7−4:虹色の旅路
「で、オレ一人で世界一周の旅に出たんだけど……」
なんでやねん。
内心でツッコミを入れてしまった。話を遮るワケにはいかないから必死に気持ちを外に出さないように堪える。
『旅行は気分転換に最適だというデータもあるし、良い選択だね。どこへ旅したの?』
「最初は輝石の国。好きな服のブランドの本店があったから」
フロイド先輩はその店に客として赴いた所、突然店の関係者らしき偉そうなおじさんから『ファッションショーに出ないか』と声をかけられたという。
まぁフロイド先輩の容姿なら無くはなさそう。身長は高いし身のこなしも軽やかだし、目を引くモデルになれるだろう。
先輩は出演を了承し、恐らくショーは大成功に終わった。スカウトしたおじさんは『ブランドの専属モデルにならないか』と打診してきたという。
好きなブランドのモデルに突然スカウトされて、ショーを成功させて専属モデルに、って出来すぎた物語だ。サクセスストーリーの望ましい形ではあるけど、順風満帆すぎて面白くない、という感想も解る感じ。
「でも専属になると、そのブランドの服しか着れないじゃん?それはつまんないから断った」
「つまらない……そういうものか?」
「そーだよ」
フロイド先輩は即答した。
確かに、ファッションが好きな人はいろんなブランドの服を着るイメージあるもんな。似たようなデザインの服でも、細かいシルエットの違いとかこだわり出すとキリがないみたいだし。同じサイズ表示でも着てみると着心地とかちょっとした袖丈のバランスが変わったりするし。
まぁ、僕はその辺疎いんで言われればそうかなって思う程度なんだけど。アピールするほど見せる筋肉が無いからゆるめの服が着たいとか、そんな事ぐらいしか気にした事ない。
「んで、輝石の国で服買いまくったから金がなくなって、バイトでもするか~って陽光の国に行ったの」
『え……そこで労働するんだ……?拙者なら一生働きたくないけど……』
「その部分だけ妙にリアリティがあるな」
「そしたら、結構名の知れたレストランがバイト募集してたから応募して。面接受けに行ったら飲食経験者だからすぐ採用されたのね」
話を聞く限り『モストロ・ラウンジ』が事業拡大した後の事だから、その幹部だった事は彼の採用の後押しになっただろう。
勤めはじめて三日ほどで、フロイド先輩が賄いで作った料理を料理長がいたく気に入り、それを客に出したら大人気になって、店に大行列が出るほどの評判になったという。
「行列ができるくらいウメーなら、オレ様も食べたいんだゾ!どんなメニューだったんだ?」
「忘れた」
「ふなっ!?」
冷蔵庫の残り物をテキトーに使ったヤツが妙に上手くできて、後からそれを再現したくても上手くできない……とかそういうのではないんだろうな。そもそも思い出す気が無さそう。
「看板メニューにするからレシピ教えてくれとか、副料理長の席を用意するとか言われたんだけど……テキトーに作った料理のレシピとか覚えてるわけなくね?」
別に料理人になりたいわけでもねーし、と本人は顔をしかめている。詰め寄られた時の不快感を思い出してるんだろう。
「オレはその時に食いたいものをテキトーに作ってるだけだもん」
それが人の心を掴んでしまうというのは、間違いなく凄い事だと思う。天才肌って言葉の通りというか。きっと欲しい人からすれば、羨ましくてたまらないくらいの才能だ。
「めんどくさくなったから『別の国に行くから辞めまーす』つって、次は熱砂の国に向かったんだよね」
「もったいねぇ~!メシがウマいレストランで働いたら、ウマいまかないが食い放題なのに!」
「熱砂の国には何を求めて行ったんだ?」
「砂漠っていう砂で出来た海があるって聞いたから、見てーなーって思って」
人魚らしい興味だ。まぁ、人魚じゃない自分も凄い景色だと思ったけど。
「街で背中にコブついた変な馬……?みてーなヤツ借りてさ」
「コブのついた馬……もしかしてラクダか?」
「あ、それそれ。で、ソイツに乗って砂漠歩いてたらなんかでっかい洞窟があって」
街で貸してる観光客向けのラクダで行ける場所に洞窟なんかあるんだ……そんな所、もう調べ尽くされて何も無さそうな気がするけど。
「面白そうだから中を探検したら、そこで黒くてツヤツヤのティーポットを見つけたんだよね」
いやあるんかい。
不思議となんか先が読めてきたぞ。
