゾ~!」
『ちょちょちょ……あんまり「ここが夢の中だと自覚してる」行動は控えてもろて……!管理者が飛んできたら困るから!』
 シュラウド先輩に指摘されても、むしろフロイド先輩は目を輝かせた。
「管理者?って事はぁ、オレが望めばここにウミウシ先輩を呼び出したりとか……」
『絶対やめろ!!!!!!!!』
 フロイド先輩以外の全員の心が一つになった。こんなところでなってどうする。
『拙者たちのスニーキングミッションを台無しにするつもりか~ッ!?』
「ちぇ~」
 フロイド先輩はつまらなそうにしていたけど、状況は理解してくれたらしい。景色がさっきまでいた海の中に戻った。
「……で?ウミウシ先輩の夢から出たいって話だったっけ?」
「ああ。だからフロイド、どうか俺たちに力を貸してくれないか?」
「んー、面白くなってきたからしばらくは夢の中にいてもいーかなって思ったけど……やっぱすぐ飽きそうだし、目を醒ましたいかも」
 フロイド先輩はさっきまでの無気力ぶりが嘘のように明るく笑っている。もうすっかり普段通りだ。
「思い通りになるのって、面白いけどつまんねーじゃん?」
「感謝する、フロイド!」
「そうと決まったら、なんかめ~っちゃ学園に帰りたくなってきたぁ。早いとこウミウシ先輩ギュッてして、帰ろうよ」
「そうだな。お前の気が変わらないうちに急いで次の夢へ渡ろう」
 真剣でテンションの変わらないシルバー先輩とは対照的に、バイパー先輩は疲れた顔をしていた。『同じ部活だから』なんて理由で押しつけすぎたかな。
「次は誰んとこ行くの?ジェイドかアズール?」
『そうだね。次はフロイドさんの兄弟であるジェイド・リーチさんを起こしに行くのが最適だと考えているよ』
 オルトの答えを聞いて、フロイド先輩はますます楽しそうな顔になる。
「ジェイドどんな夢見てんだろ?どーせ山とか登ってるんだろうけど……」
『山……そういえば、ジェイド・リーチさんは「山を愛する会」という同好会を主催していたね』
 標高が高い山岳地帯のシチュエーションも想定しておいた方が良さそうだ、と見解を述べる。
 ヴァンルージュ先輩の時の山登りみたいな、過酷なシチュエーションじゃないといいなぁ……。
『フロイド・リーチさん。陸用の姿には自分で変身できる?』
「んぇ?あー、専用の魔法薬があればできるけど……今持ってねーから、無理」
『ふ~む。夢の中だし、魔法薬が無くても自由に変身できるはずなんだけど……「魔法薬が絶対に必要だ」という強固なイマジネーションを自力で捻じ曲げるのは難しいのかもしれない』
 となれば、と呟くシュラウド先輩のタブレットを見て、オルトが頷いた。
 フロイド先輩にあーでもないこーでもない、といろいろ指示をして、オルトがマジカルペンを預ってあれこれして、十分くらい。
「ドリームフォーム・チェ~ンジ!!」
 意気揚々とフロイド先輩が呪文を唱えれば、その姿が人魚から人間の姿に変わる。エアドームも自動装着された。
「現実でもこれくらい簡単に変身できりゃいいのに」
 人間に変身する魔法薬の味がどんなものかは知らないけど、あまりおいしくはなさそう。
 フロイド先輩は愛想の良い笑顔を浮かべて、シュラウド先輩のタブレットを抱え込む。
「ねぇねぇ、ホタルイカ先輩、戻ったらこれ作ってよ~」
『い、いや……コスじゃなくて肉体を変化させる変身は、現実だとルール的にかなり厳しいんで。夢の中限定って事でオナシャス……』
「……ンだよ、使えねぇな」
 甘えたような声を出していたと思ったら、舌打ちしてタブレットを投げ出す。タブレットからは怯えた声に続いて何事か小声の文句が続いていた。仕事の出来る人って大変だよね。
『そうだ、フロイドさん。これを渡しておくよ』
「これ何?クリオネちゃん」
『これはマレウスさんとの最終決戦フィールドへの招待状。失くさないでね。それから、旅立つ前に目眩まし用のダミーを置いておかないと』
 そうこうしている間に、オルトがせっせと働いてくれる。『S.T.Y.X.』からデータのダウンロードを終えれば、人魚姿のフロイド先輩のダミーが本人の目の前に現れた。
『どう?「S.T.Y.X.」の最新技術で再現された自分の姿は』
 みんな驚いたり褒めたりしてくれるんだけど、とオルトは自慢げに言うものの、フロイド先輩の反応は意外に薄い。
「どう……って。前は自分と見分けつかないくらいそっくりなヤツもいたから、あんま目新しくはねーかも」
『そっか。いつもそっくりなジェイドさんと一緒なんだから、新鮮さはないよね』
「いや、ジェイドとオレはあんま似てなくね?」
 フロイド先輩の答えが知ってる事情と繋がらなくて、みんなして首を傾げたものの、特に補足もない。
 それって、フロイド先輩はジェイド先輩とは『似てない』と思ってて、似てる人魚が『前にいた』って事だよね。どれくらいの事かは不明だけど。
 確かに、個性的な髪と目の色のおかげで『似てる』と思ってしまいがちだけど、顔立ちとか立ち居振る舞いとか、似てない部分も多い気がする。だから先輩的には『似てない』って認識なんだろうか。
『え?それってどういう……』
『……オ、オルト。今のは意味がわかると怖い系のヤツっぽいから、深堀りするのはやめとこ!』
 ……そういえば自然の魚って、天敵に食べ尽くされないようにたくさん卵を産んで子孫を残すんだっけ。
 人魚の繁殖方法が同じだとすると『前にいた』っていうその人魚は、つまり……。
『よ、よーし!それじゃあ次の夢に出発しよう!』
 思考を遮るようにオルトが不自然なくらい明るい声を出す。僕もそれ以上考えない事にした。
『シルバーさん、準備はいい?』
「いつでもいけるぞ。みんな、俺に掴まってくれ」
「はぁ~い」
 お互いに距離を縮めるとエアドームが一つになって大きく広がった。これでシルバー先輩に掴まる事が出来る。
 早速フロイド先輩がへらへら笑ってシルバー先輩に後ろから抱きついた。
「あ、えーと、出来たら胴の方に腕を回していただきたく……」
「えー、なんで?」
『初めて夢渡りをする人は、安全のためにシルバーさんの首に腕がかからない位置に掴まる事を推奨してるんだ』
「ご協力お願いします」
「ふーん……?」
 疑問が解消した様子ではないが、抵抗するほどでも無いらしい。大人しく身を屈め、シルバー先輩の胴体に腕を回した。全体のバランスを見ながら何とか全員掴まる。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
 耳慣れた詠唱に続いて、視界が光に包まれた。

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