7−4:虹色の旅路
………
こっそりと建物の影から庭の方を見る。
……なーんかでっかい独り言言ってるなぁ。出て行きづらいんだけど。
そんな気持ちを察してくれたのか、不意にバイパー先輩がこちらを振り返った。何事も無かったかのように手招きしてくる。素直に従っておいた。
「お疲れさまです、先輩」
「君もお疲れ。……ずいぶん平和だな、ここは」
バイパー先輩は僕を迎えつつ、転がっていた日傘を魔法で浮かせた。日陰あるの凄い助かる。
「夢の世界が再構築された状態だと思うので、また暴れたりしなければ何も起きないと思いますよ」
「そうか。ならいい」
先輩が僕の頭を撫でてくる。
「これからどうするんだ?」
「多分、すぐにみんなが戻ってくるので。現状はシュラウド先輩が説明してくれると思います」
「あの人も関わってるのか……オルトがいるんだから当然か」
深々とため息を吐きつつ、僕の正面に立つ。意味ありげに頬に手を添えてきた。顎を掴まれる。
「あ、あの……?」
「苦難を乗り越えた先のハッピーエンドには、やる事があるだろう?」
瞳が意味ありげに煌めいた、気がした。とびきり甘い囁きに、ちょっと意地の悪い笑顔。指先から伝わってくる熱が不似合いな気もした。
殴って止めた方がいいだろうか、と一瞬思ったけど、なんかフラグ立ってる気もする。
すると次の瞬間、はっとした顔になってバイパー先輩が僕の顔から手を離した。遠くから誰かの慌ただしい足音が近づいてくる。
「ジャミル~~~~~~!!」
泣きべそをかいているアジーム先輩が、猛スピードでこちらに駆け寄ってきていた。
そのままの勢いでバイパー先輩に抱きつこうとしたのに、バイパー先輩が僕を抱えてくるっとターンして避けたものだから、そのまま勢い余って噴水に突っ込んでしまう。
「のわーーーーーーっっっ!!!!」
「アジーム先輩!!」
助けに行こうにもバイパー先輩が離してくれない。
そうこうしている間に他のみんなもやってきたし、アジーム先輩も自力で噴水から起きあがった。
「なんだよ、あからさまに避けなくってもいいだろ?」
「読めるんだよ、お前の行動くらい。そう何度もタックルされてたまるか」
「……今のはハグしようとしたのでは?」
「はぁ?どう見てもタックルの勢いだったろ」
毒づきつつも、アジーム先輩を乾かすのは忘れない。さり気なく日傘も微調整してアジーム先輩が入りやすくしてる。反射的にやってるんだろうな。
ふと悪い事を思いついて笑みを浮かべる。
「そんな事言って、照れ隠しですかぁ?」
「違う。絶対に違う」
「ほらアジーム先輩、今ですよ!僕が捕まえておきますから!」
「ちょ、ユウ!?」
「じゃあ改めて。ジャミルーーっ!!無事で良かったーーーーっっ!!!!」
僕がバイパー先輩の胴体に抱きついて押さえると、すかさずアジーム先輩も抱きついてくる。バイパー先輩は苦しそうな顔で僕を睨んできた。
「あ、後で覚えてろよ……!」
「あらあら、両手に花で羨ましい事ね」
「ご所望とあらば、すぐにでも交代しましょうか?」
「あらそう?じゃあユウだけ貰うわ。こっちにいらっしゃい」
「はーい」
シェーンハイト先輩が手招きするので、素直に駆け寄った。ぎゅっと抱きつくと、先輩も抱きしめ返してくれる。
「大丈夫だとは思ってたけど、本当に無事で良かったわ」
「ご心配をおかけしました。でもちゃんとお仕事も終わらせられたので!」
タブレットを振り返れば、なんだか満足げに頷いているように見えた。
『こっちでも確認は出来てるよ。取り残しも無し。乙でした』
シュラウド先輩のお墨付きを貰うとほっとするなぁ。
「さすがはオレ様の子分なんだゾ」
「グリムも、いつもありがとう!」
「トーゼンだ!オレ様はみんなをまとめる親分なんだからな!」
いつも通り誇らしげに胸を張る。心なしかたてがみになる予定らしい胸元の毛も、いつもより膨らんだ気がした。可愛い。
「……オルト。ユウに言いたい事があるなら言ったらどうだ?」
セベクがそう声をかけたのは、ちょっと沈んだ表情のオルトだ。いつもと明らかに雰囲気が違う。
「ど、どうかしたの?」
『……僕、父さんと母さんの気持ちがちょっと解ったかもしれない』
ふよふよと僕の目の前にやってきたオルトは、そう呟いた。
『これが必要な事で最適解だと理解してても、行かせたくない気持ち。効率的な任務の遂行なんて無視して、止めたくなる気持ち』