「ティーポット?そ、それはまさか……」
「ジェイドが紅茶淹れるのに良さそうだったから、持って帰ろうと思って砂を払ったわけ」
ちょっと冷めてきた僕とは対照的に、バイパー先輩は興味を引かれた様子でフロイド先輩を見つめている。熱砂の国の人的には盛り上がる話なんだろうな。
「そしたらなんか赤くてデッカいゴーストみたいなヤツがポットから出てきてさぁ」
「やっぱり!!それは魔人を閉じこめた、伝説の魔法のランプだ!」
「そーそー。で、『あー、これアカイカせんせぇの授業で習ったヤツじゃね』って気づいて」
「偶然魔法のランプを見つけるなんて、とんでもない豪運だな」
それは間違いない。誰もが羨むような素晴らしい出会いだ。
「魔人は願いを三つ叶えてくれると言わなかったか?」
「うん。だからオレぇ、一つ目の願いは、ミントシロップが効いた冷たい炭酸ジュース。二つ目の願いはミルクとレモンのジェラートをダブルで」
フロイド先輩は聞くだけでおいしそうな雰囲気のメニューを挙げる。
……あれ、これ『願いを叶えてくれる魔人』に伝えたお願いの内容だったよね?熱砂の国で食べたものじゃなくて。
「最後の願いは、熱砂の国で一番美味い屋台料理を食べさせて~ってお願いしたんだよね」
「そんな子どものおねだりレベルの事を、魔人に!?」
あまりの内容に、バイパー先輩とセベクが目を剥いている。
「熱砂の国の砂漠に眠るランプの魔人といえば、こそ泥を本物の王子に変えられるほどの力を持った存在のはずだろう!?」
「あ?だって暑かったし、腹減ってたんだもん」
「ふなぁ~!もったいねぇ~!」
『全ての行動が脳直すぎる……!』
「……まぁ、こういうヒトだからランプも現れたのかもしれませんね……」
『ランプの魔人も働きたくない気分の時は、叶える願いを選ぶのかもしれないね』
僕が脱力しながら呟けば、オルトも楽しそうに笑う。
「その後は夕焼けの草原行ったり、薔薇の王国行ったり、茨の谷に行ったりしたんだけど……どの国のヤツもみーんな弱そうで、なんか退屈だったな~~……」
「むっ、それは聞き捨てならん」
セベクがすかさず声を上げる。
「他の国はどうだか知らないが、茨の谷は誇り高く精悍な妖精が数多くいたはず」
まぁ、人間に比べれば妖精は強そうだよね。長生きしてるし、魔法も使えるし。ヴァンルージュ先輩の例を見るに、武器戦闘もこなす妖精もいるみたいだし。
「何より、茨の谷には現女王マレフィシア様と、次期当主のマレウス様がいらっしゃる!!弱そうに見えるはずがないし、貴様などに負けるわけがない!」
「は?庶民のオレがいきなり女王サマや王子サマに会えるわけないじゃん」
「え?」
「つーか、急に城に乗り込んで戦い挑むとかただのヤバいヤツだろ。バカなの?」
「何故そこで急に常識的な思考回路になるッ!?」
セベクはツッコミ入れてるけど、フロイド先輩の方がまともな事言ってるんだよな……。
『ま、まあ……フロイド氏は道場破りして看板集めるタイプの格闘家とか、ひたすら強さを追い求めるバトル漫画の主人公キャラじゃないしね……』
フロイド先輩が求めているのは『面白い』事であって『強さ』じゃない。『強さ』を求めるのは、そこに『面白い』が付随するからで、恐らくは絶対条件でもない。
考えれば考えるほど面倒だな、この人。いや意外と話は通じる方なんだけど。
突飛なエピソードを現実にしてしまいそうなくらい高い能力を持ってるのも事実だし、今の発言の通り全くの常識知らずでもない。
とてつもない気分屋である、という不確定要素があっても、アーシェングロット先輩が重用するのも理解できる有能さだ。
魔王討伐のパーティーメンバーとしてはかなり頼もしい。……やる気になってくれれば、だけど。
「ってわけで、陸に飽きちゃったから海に戻ってきたんだ~。別に海にも面白い事は無いんだけどさぁ……」
少なくとも、今の無気力な姿で『魔王討伐』に参加するイメージは全く湧かない。
アーシェングロット先輩の事業も順調なら、その手伝いに彼が心惹かれる事も無いのだろう。
陸にいても海にいても『つまらない』のは同じなら生まれ故郷の方がいい、って事だろうか。そういう感覚はこの人にもあるんだなぁ。
「さっきは海面の方が騒がしいから、久々になんか面白い事があるかもって見に行ったんだけど……ボートをひっくり返してみたら、結局知ってるヤツらだし……」
