7−4:虹色の旅路

 ………

 瞼に光の突き刺さるような感触。
 さっきまで暗闇の中にいたから、その眩しさが不愉快でたまらない。
 意識が浮上してくると、肌が地面からの熱とそよ風の涼しさを感じ取る。騒々しく耳障りな音も、人の声として認識できるようになってきた。
「ジャミル様……ジャミル様!しっかりなさってください」
 それは耳慣れた声だが、聞き慣れない響きだった。声はよく知っているのに、口調に違和感がある。
 目を開けば、そこにあったのは見慣れた幼なじみの顔だった。その顔の向こうで、日除けの傘が揺れている。
「気がついたんですね。ああ、よかった!」
「……ここは……」
 身を起こして辺りを見回す。石造りの庭園に、黄金の像を飾った噴水が置かれている。
 像のモデルは『砂漠の魔術師』。
 幼い頃に見た絵本の挿し絵の、ペテン師をぶっ飛ばしたシーンのポーズが採用されている。非常に痛快で、お気に入りの場面だ。
 庭園の造りには見覚えがある。熱砂の国に魔法士養成学校を作る話が持ち上がった時に、企画書にイメージ図として描かれていたものだ。
 何故自分がそれを知っているかと言えば、その計画の主導者がアジーム家だったから。そもそもカリムに魔法が発現した事がきっかけで企画が立ち上がり、ご主人様の書斎からカリムが書類を持ち出してきて、それで俺もこれを知った。
 あの後に届いたナイトレイブンカレッジからの入学許可証が、どれほど俺にとって救いだったか。
 まぁ、それは今は関係ない。感傷に過ぎない。
「俺は……気を失っていたのか?」
「はい。登校のパレードで象から転落して。目を覚ましてくれてよかった。ご気分はどうですか?」
「……大丈夫だ、心配をかけたな」
 内心の不快感を押し込めて微笑んだ。この茶番が果たしていつまで続くのか、興味が無かったと言えば嘘になる。
「それより、なんだか腹が減った」
「食欲があるなら、もう心配はいりませんね。昼餉の準備はすでに出来ています」
 こちらの気も知らず、従者は嬉しそうに笑った。日傘を持ち直して、こちらに手を差し伸べる。
「さあ、どうぞこちらへ!」
「ありがとう、カリム。……お前は、俺の自慢の従者だよ」
 心にも無い言葉を言えば、従者ははにかんだように笑う。……多少控えめな喜び方だが、額面通りにしか言葉を受け取らない所は変わらないらしい。
「そんな……全ては旦那様とジャミル様のおかげです。これからも一生お側にお仕えいたします、ジャミル様!」
 そう言って屈託無く笑う。いつもと微妙に違う笑顔。その差が余計に腹の内を濁らせる。
「ああ……お前が俺を見つめる、そのまっすぐな瞳。その曇りない眼を見ていると……虫唾が走るんだよ、このペテン師が!」
 無詠唱で魔法を発動するのは慣れている。相手が一人なら大した負荷もない。
 何の疑いもなくこちらを見ていた偽者は、あっさりとこちらの支配下に置かれた。指示を下せば、それで全てを終わらせられる。
「うっ……ジャミル様っ……!?」
 違和感に苦しむ偽者をそのままに、服を着替えた。
 伝統的な熱砂の国の衣装も嫌いじゃないが、スカラビアの寮服の動きやすいデザインもなかなか捨てがたい。
 何より、今の自分にはこちらの方が適当だろう。
 気分が少し落ち着いた所で、こちらの魔法を正面から食らった間抜けを睨みつけた。
「礼儀正しく、謙虚なカリムだと?夢にしたってあり得ない!」
「そ、そんな……オレの態度がお気に障ったなら、すぐ改めます。ですからどうか、お許しを!」
「なんなんだその猿芝居は、気色が悪い!鳥肌が立つ」
 一頻り罵倒を述べれば、ひとまず気が済んだ。
「こんな馬鹿げた夢は、もうおしまいだ」
 怯えた顔をする偽者を見る。こちらのユニーク魔法の情報はあるだろうに、まだ馬鹿正直に目を見つめてくる。それが現実のアイツと重なってるように思えて、腹の中の不快感が更に増した。
「瞳に映るはお前の主人……尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよ」
 無詠唱でも発動できる呪文をわざわざ詠唱する事はある種の儀式的な意味を持ち、効果を高める意図もある。
 標的の目の前で詠唱する事それ自体が、より強く、より深く、魔法を叩き込んでやるという意思表示だ。
「『蛇のいざない』!」
 魔法が発動し、間抜けが正面からそれを受け止める。目の焦点が合わなくなり、表情が抜け落ちた。
「……なんなりとご命令を、ご主人様……」
「俺の前から失せろ。そして……二度と帰るな!」
「はい……ご主人様の仰せのままに……」
 人の形をしていた偽者が黒い影へと変わり、液体のように溶けて消えた。偽者の持っていた日傘が、そのまま落ちてころころと地面を転がって止まる。
 ひとつの終わりを見届けると、自然と口元に笑みが浮かんだ。
「命じるか、命じられるか……立場の変化に意味はない。全てを決めるのは俺自身だ」
 命じられたから従うのではない。従うと決めたから従うのだ。
 命じるから従えられるのではない。従うに相応しい理由があるから従わせる事ができるのだ。
 それが心酔でも打算でも関係ない。ただ、行動を決める権利はいつでも自分にある。その事実を飲み込む覚悟さえあれば、どんな選択も背負って進んでいく事が出来るはずだ。
「それに、誰かに『与えてもらう』自由と力なんて興味ないね」
 与えてもらう事は楽だ。うまくいけば効率も良いかもしれない。
 …………だけど、それではつまらない。
「どれだけ時間がかかろうが……欲しいものは自分の力で奪い取ってみせる!」
 自分の手で掴むからこそ、『宝』には価値があるのだから。

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