しゅんとしている姿を見てると、なんだか申し訳ない気持ちになる。
『「イミテーション」に対応するのは、ユウさんが最適だって解ってる。でも危険だと判ってる場所に行ってほしくなかった』
「……うん」
『これ、僕がワガママなんだよね。困らせてごめんなさい』
「別に困ってないから大丈夫だよ。……僕の方こそ、僕のせいで不安な気持ちにさせてごめんね」
僕が謝ると、オルトは首を横に振る。
『ユウさんは何も悪くない。……僕自身の、タスクへの理解が足りないせいだから』
「そういうコト言うなら、オルトにも僕を褒めてもらおっかな!」
『……褒める?』
「そう。任務遂行を頑張った僕を、抱きしめて頭を撫でて労ってよ」
『僕が?』
「うん」
『僕が褒めたら、ユウさんは嬉しい?』
「もちろん。すごく元気になっちゃうから」
オルトはちょっと戸惑いながらも、高度を上げて僕の頭を胸元に抱える。ヒューマノイドだからボディは硬いし温もりも薄いけど、抱きしめる腕の強さも頭を撫でてくる動作も自然で心地いい。さすがシュラウド先輩の弟。
『……本当だ、さっきよりリラックスしてる』
「でしょ?」
『うん。……ありがとう、ユウさん。おかえりなさい』
「こちらこそ、心配してくれてありがとう、オルト。ただいま!」
お互いに顔を見合わせて笑顔になる。
「……ところで」
ひとしきり再会を喜んだ所で、バイパー先輩がおもむろに切り出した。
「リリア先輩の送別会にマレウス先輩が乗り込んできた辺りからの記憶が全く無いんだが。誰か現状を説明してくれないか?」
『それは僕たちに任せて。とりあえずこの動画を見てくれる?』
すっかりいつもの調子に戻ったオルトが声を上げれば、バイパー先輩の正面にシュラウド先輩のタブレットが飛んでくる。いつもの例の動画の上映会だ。
バイパー先輩はツッコミも入れず、真面目な顔で画面を凝視していた。もしかしたら内心少しは呆れていたのかもしれないけど、おくびにも出さない。
「ふむ。大体の事情は飲み込めたよ」
映像が終わると、ひとり納得した様子で頷く。
「正直、ここにいるみんなの事も俺が作り出した幻覚ではないかと疑っていたんだが」
「だとしたらアンタ、自分の望みを邪魔する幻覚を作り出してる事になるけど?」
「そういう事もあるでしょう?うまくいきすぎると罠を疑うような、自己防衛本能みたいものが」
まぁ言わんとする事は解らないでもない。みんなは微妙な顔してるけど。
バイパー先輩は咳払いして空気を切り替える。
「イデア先輩の考えたチートツール作戦は、俺には考えが及ばない内容だった。それすらもマレウス先輩が幻覚で作り出したものという可能性もあるが……わざわざ俺に提案する意味が無い」
島一つを魔法領域の中で眠らせるだけでも凄い事なのに、その中で反抗作戦まで考えて偽装するとかどんだけ暇人なんだって話だもんなぁ。
「つまり少なくともみんなは俺やマレウス先輩が作り出した幻覚ではない、という事でいいだろう」
『だ、大前提から疑ってたんだ……』
「疑いたくもなりますよ。常識、記憶……俺を取り巻く世界の何もかもが作り変えられていたんですから」
バイパー先輩は疲れた感じでため息を吐く。
「なぁジャミル。お前も当然、この作戦に参加するよな?」
「ああ。賢者の島に閉じこめられたまま一万年……なんてシャレにならないからな」
「ずーっと同じポーズで寝てたら、首がガッチガチになっちまいそうだ」
なんか的外れな感じのコメントをするアジーム先輩に呆れた視線を向けてから、気を取り直した感じでこちらを向き直る。
「かかなくていい恥もかかされた。君たちに大きな借りも出来たし……それに何より、誰かがどうにかしてくれるのをただ待つのは性に合わない」
『そうと決まれば、これをどうぞ!』
すかさずオルトが招待状をバイパー先輩に手渡す。
諸注意を受けて、懐にしまいつつ微笑む。
「確かに受け取った。失礼なきように身なりを整えて、プリンスに謁見する日を楽しみにしておくよ」
言葉は穏やかだけど含みを感じる。頼もしいけど怖いなぁ。
「それじゃあ、次は誰を起こしに行く?」
アジーム先輩が明るく言うけど、オルトはちょっと難色を示した。
『その前に、編成の見直しを提案するよ』
「編成の見直しって……誰か置いてくって事か?」