「貴様、興味本位で僕たちのボートを転覆させたという事か!?なんと迷惑な!」
「あ~~~~~……なんか面白い事ねーかな……」
「おい、無視するな!!」
セベクがやかましく騒げば、フロイド先輩は顔をしかめてこちらを振り返る。
「はぁ…………うっざ」
心底から興味を失ったと解る、嫌悪に溢れた呟きだった。好戦的な性格ならここから力づくで僕たちを排除する所だろうけど、今のフロイド先輩は無気力な心情がやる気を上回っているようだ。
「もうお前らと話すの飽きたし、どっか行ってくんね?」
「は、はぁ!?あ、飽きた……っ!?」
セベクの驚愕の声も無視して、フロイド先輩はまた力なく海に漂いはじめた。海藻のように左右に揺れて、景色と同化しつつある。
「こちらに興味を無くして、海藻と共に左右にそよぎはじめてしまった」
「なんと無礼なヤツだ!僕たちを完全に馬鹿にしている!」
「それを君が言うのか?という気持ちもあるが……」
「フロイドのヤツ、動かねーから餌と勘違いされて魚に啄まれてるんだゾ」
言われて見れば、小魚が群がってフロイド先輩の表皮をつんつんつついている。くすぐったそうだけど、フロイド先輩は振り払う事もしない。
『ヒトってあそこまで無気力になれるんだね』
『無気力……なるほど。そういう事か』
オルトが興味深げに感想を述べれば、タブレットから何かを悟った様子の声がする。
「なるほど、とは?」
『あ、え、えーと……フロイド氏は……この世界に対して壮絶な「飽き」が発生してるんだと思う』
「飽き!?」
シュラウド先輩の分析に、誰もが驚愕の声を上げる。その勢いに、タブレットの向こうでシュラウド先輩が小さく悲鳴を上げていた。
「遊びや勉強に飽きるというのなら理解が出来るが……世界に飽きるとはどういう事なんだ?」
気圧されつつもシュラウド先輩は説明を始める。
『マレウス氏の夢の中では、ネガティブな展開が排除される傾向にある。フロイド氏の夢でも同じように「負ける」とか「失敗する」っていう展開が排除されてた可能性が高い』
ツノ太郎の魔法領域は、内部の人間に『幸せな夢』を見せる。幸せの定義は人それぞれながら、その多くは見ている人間に表面上都合の良い展開が続くものだ。
ヴァンルージュ先輩の夢みたいに知らない所にはうまく干渉できないとか、何もかもをツノ太郎の領域のルールの通りに出来るワケではないみたいだけど、それはともかく。
『現実だったら、興味の赴くまま無計画に行動して、全部が上手くいくなんてありえないでしょ?』
『うん。それどころか綿密なシミュレーションをしていても、突発的な事象により計画外の結果に陥る事は多々あるよね』
『なのに話を聞く限り、全ステージノーミス、ノーダメでパーフェクトクリア状態』
「手応えが無さすぎるって事ですか?」
『そう。俺ツエー展開って爽快感があるけど、連続しすぎるとダレてくる諸刃の剣なんだよね』
フロイド氏がああなっちゃうのも解る気がしますわ、と同情的に呟く。
「飽き……か。確かに、『あの』フロイドならより一層あり得るな」
バイパー先輩が納得した様子で呟く。
「バスケでも味方チームが点数を獲得し続ける一方的な試合になると、プツンと糸が切れたようにやる気を無くす事がある」
バイパー先輩とフロイド先輩は同じバスケットボール部なんだよね。エースがたまに愚痴ってたなぁ。
「逆に形勢逆転が不可能なほどにこちらが劣勢でも、アイツだけはハイテンションだったり……」
「目の前に立ちはだかる壁が大きいほど、やる気が湧いてくる。その気持ちは俺にも分かるぞ」
「シルバーと違って、毎回そうとも限らないのがフロイドの扱いの難しいところだ」
バイパー先輩がため息混じりに言う。
弱い相手をいたぶるのをとことん楽しむ事もあれば、強い相手に立ち向かう事を最初から放棄する事もある。
どう動くかは『気分次第』。
「だからアイツの投入タイミングには、バスケ部の監督も頭を悩ませている」
成果を出せるかはその時の気分による。
安定しないと言うデメリットを無視できないほどの力があるのも事実。
本当に難しすぎる。目醒めさせたところでちゃんと協力してくれるかなぁ。
「マレウス様の魔法領域の中では、幸せな夢を見るはずだが……今のフロイドは、全く幸せそうには見えない」