「そういう事になるわね」
『……僕が一番指摘したいのはヴィル・シェーンハイトさんなんだけど』
「うっ!!」
凄い解りやすくギクッてしたな今。珍しい。
『さっきの一時的な離脱でもかなり霊素の構成バランスが乱れてた。これ以上の同行はオススメ出来ないよ』
「それは…………ど、どうにかするわ!」
『どう聞いてもどうにかならなそうで草』
「お黙り!」
多分、シェーンハイト先輩は僕のために無理してついてきてくれようとしてるんだ。凄く嬉しい。
でも、過去二回の夢渡りの様子を見るに、多分これ以上は無理だ。
「先輩」
「な……何よ」
「必要な休息をきちんと取るのもプロの仕事です!!!!」
「うぅぅっ!!」
痛い所を突かれた、という顔をする。観念した様子で深々と息を吐いた。
「……解ってるわ。これ以上一緒にいても足手まといになる事ぐらい」
転移直後から動けないのは、状況によっては完全にマイナス。転移した先が、今回のように休息出来る場所ばかりとも限らない。
それは理解しているのだと、シェーンハイト先輩は語る。
「でも、アナタが危険な目に遭ってる時に傍にいられないなんて、アタシはイヤなの。……足手まといになるのと同じくらい」
先輩の手が僕の頬を撫でる。その優しさに安心しつつ、とはいえ心配なのはこっちも同じだし。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
先輩の手を取って微笑む。思った事はちゃんと伝えないと。
「先輩が安全な所にいてくれれば、僕も安心して戦えます」
「……アタシがいなくても平気?」
「平気……とはちょっと違いますね。心の支えになる、かな」
大切な人が帰りを待ってくれていると思えば、ピンチにだって踏ん張れるものだ。…………多分。
「それに、先輩はツノ太郎と戦う戦力としてもめちゃくちゃ重要じゃないですか。消耗すると解ってて、そんな大切な役回りの人を連れ回すなんて出来ません!」
「……そこまで言われちゃったら、アタシだけ我が儘は言えないわね」
名残惜しそうに頭を撫でられる。寂しい気持ちはあるけど、それを口に出したら先輩は迷ってしまう。全力の笑顔を向けた。
「ここは夢の中ではあるが、俺たちは走れば息が切れ、殴られれば痛いという事を『知っている』。体調不良や、疲労などのダメージ蓄積も考慮に入れて旅を進める方がいいだろう」
『いざラスボス戦!って時に、パーティーメンバーの大半がHPもMPも枯渇してたんじゃ洒落になりませんからな』
そういう意味ではそれぞれの夢の中は休息に適しているのかもしれない。
目が醒めた状態なら『闇』が反応する条件も解りやすいし、それ以前に夢の主は『夢の世界を思いのままに出来る』側だ。自分に都合の良い休息環境だって思いのまま。
『S.T.Y.X.』も状態は観察してるって話だし、ヤバい時はすぐに対処してくれるだろう。
『シルバー氏とセベク氏、それからハシバ氏とグリム氏をレギュラーメンバーとして……サポートメンバーはリレー方式で交代していくのがベターかもしれない』
『うん。霊素の構成バランスの乱れをダメージ蓄積として計上し、一定値を上回ったヒトは自分の夢に戻って休養を取った方がよさそうだ』
一行の頭脳担当の見解が一致した所で、オルトの視線がアジーム先輩に向く。
『その基準で言えば……カリム・アルアジームさん。あなたの霊素の構成バランスにも、かなりの乱れが観測されてるよ』
「え、オレ?どこも調子悪くないぜ」
「ジャミルと取っ組み合いして、ボコボコになったからじゃねーのか?」
「確かに……よく見ればアザやたんこぶがあちこちにできているぞ、カリム先輩」
本人がケロッとしてるのでなんかそういうものだと思ってしまいそうだが、確かにめちゃくちゃボロボロだ。一時離脱の間に手当とかする余裕は無かっただろうから当然なんだけど。
「ホントか?どれどれ……うおっ!?ちょっと触っただけなのに、めっちゃ痛ぇ!」
そして本人も今になって気づいたっていう。
『アドレナリンがドバドバでダメージに気付いてなかったパターンですな』
それだけバイパー先輩の身を案じて、必死だったって事だろう。
本当に、あれだけ色々あってもバイパー先輩への信頼が揺らがないんだから大したものだ。
バイパー先輩は魔法で氷嚢を作り出すと、アジーム先輩に手渡す。
「ほら、よく冷やして安静にしておけ」
「サンキュー、ジャミル」
アジーム先輩は笑顔で受け取るものの、すぐにちょっと不満げな顔になる。
「……くそー。お前はピンピンしてるのが、なんか腹立つぜ」
「お前とは鍛え方が違うからな」
まぁ、護衛を兼ねてる従者なんだから当然だよね。実際、手加減も巧いみたいだし、かなりセンスがある方なんだと思う。
アジーム先輩も運動神経は悪くなさそうだから格闘技も身につけられるだろうけど、喧嘩のセンスはあんまり無さそうだな。心根の優しい人は暴力に向いてない。
外野の見解はさておき、アジーム先輩は誇らしげに胸を張る。
「でもオレのだっていいパンチだったろ?初めての取っ組み合いはオレの勝ちだな!」
「は?不可抗力で中断されただけで、俺は負けていないが?」
すかさずバイパー先輩が異議を唱えれば、アジーム先輩は目を丸くした。
「あ~~っ!お前、負けた後に『本気出せてなかった』ってのはズルいだろ!」
「俺は負けたとも参ったとも言った覚えが無い。それなのに一方的に勝敗を決められるのは心外だ」
「屁理屈こねやがって!」
「悔しかったら、次までに攻撃に体重を乗せる方法を習得しておくんだな。言葉が無くても勝敗が判るぐらい殴れるように」
「次、次か……へへ。その言葉忘れんなよ、ジャミル!」
子どもみたいな口喧嘩をして、最後には笑い合う。
ウインターホリデーの事件については彼らの中で後悔もあったみたいだけど、あの時にぶつかったからこそ、今の少し前向きな関係があるように思う。
少しずつ、良い未来が近づいているようで何より。
「では、カリムに代わって次の夢には俺が同行しよう。誰の夢に渡るつもりなんだ?」
『ふふふ、内緒。渡ってみてのお楽しみだよ!』
まだそれやるんだ……。
でもまぁ、バイパー先輩の場合、相手によって露骨にモチベーションに差が出そうだもんな。アーシェングロット先輩の所とか、行くの嫌がりそう。
……いや、むしろ喜ぶか?弱みが握れるかもしれないし。じゃあ大丈夫か。まあいいや。
『さて、それじゃあ移動の前に、ジャミル・バイパーさんのダミーデータを出力して……っと』
オルトの声に続いて、ジャハーなんとかカレッジの制服を来たバイパー先輩のダミーが出力される。相変わらず見ただけでは違いが判らない出来映え。
「データとはいえ、自分のコピーがこうも簡単に作られると複雑な気分だな」
バイパー先輩はしみじみと呟き、心配そうな表情になる。
「コイツ、俺の姿で変な行動をしないだろうな……!?」
『大丈夫!彼はこの夢のジャミルさんの設定に忠実に、成金っぽくて偉そうな行動しかしないはずだよ』
例の『街一番の大金持ち』ムーブね。
自分がどんな振る舞いをしていたか覚えているらしく、バイパー先輩は苦しげに呻いた。
「考えるだけで嫌すぎる。それを見る前に、さっさと出発しよう!」
「わかった。では、これより夢を渡る」
自分の夢に帰る人たちも、シルバー先輩のユニーク魔法で外に出る所までは一緒だ。そして万が一の事を考えて、バイパー先輩はシルバー先輩の首を絞められない位置に配置する必要がある。
そんな感じでああでもないこうでもないと相談しつつ、誰がシルバー先輩のどこに抱きつくかを決めた。
今度こそ平和に移動が終わりますように。
「それじゃあ、みんな。アタシたちはここでお別れだけど」
シェーンハイト先輩が一行を見回す。励ますように、頼もしい笑顔を浮かべた。
「美しさもパワーも最高の状態に仕上げて、パーティー会場へ向かうわ。楽しみにしていてちょうだい」
「一緒に行けないのは残念だけど……ジャミルがいるならなんにも心配いらないな。あとは任せたぜ、みんな!」
アジーム先輩も屈託無く笑ってみせる。いつもの太陽のような笑顔が、新しい場所へ向かう不安を吹き飛ばした。
着実に仲間は増えている。そしてもっと増やさないといけない。そのための旅だ。
回収した魔力だってまだ半分にも届いていない。気を引き締めていかなくちゃ。
ふと顔を上げればシェーンハイト先輩と目が合う。優しい微笑みに、僕も全力の笑顔を返した。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
シルバー先輩のユニーク魔法が発動し、目の前が虹色の光に覆われた。
朝焼けの空を越え、次の誰かの夢へと、旅は続く。