『マレウスさんの作り出した夢の世界は、対象が望む快楽を与えるものだと思っていたけど……本質的には対象が望まない不快……悲しみや怒りを排除するシステムなのかもしれないね』
『失敗や敗北が回り回ってハッピーエンドに繋がる事もある。逆に成功や勝利がバッドエンドのきっかけになる事もあるだろうしね……』
本人がとんでもない気分屋なので、『幸せ』を叶えるのが難しいという事らしい。
例えば彼がやりたいと望んだ何かを最大限成功させたとして、その結果に対する評価が彼の気分で最高にも最悪にもなる。傾向と対策はほぼ無意味。
恐らく誰よりも彼をよく知っているであろうアーシェングロット先輩やジェイド先輩でさえ完璧な制御は出来ないのだ。
『いかにマレウス氏がドチートとはいえ、そこまでの予測や制御はできないのかもしれませんな。となれば、システマチックに「不快」な感情の徹底排除を選択するしかない』
事象としてはひたすら『大成功』を繰り返す。システムとしては『最高評価を受ける可能性が高い』選択肢を選び続けているのだが、フロイド先輩にとっては唾棄すべき『同じ事の繰り返し』になる。
『それでもって今回は……マレウス氏の提供するシステムが、フロイド氏のプレイスタイルに合致してなかったパターンだ』
これが現実のゲームなら『自分には向かないゲームだった』とやめてデータを消せばいいだけの話だが、ここではそうはいかない。
『この夢からは逃げられない。だからもう、フロイド氏はプレイする事自体を放棄してるんだ』
システムは不快な感情という『最低評価を受けない』事を徹底しているので、感情が動かない、『評価をしない』分には問題としない。何もする気がないユーザーを、わざわざ気を引いて楽しませようとはしない、という事だ。
……こう言うと運営としてはアウトな気がする。いや自由意志で遊べるゲームなら当然なんだけど、強制的にやらされてるのに動かないからって放置されるとか地獄では?さすがにフロイド先輩に同情するなぁ。
『そっか……じゃあ兄さんもあの時覚醒してなかったら、今頃フロイドさんみたいになってたかもしれないね』
『どうかな。積みゲーと積みプラモを消化するだけでも、数年は飽きずにいた可能性もなくはない』
プラモはともかく、積みゲーは夢の中で消化して楽しいのかな。内容知らないのに。
『って、拙者の話はどうでもよくて!』
シュラウド先輩の声に合わせてタブレットが派手に回る。
『と、とにかく、フロイド氏をどうやって起こすかだよ』
この世界に対して強烈な違和感を抱いてくれれば、それをきっかけに目を醒ますとは思うけれど、問題は何が起こっても『まあそういう事もあるか』で流されそうだし、興味を引かれなければこっちを見もしなさそう。相手の興味を引きつつ、それなりの衝撃を与える必要はある。
今は万物にやる気が無い状態だから、案外やる事は見てくれるかもしれない。……初手で失敗するとその後は厳しそうだけど。
「とりあえず、強いショックを与えてみるのはどうだ?」
「シルバー、オメーのアイデア毎回ソレじゃねーか!」
「君、顔に似合わず案外荒っぽいんだな……」
「いや、その……すまない」
グリムの指摘とバイパー先輩の感想でシルバー先輩は恥ずかしそうに俯いてしまった。
まぁエアドームに包まれた状態でどれだけダメージが出るかも分かんないし、海の中だと物理攻撃は鈍るしね。人魚のフロイド先輩相手だとちょっと厳しそう。
「正直に、『お前は今夢の世界にいる』と打ち明けてみるのはどうだろうか?」
「えぇ?フロイドがそうあっさり信じるとは思えねぇんだゾ」
「だが、ヤツはこの夢に飽き飽きしているのだろう。であれば、現実の世界にこそ魅力を感じる可能性はある」
一方、セベクの提案は、先輩たちにも好感触のようだ。
「確かに現実のフロイドは、俺が知る範囲でも負けなしの男ではない」
『エペルさんの時のように、現実を突きつけるって事だね』
現状、有効な手立ても思いつかないし、反応が予想不可能なフロイド先輩だからこそ、そういうストレートな方がうまくいくかもしれない。
『なら……頼りになるのは上級生の先輩たちだ。よろしくお願いしまーす!』
「よろしくお願いしまーす」
オルトの隣に並んで可愛く言うと、グリムとセベクが呆れた視線をこちらに向けてきたが無視をする。シルバー先輩は特に気にしないし、バイパー先輩もスルーしていた。