こっそりと建物の影から庭の方を見る。
……なーんかでっかい独り言言ってるなぁ。出て行きづらいんだけど。
そんな気持ちを察してくれたのか、不意にバイパー先輩がこちらを振り返った。何事も無かったかのように手招きしてくる。素直に従っておいた。
「お疲れさまです、先輩」
「君もお疲れ。……ずいぶん平和だな、ここは」
バイパー先輩は僕を迎えつつ、転がっていた日傘を魔法で浮かせた。日陰あるの凄い助かる。
「夢の世界が再構築された状態だと思うので、また暴れたりしなければ何も起きないと思いますよ」
「そうか。ならいい」
先輩が僕の頭を撫でてくる。
「これからどうするんだ?」
「多分、すぐにみんなが戻ってくるので。現状はシュラウド先輩が説明してくれると思います」
「あの人も関わってるのか……オルトがいるんだから当然か」
深々とため息を吐きつつ、僕の正面に立つ。意味ありげに頬に手を添えてきた。顎を掴まれる。
「あ、あの……?」
「苦難を乗り越えた先のハッピーエンドには、やる事があるだろう?」
瞳が意味ありげに煌めいた、気がした。とびきり甘い囁きに、ちょっと意地の悪い笑顔。指先から伝わってくる熱が不似合いな気もした。
殴って止めた方がいいだろうか、と一瞬思ったけど、なんかフラグ立ってる気もする。
すると次の瞬間、はっとした顔になってバイパー先輩が僕の顔から手を離した。遠くから誰かの慌ただしい足音が近づいてくる。
「ジャミル~~~~~~!!」
泣きべそをかいているアジーム先輩が、猛スピードでこちらに駆け寄ってきていた。
そのままの勢いでバイパー先輩に抱きつこうとしたのに、バイパー先輩が僕を抱えてくるっとターンして避けたものだから、そのまま勢い余って噴水に突っ込んでしまう。
「のわーーーーーーっっっ!!!!」
「アジーム先輩!!」
助けに行こうにもバイパー先輩が離してくれない。
そうこうしている間に他のみんなもやってきたし、アジーム先輩も自力で噴水から起きあがった。
「なんだよ、あからさまに避けなくってもいいだろ?」
「読めるんだよ、お前の行動くらい。そう何度もタックルされてたまるか」
「……今のはハグしようとしたのでは?」
「はぁ?どう見てもタックルの勢いだったろ」
毒づきつつも、アジーム先輩を乾かすのは忘れない。さり気なく日傘も微調整してアジーム先輩が入りやすくしてる。反射的にやってるんだろうな。
ふと悪い事を思いついて笑みを浮かべる。
「そんな事言って、照れ隠しですかぁ?」
「違う。絶対に違う」
「ほらアジーム先輩、今ですよ!僕が捕まえておきますから!」
「ちょ、ユウ!?」
「じゃあ改めて。ジャミルーーっ!!無事で良かったーーーーっっ!!!!」
僕がバイパー先輩の胴体に抱きついて押さえると、すかさずアジーム先輩も抱きついてくる。バイパー先輩は苦しそうな顔で僕を睨んできた。
「あ、後で覚えてろよ……!」
「あらあら、両手に花で羨ましい事ね」
「ご所望とあらば、すぐにでも交代しましょうか?」
「あらそう?じゃあユウだけ貰うわ。こっちにいらっしゃい」
「はーい」
シェーンハイト先輩が手招きするので、素直に駆け寄った。ぎゅっと抱きつくと、先輩も抱きしめ返してくれる。
「大丈夫だとは思ってたけど、本当に無事で良かったわ」
「ご心配をおかけしました。でもちゃんとお仕事も終わらせられたので!」
タブレットを振り返れば、なんだか満足げに頷いているように見えた。
『こっちでも確認は出来てるよ。取り残しも無し。乙でした』
シュラウド先輩のお墨付きを貰うとほっとするなぁ。
「さすがはオレ様の子分なんだゾ」
「グリムも、いつもありがとう!」
「トーゼンだ!オレ様はみんなをまとめる親分なんだからな!」
いつも通り誇らしげに胸を張る。心なしかたてがみになる予定らしい胸元の毛も、いつもより膨らんだ気がした。可愛い。
「……オルト。ユウに言いたい事があるなら言ったらどうだ?」
セベクがそう声をかけたのは、ちょっと沈んだ表情のオルトだ。いつもと明らかに雰囲気が違う。
「ど、どうかしたの?」
『……僕、父さんと母さんの気持ちがちょっと解ったかもしれない』
ふよふよと僕の目の前にやってきたオルトは、そう呟いた。
『これが必要な事で最適解だと理解してても、行かせたくない気持ち。効率的な任務の遂行なんて無視して、止めたくなる気持ち』
しゅんとしている姿を見てると、なんだか申し訳ない気持ちになる。
『「イミテーション」に対応するのは、ユウさんが最適だって解ってる。でも危険だと判ってる場所に行ってほしくなかった』
「……うん」
『これ、僕がワガママなんだよね。困らせてごめんなさい』
「別に困ってないから大丈夫だよ。……僕の方こそ、僕のせいで不安な気持ちにさせてごめんね」
僕が謝ると、オルトは首を横に振る。
『ユウさんは何も悪くない。……僕自身の、タスクへの理解が足りないせいだから』
「そういうコト言うなら、オルトにも僕を褒めてもらおっかな!」
『……褒める?』
「そう。任務遂行を頑張った僕を、抱きしめて頭を撫でて労ってよ」
『僕が?』
「うん」
『僕が褒めたら、ユウさんは嬉しい?』
「もちろん。すごく元気になっちゃうから」
オルトはちょっと戸惑いながらも、高度を上げて僕の頭を胸元に抱える。ヒューマノイドだからボディは硬いし温もりも薄いけど、抱きしめる腕の強さも頭を撫でてくる動作も自然で心地いい。さすがシュラウド先輩の弟。
『……本当だ、さっきよりリラックスしてる』
「でしょ?」
『うん。……ありがとう、ユウさん。おかえりなさい』
「こちらこそ、心配してくれてありがとう、オルト。ただいま!」
お互いに顔を見合わせて笑顔になる。
「……ところで」
ひとしきり再会を喜んだ所で、バイパー先輩がおもむろに切り出した。
「リリア先輩の送別会にマレウス先輩が乗り込んできた辺りからの記憶が全く無いんだが。誰か現状を説明してくれないか?」
『それは僕たちに任せて。とりあえずこの動画を見てくれる?』
すっかりいつもの調子に戻ったオルトが声を上げれば、バイパー先輩の正面にシュラウド先輩のタブレットが飛んでくる。いつもの例の動画の上映会だ。
バイパー先輩はツッコミも入れず、真面目な顔で画面を凝視していた。もしかしたら内心少しは呆れていたのかもしれないけど、おくびにも出さない。
「ふむ。大体の事情は飲み込めたよ」
映像が終わると、ひとり納得した様子で頷く。
「正直、ここにいるみんなの事も俺が作り出した幻覚ではないかと疑っていたんだが」
「だとしたらアンタ、自分の望みを邪魔する幻覚を作り出してる事になるけど?」
「そういう事もあるでしょう?うまくいきすぎると罠を疑うような、自己防衛本能みたいものが」
まぁ言わんとする事は解らないでもない。みんなは微妙な顔してるけど。
バイパー先輩は咳払いして空気を切り替える。
「イデア先輩の考えたチートツール作戦は、俺には考えが及ばない内容だった。それすらもマレウス先輩が幻覚で作り出したものという可能性もあるが……わざわざ俺に提案する意味が無い」
島一つを魔法領域の中で眠らせるだけでも凄い事なのに、その中で反抗作戦まで考えて偽装するとかどんだけ暇人なんだって話だもんなぁ。
「つまり少なくともみんなは俺やマレウス先輩が作り出した幻覚ではない、という事でいいだろう」
『だ、大前提から疑ってたんだ……』
「疑いたくもなりますよ。常識、記憶……俺を取り巻く世界の何もかもが作り変えられていたんですから」
バイパー先輩は疲れた感じでため息を吐く。
「なぁジャミル。お前も当然、この作戦に参加するよな?」
「ああ。賢者の島に閉じこめられたまま一万年……なんてシャレにならないからな」
「ずーっと同じポーズで寝てたら、首がガッチガチになっちまいそうだ」
なんか的外れな感じのコメントをするアジーム先輩に呆れた視線を向けてから、気を取り直した感じでこちらを向き直る。
「かかなくていい恥もかかされた。君たちに大きな借りも出来たし……それに何より、誰かがどうにかしてくれるのをただ待つのは性に合わない」
『そうと決まれば、これをどうぞ!』
すかさずオルトが招待状をバイパー先輩に手渡す。
諸注意を受けて、懐にしまいつつ微笑む。
「確かに受け取った。失礼なきように身なりを整えて、プリンスに謁見する日を楽しみにしておくよ」
言葉は穏やかだけど含みを感じる。頼もしいけど怖いなぁ。
「それじゃあ、次は誰を起こしに行く?」
アジーム先輩が明るく言うけど、オルトはちょっと難色を示した。
『その前に、編成の見直しを提案するよ』
「編成の見直しって……誰か置いてくって事か?」
「そういう事になるわね」
『……僕が一番指摘したいのはヴィル・シェーンハイトさんなんだけど』
「うっ!!」
凄い解りやすくギクッてしたな今。珍しい。
『さっきの一時的な離脱でもかなり霊素の構成バランスが乱れてた。これ以上の同行はオススメ出来ないよ』
「それは…………ど、どうにかするわ!」
『どう聞いてもどうにかならなそうで草』
「お黙り!」
多分、シェーンハイト先輩は僕のために無理してついてきてくれようとしてるんだ。凄く嬉しい。
でも、過去二回の夢渡りの様子を見るに、多分これ以上は無理だ。
「先輩」
「な……何よ」
「必要な休息をきちんと取るのもプロの仕事です!!!!」
「うぅぅっ!!」
痛い所を突かれた、という顔をする。観念した様子で深々と息を吐いた。
「……解ってるわ。これ以上一緒にいても足手まといになる事ぐらい」
転移直後から動けないのは、状況によっては完全にマイナス。転移した先が、今回のように休息出来る場所ばかりとも限らない。
それは理解しているのだと、シェーンハイト先輩は語る。
「でも、アナタが危険な目に遭ってる時に傍にいられないなんて、アタシはイヤなの。……足手まといになるのと同じくらい」
先輩の手が僕の頬を撫でる。その優しさに安心しつつ、とはいえ心配なのはこっちも同じだし。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
先輩の手を取って微笑む。思った事はちゃんと伝えないと。
「先輩が安全な所にいてくれれば、僕も安心して戦えます」
「……アタシがいなくても平気?」
「平気……とはちょっと違いますね。心の支えになる、かな」
大切な人が帰りを待ってくれていると思えば、ピンチにだって踏ん張れるものだ。…………多分。
「それに、先輩はツノ太郎と戦う戦力としてもめちゃくちゃ重要じゃないですか。消耗すると解ってて、そんな大切な役回りの人を連れ回すなんて出来ません!」
「……そこまで言われちゃったら、アタシだけ我が儘は言えないわね」
名残惜しそうに頭を撫でられる。寂しい気持ちはあるけど、それを口に出したら先輩は迷ってしまう。全力の笑顔を向けた。
「ここは夢の中ではあるが、俺たちは走れば息が切れ、殴られれば痛いという事を『知っている』。体調不良や、疲労などのダメージ蓄積も考慮に入れて旅を進める方がいいだろう」
『いざラスボス戦!って時に、パーティーメンバーの大半がHPもMPも枯渇してたんじゃ洒落になりませんからな』
そういう意味ではそれぞれの夢の中は休息に適しているのかもしれない。
目が醒めた状態なら『闇』が反応する条件も解りやすいし、それ以前に夢の主は『夢の世界を思いのままに出来る』側だ。自分に都合の良い休息環境だって思いのまま。
『S.T.Y.X.』も状態は観察してるって話だし、ヤバい時はすぐに対処してくれるだろう。
『シルバー氏とセベク氏、それからハシバ氏とグリム氏をレギュラーメンバーとして……サポートメンバーはリレー方式で交代していくのがベターかもしれない』
『うん。霊素の構成バランスの乱れをダメージ蓄積として計上し、一定値を上回ったヒトは自分の夢に戻って休養を取った方がよさそうだ』
一行の頭脳担当の見解が一致した所で、オルトの視線がアジーム先輩に向く。
『その基準で言えば……カリム・アルアジームさん。あなたの霊素の構成バランスにも、かなりの乱れが観測されてるよ』
「え、オレ?どこも調子悪くないぜ」
「ジャミルと取っ組み合いして、ボコボコになったからじゃねーのか?」
「確かに……よく見ればアザやたんこぶがあちこちにできているぞ、カリム先輩」
本人がケロッとしてるのでなんかそういうものだと思ってしまいそうだが、確かにめちゃくちゃボロボロだ。一時離脱の間に手当とかする余裕は無かっただろうから当然なんだけど。
「ホントか?どれどれ……うおっ!?ちょっと触っただけなのに、めっちゃ痛ぇ!」
そして本人も今になって気づいたっていう。
『アドレナリンがドバドバでダメージに気付いてなかったパターンですな』
それだけバイパー先輩の身を案じて、必死だったって事だろう。
本当に、あれだけ色々あってもバイパー先輩への信頼が揺らがないんだから大したものだ。
バイパー先輩は魔法で氷嚢を作り出すと、アジーム先輩に手渡す。
「ほら、よく冷やして安静にしておけ」
「サンキュー、ジャミル」
アジーム先輩は笑顔で受け取るものの、すぐにちょっと不満げな顔になる。
「……くそー。お前はピンピンしてるのが、なんか腹立つぜ」
「お前とは鍛え方が違うからな」
まぁ、護衛を兼ねてる従者なんだから当然だよね。実際、手加減も巧いみたいだし、かなりセンスがある方なんだと思う。
アジーム先輩も運動神経は悪くなさそうだから格闘技も身につけられるだろうけど、喧嘩のセンスはあんまり無さそうだな。心根の優しい人は暴力に向いてない。
外野の見解はさておき、アジーム先輩は誇らしげに胸を張る。
「でもオレのだっていいパンチだったろ?初めての取っ組み合いはオレの勝ちだな!」
「は?不可抗力で中断されただけで、俺は負けていないが?」
すかさずバイパー先輩が異議を唱えれば、アジーム先輩は目を丸くした。
「あ~~っ!お前、負けた後に『本気出せてなかった』ってのはズルいだろ!」
「俺は負けたとも参ったとも言った覚えが無い。それなのに一方的に勝敗を決められるのは心外だ」
「屁理屈こねやがって!」
「悔しかったら、次までに攻撃に体重を乗せる方法を習得しておくんだな。言葉が無くても勝敗が判るぐらい殴れるように」
「次、次か……へへ。その言葉忘れんなよ、ジャミル!」
子どもみたいな口喧嘩をして、最後には笑い合う。
ウインターホリデーの事件については彼らの中で後悔もあったみたいだけど、あの時にぶつかったからこそ、今の少し前向きな関係があるように思う。
少しずつ、良い未来が近づいているようで何より。
「では、カリムに代わって次の夢には俺が同行しよう。誰の夢に渡るつもりなんだ?」
『ふふふ、内緒。渡ってみてのお楽しみだよ!』
まだそれやるんだ……。
でもまぁ、バイパー先輩の場合、相手によって露骨にモチベーションに差が出そうだもんな。アーシェングロット先輩の所とか、行くの嫌がりそう。
……いや、むしろ喜ぶか?弱みが握れるかもしれないし。じゃあ大丈夫か。まあいいや。
『さて、それじゃあ移動の前に、ジャミル・バイパーさんのダミーデータを出力して……っと』
オルトの声に続いて、ジャハーなんとかカレッジの制服を来たバイパー先輩のダミーが出力される。相変わらず見ただけでは違いが判らない出来映え。
「データとはいえ、自分のコピーがこうも簡単に作られると複雑な気分だな」
バイパー先輩はしみじみと呟き、心配そうな表情になる。
「コイツ、俺の姿で変な行動をしないだろうな……!?」
『大丈夫!彼はこの夢のジャミルさんの設定に忠実に、成金っぽくて偉そうな行動しかしないはずだよ』
例の『街一番の大金持ち』ムーブね。
自分がどんな振る舞いをしていたか覚えているらしく、バイパー先輩は苦しげに呻いた。
「考えるだけで嫌すぎる。それを見る前に、さっさと出発しよう!」
「わかった。では、これより夢を渡る」
自分の夢に帰る人たちも、シルバー先輩のユニーク魔法で外に出る所までは一緒だ。そして万が一の事を考えて、バイパー先輩はシルバー先輩の首を絞められない位置に配置する必要がある。
そんな感じでああでもないこうでもないと相談しつつ、誰がシルバー先輩のどこに抱きつくかを決めた。
今度こそ平和に移動が終わりますように。
「それじゃあ、みんな。アタシたちはここでお別れだけど」
シェーンハイト先輩が一行を見回す。励ますように、頼もしい笑顔を浮かべた。
「美しさもパワーも最高の状態に仕上げて、パーティー会場へ向かうわ。楽しみにしていてちょうだい」
「一緒に行けないのは残念だけど……ジャミルがいるならなんにも心配いらないな。あとは任せたぜ、みんな!」
アジーム先輩も屈託無く笑ってみせる。いつもの太陽のような笑顔が、新しい場所へ向かう不安を吹き飛ばした。
着実に仲間は増えている。そしてもっと増やさないといけない。そのための旅だ。
回収した魔力だってまだ半分にも届いていない。気を引き締めていかなくちゃ。
ふと顔を上げればシェーンハイト先輩と目が合う。優しい微笑みに、僕も全力の笑顔を返した。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
シルバー先輩のユニーク魔法が発動し、目の前が虹色の光に覆われた。
朝焼けの空を越え、次の誰かの夢へと、旅は続く。